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34.シルクの新居

 せっかくだから、と歌劇団の仮事務所からほど近いシルクの新居にお邪魔することになった。


 ライナス様とシルクと、三人で馬車に揺られ不思議な気分だ。


 到着したのは「ラッキーだった」というシルクの言葉に深く納得してしまうくらい立派な屋敷だった。さすが師匠と長いことふたりで生活していただけあって、室内はきちんと日用品が揃えられ、インテリアまで完璧だ。


 以前の住居から持ち込んだソファも新しいラグやクッションで、この部屋のために誂えたかのようだ。シルクは昔からちょっと個性的だけれどセンスが良い。


 そんなソファにライナス様と並んで腰掛ける。


「フローラが貴族教育を受けていないとは、驚きだな」

 

 熱々で淹れたお茶を一口飲んで、ライナス様が仰った。そんな婚約者で申し訳ないと眉根を下げると頭を撫でられた。


「それで完璧なんだから、すごいな」


 ライナス様は欲しい言葉を下さる。甘やかされた子どもみたいな気持ちになって、甘えられなかった少女時代を慰められているような気分になる。


「思い返せばヴィオラだけでなく殆どのことを師匠が教えてくれました」

「社交界デビューなんてしてないけどさ、どっかの貴族の茶会だとかパーティーには師匠にくっついてよく行ってたよね」


 今日はドレス姿だけれどすっかり振る舞いが貴公子のようになってしまったシルクが、ひとり掛けのソファに足を組んで正面に座っている。


「懐かしい。お祖母様が贈って下さったドレスをこそこそ師匠のお家に運んでたわね」


 忙しくてシルクと子ども時代の思い出話をする機会もこれまで無かった。


「かわりばんこにドレスを着て、髪を結って、楽しかったなぁ」

「シルクがドレスと装飾品を選んでくれて、あの頃からセンスが良かった」

「フローラは器用でいつも上手に髪を編み上げてくれた」


 次々と思い出が蘇る。怯えた日々の唯一の楽しみだった。あの頃は家で抑圧されていたからか、シルクの冒険にも喜んで付き合っていた記憶がある。


「それは──想像するだけで可愛らしいね」


 紅茶を飲みながら微笑んでいるライナス様が麗しい。

 荘厳な王宮で見るライナス様も、お屋敷の執務室で見るライナス様も良いけれど、おしゃれなインテリアで佇むライナス様も良い。


「それにしても、王太子殿下は立派なお屋敷を贈って下さったのね」


 シルクの選んだインテリアの良さもあるが、家自体もかなり洒落た造りだ。


「王弟殿下の隠れ家の一つだったらしいよ」

「まあ……」


 享楽的な王弟殿下はまだ社交界に出入りしていた頃、洒落者として有名だったそうだ。アルフレッド殿下が政の一端を担うようになってからは、動向すら知られなくなり過去の人になっていたけれど。


「大事件だったんですね……」

「王弟殿下は離宮での生涯幽閉、隠し財産も没収だそうだ。関与していた貴族も処分されたから、しばらくは騒がしいかもしれないね」


 王族が生涯幽閉となるのは建国以来初めてのことだそうだ。


「ミリアーナ殿下の慶事の折に王太子殿下も陛下もお心苦しいでしょうね」

「アルフレッド殿下の予想より遥かに王弟殿下の状態は悪かったから、却って良かったのかもしれないよ」


 ライナス様が盛られた媚薬が依存性のあるものでなくて良かったと心底思う。王弟殿下は正常な時とそうでない時があったそうだが、既にその時点で薬物に支配されていたんだろう。


「薬物は怖いからね。人間から人間らしさを奪う。……ところで、ライナス様は何か貰ったんですか?」


 シルクが興味津々と尋ねる。シルクでこのお屋敷なら事件解決に尽力した側近の方々は更に凄そうだ、と下世話なことを考えてしまう。

 

「私はそもそもそれが仕事だからね。でもフローラは屋敷を貰ったよ」

「……え?!」


 聞いていない。そもそも媚薬事件の犯人になる対価としてアルフレッド殿下からはかなりの物を頂いている。その上、屋敷なんて。


「アルゼィラン伯爵邸からほど近いところだ。小さいけれど白亜の美しい屋敷だよ」


 いたずらが成功したみたいにライナス様がくすくす笑っている。「お祖父様と相談しながら改修も進めているよ」と言いながら。

 頭に浮かぶのは何度か通りがかりに見たことがある、高貴さを漂わせる小さな白亜のお屋敷だ。

 

「あ、あの白大理石のお屋敷ですか?」


 ライナス様がくすくす笑う。


「そうそう、三代前の王妃様の避暑邸宅さ」


 当時最高級の石材を集め建てられた、小さいが贅を凝らした見事な邸宅だ。近年上質な白大理石が大量に採掘されたこともあって、貴族の屋敷としては小さすぎるその邸は持て余されていると聞いていた。

 だが立地自体が古くからの貴族家ばかりが居を構える高台だ。まさか下賜されるなんて……しかも私に。


 あまりのことに震える私と反対に肩を抱きながらライナス様は楽しげだ。


「母が意を決して王都に出て来るというから、社交シーズンはあそこに滞在するのも良いかもしれないね。アルゼィラン伯爵家へも伺い易いし」

「た、たしかにお祖父様お祖母様ともお会いし易いですけれど……」

「私も招きやすいんじゃない?」

「そうだけど……」


 シルクは「楽しみだなー中に入ってみたかったんだよね」と呑気に笑っている。


 私なんかが頂いてしまって大丈夫なのだろうか。私に下賜された、ということは個人の財産になってしまう。

 不安でライナス様をじっと見上げる。頬を手のひらで包まれる。


「ライナス様、あの……」

「そうだね、私もせっかくだから二人っきりで過ごしたいな」


 おでこに唇が降ってきた。

 そういうことではない、そういうことではないけれど、あの素敵なお屋敷でふたりきりで過ごせたら良いな、という気持ちになってしまう。

 すっかりライナス様の言いなりになっている自覚がある。


「あっつ!熱すぎ!今からでも頂いたお屋敷で避暑、してきたらどうです?」


 シルクが半笑いの呆れ顔で暑い暑いと手をひらひらさせて顔を仰ぐ。


「シルク殿、いい案だ!」


 ライナス様が事は急げと勢いよく立ち上がった。


 どこそこの家具屋がおすすめだとか、フローラの好みは、とかシルクと相談し始めてしまった。シルクとライナス様の言う私好み、が的を射過ぎていてこそばゆい感じがする。

 どこからか修繕計画書まで取り出して三人で覗き込む。


 私も静かにワクワクしてくる。

 

 私を楽しく振り回してくれるふたりに、一生ついていこう。──と熱々のお茶にマドレーヌを食べながら思った。


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