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6.昼下がりの仲直り

 王宮の庭園は催し物のために広々とした空間が至るところにあって、整然と並ぶ樹木が人工的に作られた小さな丘まで続いた。一方、ここオーノック侯爵邸は、大きな噴水を中心に木立が広がり、自然そのままな雰囲気だった。


「この庭は母の趣味なんだ。以前は煉瓦作りの花壇が囲う可愛らしい庭だったけど、母があちこちから樹木を取り寄せて、もうほとんど森みたいでしょう?」

「そうですね」


 ライナス様の屋敷で、ライナス様が選んで下さったドレスを着て、ライナス様に手を引かれ庭を散策する昼下がり。

 ミリアーナ殿下のお顔が浮かんでは消えて、抜け駆けしているような罪悪感を感じる。


「母は今はもうほとんど領地の本邸にいるから、庭師にフローラの好みを伝えれば良いよ」

「あ……いえ、花器に飾るお花と違って、庭木には馴染みがないので……」


 王宮に生ける花は専門の職業があったが、ミリアーナ殿下の私的な空間に飾る花はよく任せられていた。そして、その花を用意しに行く途中で、ライナス様によく行き合っていた事を思い出す。


『花はお好きですか?』


 ライナス様はいつの間にか近くにいらして、何かを問いかけられる事が多かった。


『正直、特別好きでも嫌いでもないんです。でも殿下が色合わせが上手だと仰って任せて下さいます』

『好きこそ物の上手なれ、というわけでもないんですね』

『好みの問題ですからね。ミリアーナ殿下の侍女ですから、殿下の好みに合うなら何よりです』

『私の好みはアルフレッド殿下には野暮ったいとか適当すぎるとか罵られてばかりです』

『そうですか?いつもお召し物、素敵だなと拝見していました』

『ありがとうございます。──好み……そうですね好みの問題ですよね』


 ミリアーナ殿下に見つかったら私も粛清──といっても派手な嫌がらせのことだが──の対象だろうかと怯えながらも、間近でライナス様のお姿を拝見できることに浮き足立っていた。

 ライナス様はご自分が常に注目される立場をわかっていて、必ず人目の、特にミリアーナ殿下に見られる心配のないときに声を掛けて下さっていた。

 王宮の庭園には死角が少なく、植物園に向かうにつれ人目に付きにくいため、花園の脇でお話をしていた。


 ──それが今は、エスコートされながらお庭を散策、かぁ。


 怪我の功名、というやつかもしれない。隣を歩くライナス様は相変わらず、凛々しく、逞しく、それでいて優しげな目元が私をときめかせる。

 見られていない隙に、その横顔の、優しい瞳を見つめる。──やっぱり、好きだな。


「ドレス、好みに合ったかな?フローラの落ち着いた瞳の緑と、髪の淡い茶色によく似合うと思ったんだけれど」

「あ、はい。素敵です」


 ──ライナス様が選んで下さった、というだけで感無量だった。


 ベンチにならんで腰かける。ふわりとした生地が日に当たって織り目がよく見える。余程上質なものだろうとわかって少しハラハラする。

 ライナス様のお顔もさらによく見えたりするだろうかと横を向くと、思い切り目が合ってしまった。危ない、鼻血が出るところだった、と目をそらす。


「フローラ」


 ぎゅっと手を握り込まれる。恐ろしいことに、手を握られることは昨日今日で馴れつつあった。


「……目まぐるしく環境が変わって、戸惑っているのはわかるんだけど──昨日から王宮で言葉を交わしていたときよりそっけなくて、少し、寂しい」


 ぐっと顔まで近付いて、これは駄目だ、馴れていない。──寂しい……寂しい?


「ちょっと、強引だったから、怒ってる?」

「お、怒ってなんかいません!……むしろ、どうしてライナス様が怒っていらっしゃらないのか、不思議なくらいで」


 切ない顔で見ていたライナス様が微笑んだ。


「そっか、わかった」


 ライナス様が両手で私の頬を包み込んだ。


「謝ってほしい訳じゃない、って言ったけど、うん。フローラの謝罪は受け入れました。私も無理に連れてきてしまってごめんね?」

「無理にだなんて!願ってもない申し出と言いますか……」


 すごい。王宮内のお茶会で媚薬を盛ったという結構な事件が、子ども同士の喧嘩みたいな謝罪で水に流されようとしている。


「──願ってもない、か」

「はい、願ってもないというか、願ったり叶ったり、というか」


 ライナス様が深い笑みを浮かべた。初めて見る表情だ、と思った。妖艶な笑み──いけない、鼻血が出る。


「そっか……じゃあ、良いよね?」


 何が?と思って首を傾げようとしたけれど、両頬をしっかりとライナス様に捕らえられていて、頷く格好になってしまった。


 ──唇に柔らかいものが当たった。


 思わず閉じた目を開こうとする。キスされていると気付いて、驚いて目を開けようとするけれど、どういうわけか唇も一緒に開いてしまった。

 ちろりと(あわい)を舐められて、舌を押し出そうと口を閉じようとするけれど、びくともしない。


 これは、子どもの喧嘩の仲直りじゃなくて、大人の、そう大人のやつだ──。

 

 ぼーっとして全身が硬直する。赤い鮮血が目に入る。


 たらりと鼻血が流れていた。


 


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