43 君が欲しい
次の日、私が早めに学校に行くとクロエ様に声をかけられた。なんだか嫌な予感がする。
「リリー様、少しよろしいですか?」
「ええ……何かしら」
私は彼女に呼び出されて、裏庭に来ている。
「こんなところまでお呼び立てして、申し訳ありません」
「いいわよ。それでご用件はなにかしら」
「これをお返ししたくて」
差し出された物は……アイザックにプレゼントした万年筆だった。
「……どうして貴方がそれを持っているの?」
私は驚いてそれ以上の言葉が出てこない。
「アイザック様と恋人に戻ることになりました。やはり結婚するのであれば、しんどい時に傍に寄り添う私の方が良いと気付かれたようですわ」
「……」
「私は彼を愛しています。貴方よりもずっと。それに貴方なんて彼のことを全然大事にしていない」
「……」
「優しい彼は、貴方からのプレゼントを捨てられないでしょうから私がお返ししようと思いましたの」
そして、無理矢理私の手に万年筆を置いた。これは彼が大事にすると嬉しそうに言ってくれたものだ。本当に彼がいらないと言ったのであればかなりショックだ。
――でも、彼女は嘘をついている。
「貴方、本当に彼のこと好きなの?アイザックのことを全くわかっていないのに」
「え?」
「彼はこんな卑怯なことしないわ。私が嫌になったのなら、必ず自分で直接言いに来る」
「わかっていないのは貴方です!彼は優しいから……直接言えないのよ」
「違うわ。優しいからこそ必ず直接言うのよ。大事な彼女に他の女の尻拭いなんて絶対にさせるわけない!」
「……」
「これは受け取っておくわ」
私は万年筆をポケットに入れて、彼女の前から去ろうとした。いや、しかしこれだけは言っておかなければ。
「クロエ様、ご心配いただかなくても私は彼を愛しているわ。きっと貴方よりも深く……ね?」
呆然としている彼女に「では、失礼致します」と美しく礼をしてその場を後にした。
(アイザックに逢いたい……逢ってきちんと話がしたいな)
教室に戻ろうと歩いていると、後ろから声をかけられる。
「リリー!」
彼のことを考えていると、私の目の前に本物の彼が現れてびっくりした。
「アイザック!貴方、大丈夫なの?昨日怪我をしたと聞いてとても驚いたのよ」
「ああ、大丈夫だ。心配かけて悪かった」
「よかったわ」
私は彼が無事だと聞いてホッとして微笑んだ。すると彼は私の腕を掴み「今すぐに君と二人で話したいんだ……来てくれ」とそう言って強引に手を引いて歩いていく。
「ちょ、ちょっと待って!もう授業まで時間がないわ……放課後に話しましょう?」
「それまで待てない」
「え?」
「今すぐ君が欲しいんだ」
アイザックはそんな爆弾発言をして、私を半ば無理矢理馬車に乗せた。この馬車はハワード家のものではない。どうして……?
「家の馬車だと授業をサボったのがすぐにバレるからね……これは二人だけの秘密」
そう言って私の唇に人差し指をちょんと付けてしーっと秘密のポーズをした。その色っぽい表情と私に拒否させない強引さに戸惑ってしまう。
今日のアイザックはおかしい。案外真面目な彼は授業をサボったことなどないのだ。
「どこに行くの?」
私は少し不安になり、恐る恐るそう尋ねる。
「着いてからのお楽しみ」
彼はニッコリ笑って、私の頭を撫でた。いつもならアイザックに触れられたら落ち着くのに、なぜか今日はそわそわしてしまう。
彼はずっと他愛のない話を続けている。私が怒っていたことについて何も聞かないのだろうか?私もクロエ様とのことを聞きたいが……なんとなく今日の彼は話しにくい。
それにしても長い……三十分以上馬車を走らせているのではないだろうか?学校からこんなに離れてしまって一体どこに行くのか。
ガタン
そんな時に馬車が止まったので、私は安心した。
「着いた。さあ、降りよう。気をつけて」
彼はさらっとエスコートをしてくれる。
「ここは……?」
「俺の秘密の場所。君をずっと連れて来たかったんだ」
降り立った場所は目の前に美しい湖がある森の中で、そこに小さくて可愛らしい家が建ってきた。
「さあ、入ろう」
「え……でも……」
私達はまだ婚約もしていない。本来なら密室で二人っきりになってはいけないのだ。今は侍女のアリスもいない。
「二人でゆっくり話そう?ここなら邪魔はいない」
「そうだけど」
「心配しなくても何もしないさ」
彼は私の手を引いて、家の中に入れ彼は当たり前のようにガチャンと鍵をかけた。私はその行為に驚いて彼を見上げる。
「リリー、君は本当に可愛いね。男の言うことなど簡単に信じてはいけないよ」
「え……?」
「やはり危なっかしい君は俺が守らないと心配だ」
彼はグッと顔を近付け、私の頬に手を当てた。
「君の全てが欲しい、愛してる」
私はその瞬間、ゾクっと鳥肌がたつ。声や姿はアイザックそのもの。でも違う!絶対におかしい。だって彼の胸ポケットに……
「あなた……誰なの?」
「ははは、リリー?なんの冗談?俺は俺に決まっているだろう」
「違うわ。アイザックに触れられてこんなに気持ち悪いわけがないもの。しかも!貴方の胸にはプレゼントした万年筆が入れてある……でも本物は私のポケットにあるのになぜ?こんなのおかしいじゃない」
その男は忌々しげに自分の胸の万年筆を投げ捨てた。
「やつが自慢していたからわざわざ万年筆までコピーしてやったのに、まさかそれで君に気付かれるとはな」
(私は……クロエ様に感謝しなくっちゃね)
その男は一瞬無表情になったが、その後ニーッと気味が悪く口角をあげて笑った。
「むしろ、お前にとっては気付かぬほうが幸せに終わっていたのに。愚かな女だ」
パチン
男が指を鳴らすと、私は身動きが取れなくなった。そして、そのまま宙に浮かされベッドに乱暴に落とされた。
「さあ、君の全てを貰おうか」




