28 彼女【アイザック視点】
魔法学校に入るとクラス分けがされる。俺は魔力量が多い特進、リリーは普通のクラスだ。クラスが違う分なかなか会うことができなくなった。
十三歳になった彼女は少女のような可愛らしさの中に大人っぽさが加わり、とても美しく成長していた。俺もグングンと背が伸びて、筋肉もつき、声変わりもして容姿まで親父に似てきたと言われるようになっていた。
相変わらず彼女はサムさんを追いかけていた。なかなかしつこい……いや、一途だ。俺もリリーが好きなままなので、人のことは言えないが。
「アイザックおはよう。久しぶりね。元気?」
「ああ、リリーも元気そうだな」
俺はこれに危機感を覚えた。彼女に会えば挨拶はできる……他愛無い会話もできる。だが、それはその他大勢のクラスメイトと何が違うのだろうか?
何でもいい。その他大勢の奴らと同じになりたくない。その思いから俺はだんだんと彼女に喧嘩をふっかけていくことになる。それが……間違った方向だとは気が付いていたが。
「お前のような子どもをサムさんが好きになるはずない」
(彼じゃなく、同じ歳の俺を好きになってくれ)
「いつまでお転婆でいるんだ?」
(成長しても、昔と変わらず明るくて元気な君が好きだ)
「力も無いのに厄介ごとに首を突っ込むな」
(他人を助けるために自分を犠牲にしないでくれ。君に何かあったら困るのだから)
俺の本心など伝わるはずもなく、リリーはいつも「うるさいわね」「なんでそんな酷いこと言うの」と怒っていた。彼女にはいつも笑っていて欲しいが、怒っている彼女は俺の目を真っ直ぐ見つめてくれる。それだけで嬉しかった。
(リリーの瞳は綺麗な紫色だ……珍しい色だがとても美しい)
ある時、サムさんのためにリリー自らお菓子を焼いていた。手作りを貰える彼が羨ましすぎる。そう思った時には奪い取ってクッキーを頬張って「まあまあだ」と悪態をついていた。
(まあまあなんかじゃなく……美味い。こんなの食ったらサムさんは彼女を好きになってしまうかも。彼には食べて欲しく無い)
サムさんは彼女から好意を向けられても振り向く素振りがなかった。彼は彼女を愛していたが、妹として以上の気持ちはなさそうだ。そのくせに何年も彼女の心のほとんどを占めているのが悔しい。リリーが好きだと言ってくれているのに……応えないなんて贅沢だ。
(俺を好きになってくれないかな……絶対に大事にするのに)
十六歳になった俺はクロエという子爵家の御令嬢から告白された。彼女は隣の特進クラスの優秀な生徒で女性ながら強い魔力を持ち、風の魔法使いだ。
豊かなブラウンの髪、優しそうな目、小柄で華奢な貴族令嬢らしい見た目。きっと可愛いのだろう……一般的には。
「わ、私……入学した時からずっとアイザック様のことお慕いしておりました。私では駄目でしょうか?」
彼女は緊張しているのか、真っ赤になりながら震えている。その必死さが……自分がリリーに向けている姿に重なりどうしても冷たくできなかった。
「別にいいけど。でも悪いけど、俺まだ君をよく知らないんだ」
「本当ですか?いいんです!だんだん好きになっていただければ……嬉しいです」
彼女は満面の笑みでとても嬉しそうに笑った。そんなに喜んでくれるのか……と彼女を冷静に眺めていた。
もうリリーのことを諦めたい。サムさんを好きだと言う彼女を見たくない。俺に恋人ができれば……この気持ちはいつの間にか消えてなくなるかもしれないという安易な考えで告白を受け入れた。
それに思春期の俺は「付き合う」ということにも多少の興味があった。
まあ……それまでも誘われれば色々な女の子と遊びに行っていたが、付き合ってもいないのに束縛されたり、あからさまに色仕掛けをされたり、面倒なことが多かった。キスも女の子達から強請られるままに何度かしてみたが、自分でも驚くほど心は動かされなかった。
そして絶対に最後は「私のことなんか好きじゃないでしょ」と勝手に怒るのだ。そりゃそうだ、好きじゃない。俺はリリーが好きなんだから。
こんな無愛想な男のどこが良いんだと思うが、侯爵家の長男であり強い魔法使いである俺は将来有望で御令嬢方は群がった。キャーキャー言われることもある。そう……『条件』がいいからだ。
好きな女からは全く見向きもされないのに、好きじゃない女からは好かれる。この『条件』はリリーにはなんの意味もない。
クロエは世間からみれば、とても良い女性だったと思う。彼女は俺の傍に何も言わずにそっと寄り添って微笑んでいることが多かった。お昼を作ってきてくれたり、紅茶を入れてくれたり、せっせと俺の世話をしてくれる。一目で作るのが大変だと思う細かい刺繍を入れたハンカチをプレゼントしてくれることもあった。
「クロエは、俺にして欲しいことはないのか?」
「アイザック様の傍にいるだけで幸せです」
「……してもらってばかりだから」
「では、手に触れてもよろしいですか?」
彼女は真っ赤になりながらそう言った。俺は控えめな希望を口にした彼女を素直に可愛らしい、と思いそっと小さい手に俺の手を重ねた。
彼女は触れた瞬間にハッと顔をあげ「嬉しい」と頬を染めて俯いてしまった。
――いい子だ。とても素敵な女性だ。だが、なぜ俺はこの子のことを好きになれないのだろうか?
苦しくても辛くてもリリーを思う気持ちが一向になくならないのはなぜなのか。彼女を追いかけたら心がズタズタになるのはわかっている。それでも……俺の心の真ん中にはリリーだけしかいない。




