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30.婚約者

 

 事件解決の日──つまりオーノック侯爵家から家出した次の日──私はあっさりのこのこライナス様とともに侯爵家へ戻った。


 執事のボルロ始め、皆涙目で喜んでくれた。ライナス様も涙目に笑顔、だった。


「良かったです。フローラ様を奥様とお呼びする日を楽しみにしていたんですからね!」


 ニーナにまで興奮気味に言われてしまえば、申し訳なさでいっぱいになる。


 改めて考えれば、このふた月やってきたことは紛うことなく花嫁修業だった。

 用意して頂いたお部屋も、行儀見習いの部屋まで立派だなんて!と呑気に捉えていたのである。穴があったら入りたい。


 それから数日のち、オーノック侯爵夫人ロゼリア様に手紙を認めている。私が家出したと知って、心配するお手紙を頂いたのだ。本当に恥ずかしい限りである。


 ロゼリア様もかつて婚約者時代に使っていらした部屋には書斎スペースもある。


 今日はそんな立派な花嫁修業用のお部屋ではなく、ライナス様の執務室で一緒に書き物をしている。私室で作業しようとすると、必ずライナス様に呼ばれるのだ。


 フローラ・アルゼィラン、と署名して封をして──そこで、ふと思う。


 ──そういえば、婚約の書類にサインしていない……


「どうしたのフローラ?」


 印璽を持ったまま固まっている私にライナス様がお仕事の手を止めて尋ねる。


「ライナス様、婚約の書類に署名をした記憶がないのですが……」

「フローラはあの時寝ぼけてたからなぁ」

「変な嘘つかないで下さい」


 うらめしげに見つめれば、ソファへ手招きされる。婚約関係の書類を見せて下さった。


「個人ではなく家同士で契約したんだよ」


 オーノック侯爵様とお祖父様の署名の下に、国王陛下の御印章が押されている。貴族家同士の契約に陛下から勅許を頂いて、強制力や格式を上げる場合がある。


「知らぬ間にこんな書類が……」


「怒ってる?」


 頬をつんつんとつつかれる。


「うれしさ半分、戸惑い半分、です。仰ってくだされば良かったのに……」

「舞い上がってたから……破棄が困難な方を迷わず選んでしまった。ごめんね」

「許します」


 喜びの方が大きい。お忙しくされていたのに、わざわざ書類を揃えて下さったなんて。


「でもあれは英断だったと我ながら思う。成婚祝まで国王陛下は私にミリアーナ殿下を嫁がせる隙を探すつもりだったみたいだし」

「ミリアーナ殿下ですか……?」


 驚いてよろりと身を引いてしまうと、腕を引かれてまっすぐ向かい合う。


「そもそもミリアーナ殿下もそうした陛下の考えを知って媚薬を盛ったりしたんだろう。勝てない戦をするタイプではないだろうしね。モルスラードは重要な隣国ではあるけれど国力は強くない。しかもお相手は第二王子で陛下は元々乗り気でなかったから」


 先日の泣きじゃくるミリアーナ殿下が衝撃すぎて忘れていたが、王太子殿下に負けず劣らずの策士だったことを思い出す。


 私がライナス様に嫁ぐミリアーナ殿下の婚礼準備をお手伝いする未来も、あったということか……。


「今、ライナス様に嫁がれるミリアーナ殿下に花嫁衣裳を着せる自分を想像してしまって、衝撃を受けています」

「止めてくれ。そうなったらフローラを攫って、それこそ隣国にでも逃げてたよ」


 両手をライナス様の胸元で握りしめられる。なんだかちょっと涙目になっているライナス様。


「泣かないで、ライナス様……」


 何度もライナス様がそうしてくれたように頭を撫でる。


「待って、ここで涙目になるのはフローラの方じゃないのか?」


 キスしそうな近い距離で凄まれる。涙目なので可愛いだけだ。


「だって、そうなる前に王太子殿下があの手この手でどうにかしてくれていたと思うから」

「殿下への信頼が厚くて悔しい。──けど実際、フローラに身代わりの犯人をさせたのは殿下のあの手この手の一つだったんだよ」


 驚きに天を仰ぐ。確かに媚薬事件はミリアーナ殿下をライナス様に降嫁させる隙たりうる。

 アルフレッド殿下はご自身が悪者になってでも、最大限皆が幸せになれるよう動いて下さったのだ。


「……なんだか、王太子殿下を恨めしく思った自分が愚かすぎて」

「だとしても、フローラは被害者だから」


 顎先にキスされた。最近、脈絡のないキスをたくさんされる。

 身代わりにならなければ、結果的にこうしてライナス様と触れ合える関係にはなれなかったのだ。


「いいえ、犯人役になっただけで、ライナス様のお嫁さんになれるのなら、何度だって買って出ます」

「どうしようフローラ、本当に泣きそう……」


 がっしりと抱きしめられて、私からもライナス様の頬にキスをする。

 

 少女時代に漠然と夢見ていたライナス様とお近付きになりたい、という願いより、ずっと近くで今こうしていることが不思議だ。


「お祖父様と、王太子殿下にはお礼に上がらなければなりませんね」

「アルゼィラン伯爵には私も一緒にお礼しよう。……殿下は別に良いよ」


 広げた書類や、今日作業した分を片付けながら、明日中にお祖父様にもお手紙を書こうと決める。


「駄目です!アルフレッド殿下はライナス様の幸せを願ってご尽力されて、私もそのお陰で幸せですから」

「……フローラは幸せ?」


 耳元でライナス様がそう尋ねる。今この瞬間がすでに幸せそのものだ。


「夢みたいに幸せです」

「無視しようかと思っていたけれど、殿下が明日フローラに謝罪したいから王宮に参上するようにと仰ってる」

「……無視しちゃ駄目ですよ」

「しばらくフローラを屋敷から出すつもりはなかったんだけど、けじめとしてお話するのも良いかもしれないね」


 事件の後始末でライナス様がお忙しいため、「私が一緒じゃなきゃ外出は駄目だよ」と言われて外に出られていないのだ。


「そういえばライナス様、外出用の靴、どこかにやってしまわれたでしょう?」


 現在、クローゼットには外を歩くのに頼りない靴だけだ。明日王宮へ馳せ参じるのに履いていく靴はあるのだろうか。


「……だって必要ないでしょ?」


 ライナス様が私を横抱きにする。びっくりして首にしがみつこうとすると、「キス?」とライナス様が近付けた顔に唇を降らしてくる。

 少しずつ慣れてきたけれど、意地悪な時のライナス様にはどぎまぎしてしまう。唇を指先で隠す。

 ライナス様の腕の中で固まっているとくすくすと笑いながら鎖骨にキスをされる。

 焦って鎖骨を隠せば、また唇にキスされる。


「かわいい。でももっと慣れてもらわなきゃ」


 ──花嫁修業にこうしたことも含まれるならば、結構過酷な修行だ。



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