53 本物【アイザック視点】
違う!あれはリリーじゃない!!俺は一体何をしようとしていた?彼女が自ら死を選ぶわけがないではないか。本物の彼女なら、命が尽きる直前まで二人で生き残るためにどうしたからいいかを考えるはずだ。
『諦めずに何でもやるのよ』
幼い頃に彼女に言われた言葉だ。リリーはいつでも優しくて、明るくて、前向きで、頑張り屋で……そして諦めが悪い。そんな君が大好きだ。今見せられているリリーは全て虚像。
「こんな偽物に騙されねぇんだよ!ここから出しやがれ」
「地獄の炎!!」
俺は最大級の魔法を使った。闇を燃やし尽くすようにゴオォー……っと大炎が舞う。
その時、パリーンと大きな音がなり現実に戻ってきた。炎はこちらの世界でも轟々と燃えている。
「アイザック!良かった……」
心配そうな顔でこちらを見ているリリーと目が合った。生気のある輝いた紫の瞳が美しい。ああ……彼女は生きている。それだけで嬉しい。
「闇の中でリリーの声が聴こえた。君が俺を助けてくれた」
俺は彼女に微笑み……炎の中にいるブライアンに向き直す。
「よく戻って来れたな」
「吐き気のするものばっかり見せやがって」
「闇の中で見たものはお前の弱さだ。お前の心配と言ってもいい」
「心配……」
「だが、お前はそれに打ち勝った。いいだろう……リリーの力を得てではあるが、私と互角にやり合えるまで魔力は上がっている。精神力もあるようだ……お前が女神を守れ」
「お前に言われなくてもそうするよ!」
「ふっ、それもそうだな。さあ、もういい。私を早く殺せ……これでやっと終われる」
そう言われて俺はさらに魔力を込めて、更に炎を燃やす。こいつの体の周りを激しい火が覆う。
「ぐっっ……ゔぁ……っ」
炎の中からは苦しそうな声が聞こえてくる。
「アイザック!もうやめて!!ブライアンを殺さないでっ」
「リリー、なにを言うんだ。こいつは君を誘拐した犯人だぞ?」
「わかってる!」
確かに彼女の前でこの男を殺すのは気が引けるが、しかし生きていていいはずがない。彼女に危険をもたらす男なのだから。
「そうだ。リリー……こいつは姉上、いや君の母を殺した犯人なんだぞ」
デューク様もそう言ってリリーを制止する。
「お父様、本当に……本当にリリアンを殺したのは彼なのですか?彼はリリアンの話をする時はいつもすごく切なくて哀しそうでした。私にはどうしても彼が殺したようには思えません!それに……強引ではあったけれど、基本的に私に親切でした。むしろ……私を守りたいと思っているような」
そう言った彼女はブライアンがいる炎の中に向かおうとしている。いくらバリアがあるとはいえ危険だ。
「アイザック!魔法を止めて!お父様、氷魔法で炎を消して」
「駄目だ」
「お父様っ!私とブライアン二人で話をさせて……お願いよ」
「君はあいつの恐ろしさをわかっていない!」
「わかっている。わかっているけれど……どうしても聞きたいことがあるの」
「はぁ……君は一度決めたら、私の言うことなんて聞かないだろうね」
デューク様はため息をつき、俺の方をチラリと申し訳なさそうに目配せをする。俺は頷き、炎を弱めた。彼はそれを確認し、氷魔法を使って火を完全に消し去った。
危ないと思ったが、彼女のことを信じたい。きっと……なにか思うところがあるのだ。
リリーは「ありがとう」と言って、ダメージを受けて膝をついて苦しそうなあいつの傍に歩いて行く。
「な……ぜ、助ける?お人好しも……いい加減にしろ。そんなことではすぐに……死ぬぞ」
「ブライアン、教えて。貴方は私の母を殺したの?どうしても私は貴方がそんなことするように思えないのよ」
「そんなことをするように思えない?」
「ええ」
あいつはその言葉を聞いて急に馬鹿にしたように笑い出した。
「ははははは、何を。お前は私のことなど何も知らぬだろう」
「知らないわ。でも、悪人には見えない」
「君は頭の中がお花畑だな。誘拐した男が悪人でないと?」
「理由があるんでしょう」
あいつは真っ直ぐ見つめる彼女の瞳を避けるように目を逸らした。
「貴方と話してるのよ。目を逸らさないで」
彼女はブライアンの顔にそっと手を当て、自分の方に顔を向き直させた。彼は触れられたことに少し驚き、切ないような愛おしいような目でリリーを見つめ返している。
(ああ……嫌だな。また君はそうやって……誰かの心を救っていくんだ)
そんな優しいリリーが大好きなのに、そんな優しいリリーに腹が立つ。俺だけ見て、俺だけを想ってくれたらいいのに。
ブライアンは勢いよくリリーを抱きしめた。
「私は……最期にリリアンと約束した。君を……君を必ず守ると」




