48 姉上の赤ちゃん【デューク視点】
――それは十七年前。
私がまだ二十歳の時にまで遡る。一年前に両親が旅行中に事故死し、魔法学校を出たばかりの私は若くして伯爵家を継いでいた。
姉が息を切らしながら、急に私の部屋に勝手に入ってきた。
「姉上!急にどうされたのですか」
「デューク、この子……この子を守って!お願い」
「何を言ってるんですか?この赤子は一体……」
「三日前に私が産んだ子よ」
「は?姉上が!?誰との子ですか?」
「トーマスに決まってるでしょ。名前は……貴方が決めていいわ」
私は驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。忙しくて仕事で長らく家を空けてたとはいえ、久しぶりに帰ってきたら……まさかこんなことになっていようとは。
「私を狙って、他国から沢山の魔法使いが来てるらしい。私、トーマス以外の人の元に行くつもりないのから逃げるわ。でも……でもこの子だけは連れていけない」
「姉上は王命でブライアン様と結婚すると決まっていたではありませんか!二人は仲良くしていたのに何故?トーマスとは別れると言っていたのに嘘ついてたのか……」
「嘘をついてごめんなさい。でも、彼を愛してるの」
「姉上……貴方の力は危ない。それを守るためにはトーマスではだめだとわかっているでしょう?彼は確かに優しい良い人だが魔法使いじゃない」
「私、女神なんて……なりたくてなったんじゃないもの!どうして好きな人と結ばれるのがいけないことなの?」
姉上はぽろぽろと涙を流した。私はその言葉を聞いてそれ以上なにも言えなかった。
「でも、もし私が死んだらこの子に能力が移ってしまうわ。魔法使い達は私を殺して、この子を奪おうとすると思うの……赤子の方が扱いやすいもの。愛した人との子を魔法使いの道具にしたくない」
「死ぬなんて縁起の悪いこと言わないでください!姉上は私が守りますからここにいてください!」
姉上はニコッと微笑んで「デュークは優しいわね。ありがとう」と言った。
「でもね、貴方にはこの子を託したい。私が死んだらこの子も一緒に死んだことにして!そして……貴方の子として女神ではなく普通の女の子として幸せに暮らして欲しいの」
「姉上……何を!」
「無茶苦茶なこと言ってるのはわかってる。貴方に迷惑をかけているのも……でも!もう本当に時間がないの!お願い……お願いね」
そう言って姉上は走って出て行こうとした。
「姉上っ!!」
そう叫ぶと、彼女は振り返り私の頬にキスをした。
「デューク、愛してる。貴方が弟で私は幸せだったわ。今までありがとう」
「私も姉上を愛しています。どうか、どうか生きてください」
「……行ってくるわ。この子のこと、どうかよろしくお願いします」
そう言って姉上はトーマスと一緒に姿を消した。残された私の腕の中の赤子は、母との別れを惜しむように泣いていた。
その後は……思い出したくもないくらい酷い事の連続だった。
遠く離れた森の中でバーーンという大きな爆発音と真っ黒などす黒い闇の塊が見えた。絶対にそこでなにかがあったと一目でわかった。
私は心配と不安で胸がバクバクし、赤子を侍女に預け移動魔法を使って森へ向かった。
そこは血の匂いが充満しており、密航してきたであろう魔法使い達が大量に死んでいた。壊れた馬車の傍には……息絶えたトーマスの姿。
そして、全身血塗れで呆然としながら姉上を抱きしめているブライアンの姿があった。この森で生きているのは彼だけ……明らかに異様な光景だった。
「ブライアン……様?」
俺が顔面蒼白で声を掛けると、彼は生気のない目でチラリとこちらを見た。
「リリアンは……馬鹿だ。こんな男を選んで」
彼の腕の中の姉上はぐったりしており……すでに死んでいた。
「まさか……この魔法使い達も……姉上達も貴方が殺したんじゃないだろうな?」
「……」
「答えろよ!」
ブライアンは俺をギロリと睨んできた。
「だったら何だ?お前が俺を殺すか??」
「……許さない!」
私は深い哀しみと怒りで感情がぐちゃぐちゃになっていた。ブライアンに向かって沢山の魔法をかけたが、天才とまで言われた魔法使いの彼には全く効かずにあっという間に倒された。
「彼女の娘を渡せ。私が育てる」
そう言った彼にさらに疑念が湧く……こいつは姉上に娘がいることを知っている!それが狙いでこの事件を起こしたのか……?
「姉上に娘などいない!」
「嘘をつかなくてもいい。お前にその子は守れない」
「娘など知らない」
「……いずれ貰いに行く」
ブライアンはそう言って、姉上の体をゆっくりと下ろし彼女の髪を一房切って内ポケットに入れた。
そして彼は移動魔法でどこかへ消え……二度と私の前に姿を現さなかった。
♢♢♢
姉上とトーマスを葬い……一緒の墓に入れた。どうかあの世で二人で幸せに暮らして欲しいと願いを込めて。
そんな哀しみと絶望の中、私の希望は姉上の子どもだった。ベッドを覗き、指でつんつんと触ってみると小さな手でギュッと握ってくれる。
(ああ……この子は生きている)
姉上のこの子だけは、私の命に変えても守り抜かなければ。姉上ができなかった幸せな生活を……この子にさせてあげたい。
「君の名前は……リリーだ」
彼女はふわぁ、と可愛く欠伸をしている。
「姉上は君に何も残せなかった……せめて名前は姉上から貰おうね」
そう言ってリリーの頭を撫でた時、彼女が笑ってくれた気がした。




