37 万年筆【アイザック視点】
リリーを家に送って、自宅に戻る。やっと彼女に愛してると伝えることができた。まだ返事はもらえていないが、言えた嬉しさと満足感で胸がいっぱいになる。
「おかえりなさいませ、いかがでしたか?」
「上手くいかれたんですか?」
家に着くと、すぐにジルとドロシーが俺に詰め寄ってくる。俺は彼女とのことは秘密にしたいのに我慢ができず、つい頬が緩んでしまう。
「楽しかった」
俺はゴホンと咳払いをして、当たり障りのないことを言った。
「はぁ……そんな幼稚なことをお聞きしてるわけではございません」
「そうですよ!婚約できたのか、できてないのかって聞いてるんです!」
二人揃ってガミガミと怒っている。この二人もリリーのことが大好きで、絶対にハワード家に嫁に来て欲しいと望んでいるので必死だ。俺の小さい頃から面倒をみてくれているこいつらは、使用人とはいえ家族のようなものだ。
「詳しくは秘密だが……上手くいっている。そして、俺は絶対にリリーと婚約するのを諦めない」
「それならば安心しました」
「あと、俺は今日晩飯はいらない。もうそのまま寝るから」
「何か食べてこられたのですか?」
「まあ……うん」
俺はそう言ってご機嫌で自室に戻った。晩御飯は食べてきていないが今日は胸がいっぱいで食べられそうにない。だが、そんなことを言ったらジルに揶揄われるに決まっているので言わない。
部屋に入ってすぐにベッドにゴロンと横になる。
彼女とのデートはずっと楽しくて夢のようだった。プロポーズもできたし、最後はキスまでしてしまった。ずっとずっと好きだった彼女に、触れることができた……その喜びに心が震える。
しかも彼女は「初めて」だと。もちろん初めてじゃなくてもいいが、俺しか彼女を知らないというのは……幸せだ。
小さな頃から彼女はすごくモテていたし、もしかすると積極的だった彼女が自らサムさんにキスをしているかもと心配していたのだ。
――リリーの唇、甘くて柔らかかったな。しかも、直前に彼女が舐めていたキャンディのせいでレモン風味。まるで小説のようだ。
俺はキスがこんなに気持ち良いものだと知らなかった。そして慣れていない彼女の口から漏れる声も可愛くて、少しいやらしくて……白い肌が恥ずかしさでピンクに染まるのも扇情的……
「ああー、ダメだ!」
俺は勢いよくガバッと起き上がった。頭を掻きむしり、邪念を払う。
何考えてんだ、俺は。勝手に暴走気味の口付けをして彼女にも「いやらしい」と怒られたばかりではないか。リリーには絶対に嫌われたくない。
平常心……平常心……
心の中でそう唱え続けるが、ふとした瞬間にリリーの顔がよぎり顔がにやけてしまう。
もう今日はしょうがない。この幸せを噛み締めよう。
あ!そういえば、彼女がくれたプレゼントがあったな。何故かすごく恥ずかしがっていたが、どうしてだろうか?
俺は貰った箱のラッピングを綺麗に外していく。箱を開けると……シンプルながらも洒落た装飾がされている黒の万年筆だった。
(こんな良い物を選んでくれるなんて。万年筆ならずっと持っていられるし、お守り代わりに大事にしよう)
手に取ってみると、俺の名前が刻印してある。彼女がわざわざ店員に頼んでくれたのだと思うと嬉しい。俺としては彼女の名前を刻印してくれてもよかったけど……なんて馬鹿なことを考えた。
キャップの先がキラリと光ったため、見てみるとそこには紫色の石が埋め込まれていた。しかも、リリーの瞳に近いラベンダーのような色。
彼女が恥ずかしがった原因が、はっきりとわかった。これは『万年筆を彼女と思って持っておいて』という意味だと自惚れてもいいのだろうか?
いつものリリーなら絶対に俺の瞳の色にするはず。それをあえて……彼女の色にしてくれたなんて。
「めちゃくちゃ嬉しい」
ああっ、もうだめだ。こんな幸せでいいのだろうか。万年筆にキスをする。明日学校に行ったらリリーにすぐにお礼を言おう。そして、ずっと胸ポケットに入れて大事にしよう。
そして俺は色んな欲と邪念を洗い流すために、冷たいシャワーを頭から浴びた。
♢♢♢
「おお、アイザック起きたな。昨日はご機嫌で帰って来たらしいじゃねぇか?詳細教えろよ」
カカカ、と豪快に笑った親父に声をかけられる。
「別に普通だけど」
「へえ……胸がいっぱいで晩飯食えないくらい嬉しいことがあったのに?」
親父は腹を抱えて、ケラケラと面白そうに笑っている。俺はそう言われてギッとジルを睨みつけた。食べて来たって言ったのに……こいつ!
ジルは素知らぬ顔でにこにこしながら給仕を続けている。
「プロポーズした。返事は一週間後にもらう」
「そうか」
「いい返事しか聞かないと言ってきた」
「ふっ、よく言った」
親父はさっきの茶化した態度が嘘のように真顔になり「だいぶ回り道したけど、ちゃんと伝えられてよかったな」と微笑んだ。
「心配かけてごめん。ありがとう」
「愛する女は何があっても離すんじゃねぇぞ」
「わかってる」




