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今日から学校と仕事、始まります。②莞

人間生きてりゃ、プライドだって捨てるものさ

作者: 孤独

人間生きてりゃ、プライドだって捨てるものさ。


「どー?この水着ー!イケてると思いましたかー、広嶋くーん」

「……それ、サイズ合ってんのか?」

「夏までに間に合わせるもん!!胸が上手く抑えられてないよねー(笑)」

「大きくなるのは腹だけじゃねぇのか、ミムラ」


これからやってくる事はイベントだけではなく、身に降りかかる事もある。

成長あれば、災いあれど。

彼女は夏に(いちおの)彼氏に見てもらおうと、服を新調しつつ、デートという買い物に付き合わせ。


「ちょ、ちょ、広嶋くん。私、今日……そーいう日じゃないんだけど」

「何を想像した!!俺はいつも、お前が家でぐーたらに過ごしているから!太ると言っただけだ!」


勘違いそこそこに、人生を楽しむものだ。

そーいう勘違いで社会が動いてくれるとありがたいモノだ。

世の中、災いもあるのだから。


若いカップルのいちゃつきを見ている店員の貝山は一言ぼやいた。

それは彼女達が原因でもなく、


「……仕事辞めたい」


◇       ◇



『9年前、ここに勤めていた貝山由人です』



「誰だよ」


仕事場はある時期を迎えれば入れ替わりが起こる。全ての事に世代交代は存在する。

それは誰にも止められず、とてつもないウネリでその時代に生きる人々を飲み込む。


「この中に貝山って奴を知ってるのいるかー?」

「山口部長、その方はお客様の名前ですか?」

「いや、ここで働いた事がある。まー、経験者らしいんだ。俺はその時、ここにいねぇーんだ」


色んな業界でもそうであるが、経験者は貴重だ。それがライバル会社からの経験であれ、なんであれと……。あまりない事ではあるが、人と言うのは時に。プライドを捨ててでも戻って来る者がいる。

当時辞めた理由はいくらでもある。

3年経てば、3年前の新人が転職してたり、出世したりと色々ある。その3倍とくりゃあ、当時の実情なんか知ってる奴なんて……



「貝山ってのはー、あの貝山のことか?〇✖地域の配達やってた貝山?」

「お、木下さんは知ってるのか。さすが、30年以上のぼんくら大ベテラン。色んな人間が辞めてきた姿を見て来ただけの事はある」

「ほっとけ、山口。お前も俺とあんまり変わんねぇだろ!」



極わずかに知っている輩がいるくらいだ。そして、当時辞めた事など、普通は覚えていない。しかしながら、素行や勤務態度というのは時に伝説となって残ることもある。

木下は一緒に仕事をした仲ではなかったが、当時の連中からの話は聞いていた。

周りがまったく覚えてないのは、当時のその人を見た事がないからだ。しかし、見た事がある人には分かる。


「やめとけ、やめとけ!ロクに挨拶しねぇ喋らねぇ、人の話聞かないで、ミスばっかりしてたガキだったぜ。1年もいなかったんじゃねぇーか?」

「あー、そーいう経験者か……気が乗らねぇな」

「嫌々働いてた感じだったぜ。向上意識はなかったんじゃねぇか、他の配達地域を覚えたりとか、若さあんのによー。見た感じも、気力も体力も感じられない男でよー」

「頭の中じゃ辞めたくて辞めたくて、しょうがない系の若造だったわけか。転職したいんじゃなくて、仕事したくないだけで辞めるタイプか」

「若いってのはいいよなー、転職が簡単で。あれくらいの人間ができるなら、若ければ俺も転職してたぜー。絶対になー」

「仕事の出来は木下が喋らなくて若くなっただけというレベルか。そりゃあゴミのような人間だな」

「おう!……って、俺の評価までさらっと言うなや!!こちとら真面目に働いてるだろうが!」

「週一で誤配やらでミスしてる馬鹿を真面目と評価するのは、幼稚園児までだ」


この仕事のベテラン……であると同時に、問題を起こす奴がヤバイというのだから信憑性はある。

長いこと仕事ができる人間というのは、問題の度合いを把握している。誤配や遅延をあの程度、この程度と考え、交通事故やら荷物の紛失などを重く考えている。誤魔化せないヤバイミスというのはあまりしないのだ。迷惑ではあるがな。


「まー、そうか……」


現場の人間は確かに不足している。経験者は確かに喉から手が出るほど欲しいが、問題児とくれば話は別だ。9年もあれば人というのは変わる事など造作もないが、どんな変化をするか分からない。


「他とも話し合うが、……」


山口の頭の中では、お断りで決まった。優しい判断だ。

理由としてはいくら経験者でも、素行が悪かったというのだけでアウト。地雷を雇ってくださいと、頭を下げられてもお断り。貝山のそれからと面接時の姿を見ても、……木下の印象とそれが簡単に想像できた。

年齢も9年前なら若くて貴重でも、今じゃあ30を過ぎたおっさん。


一番、体が動く時代に、体が動いた事もないのだから。いくらなんでもここじゃ無理だ。そーしなきゃいけない事情も、自分の事だけしか伝わらない。


「お祈りするわ。恥を覚悟してるのは分かってるからな」

「その方が懸命だ。体も壊すだけだぜ」


辞めた時代そのとき。それが夢を抱いたからというのはとても尊重していた。

だが、今でも働いている山口達は、別の理由で辞めて来た者達を多く見て来たから、耐えられないと分かった事は引き留めないし、引き留められない。


時代そのときに夢を見たり、時代そのときに絶望したり。

老害の思う事かもしれないが。


『昔は酷かったんだぜ』


それはほとんどが本当の事だから。

誰かが、何かが。

それを断ち切ったのは、とても大変な事なんだ。


貝山の経歴とその姿からは、それを見た事もないんだろう。

その日、自分は仕事が休みだったんで会えなかったんですが。4年ぐらい前に一緒に働いていた方が2人、会社に来たんですよ。面接で。1人はちゃんとしていた方だったので採用されて、もう1人の方は不採用だったんですよ。


そりゃあ、採用された方はちゃんとやりたい夢に向かって、別の会社に就職。コロナで予想外のオジャンということで。夢を諦めて、現実と向き合う形で形振り構わなかったそうです。

不採用の方は、仕事が嫌になったから仕事辞めて、今の今までほぼ無職してたら、そりゃあね……。他を探せよ。って。まだ若いからチャンスはあると思うよ、大卒より年齢高いのがネックだけど。




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