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番外編.お土産と媚薬


「これは……?」


 シルクがお庭の真っ白なテーブルに褐色の小瓶を置いた。


「お土産、かな?」


 歌劇団の演奏旅行を終えて王都に戻ったシルクは、新歌劇場オープンまでの休暇に遥々オーノック領へ遊びに来てくれた。


「かな?って?」


 何故か小瓶を前に二人で首を傾げている。間違いなくシルクが持って来た物なのに。


「隣国の、というかミリアーナ殿下からの……お土産?」


 驚いて、口をぽかんと開けてシルクを見つめてしまった。使用人の皆に下がって貰っていて良かった。


 歌劇団の演奏旅行は国境の街ブシュナを訪れた後、なんと隣国の大使に招かれてモルスラード王国へ行くことになった。そして、あれよあれよと王宮での晩餐会に招待されて、シルクはミリアーナ殿下と再会まで果たしたそうだ。


「ミリアーナ殿下はお元気そうだった?」

「うん、とっても」


 嫁いですぐの頃は大変だったという。ある意味〈怖いものなし〉で生きてきたミリアーナ殿下は他国の王子妃となり、頼れる人のいない中、社交に苦労したそうだ。


「ほら、ミリアーナ殿下のタイプってライナス様みたいな逞しくて色気だだ溢れ!みたいな感じでしょう?」

「え、えぇ、そうね?」


 モルスラードの第二王子殿下は小柄で物静かな方で、苛烈なミリアーナ殿下と繊細な王子殿下では性格も合わず、膠着状態が続いたらしい。

 そして、ミリアーナ殿下は数ヶ月の間、共寝を拒んだという。


「さすがというか……」

「それを知った国王陛下も王妃殿下も気を揉んだらしくて。それでますますミリアーナ殿下は人間関係に苦労するという悪循環」


 悩み、苦しみ、そして侍女に八つ当たりするミリアーナ殿下の姿が目に浮かぶ。


「まぁ、それで、これ、ってわけ」


 シルクがトントンと、手のひらサイズの小瓶をつついた。


「全然わからないのだけど」


 その話のどこが、この褐色の小瓶に繋がるのだろう。


「うん、だからさ、媚薬を盛られたんだって」


「……へ?」


「痺れを切らした第二王子殿下に、媚薬を盛られたんだって」



 モルスラード王家に代々伝わる秘伝の媚薬。簡易版のレシピは強壮剤として市中でも販売されている安全なもの。我が国の王宮で取引されていた毒薬紛いのものとは異なり、伝統薬だそうだ。貴族の結婚の際に王家から贈られる定番の品でもあるらしい。

 

 かくして、ある日の晩餐、閨を拒み続けるミリアーナ殿下に媚薬が盛られた、と。


「とっても役立ったからぜひ使って、だって。まぁ、詳細は省く」


 シルクが言い難そうにしている。私も子ども時代から側に仕えた殿下の閨事の話は出来れば聞きたくない。


「それで、お土産ってこと……?」


 それって、お土産なの?と思いつつ、王家秘伝の媚薬ならばシルクも断れなかっただろう。


「ちょっとデリカシーないかな〜って思ったけど、フローラにって渡されたし」


 ミリアーナ殿下は純粋に親切心からの贈り物のつもりだろう。だが私はともかく、夫であるライナス様は実際に媚薬を飲まされた被害者だ。犯人から貰った媚薬など見たくもないだろう。怖すぎる。


「なんというか、手間かけてごめんシルク……」


 苦笑いのシルクに、もうミリアーナ殿下に仕える侍女ではないけれど思わず謝ってしまう。


「うん。それより!私からのお土産を見てよ」


 シルクが目を爛々とさせた。お庭まで運んで来たのは今回の演奏旅行の先々で購入したお土産だという。

 センスの良いシルクは、昔から得意満面に贈り物を披露する。私はそんな親友の選んだ物を見て、話を聞くのが大好きだ。


「これは私とお揃いのストール」

「わぁきれい!」

 

