56 幸せだった時間【ブライアン視点】
私達は表向きは順調という体でいるので、定期的に婚約者として会う必要があった。二週間に一度はお茶をしたり、出掛けたりしている。彼女は周囲には騎士の男とは別れたと言っているらしい。
「ブライアン、これ美味しいわよ」
「……よかったな」
「あなたも食べなさいよ」
「いらん」
私は真っ直ぐ見つめてくる彼女の瞳を避けるように目を逸らした。
「貴方と話してるのよ。目を逸らさないで」
彼女は私の顔にそっと手を当て、自分の方に顔を向き直させた。私は恥ずかしくて頬が染まる。
「はい、あーん!食べて。美味しい?」
「……ああ」
紅茶を飲みながら、パクパクとお菓子を食べている様子はまるで少女のようだ。呑気な女だな。
違う日は……
「ブライアン、前髪切ったのね!」
「君が切れ切れと煩いからな」
「似合ってるわ。あ、そうだ後も一つにくくったら?結ってあげる」
そう言って彼女は私の後ろに回り、髪の毛を梳かし始めた。
「勝手に触るな」
「いいじゃない。けちな男は嫌われるわよ」
彼女の柔らかい手が頭に触れるたびに胸がうるさい。こんなこと今まで誰にもされたことがないから。
ずっとこの心地よい時間が続けば良かったが、ギュッと力を込めて髪を一つに纏めているので……もうすぐ終わりだろう。
「はい、できた。この紐貴方にあげる!」
「……」
「ありがとうは?」
「して欲しいって言ってない……お前が勝手にしたんだろ」
「ありがとうは?」
「……ありがとう」
「どういたしまして。大事にしてねーっ!」
リリアンはにっこりと微笑んでいる。後で確認すると彼女がくれた紐は薄い紫。好きでもない男に……自分の瞳の色の物渡してんじゃねぇよ。
周囲は私達は気が合い二人で仲良く過ごしていて、上手く収まってくれたと安心しているようだった。実際は全く上手く収まっていないのだが。
私は会うたびに彼女に惹かれていった。明るくて、素直で、言いたいことをはっきり言う彼女はとても魅力的だった。こんな私を唯の……普通の一人の男として見てくれる人間は彼女以外いなかった。二人で過ごすこの時間が幸せだった。
――好きだ。そんなこと本人の前では絶対に言えないけれど。
やめておけばいいのに……私は久々に変化の魔法を使って彼女の好きな男を確認しに行った。
その男の名はトーマス。騎士団の団長で、剣が強い。見た目は背が高くて体格が良く、男らしい顔立ちだった。明るく、爽やかで人望もある……そこまで調べて余りにも自分と反対で嫌になった。
こいつが好きなら私を好きになる可能性はゼロに等しいなと思ったからだ。
――だが、こいつには魔力がない。
私はそれしか勝てる物がないなんて。しかし、その魔力が彼女にとっては重要なものなのだ。
「トーマスっ!逢いたかった」
「リリアン……俺もだ。愛してる」
「私もよ。ふふっ」
彼女が嬉しそうに彼の胸に飛び込み、蕩けるような笑顔をしている。彼らは別れたことになっているため、たまに隠れて会うしかできないのだ。
やはり私に見せる笑顔とは違う。そんな当たり前のことにしっかり傷ついた。だが、リリアンの幸せそうな笑みを壊す気には……どうしてもなれなかった。
そんな時、彼女の両親が他界した。表向きは事故と言われているが、何者かに殺された。悪評の高い他国の魔法使いがリリアンの母親を殺した可能性が濃厚だ……恐らく殺して、娘に能力をうつしそちらを拐おうという魂胆だろう。
夫は今回は守りきれずに一緒に命を落とした。
ついに彼女に女神の力が引き継がれた。しかし、彼女はいきなり訪れた両親の死と自分の能力に対応しきれず取り乱していた。
「大丈夫だ。君は私が守る」
「だめよ、貴方にはこれ以上迷惑かけられない。私にはトーマスがいるの……」
「魔法使いでもないあの男に何ができる!!」
私はつい大声を出してしまった。リリアンはその声にビクッと体を震わせた。
「大きな声を出してすまない。だが君に危険が迫ってるんだ!大事なことだ!!」
「私、女神なんかになりたくなかった……っひっく、ひっく……お父様、お母様ぁ……」
泣いている彼女が可哀想で、切なくて、愛おしかった。私は落ち着くまでリリアンを抱きしめ、慰めた。
♢♢♢
私は一人でトーマスに会いに行った。
「おい、リリアンが大事なら手放せ」
「君は……彼女の婚約者か」
「お前では守りきれないことはわかるだろ?」
「ああ。でも……離れられない。君も男なら気持ちがわかるだろう」
「死ぬぞ」
「死んでもいい。彼女が俺の目の前で他の男の物になるくらいなら……そのほうがいい」
「それならお前は勝手に死ね!今、私が殺してやってもいい。彼女が拐われたら死ぬ以上の苦しみを味わう可能性だってある!」
私はこいつの胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「わかっている。だから俺が死んだら……君がリリアンを守ってくれないか」
その発言に腹が立って、俺は全力でトーマスをぶん殴る。
「ふざけるな」
「……頼む」
私は無視してその場を去った。それから彼女は病気で伏せって家に閉じこもるようになった。おそらく精神的にまいっているのだろう。そのため……何ヶ月も彼女と会えなかった。
さすがに心配になり彼女の部屋に移動魔法で無理矢理忍び込んだ。そこで彼女の衝撃の姿を見る。
「ブライアン……」
彼女は急に現れた私を見て驚き言葉を失くした。私もお腹が膨らんだリリーを見て驚いた。そう、彼女は体調不良ではなく妊娠していたのだ。
「そこまで……あいつが好きなのか。子を成すほどに」
私は正直かなりショックだったが、一方では彼女の一途さが清々しかった。こんなに危険が迫っていても……騎士の彼を選ぶんだな。
「私があの男も含めて君もその子もすべて守ってやる。今すぐ私と祝言をあげろ。それで丸くおさまる。私と結婚して手を出してくる馬鹿な魔法使いはそうそういない」
「そんなこと!」
「私は君には触れないと誓おう。だから君はあの男と一緒に生きればいい……その子は表向きだけ私の子だと言っておけ。祝言を待ちきれずに手を出されたとでも適当に言えばいい」
彼女は横に首を振る。相変わらず頑固だ。私がどんな気持ちでこんな案を言っていると思っているんだ。
「言うことを聞け」
「嫌よ。そんなことして……貴方にメリットがないじゃない。そんな迷惑ばかりかけられない」
メリットだって……?本当に君は何もわかっていない。私はこの世に君が生きていればいいんだ。例え私のことを好きでなくても――他の男が好きでも。
だが、若く意地っ張りでトーマスに嫉妬もしていた私はその素直な気持ちをどうしても彼女に言えなかった。




