68 あと一年
しばらくすると、アイザックとアーサーが一緒に客間に戻ってきた。
「アーサーっ!」
私は彼の傍に駆け寄った。
「姉様、心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから。アルファードおじ様も……失礼な言動で嫌な思いさせて申し訳ありませんでした」
(名前ではなく姉様と……!?)
彼は素直に頭を下げた。
「アーサー!何のことだ?俺は何も嫌な思いはしてない。だから謝るな」
ハッハッハと豪快におじ様が笑う。
「アルファード、甘やかすな」
「お父様、お母様も申し訳ありませんでした」
「……気持ちの整理はできたのか」
「はい。アイザック義兄さんと姉様の婚約、弟として祝福致します」
彼は胸に手を当てて深く頭を下げた。
「アーサー!ありがとう」
私は嬉しくて、ぎゅっと彼を抱きしめた。いつもなら彼も同じように抱きしめ返してくれるが、今日は何も動きはない。
「……姉様、どうか幸せになってね」
抱きしめられて彼が苦し気な顔をしていることに、私は全く気が付かなかった。アーサーのその表情の意味に気がついていたのは、この場でアイザックだけだった。
その後婚約に必要な書類を二人で書き、今後のことについて沢山話した。婚約期間を約一年取り、魔法学校卒業後に結婚することになった。
ウェディングドレスはマーガレット様が作るのを楽しみにしているらしく、私の意見を聞きながら、オートクチュールで作ってくださるそうだ。
あと、結婚後はマリアを侍女として連れていきたいと申し出て受け入れてくださった。
そして我が家とハワード家の真ん中辺りに新居を建てる案が出ているらしいが、これにはアイザックが抵抗していた。
「俺らが引っ込んでもいいがジョージがいるし、お前に侯爵家継がせるにはまだ早いしな。いいじゃねぇか、どっちの実家も近くて」
「こんな近く嫌だ!親父達が邪魔だろ!もっと離れた場所に建てる」
「ああ?何だって?土地あるんだから文句言うな」
「こんな近く絶対に嫌だ」
「リリーは?リリーはデュークや俺たちにすぐ会えたほうがいいよな?」
おじ様はアイザックの説得が無理だと考えたようで私にニコニコと笑顔で意見を求めてくる。
「私は……」
正直、私はスティアート家が近い方が安心だ。でも……アイザックは「ダメだ」とブンブンと首を横に振っている。うーん。
「アルファード、もうさっさと計画通りの場所に建てはじめろ」
「よーし!任せろ」
「親父っ!」
「黙れ。まだ自分で金を稼いでねぇんだから、親に文句言うんじゃねぇ」
おじ様にど正論を言われ、アイザックは黙るしかなかった。
「リリーと近くて安心だわ」
ふふふ、とお母様は笑っている。どうやら両家の両親は口裏を合わせており最初からこの計画だったようだ。
♢♢♢
細々したことを親だけで決めるからお前たちは出て行けと言われ、私とアイザックは庭の散歩をしている。
「はぁ……緊張した。無事婚約できて良かった」
「ふふ、お父様からはもう許可貰ってたじゃない」
「そうだけど、正式なのは重みが違う!」
「みんなに認めてもらえてよかったわ。アーサーのことも……ありがとう」
「ああ。二人で幸せになろう。俺はリリーをずっと好きだったから今日、婚約できて夢みたいだ」
「ふふ、夢みたいって大袈裟ね」
「大袈裟じゃないよ。本気でそう思ってる」
彼は真剣な顔をして、私の頬に優しく手をかけた。
「リリー……愛してる。一生君を守るよ」
「ありがとう。私もアイザックを愛してるわ」
そして軽く口付け、お互い見つめ合う。
「はぁ……。今すぐ君と結婚したい」
「くすくす、あと一年よ」
「長すぎる……魔法で世界中の時を一年後まで進めたいよ」
アイザックはガックリと項垂れている。
「……私は今のままでいいわ」
「え!リリーは早く結婚したくないの?」
彼は顔を青ざめさせ、絶望の表情を浮かべている。そんな彼ににっこり微笑みながらこう言った。
「だって……貴方とこの一年間は恋人として過ごせるのが楽しみだもの」
「――っ!リリー!!」
私は喜んだ彼にガバッと抱きつかれ、頬や首にちゅっちゅと熱烈にキスをされて焦った。
「ちょ、ちょっと待って!ここ外だから」
「嫌だ。可愛いこと言うリリーが悪い……一回で我慢するから大人しくして」
そして欲を含んだギラリとした瞳で私を見つめて、頭がクラクラするような濃厚な口付けをされた。彼はゆっくり顔を離し、ペロッと唇を舐めた。
私は顔が真っ赤に染まり、くたっと力が抜けてしまう。彼はそんな私の身体をそっと支えて「可愛い」と呟いた。
「も、もう!馬鹿」
「はは、好きな女の前では男はみんな馬鹿だ。そろそろ戻ろうか?」
「うん」
二人で手を繋いで家まで戻った。彼は少し強引なところもあって困ってしまうが……最近の私はアイザックに触れられるのが嬉しくなってきてしまっている。
(触れて欲しいなんて……私、はしたないかも)
――私は知らなかったが、実はこのイチャイチャをしっかりお父様達に見られていたらしいのだ。
「おい、アルファード。家に帰ったらお前の家で飼ってる発情期の雄犬厳しく躾しておけよ」
「ああ……いや、すまん」
「私が躾けてやってもいいが?」
「いや……責任もって俺がします」
男親同士でそんな会話がされていたらしい。
二人で家に戻ると、お父様がアイザックをジロっと不機嫌に睨んでいる。なんで急に?そして、お父様は私を自分の背中の後ろにさっと隠した。
「さあ、話は終わりだ。帰ってくれ」
「え?」「ええ?」
私とアイザックは何故お父様が怒ってるのか全くわからず疑問の声を出してしまう。
「アイザック!リリーの部屋には防御かけてるからな。死にたくなければ、移動魔法で忍び込もうなんて思うなよ」
「お、思ってません!そんなこと」
「どーだかな」
「ええ?なんですか……急に」
アイザックは困ったような顔をしていたが「おい、いいからもう帰るぞ。じゃあ邪魔したな。リリーまたな」とおじ様が彼を無理矢理引っ張って家に戻って行った。
……ん?一体何なんだろう?
疑問に思ったが、アイザックが帰るとお父様はいつも通りとても優しかったので私は深く考えないことにした。




