39 やきもち
「ああ……そっちか、安心した。でもまだ求婚の返事してないのよね?」
「してない」
「それはあいつが悪いわね」
彼女は下を向き「ゔーんっ」と悩んだような声をあげた後に、覚悟を決めたようにバッと顔を上げた。
「きっと遅かれ早かれ知るだろうから、貴方に隠さず言うわ。アイザックは……その、キスは色んな人としてると思う」
「ええ!彼女だけじゃなくて?」
「うん。だから手慣れてるっていうのもあながち間違いではないかと」
彼女としていたのならば許せる。でもそんな付き合ってもいない人とキスするなんて!いや、いや……ちょっと待って。私とも付き合っていないのにしてるではないか……
「あいつからではなくて、群がる御令嬢方から積極的に求められてする……って感じだったけど」
「え!見たことあるってこと?」
「ほら、学園内で魔法使いの大会とかあったじゃない?あいつ優勝した時にキャーキャー言われてたから」
「知らない……」
「リリー見てなかったもん」
「その後なんて、『アイザック様ーっ、素敵ですぅ』っていうベタベタ擦り寄ってくる系の御令嬢方からちゅっちゅされてたわよ」
「え……唇に?」
私は信じられないと目を見開いて驚いた。
「うん……」
「信じられないっ!いやらしい!!」
「まあ、まあ。でも、それも昔の話だから。ここ最近は全くそんな様子はなかったし、今は迫られてもちゃんと断ってる」
「でも!」
「貴方を諦めようと必死だったんでしょう。愚かな行為だとは思うけど……許してあげたら?」
私はすごく胸がもやも、ムカムカする。あのキスを知っている女の子がたくさんいるんだ。私だけじゃない……なによ、それ。
「いや、許さないっ!」
「リリー、気になるのはわかるけど……大事なのは今はだからさ。おそらくお見合いしたとしても、その男性が一度もそういうことしてないとは思えないわよ?」
「わかってるけど。でも……私は初めてだったのに」
この事実を知ってしゅんとした私をエミリーはガバッと抱きしめた。
「リリー可愛いっ!なにその可愛い初心な反応はっ!ああ、私のリリーをアイザックなんかに渡すのが惜しくなってきたわ」
「もうしばらく彼とは話さないから!」
私はついムキになってそう言ってしまう。
「そうだそうだー!反省しろー!」
エミリーはニヤッと笑ってそう言った後……急に真顔になった。
「でもしっかり怒ったら、アイザックとちゃんと話し合いなさいね。彼が貴方を好きなのは絶対に嘘じゃない。大事な物を小さな事のために逃してはだめ」
彼女は私の手をギュッと握って、優しく微笑んだ。
「……わかった」
「ふふ、リリーはいい子ね」
♢♢♢
そして、ランチを終えた私達が教室に戻っているとタイミング悪く廊下でアイザックが声をかけてきた。
「リリーっ!休憩時間中に会えて良かった。なあ、今日一緒に帰ろう」
嬉しそうに満面の笑みで話しかけてくる彼に、だんだんと腹が立ってくる。
「嫌」
冷たくそう言い切った私の後ろで、エミリーがくっくっくと声を押し殺して笑っている。
「な、なんで?」
「今日はエミリーと用事があるの!ねっ?」
「え?あ……ええ。そうね」
「どこか行くのか?じゃあ後で迎えに行く」
「いらない」
「なんで……」
「いらないから!」
アイザックはこの世の終わりのようにショックを受けた顔をしている。
「なに怒ってるんだ?俺……リリーに嫌われるようなことなんかした?嫌なことしたんなら謝るから言ってくれ」
「したわよ」
「何を?」
私はギッとアイザックを睨みつける。
「自分の胸に手を当てて考えなさいよっ!!しばらく話しかけないで!」
そう言って私は教室に入り扉をぴしゃりと強めに閉めた。
(ああ、やってしまった。これじゃあ、喧嘩していた昔と同じだわ。しかもアイザックは絶対何に怒ってるかなんてわからないのに……)
「リリー……アイザック項垂れて今にも死にそうだったわよ」
「そうよね、ごめん。あとで謝る……」
「そうしなさい。向こうは昔のことなんだし、なんで怒ってるかなんてわからないわ」
私はこくん、と頷いた。授業が終わったらすぐに特進クラスへ行って、謝ろう。私のことが好きなら……これからは他の女に触れないでって素直に伝えよう。そう思っていたのに、授業が終わった時に信じられないことが耳に入ってきた。
「アイザック様がお怪我をされたそうよ」
「え?あのお強いアイザック様が?どうされたの?」
「なんか……ご自身の魔力が暴走したとか……誰かを庇ったとか……」
(え……アイザックが怪我?本当に?)
私はその噂話を聞いて青ざめた。
「リリー!しっかりしなさい。噂、本当みたい。医務室で休んでるって!行ってあげて」
「わかった、ありがとう」
私は全速力で走り、息を切らしながら医務室の扉を開けた。
「アイザックっ!!大丈夫……な……の」
そこにはベッドに寝ているアイザックと、涙を浮かべながら心配そうに彼の手を握っているクロエ様がいた。