 色鮮やかな大判のストールは、この国には無い細かな幾何学模様だ。どんな服に合わせようかわくわくする。

 これまで自分自身が着飾ることにあまり興味がなかったけれど、ライナス様のお陰で少しずつ楽しめるようになった。


「やっと家政婦さんをお願いしたからね。私も色々楽しめるよ」


 お洒落だけれど洗濯で毎度衣類をボロボロにするシルクは、面倒になってこだわりの一張羅を着倒す習性がある。


「じゃあ今度お義母様が送って下さった織物で、お揃いの物を作りましょう」


 お義母様が新素材や海外から取り寄せた生地を大量に送って下さるのだ。『自由に仕立てて』と言われてもなかなか勇気が出なくてライナス様とニーナにお任せしてしまっていたけれど、今度自分でも要望を伝えてみよう。


「オーノック侯爵夫人が選んだ生地……すっごく楽しみ!あ、これも素敵でしょう?」

「わぁ、きれい……」


 シルクがサテンの袋から取り出したのは、美しい水晶のペンダントトップだった。太陽に翳すと内側が深緑色の柱になって輝いている。


「それはザイオンくんから。モルスラードのお守りらしいよ」


 感動に溜息が止まらなくなって口元を抑える。見習いとしての演奏旅行は仕事も多く、忙しかっただろう。そんな中でお土産を買ってくれたなんて。


「どうしよう……うれしすぎる」

「よかったねぇ。あ、あとこれもザイオンくんから」


 貰いすぎて申し訳なくなってきたけれど、結婚祝いを兼ねていると聞いて、更にうれしくなった。



 ◇ ◇ ◇



「不満だ」


 夜、ライナス様が私の胸で輝く深緑色の水晶を見ていじけている。


「お土産は宝物箱に仕舞うものであって、毎日身につけるものじゃない」


 宝物箱、という可愛らしすぎる言葉がライナス様の口から飛び出して、驚いて笑ってしまう。


「お守りは毎日身につけるものです」

「フローラにつけて欲しい物がたくさんあるんだよ!毎日替えたって一年じゃ足りないのに……」


 お祖母様からのプレゼント、オーノック家代々の宝飾品に加え、王家から慰謝料として受け取った物がある。なによりも、折に触れて頂くライナス様からの贈り物で私の宝石棚はいっぱいだった。


 ライナス様の贈り物以外を身に着けていると、今日のようにちょっと拗ねる。


「じゃあこれは、ライナス様に」


 深緑色の水晶をライナス様の首に掛ける。


「え?」


「ふふ、そちらはザイオンから、ライナス様に。私のはこれです」


 私の弟は随分と気が利く子に育ったらしい。年の割に世慣れすぎてやいないかと、ちょっと心配にはなるけれど。


「あ、フローラと私の色だ……」


 私へ、と贈ってくれたのは丸みのある黒色の水晶、ライナス様の色だ。金の金具が滑らかでエレガントなデザインだ。深緑色の水晶の形を生かした、ライナス様へのペンダントトップと比べると、それぞれ似合うように選んでくれたのだ、とわかる。


