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9.昼下がりの暴走sideライナス

 アルゼィラン伯爵邸へは夜会で度々訪れたことがある。華やかながら隅々まで手入れの行き届いた清らかな雰囲気はどこかフローラを思い起こさせる。

 アルゼィラン伯爵は矍鑠とした老紳士で、フローラへの愛情がひしひしと感じられるご夫婦だった。アルゼィラン伯爵には今回の事件について既に殿下が書状で説明しているという。


「オーノック侯爵家で世話にならんでも、ライナス殿がこちらに通えばよろしいのでは?」

 気持ちは痛いほどわかる。陽だまりのようなフローラの笑顔と溌剌とした声の響く屋敷はきっと居心地が良いだろう。

「今回の件はもちろん秘匿されていますが、どこから漏れないとも限りません。フローラ嬢が我が家に既に住んでいる、となれば婚姻予定のふたりの痴話喧嘩と捉えられるでしょう。それもアルフレッド殿下が他言無用としているならば、それ以上フローラが謗られる事もないかと」

「なるほど。しかしですな……」

「我が家では伝統的に婚前に屋敷に入って花嫁修行をします。屋敷の者も弁えていますから、お任せください」

 暗に婚前に手を出すことはないと示す。ここで伯爵に頷いてもらえなければ、結婚まで遠退いてしまう。


「……やっと手元に戻ってきたかわいい孫娘ですが、年齢やフローラの幸せを考えれば、そちらにお世話になるのが良いのでしょうな」

「こまめにお手紙を差し上げます。必ず大事にします」

 すかさず急ぎ揃えた婚約の書類を並べる。

「フローラはこれまで苦労が多かった。どうか幸せにしてやって下さい」

 寂しそうに微笑む伯爵の手元は震えていた。私にフローラのような孫がいたらとても手放せない。


 ──必ず幸せにしなければ。


 伯爵邸からの帰り道、結婚に向けて考えることはごまんとある筈なのに、明日は小さな馬車で迎えに行って、今日よりくっつこう、と目先の事ばかり気にしてしまう。意気込んだはずなのに、今日一日、フローラに情けない様しか見せていないと苦笑する。

 

 一度屋敷に戻って改めて現実に引き戻され、明日からのフローラが家にいる日々、を想像する。昨日のうちにお仕着せの仕立て目録からフローラの採寸を入手していた。家令に指示して当面必要と思われるものをかき集め、ああでもないこうでもないと選んでいく。


「ライナス様、あとは私が手配致しますので今日はもうお休みになっては?」


 すっかり日が落ちていつもなら私室に戻っている時間だった。既に結婚して子どももいる乳母姉のニーナならば、私が語るフローラの魅力を存分に理解しているだろう、と思い至る。


「完璧じゃなくて良い。それはそれで二人で揃えていくから。君もあまり遅くならないように」

 

 そう、この時私はそのまま召されてしまうのでは、というほど舞い上がっていた。


◇ ◇ ◇

 

 翌日迎えに行くと、フローラは王宮での衣装よりもいくらか溌剌とした印象を受ける檸檬色のすっきりとしたドレスを身に纏っていた。すらりとした彼女の体躯を引き立たせている。

 きっとアルゼィラン伯爵邸に伯爵夫妻が用意していたものだろう。こういうタイプも似合うのか、盲点だったと思いながらも女性の服などいくらあっても足りないだろうし、フローラなら品の良いものならどんなものでも似合うだろう。

 多少品の無いものは二人きりの時に着て貰えば良い、と思ったところで、馬車の中が昨日よりずっと狭く密着していることを思い出して身体が熱を持つ。

 

 オーノック侯爵邸にフローラがいる。フローラの部屋があり、今日からひとつ屋根の下。


 父母が育てた優秀すぎる侯爵邸の人々に子ども時分は辟易することもあったが、今最高の賛辞を送りたい。昨日の今日で急ぎ準備された部屋は予々言い聞かせていただけあって、フローラのイメージにぴったりだった。

 きっと似合う、と急ぎ選んだドレスを納めればこれまたぴったりで、ずいぶん前から私たちは愛を語らい、結婚に向けて準備してきたのではと錯覚するほどだった。


 私の選んだ若草色のドレスを着たフローラはまるで妖精だった。


 ある時、母が草木に凝りすぎて、庭園を森に作り替えた。母の奇抜な行動はいつものことだったが、虫は多いし、庭師の愚痴は止まらないしで辟易していた。しかし今、母への反抗期がようやく終わりを迎えた。

 日差しのなか艶やかに輝く草葉、木陰をもたらす枝木、その中でふわふわと柔らかな緑を揺らし歩くフローラ。


 ──我が家に森の妖精がやってきた。


 しかし──昨日から妖精は浮かない表情だ。王宮で言葉を交わすときの落ち着いた雰囲気ながらも楽しそうに話すフローラが遠くへ行ってしまったようで悲しい。

 媚薬を盛ったことへの恥じらいならば、これからいくらでも二人で無くしていける。だがもし私に罪悪感を持っているのだとしたら。謝って欲しい訳じゃないと言ったけれど、謝罪を受け入れることも必要だろう。


 あるいは、無理に連れ帰って、花嫁修行を始めることに不信感を持たれたのだろうか。


「無理にだなんて!願ってもない申し出と言いますか……願ってもないというか、願ったり叶ったり、というか」


 フローラが私を見つめながら、()()()()()()、と言った。──あぁ、そうだよ。私の願いも叶った。


 王太子殿下は焦るなと言った。アルゼィラン伯爵も当然のことながら結婚までは清らかな関係を望んでいるだろう。


 だが──、キスくらい、いいよね?


 尋ねれば私の掌で包んだフローラの顔がこくん、と可愛らしく頷いた。

 触れるだけのキスをと思ったのに夢中になった。唇を押し付けたままそっと舌を差し入れると甘えるようにフローラも食んで応えてくれる。


 かわいい、何てかわいい──!

 

 夢中になった結果、鼻血が出た。びっくりした顔のフローラもかわいい。



 舞い上がっていた。そうとしか言いようがない。

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