49 エヴァの決意【デューク視点】
私には二年前からエヴァという婚約者がいる。政略結婚だが、彼女はとても美しくて優しくて賢くて……私は彼女のことをすぐに大好きになった。彼女も私を好きになってくれ、幸せに過ごしていた。
本当はもう少し早く結婚するつもりだったが、両親の死去もあり婚約期間が長くなってしまっていたのだ。
――だが、別れないといけない。彼女に……リリーのことを巻き込むわけにはいかないから。
「エヴァ、急に呼び出してすまないね」
「いいえ。お姉様のこと……お辛かったですね。ずっとデューク様を心配しておりました」
彼女は目を潤ませながら私を慰めてくれる。
「大丈夫だ……。なあ、エヴァ……すまないが、私と別れてくれ」
「なっ!なぜですか?私に……なにか至らぬ点でもございましたか」
エヴァはいきなりの婚約破棄に驚きの声をあげている。彼女には……嘘をつきたくない。
「君には本当のことを言う。他言無用でお願いしたい」
「わかりましたわ」
「実は、姉上の子を預かっている。ただ、書類上は姉上の子は死んだことにし、私の実子として育てたいと思っている」
「実子……」
「その子は姉の女神の力を引き継いでいるが、それを他人に知られたくないからだ」
「そうだな、私が平民の女性に産ませた子どもを当家で引き取った設定にする。君と婚約しているのに他で子どもを作った私に愛想を尽かし婚約破棄をしたとでも言ってくれ」
「そんな……」
「エヴァは何も悪くない。私がすべて悪いと周りにも言ってくれ。君には悪い噂が出ないように最大限サポートするが……やはり迷惑をかけると思う。本当にすまない」
私は彼女に深く頭を下げた。
「嫌です。私はデューク様が好きです。貴方以外の方のところに嫁ぎたくありません」
「エヴァ……私も君を愛している。だが……姉上の子どもを見捨てることなどできない」
私はギュッとエヴァを抱きしめた。これで彼女に触れるのも最後かと思うと胸が締め付けられる。
「私も母になり一緒に育てます」
「何を言ってるんだ?」
「私が産んだことにしましょう。私達は婚約していたのです。おかしいことではありません」
「いや!婚約中に妊娠するなど貴族令嬢にあってならないことだ。君の名誉に関わる」
「貴方の名誉にも?」
「私は男だから何を言われてもいい。心配しているのは君のことだ」
「なら、平気です。ちょうど私は最近は舞踏会にも参加しておりませんでしたし、実は妊娠していたと言っても誤魔化せます」
「だめだ!」
「延期になっていなければ、結婚していてもおかしくないのですから。貴方と結ばれていたとして誰が責めますか?」
「エヴァ……」
「私は貴方と別れる方が嫌です!二人で……我が子として育てましょう?」
「ありがとう……エヴァ。私も君と別れたくない。好きだ、大好きだ。私の一生をかけて君を絶対に幸せにする」
「はい。私も大好きです」
私は彼女の前で初めて泣いた。
その後、彼女の両親にお詫びに行き……子どもが産まれたため婚姻を急ぐと理由をつけすぐに簡単な結婚式を挙げた。女性にとって憧れの結婚式を彼女の望む形で挙げてあげられなかったことを今でも私は後悔している。
彼女は「貴方とならどんな式でもいいのです」と微笑んでくれた。
その夜、私達は初めて結ばれた。それは温かくて心地よくて、蕩けそうなほど素晴らしい時間だった。辛いことが多かった私にとって、優しく穏やかなエヴァの存在は幸せそのものだった。
婚約中に子どもを作ったと社交界では色々と冷やかされたりもしたが、私の日頃の行いが良かったのか「あの堅物のデュークが手を出さずにいられなかった程エヴァはいい女なのだ」と割と好意的な意見が多かった。それに本当に仲の良い私たちを見て、悪く言う人達はほとんどいなかった。「若いのだからそんなこともある」的な反応であり、私が心配していたようなことはなかった。
アルファードなど「お前のこと見直した……男らしいな!そうだよな、好きな女を前に我慢なんてできないよな」とハハハと笑われ、バシバシと背中を叩かれる。
彼は私より二つ年上だが、家が近所で昔からの付き合いだから気安い関係だ。私がジロリと睨むと急に真顔になり「まあ……色々あったんだろ。でもお前の横にエヴァがいてくれて俺は安心した」と微笑んでくれた。
エヴァは本当にリリーを自分の子として愛し育ててくれた。私もリリーを娘として可愛がり、慈しんだ。姉上の分まで幸せに生きて欲しいと願いを込めて。
私は愛する妻がいてリリーがいて……五年後には彼女との間に可愛いアーサーという息子も授かった。この時の私は本当に幸せだった。
そして、リリーが誘拐された日。私は珍しく取り乱した。ブライアンの「いずれ貰いに行く」という言葉が頭の中をぐるぐるする。まさか……本当にやつが?
無事に見つかった時は本当に安心した。表向きは金目当ての犯行ということにしておいたが、やはり調べていくとおかしいことが多くブライアンが関わっている気がしてならなかった。
その時に改めて危機感を感じ、彼女に毎日防御魔法をかけることにした。おはようとおやすみのキスを習慣化させ、その時に必ずこちらから魔法をかける。彼女が望まない人に襲われた時にバリアが発動するように。
そして、彼女からもお返しのキスを貰い……後で女神の祝福の効果を確認していた。毎日何度も自分の魔力量を測定し、増減を記録した。魔力量測定器が個人宅にあるなど我が家くらいだろう。
残念ながら……と言うべきか、さすがの能力と言うべきか、彼女が十歳の頃には完全に女神の力は完成していた。私がどれだけ仕事で魔力消費をしていても、リリーからの頬やおでこにキスしてもらうとすぐに完全に魔力回復するようになっていた。
その事実が……辛かった。
能力を持っていた母も、姉もその能力のせいで短命だった。両親も事故死となっているが、私は本当は違うのではないかと疑っている。父はかなり強い魔法使いだった。しかし……きっと母を守りきれなかったのだ。
――私にリリーを守り切れるのか。
私は彼女に真実は何も告げなかった。実の親でないことも、女神の能力も知って欲しくなかった。
すくすくと美しく天真爛漫に明るく育つリリーをみて嬉しかった。彼女にはずっと笑って過ごして欲しい。
そうだ。私だけで守るのが無理なのであれば、一緒に彼女を愛し、守ってくれる強い男を探そう。もしかすると君の恋心を無視した婚姻になるかもしれない……それでも。それでも彼女には生きていて欲しい。




