66 婚約
みんなが席に着くと、なんだか空気が重たかった。え……どうしてこんな雰囲気に?お母様だけがふんわりにこにこしている。私は不安になり、キョロキョロと視線を彷徨わせた。
そして、その沈黙を破ったのはアイザックだった。
「デューク様、エヴァ様、そしてアーサー。私はリリー・スティアートを心から愛しています。物心がついた頃から彼女の優しさにずっと救われてきました。何に代えても彼女の笑顔を一生守り抜くと誓います。婚約をどうか認めていただきたい」
いつもより畏まった態度で、アイザックがハッキリした声で堂々とそう告げ深く頭を下げた。私はその言葉に胸がいっぱいになる。
「……」
お父様は下を向いて、唇を噛み締めて何もおっしゃらない。私は不安になる。
「あなた」
お母様がお父様に穏やかに笑いかけ、彼の手をそっと握りしめた。
「リリーは彼をどう思っている?」
「私もアイザックを愛しています。素直になれなくてすれ違った時期もあったけれど、彼はその間もずっと私を陰ながら支えてくれていました。その優しさに……気付けなかった私を待っていてくれた。彼ほど私を愛してくれる男性はいないと思います」
私もお父様に迷いなくハッキリとそう告げた。
「……認めよう」
その言葉を聞いてアイザックはガバッと顔を上げて「ありがとうございます」ともう一度頭を下げた。
「リリーは女神の力を持っているが、私にとってはそんなの関係のない……ただの愛おしい娘だ。彼女をただただ幸せにして欲しい。どうかよろしく頼む」
「はい。必ず幸せにします」
お父様の震える声とアイザックの迷いのない声を聞き、私は涙が出そうになる。
「ハワード家一同、リリー嬢を歓迎している。こんな素晴らしいお嬢さんが息子の婚約者になるなどこの上ない喜びだ。俺も妻も彼女を本当の娘として愛すると誓おう。スティアート家の皆さんは何も心配しないでください。彼女の身の危険も……息子だけでなく、俺や次男のジョージを含め全員で守っていく」
「アルファード……感謝する」
「当たり前のことだ」
おじ様も私のことを考えてくださっている。私はみんなから愛されていて本当に幸せだ。
婚約前にお父様はおじ様には包み隠さず私の能力やリリアンのこと等全てお話になったそうだ。
「アイザック君、リリーをよろしくね。そして、アルファード様本当にありがとうございます。娘のことお願い致します。貴方とマーガレット様なら安心してリリーをお預けできますわ」
「もちろんだ。マーガレットなんて喜びすぎて、すでにリリーのドレスやらアクセサリーやら山ほど買い込んでるぞ」
「くすくすくす、マーガレット様らしいわ」
だんだんと空気が柔らかくなり、いつもの私達の気安い雰囲気に変わっていく。
しかし、その時。
「アイザック!僕はお前をリリーの婚約者なんて絶対認めないから!!リリーを幸せにできるのはお前なんかじゃない」
アーサーがいきなり立ち上がり、大声でアイザックに噛み付いてくる。
「アーサー……お前は黙っていろ」
彼はギロリとお父様に睨まれたが、怯まずに言葉を続けた。
「僕がもう少し大きかったらリリーを守れるのに!僕がもう少しだけ……大きかったら……お前なんてリリーとたまたま同じ歳で、たまたま幼馴染に産まれただけのくせに!!ずるいんだよ!!!」
アーサーは涙を堪えながら叫び、乱暴にバン!とドアを開けて走り去った。
「アーサーっ!!」
私は追いかけようとしたが、アイザックに止められ「大丈夫、俺が行く」と彼がアーサーを追いかけていった。
(アーサー……どうして)
「アルファード、愚息がすまないな」
「ハッハッハ。元気でいいじゃねぇか。男はああじゃねぇと」
「最初は姉を取られるのが嫌なだけかと微笑ましくみていたんだが、アーサーはリリーを本気で好きみたいでね……まさか姉弟ではないと聞いてあんなに喜ぶとは思ってなかったんだ」
「そうか」
「ああ」
また重い空気に変わってしまった。
「リリー!もてる女もなかなか辛いな」
おじ様は冗談っぽくそう言ってゲラゲラと笑っている。
「いやぁ……俺も昔はかなりもててたから、リリーの苦労はわかるよ」
「どこがだよ。お前はもててないだろ」
「はあ?俺の若い頃のもてっぷり知らねえの?」
「みんな侯爵家の息子だから、それ目的で近寄ってきただけだろ。マーガレットが結婚してくれてよかったな」
「ふざけんなよ!たくさん言いよって来た女がいたけど、そいつらに見向きもせずに俺はマーガレットを選んだんだ」
「へー……」
私とお母様は顔を見合わせて、二人の会話にくすくすと笑った。
「ねぇ、お母様。お父様はどうだったの?男前だしおもてになったんじゃない?」
「ええ、そうね。出逢った当時のデュークは御令嬢方の憧れの的だったわ」
「ええ!さすがお父様っ!!」
私達の会話を聞いてお父様は少し恥ずかしそうに照れている。
「エヴァ!情報はきちんと伝えないとだめだろ?美形だが真面目な堅物で、近寄ってきた女を睨んで怯えさせるような怖い男だったって」
くっくっくとおじ様は楽しそうに笑っている。お父様はおじ様をジロっと睨んでいる。
「ええ……優しいお父様が女性を怯えさせるなんて信じられない」
「アルファード……いらぬことを言うな」
「エヴァと出逢ってからすっかり態度が柔らかくなったけどな」
「へぇ、じゃあお父様を変えたのね!お母様がすごいんだわ」
「ふふ、そんなことないわ。最初からデュークは優しかったもの。もともと素敵な人だわ」
お母様はそう言って美しく笑った。お父様は珍しく頬を染めている。
「あー、やってらんねえ。俺も帰ってマーガレットといちゃいちゃしたい」
「ふっ……いい歳して嫌われるぞ」
「うるせぇ。あいつは恥ずかしがってるだけで、いつも喜んでる!」
「どーだかな」
お父様とおじ様の子どものようなやり取りをお母様はふふふ、と微笑んでいた。それを見てやっぱりお母様が一番強い気がした。




