79 初恋の終わり【アーサー視点】
彼女の腰に腕を回し、曲に合わせて踊り始める。リリーは難しいステップもふわふわと軽やかに踊る。女神には羽が生えているのだろうか?と思ってしまう。
並の男では彼女をリードするのは難しいだろう。父上は姉様に変な虫が付かないように、幼い頃から彼女に一流の教育を叩き込んでいる。それに見合う能力がない男は近付くことすら許されないのだ。だから、僕も必死に姉様に追いついた。
「アーサー、ダンスとても上手ね。驚いたわ」
「地獄のレッスンを受けたからね。ねえ?僕は合格かな?」
「もちろんよ」
「ありがとう」
そう言われた僕は、少し複雑なステップに変えた。彼女はそれに気がつきニッと笑ってそれに合わせてくれる。
彼女の腰をさらにグッと引き寄せ、体を密着させる。リリーを見つめると、彼女も美しい瞳で僕をじっと見つめてくれる。
――ああ、この曲がずっと終わらなければいいのに。
沢山の人が周りにいるはずなのに、この世に僕達二人しかいないかのような不思議な感覚だ。それくらい僕はこのダンスに没頭していた。
彼女が微笑みながらステップを踏むたび、ドレスの裾がゆらゆらと輝きながら揺れて目が離せない。美しい瞳、サラサラの髪、細い腰に豊かな胸……そして僕のために涙する優しい心。
――もし神様がいるのであれば、どうすればこの素敵な女性を諦められるのか教えてほしい。
「リリー、とても綺麗だよ」
「ありがとう」
「初めてのダンスが君とで嬉しい」
「私もとても光栄だわ」
「愛してる」
「アーサー?」
彼女を困らせたいわけじゃない。だけど今日で諦めるから。最後くらい言わせてほしい。
「リリー、僕は君を一人の女性として愛してる」
「アーサー、ありがとう。素敵な貴方にそう言ってもらって嬉しい。でも……私はアイザックが好きなの。ごめんなさい」
彼女は僕の告白を正面から受け止めてくれた。弟だからという理由ではなくきちんと断ってくれた。
「最後にどうしても伝えたかった」
「最後……?」
「ごめんね、でももう言わない。僕の初恋はこの曲と共に終わりだよ」
僕は油断したら泣きそうになるのをグッと……堪え、ニッコリと微笑んだ。
曲が終わった。名残惜しいがそっと体を離そうとした瞬間にフッと照明が落ちて真っ暗になる。リリーは暗闇が怖いのか、僕の腕をギュッと握っている。僕は「大丈夫だよ」と声をかけた。
急に暗くなり周囲もザワザワしている。
『ダンス終わりの一瞬しかしないから、チャンスを逃すなよ』
急にブライアン様の言葉が頭の中をフッとよぎる。プレゼントってまさかこれ?全くあの人は無茶をする。きっとわざと電気を消したのだ。
僕はリリーの頬に手を置き、指で唇をなぞり位置を確かめた後……そっと顔を近づけた。
ちゅっ
本当に触れるだけのキス。でも、触れたところが燃えるように熱い。真っ暗で何も見えないのは残念だけど、その分感覚が鮮明に残っている。とても柔らかかった。
これは僕のファーストキス。
顔と体を離したその時、照明がパッとつき明るくなった。リリーは唇を手でおさえて、赤い頬で僕を見つめている。
「ア、アーサー……あのさっき……何か触れたような」
「そんな顔してたら義兄さんにしたことバレちゃうよ?」
僕は耳元でそう呟き、わざと意地悪に微笑んだ。
「リリー!大丈夫か?」
その時、タイミングよく義兄さんが迎えに来た。いきなり停電したことを心配して駆けつけたようだ。
「う、うん。大丈夫」
「なんか顔赤くないか?」
「ううん!暗くなってびっくりしただけ」
「そうか、よかった」
義兄さんは、目を細めて彼女の頭を愛おしそうに優しく撫でている。
その二人の様子をみて、嫉妬の心が芽生えないと言えば嘘になるが微笑ましくもある。
「では、お約束通り姉様は義兄さんにお返ししますね。よろしくお願いします」
「ああ」
僕はさっとその場を足早に去る。途中でいろんな御令嬢方から「私と踊ってください」と誘われるが「後でね」と適当に微笑みながら無視をした。
リリーの感触も香りもまだこの体に残っているのに、他の女に勝手に触れられたくなかった。
女神の祝福のせいなのか、体からは魔力がみなぎって、ざわざわと気持ちも熱く昂っている。
リリーは間違いなく僕を「愛している」ので唇にキスをすれば能力が発動される。しかしそれは「家族愛」でしかない。一度冷静にならないと、誰かを傷付けてしまいそうだ。
どうしても会場にはいたくなくて、人目を避けてバルコニーに出る。
するとそこにはベンチに座って、ぐすぐすと一人で泣いている御令嬢がいた。僕とバッチリ目が合ってしまい、気まずいことこの上ない。女性の泣き顔を見るのは流石に失礼だと思い、踵を返そうとするが……紳士として放置するのもどうかと思いハンカチをそっと差し出す。
彼女はそれを受け取り、そっと涙を拭いた。
「あ、ありがとうございます……」
「どうしてそんなに泣いてるの?」
「……」
「ごめん、答えたくなかったらいいけど」
「振られたの」
彼女はうわーん、とまた泣き出した。なるほど、振られてここで一人で泣いていたのか。
「貴方のような完璧そうな男性には、この気持ちわからないわ!」
「……そんなことないよ。僕も今振られたばかりだ」
そう言うと彼女はキョトンとした顔をして、ぐしゃぐしゃの泣き顔のまま「じゃあ、私達同じね」とふっと笑った。その笑顔は……可愛かった。
「好きだったのに」
「そう」
「私は本気だったのに」
「うん」
「私が大人になったら結婚してくれるって言ってくれてたのに……他の女と結婚したの」
「それは酷いね」
僕は彼女の話に相槌を打った。
「貴方は?どうして振られちゃったの?」
「僕の好きな人には婚約者がいてね」
「そうなの」
「それでも振り向かせたくてかなり努力したんだけど……僕じゃだめだって」
「上手くいかないね」
「ああ……」
僕はなぜこんな知らない女の子にリリーのことを話しているのだろうか?
「でもいいの。哀しくて仕方が無いけれど……私彼を好きで幸せだったもの!」
そう言った彼女はスッキリとした表情で立ち上がった。
「貴方は?」
「僕も……彼女を好きになって幸せだった」
「じゃあ、いっぱい泣いてまた次の恋をしましょう」
「そうだね」
「お互い頑張りましょう」
さっきまで泣いていたのに、すぐに前向きになった彼女につい笑ってしまった。
「ハンカチ濡れちゃったから借りててもいい?貴方と話せて……少し元気になったわ」
「君にあげるよ。いや、僕の方こそありがとう」
「じゃあね」
僕達はお互い名乗りもしなかった。不思議な出会いだったが、リリー以外の女性に興味を持ったのははじめてだった。