「私はライナス様の色です。似合いますか?」

「すごく似合うよ!ザイオンに嫉妬して情けない……フローラの色、綺麗だ」


 水晶を灯りに翳して、じっと見つめるライナス様の横顔が美しくて頭をそっと撫でる。

 後ろは切り揃えているけれど、前髪は私のお願いで伸ばして下さっている。黒髪があまりにも綺麗で勿体ないからだ。


「お土産たくさんもらったね」

「ライナス様とおそろいの枕カバーもあるんですよ」

「さすがシルク殿!」


 他のお土産もライナス様にお見せしていく。

 旅のエピソードを聞きながら貰ったひとつひとつ、まるでシルクと一緒に旅した気分になる。確かに、思い出の品みたいに宝物箱に大事に仕舞いたくなる。


「ん……?これは何?」


「あ!それは!」


 とっさにライナス様の手元から奪って背中に隠した。


「え、なに?なんで?」

「……これは、その……」

「その?」

「媚薬です!」


 口に出すのも恥ずかしいけれど、思い切って言った。隠したってしょうがないし、こんなことでライナス様に嘘をつくのも嫌だ。


 ライナス様が口元を覆って、驚いた表情をしている。


「まさか……フローラが私に媚薬を盛っ」

「ち、違います!」


 驚愕しているふりを止めて欲しくて口元の手に手を重ねる。

 ライナス様が真剣な表情で私の肩を掴んだ。


「私としては……吝かではない」


「なにがですか!もう!」


 ふざけてじゃれ合っているうちに膝の上に乗せられていた。ライナス様が蓋を開けようとするので必死で止める。

 腕を上げられてしまうと届かなくて、ライナス様の脇腹をくすぐる。


「あははっ、ねぇ、それでこれは、どうしたの?」


「実は……」


 今日シルクから聞いた話を、斯々然々、と説明する。

 ミリアーナ殿下からのお土産、と話した所であからさまにしかめっ面をしていた。その表情すら可愛いと感じてしまう。


「ふうん。ミリアーナ殿下が盛られて、おすすめしてきた、ということは飲むならフローラだよね?」


「え?そうなんですか?」


 正直、媚薬というものが何なのか、良くわかっていない。毒ではないのなら、マタタビみたいなものかな、と考えていたのだけれど。


「よし、飲ませてあげよう」


 そう言ってライナス様がぽんっと蓋を開けて口をつけてしまう。

 そのまま唇が近づいてきて、触れたと思ったらぬるっとなにかが入ってきた。驚いて目を閉じられなくて、ライナス様のお顔を間近で見つめてしまう。



 ──あれ?



 入って来たのは液体じゃなくてライナス様の舌だった。飲んでしまったのだろうか?不思議に思ってちゅっと吸ってみる。薬の味はしない。唇を離して小首をかしげる。どういうことだろう?


「うわぁ、かわいい……。冗談だよ、フローラに媚薬なんか飲ませられない。副作用とかあったらどうするんだ」


 それもそうだ。なんだかきょとんとしてしまう。ライナス様の飲むフリが上手すぎたのだ。


「かわいい……びっくりした?」


 そう言って前髪をかきあげて私の顔を覗き込む、ライナス様の甘い眼差しと声にどぎまぎしながらこくこく頷く。


「せっかくだからアルフレッド殿下の婚約者殿に差し上げようか?」


 ライナス様が媚薬の匂いを嗅ぎながら悪い顔をしている。これは本気の時のお顔だ。


「だめです」

「妹のおすすめなんだから良いでしょう?」


 それはそうだけれど、何かあってライナス様がお咎めを受けたりしたら大変だ。それに──


「ライナス様とアルフレッド殿下が……間接キス……」

「や、やめてフローラ!……これは成分を調べて他の薬に応用できないかだけ、検証させよう」


 きりりと真面目な顔に切り替えて、戸棚の中に媚薬を仕舞っている。


 秘伝の媚薬の材料を解析されて、それが隣国の耳に入ったりしたら、ミリアーナ殿下のお立場が悪くなったりしないだろうか。うーん、と心配になって考え込んでしまう。


「フローラ、間接キスとか言うんだ……」


 ライナス様がぼそっと仰った。しみじみされると妙に恥ずかしい。


「忘れて下さい……」

「真っ赤だ、かわいい」


 隣に座り直したライナス様に思い切りキスをされる。

 思わず出た子どもっぽいセリフが恥ずかしい。こういう時はライナス様の胸に顔を埋めて隠してしまうのが得策だ。髪を優しく梳かれて、心臓が落ち着く。


「あ、媚薬をちょっと飲んじゃった、ってことにしたら今から暴走しても許してくれる?」


 思いついた、という表情で無理に私の顔を覗き込みながらライナス様が言った。


「ってことにするなら、言っちゃったらだめです」

「じゃあ、聞かなかったことにして。暴走しても受け止めてくれる?」


 暴走って何だろう?と思いつつ、少し身体を引いて胸を張った。


「もちろん、いつでも、いくらでも、受け止めますよ!私はライナス様の妻ですから」


 ぐずぐず落ち込んだり、空回りする私をいつも優しく受け止めてくれるライナス様を、まるごと全部受け止め返したいと常々思っていたのだ。


「私は幸せ者だ」


 ぎゅうぎゅう抱きしめられて、ぎゅうっと抱きしめ返した。


「私も、幸せ者です」


 ライナス様からもらった愛情をいつでも思い出せるように、大切に心の宝物箱に仕舞っておこう。これから先、どんなに辛く、悲しいことがあっても、私はもう孤独にならない。




「フローラ──媚薬、匂いだけでちょっと効いてきたみたいだ」



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― 新着の感想 ―
[良い点] とっっっっても楽しくて一日で読みきっちゃいました…!このすれ違いっぷりが楽しいですね…!
[良い点] とっても甘々ぁ~(*´ー`*)♪ ライナスはきっと確信犯だと思います。 2人のやり取りが可愛くて読んでいるこちらも幸せになれた気がします! 素敵な作品、いつも有り難うございます♪
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