54 過去の話【ブライアン視点 】
あれは十八年前、私が二十歳の時。その時初めてリリアンに出逢った。王からこの国の女神を守るために結婚するようにとの指示があり、無理矢理見合いを組まれたせいだ。
「初めまして。私はリリアン・スティアートよ。申し訳ないんだけれど、貴方と結婚するつもりはないの」
「そうか、奇遇だな。私もお前と結婚したくなかった。じゃあな」
それが彼女と初めて交わした言葉だった。
♢♢♢
私はこの国で一番強い魔法使いだ。孤児院にいた平民出身だが、幼い頃から凄まじい魔力を持っており持て余した孤児院の大人達は王宮の魔法省に相談……いや、私を売り渡した。強い魔法使いは国にとっては重要だから。
王宮に連れて行かれて魔力量を測定されると、あまりの力にみんなが驚いていた。魔法の属性は……闇。完全に特異体質だった。
これだけ強い魔力であることと、実は捨てられた時に包まれていた布がかなり上質な物だったらしく恐らく私はどこかの貴族の子どもだったのではないかと予想された。恐らく両親は魔力量の強さ、漆黒の髪、闇属性の魔法……それを不吉と思い赤子のうちに捨てたのではないかと。
親の温もりなど知らぬ私にはどうでもいい話だったが……私は誰にも望まれないし、生まれてきてはいけなかったのだとぼんやり考えていた。
この巨大な力を利用して生きるだけ。
そして、平民の子どものくせに王宮の魔法省所属という特別待遇で家庭教師をつけられた。普通の勉強も魔法もすぐに習ったことを吸収した。
魔法については、十三歳の頃には教えてくれる先生の能力をはるかに超えていて……もう教えることはないと匙を投げられた。
そして、習うことなどないが協調性を学ぶためと魔法学校へ行かされた。
そこでの私の評価は良くて「天才」悪くて「化け物」だった。周囲とは魔力のレベルが段違いに違った――たくさんの人がいる分、もっと孤独が増した。
無愛想で目つきも悪く髪も漆黒で、闇魔法を使う私は「近付くだけで殺される」と噂されていた。馬鹿みたいな話だ。
そんな学生時代を過ごしながら、悪い意味で目立つこの姿が変わればいいのに……と思いなりたい姿を思い描くと急に『変化の魔法』が使えるようになった。やはり俺はよくも悪くも魔法の才能に溢れていたのである。
この魔法が使えることは誰にも秘密。私は実際とは違う人物になりきり、今までできなかったことを全てした。街に出て買い物をしたり、学校の同級生に紛れて勉強したり、初めて女性とも遊んで本当に楽しかった。
変化に慣れると寂しさを埋めるように沢山の女性とも肌を重ねて、温もりを求めた。自分でない人物だと思えば優しくできたし、明るく振る舞えた。
そして本来の姿でなければ……もし魔力が少なく生まれていれば、こんなに普通に暮らせるのかと驚いた。
でも、これは偽りの姿だ。楽しく幸せな分……本来の姿に戻ると辛かった。そのうち虚しさを感じる方が多くなり、変化するのも馬鹿らしくてやめてしまった。
月日が経ち、学校を卒業すると王宮で魔法使いとして働くことになった。私は王の盾になるために育てられたようなものだ。それに文句はない。むしろ、しっかり教育を受けさせてくれて、腹一杯食べさせて、暖かい場所で寝かせてくれた恩は返さないといけないと思っていたので丁度いい。
どうせ、死んでも悲しむ人もいないのだから盾にはぴったりだ。
そして、二十歳になった時。王から「国の宝である女神になる女性と結婚して彼女を守ってくれ」と頼まれた。拒否したかったが、私が王命を無碍にできるわけがない。
女神の力は先代からの引き継ぎだ。今はまだ母親が生きているらしく能力は今後出てくるという話だった。つまり今はただの伯爵家の御令嬢だ。
「わかりました」
私は『女神の祝福』の魔法を持つ女性がいるということは知っていた。我が国では魔法使い同士の争いを避けるため彼女の存在は表向きには隠されており、想像上の神として崇められていた。まあ、女神のことは完全に秘密なわけではなく国の重役達は知っている周知の事実ではあったが。
私はこの国一の魔法使いであるため、そのような情報も耳に入ってくる。王としては魔力の強い私が祝福を手に入れ、国をさらに守って欲しい……それに優しい心根の王は女神が危険な目にあうことを不憫に思っていたみたいなのだ。
こんな嫌われ者の私に嫁ぐなど、可哀想な女だと思ったが仕方がない。自分と同じ「特異体質」の彼女に少しだけ興味もあった。
彼女に会う前に、彼女の両親が私に会いに来た。
「急な話で、無理を言ってすまない。王命では断れなかったことだろう」
「ブライアン様の強さは聞いております。どうか……どうか娘をよろしくお願い致します」
父親の顔は知っていた。彼は実力のある魔法使いだ――祝福を受けているおかげもあるが、元々の能力もすごいのだろう。ただ、祝福を受けてない私よりは弱かった。
母親は現在の女神だ。これまでも何度も……危ない目にあっており、その度に夫に守ってもらっていたと言っていた。
「大事な娘さんの相手が私なんかでいいのですか?私は身分も卑しいし、こんな見た目です」
「何をおっしゃるのですか?リリアンの相手は貴方しかおりません。よろしくお願い致します」
彼女はポロポロと泣きながら、私に頼むと懇願してきた。その必死さに私は珍しく動揺し、心が動かされた。親の愛情とはこういう物なのか。この母親は……娘にどうしても危険が及んで欲しくないんだなと。
それにこの人達からは私に対して恐れや蔑みの感情を感じ取れなかった。それが心地よかった。
「私でよろしければ」
「ありがとう」「ありがとうございます」
――そう……本来はどうしてもと頼まれ受け入れた縁談だった。なのにあの女は出逢った瞬間に、自分から結婚を断ってきたのだ。




