78 水色のドレス【アーサー視点】
僕は魔法学校への入学を機に姉様への気持ちを断ち切ろうと決めていた。いつまでもこんな気持ちを引きずるのはよくない。
僕は伯爵家の令息として、結婚して子を成す義務もある。そろそろ婚約者を選んでも不思議ではない年齢だ。
――姉様以外を好きになれるのか不安だ。
政略結婚なら、愛などいらないのかもしれない。だが出来れば好きな人と一生添い遂げたい。今のところその好きな人が姉様以外いないことが問題なのだ。
学校に着くと御令嬢方から歓声があがる。姉様と一緒に登校できると浮かれていた気持ちが、どんどん沈んでいく。
(煩いし……迷惑だ)
実は心の中ではそう思っていた。しかし昔から女の子には優しくしなさい!と姉様に教え込まれていた僕は表面上は彼女達を無碍にはできなかった。
出来るだけ紳士的に優しくその場を収める。
僕はもともと「可愛い」といわれていたが、この数ヶ月でぐんぐん背が伸びて男っぽくなると「格好良い」とみるみるうちに御令嬢方から人気が上がったそうだ。学校へ首席で入ったのも「将来有望」と思われたらしい。
結局……顔や能力、家柄しかみていないんだ。
入学式の代表挨拶を終えると、歩いている姉様が見えた。僕はこのドロドロした気持ちをどうにかしようと、彼女に駆け寄った。
「アーサー!お疲れ様。代表挨拶とっても立派だったわ」
姉様の笑顔を見て心がふわっと軽くなる。ああ、やっぱり貴方はすごいな。しかし、すぐに目元が赤くなっているのに気がついて心配になる。
「目元が赤い……誰かに泣かされたの?」
誰?大事な姉様を泣かしたやつは。許さない……そう思っていると、ついつい恐ろしい声が出てしまった。いけない、姉様が僕の声に怯えてしまっている。
「安心しろ。それは嬉し涙だ。アーサーが成長して嬉しいって、代表挨拶見てわんわん泣いてたんだよ」
義兄さんの声がして、彼女に触れていた手をそっと離す。彼は「彼女から離れろ」と僕に牽制するために声をかけたのだとわかるから……。
でもそうか、泣かせたのは僕だったのか。ならいいや。他の男で泣くなんて許せないけど、僕のために泣いてくれるなら嬉しいと自分勝手なことを思った。
入学式の後は学校主催の学生だけの舞踏会がある。僕は今年十三歳になるのでまだ成人していない。正式な舞踏会には参加できない年齢だから、僕は今夜初めて人前で踊るのだ。
どうしても……初めては姉様と踊りたい。姉弟でダンスをするのは珍しいことではないが、彼女は婚約者がいる。婚約者がいる場合、初めのダンスはパートナーと決まっているのだ。実は数日前に義兄さんに姉様と踊る許可を取りに行った。
「義兄さん、舞踏会で姉様と踊ってもいいかな?」
「……ああ」
「あのさ……いや、なんでもないよ」
さすがに最初のダンスを譲って欲しいとは言えず、僕は俯いた。良いじゃないか……何度目であっても姉様と踊れるんだから。
「俺から入学祝いだ。最初のダンスはお前にやるよ」
義兄さんは僕の気持ちに気がつき、そう言ってくれた。
「いいの?」
「最初の一回だけだ!わかってるな」
「わかった!ありがとう」
僕はとても嬉しくなって、こっそりしていたダンスの練習にも力が入った。彼女はとてもダンスが得意だ。その彼女をリードできる男になりたい。
♢♢♢
ついに舞踏会の時間になった。僕は珍しくドキドキしている。髪をかきあげ、礼服に袖を通した。今夜はエスコート役も任せてもらえたので、控え室で着替えている姉様を迎えに行く。
するとその道の途中で、見たことのない男が僕をじっと見つめ待ち構えていた。誰なんだ……こいつ?
「ふふ、そんな警戒するな。僕は変化魔法をかけたブライアンだ。このことは学校では秘密だから大きな声をあげるなよ」
僕の耳元で小声でそう告げられて驚いた。
「そんなことまでできるんですか?」
「天才だからな」
この人はどこまで凄いんだ。今度、変化魔法も見せてもらおう。
「入学おめでとう」
「ありがとうございます」
「リリーとダンス踊るそうだな」
「ええ。最後の思い出です」
「ほお?じゃあ……お前に入学祝いのプレゼントやるよ」
「え?」
「楽しみにしとけ。ダンス終わりの一瞬しかしないから、チャンスを逃すなよ」
「はあ……?」
「くっくっく、じゃあな」
そう言って彼は片手をあげて消えていった。プレゼントとは一体なんなのだろうか?
「ごめんなさい、待たせたわね」
扉から出てきた彼女は、美しいライトブルーのドレスを身に纏っていた。そのドレスは……僕の瞳の色だと自惚れていいのかな。姉様はきっと濃いブルーを選ぶと思っていたのに。
「貴方にエスコートされるの初めてだから、水色のドレスを選んだの。どうかしら?」
「とっても綺麗だよ。今夜こんな美しい女性と過ごせる僕はなんて幸せなんだろう」
僕は片膝をつき、彼女の手の甲にチュッとキスをした。周囲の令嬢達からはキャーと悲鳴があがるが、僕は無視する。
姉様は恥ずかしかったのか、白い頬がポッとピンクに染まっている……可愛いな。
「さあ、行こう」
「ええ」
キスをした手をそのまま離さず、エスコートをする。会場の扉が開き、中に入ると一気に僕達に注目が集まる。
「アーサー、貴方すごい見られてるわよ」
「みんな綺麗な姉様を見てるのさ」
「ふふ、口が上手ね。今日の主役は貴方よ」
僕達は微笑みを崩さないようにしながら、小声で話している。周囲から見たら堂々と前を向いて歩いているとしか思わないだろう。
「アーサー様がいらしたわ!」「素敵ね」
「あいつが首席の男か!?」「隣の美人は誰」
ザワザワと周りが騒がしくなってきたが、僕は気にしない。そして、舞踏会が始まり曲が鳴り出した。
「リリー、一曲お相手いただけますか?」
「はい、よろこんで」
僕はこのダンスの間は、姉と弟の関係をやめようと決めていた。




