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5.小さな馬車

 

 まさかの二日連続、馬車にライナス様と二人きりだ。昨日のラフな格好と打って変わって、黒髪に良く合った紺の正装で迎えにいらした。昨日より一回り小さい馬車は一頭引きで、さらにライナス様との距離が近くなっている。犯人の護送に立派な馬車は不要、きっと侯爵家に私が出入りするのに昨日の馬車では目立ちすぎるのだろう。


「すまないね、もっとゆっくりしたかっただろうに」

「いいえ、間が開くと身体が鈍りますから」

「……そうだね。これから忙しくなるけど、十年もミリアーナ殿下付きで働いたフローラにはかえって楽なくらいかもね」


 悪戯っぽく微笑むライナス様が眩しい。犯人を更正させるのに楽ではいけないのでは……?と思う。


「けれど勝手も違うでしょうし、ご迷惑をお掛けしないか心配です」

「まぁでも、侯爵家の皆がフローラに合わせていく為の期間でもあるからね。気負わなくて大丈夫だよ」

「急なことで侯爵ご夫妻にはご迷惑ではなかったでしょうか?」

「いや、むしろ二人とも歓迎しているよ」


 そんな甘やかすようなことを言わないで欲しい。けれど、飴と鞭。罪を反省させ立ち直らせるためには厳しさばかりではいけないとも聞く。


 昨日と同じように手を取り、頭を撫でながらライナス様が囁いた。


「大丈夫、私に任せて」


 ──飴が、甘すぎる。


 侯爵家のアプローチは王都の中心地とは思えないほど広々としている。王宮は広かったけれど、王女殿下付きの行動範囲は狭く、存外足腰は鈍りがちだ。


「これほど門から距離があると外出の時が大変そうですね」


 侯爵家の侍女は王族の側仕えより仕事内容は多岐に渡るだろう。御使い事なんかもあるかもしれない、と不安に思って言葉が出る。


「そうだね。皆、荷物は馬なり驢馬なりを使ってうまく運んでいるよ。まぁフローラが歩くことも、一人で外出することもないだろうけどね」

「もしかして侯爵家は二人組制ですか?」


 王宮でも主に清掃や給仕のみを担当する侍女は二人一組で仕事をする。使用人の多い貴族の家でも助け合いと不正防止の意味合いで取り入れる家が多い。


「あぁ、新人はそうだけど……。フローラの場合は外出するなら私と一緒だ。必ず馬車を出すし、必要なものは家令に伝えれば揃うよ」


 どこか冷たい眼差しでライナス様が言った。


「そうですか……」


 ──逃亡防止が優先されるということだ。


◇ ◇ ◇


 さすがに使用人が急に一人増えるのだ。侯爵家はバタバタとした様子だった。皆立ち止まって会釈だけしていく。申し訳なくて苦笑で会釈を返してしまう。


「案内するよ。先に着替えだけ済ませようか?」

「はい」


 通された部屋の続きの間には王宮の寮にあったものと、伯爵家から運ばれたものがあった。そしてそれ以外にも──


「好みじゃなかったら申し訳ないけど、一通り揃えさせてもらったよ」


 数年ここで暮らしているのでは、というくらい見事な衣装の取り揃えであった。お仕着せと社交用の衣装、両極端な物しか持っていなかった。しかし衣装部屋には普段のドレスから夜着までずらりと揃っている。


「……すごい。何から何までお手数お掛けしてしまって、どう御返しすれば良いか」

「そう思うなら今度はフローラが私の衣装を選んでくれ」


 今度はフローラが、ということはこれらすべてライナス様が選んだのだろうか?


「後でニーナという侍女が来るから、着替えて待っていて」

「わかりました」


 ニーナという侍女は私より一回りほど年上で、実直そうな感じの良い人だった。わざわざ侍女が着替えさせてくれるということは、私はライナス様かライナス様のお母様の側仕えになるのだろうか。


 「ライナス様から今日はこちらのドレスを、と指示されております。着丈もぴったりの筈です」と穏やかな笑顔で手伝ってくれた。

 

 彼女の世代だとさる子爵家の令嬢が継母に虐げられて、寸足らずのドレスで逃げるように宮仕えに上がったという話──当時社交界でお祖父様が誇張して吹聴したので話題になった──を知っているのかもしれない。


 ふと、王宮に上がったばかりの頃を思い出す。ミリアーナ殿下は我が儘でお仕えするのには大変なことも多かったけれど──


『私の侍女は常に美しく着飾っていなければなりません。私の首飾りと同じように、あなたたちも常に磨かれてなくてはなりません』


 まだ十にも満たない歳のお姫様がそう言い放ったのだ。

 それまで王女殿下付きの侍女は貴族令嬢たちが実家の後ろ楯を持ってして着飾って侍るのが当たり前だった中、ミリアーナ殿下は自ら侍女たちに衣装を買い与えた。

 唯一の側妃子としてむしろ王族方には大切にされていたけれど、高位貴族の中にはミリアーナ殿下に対して口さがない者も多かった。どんな時も堂々と、あの方はまさしく王族の風格を持った方だ。

 ミリアーナ殿下はどうされているだろうか。コルセットも踵の高い靴も、痛いとかきついとか仰らない方だったから。


 国のための政略結婚を控えて、恋する人に媚薬を盛った殿下──。


 臆病な私と違って、ミリアーナ殿下はライナス様に対する好意を隠そうとはしなかった。社交界でライナス様を狙う令嬢には容赦なく牽制し、強引な令嬢には強引な制裁を加えていた。

 『女嫌いのライナス様にとっては、ミリアーナ殿下はナイトのようね』社交界のお姉さま方はいつしかそんなことを口にするようになっていた。



「お履き物はライナス様がこちらを選ばれました」

 用意されていたのは美しいサテンの真っ白な靴だった。たしかにこれでは徒歩で移動できない。


「ありがとう」


 なぜライナス様のお屋敷で優しげな侍女にかしずかれ、こんな美しい衣装に身を包んでいるのか、〈媚薬を盛った犯人〉にはさっぱりわからなかった。




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