38 エミリーへの報告
ベッドに眩しい光が差し込み、私は自然と早く目が覚めたので庭を散歩することにした。
階段を降りると、偶然お父様と会い頬にキスをしておはようの挨拶をする。
「おはよう。リリー、今日は早いね?」
「お父様、おはようございます。今日はなんだか目が覚めてしまって」
「散歩?」
「そうです、時間があるからお庭を見ようかと。あの、お父様とお話ししたいこともあるんですが……今はお時間ないですか?」
「あるよ、じゃあ一緒に散歩しよう」
お父様は優しく微笑み了承してくれたので、一緒に庭を散歩する。庭師のみんながお世話をしてくれているため、我が家の庭はいつも美しく花々が咲き誇っている。
「昨日、アイザックから求婚されました」
「そうか……返事はしたの?」
「いえ、一週間返事を待ってもらいました」
「そう。リリーはどうしたい?」
「まだ迷っています……けど、今週のお見合いはお断りしたいのです。お父様が時間をかけて選んで下さったのに、私の我儘で大変申し訳ないですけれど」
私はお父様に向けて深く頭を下げる。
「リリー……頭をあげなさい。そんなことは気にしなくていいんだよ。でも迷っているなら、他の男性にも会ってみなくていいのか?」
「アイザックは真剣に気持ちをぶつけてくれました。だから、私もこの一週間彼のことだけ考えて結論を出したいのです」
「わかった。見合いは断っておこう」
「ありがとうございます」
「……結論が出たら私に話しなさい」
「わかりました」
「君が嫁ぐと思うと寂しいよ」
「ふふ、まだ彼に決めてませんよ?」
「例え……アイザックではなくて、他の男だったとしても同じことだ。ここを出ることには変わりない」
お父様は少し哀しそうに笑って「さあ、そろそろ朝食を食べよう」と部屋に戻った。
♢♢♢
「リリー、おはよう」
「お、おはよう」
学校に着くとすぐにアイザックに声をかけられて、驚いてしまった。今日は彼に貰った口紅をつけているので、なんだか恥ずかしい。
「今日の君もとても可愛いな。あれ……その口紅ってもしかして昨日の?」
「え、ええ。貰ったしせっかくだから」
「とっても似合ってる」
そんなことをサラッと言って、頬にキスをしてきた……みんながいる前で!この男はな、な、何をしてるのだろうか。アイザックは無口で、硬派と言われており、こんな人ではなかったはずなのに。
周囲からも、私達の様子に驚きの声があがっているのが聞こえる。
「昨日はありがとう。すごく楽しかった、また行こう」
「え、ええ」
「万年筆も嬉しかった。特に石の色が気に入ったよ……離れている時も、君だと思って大事にする」
そう言って彼は胸ポケットを優しく撫でた。そこには私があげた万年筆がささっていた。恥ずかしかったが、彼の喜んだ顔を見ると石の色は……紫を選んで正解だったようだ。
「そんな深い意味はないの」
「いいんだ。俺がそう勝手に思うだけ」
そして、彼を見上げるとバチッと目が合った。その瞬間昨日のキスを思い出して頬が染まり、恥ずかしくて思い切り目を逸らした。
「リリー、どうした?こっち向いて」
「私、急いでるから」
「え……ちょっと!リリー……」
私は彼を無視してスタスタと教室に入っていった。
「うふふ、朝からお熱いことね」
さっきのをどこかで見られていたのか、開口一番にエミリーが揶揄ってくる。
「やめてよ」
「いやいや、絶対に昨日なんかあったでしょ?お昼に全部聞くからね」
彼女はとても楽しそうに笑っている。私はお昼が永遠に来なければいいのに――と思った。
♢♢♢
「プロポーズ!」
「ちょっ、声が大きいから!」
週末にあったことを簡単に話すと、エミリーは驚きで大きな声をあげた。私は咄嗟に彼女の口を手で塞ぐ。
「へえ……アイザックやるじゃない」
「この前まで喧嘩してたのに」
「そうよね。でもあいつはずっとリリーが好きだったわよ。貴方が気づいてなかっただけで」
「え?」
確かに彼は昔から私を好きだと言っていた。でもエミリーは気が付いていたの?
「リリーが困っていたら何度も走って助けに行ってたし、貴方に告白した男には裏でめちゃくちゃ牽制してたしね。サムさんに嫉妬して貴方に素直になれずに喧嘩してたけど」
「え……私助けられてたの?」
「そうよ。前に庭で先輩に絡まれたことあったでしょ?あの時なんかリリーを助けるために教室から全速力で飛び出して行ったんだから!」
「でも!あの時庭で寝てたって……たまたまうるさかったから出てきただけだって」
「アイザックの嘘でしょ?侯爵家の令息があんなとこで寝てるわけないじゃない」
私は知らぬ間にアイザックに陰ながら守られてきたの?私は助けてもらっていることすら知らなかったのだと恥ずかしくなったが、彼の深い愛情を感じて心が温かくなった。
「で、でも確かあの時!アイザックは彼女がいたはずよ。しかもそれまでも女の子達と沢山の噂があったし」
「ああ……あれね。あいつ何だかんだでもてるからね」
「彼は試しに付き合っただけで、その時も好きだったのは私だって……そう言ってたけど。そんなの信じていいと思う?」
「本当だと思うわよ。遊んでたのは興味本位と貴方の気を惹きたかっただけ。一緒に出掛けていても全然楽しそうじゃなかったし」
そうなのか……。
「唯一お付き合いしていたクロエ様のことは、流石に大事にしていたみたいだけど……それだって貴方がサムさんに夢中だから、諦めようとして試しに付き合ってただけ。まあ、結果的にあいつは貴方を諦められずに別れたけど」
クロエ様……特進クラスの優秀な魔法使いの女性だ。直接関わりはないが、とても優しくて穏やかで良い方という印象だ。
そうか、アイザックと付き合っていたのは彼女だったのか。当時の私は喧嘩していたアイザックが誰と付き合っていようが興味がなかったので、どの御令嬢かは知らなかったのだ。
「付き合っていたってことは……その色々してたのよね」
「色々って?」
「……いや、別に」
私は真っ赤になって黙る。
「あー……そういうね。さすがに知らないけど、深い関係ではないでしょ。あいつは結婚するつもりのない貴族令嬢に最後まで手を出す馬鹿じゃないわ」
「でもなんか手慣れてた」
「……え?」
「い、いや。なんでもない」
「え!!もう手を出されたの?あいつ、私の可愛いリリーに許さないんだから!」
「ち、違う!……キスされただけ」
エミリーにとんでもない誤解をされている気がして、私は必死に否定をした。




