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26.縋るsideライナス

 ──まさか、捜査の為に向かった宮中楽団でフローラに出くわすとは。

 元気そうでホッとする。が、隣にシルク殿の姿を見止めて、胃がねじれたように苦しくなる。


 フローラの目には私に対する嫌悪の色は無いようだ。


「フローラ……」


 声に出てしまった。名を呼ぶ資格など無いというのに。


「後にしろライナス。とりあえず今は──どうしてここにいるのか、教えてもらおうか?」


 シルク殿の話を聞いてわかったのは、相変わらずミリアーナ殿下にフローラが困らされている、ということだった。


「──ミリアーナ、お前思い出作りとか言って、本当はモルスラードに嫁ぐのが嫌でライナスに媚薬を盛ったのか」


 只々、迷惑な話だと思った。そんな理由で媚薬を盛られて、何よりフローラは身代わりの犯人になって尊厳を傷つけられたのだ。


「ラ、ライナスもごめんなさい。あなたにも迷惑掛けたわ」


「そうですね」


 全く、そうだという感想しか出てこない。今更ミリアーナ殿下に対して怒りの感情すら湧かない。ただ、私がフローラを深く傷つけたという事実があるだけだ。


 アルフレッド殿下が事の成り行きを説明する。殿下はついでだと言わんばかりに今日で事件を解決するつもりだろう。

 シルク殿は飲み込みが早かった。殿下が悪い顔をしている。協力させる気なのだろう。確かに宮中楽団の人間がいればことは上手く運ぶだろう。


 度々フローラとシルク殿が親しげにこそこそと言葉を交わしている。ねじれた胃がじくじくと痛む。駆け寄って抱きしめて連れ去ってしまいたい──

 

 パンっと殿下が手を叩く。王太子殿下の癖だ。


「丁度良い!三人にも協力してもらおう。僕らは証拠のヴィオラを確保したい」


 最初からそのつもりだったのだろう。犯人確保までの道筋を上手く疑問を引き出しながら作戦を議論している風を装って、協力させる方向へ持っていく。

 仕方ないので殿下の意思に乗っかるが、フローラに危険がある作戦は絶対駄目だ。フローラとシルク殿が二人きりになるような作戦も駄目だ。


 アルフレッド殿下には幼少の砌より忠義を誓ってきたが、昨日と今日でうんざりしている。殿下をジロリと睨んでしまう。


◇ ◇ ◇


 私の心中を察してか王太子殿下はフローラがヴィオラを取りに行くのに「ライナス、一緒に行けよ」と言った。殿下が私とフローラの状況を楽しんでいることは不服だが、今は感謝しよう。


 前を歩くフローラが歩いているだけなのにかわいくて愛おしい。昨日からシルク殿と二人きりだったろうフローラが、襟の詰まったいつかのドレスを着ていることに安心する。


 事件の混乱で、釈明の機会を逃してしまうかも、とこんな状況ではあるがフローラに話しかける。せめて誤解を解きたい。


 人気の無い外宮の小道に私の声だけが響く。


「どうか、もう一度だけチャンスを与えてくれないか」


 フローラが振り返る。化粧をしていないのだろう。あどけない表情で、その瞳に熱っぽいものがあると思うのは私の幻想だろうか。


 フローラの手を取って握りしめる。本当は女嫌いの克服の為に利用なんてしていない、とそれだけを伝えるつもりだった。だが欲深い私はフローラを前にして、みっともなく縋っている。

 もう二度と近寄ることすら許されないのではと思えば手が伸びてしまう。


「どうか、フローラ、お願いだ……どうか……」


 いっそ事件など忘れて、何時間でもフローラが頷いてくれるまでこうしていたかった。


「ライナス様。勝手に侯爵家を出て申し訳ありません。私もライナス様に話したいこと、聞きたいことが沢山あるのです。ですが、今は、事件解決、犯人確保が優先されます」


 毅然とそう言って、握った手を握り返したフローラ。


 ──私の大好きなフローラ。貴方のそういうところが心から好きで好きで……


 自然と笑みが溢れる。きっと話を聞いてくれるだろう。話をしてくれるだろう。たとえ私と二度と口を利きたくなかったとしても、フローラは人の気持ちを無碍にしない。いつだって、他人の為に冷静になれる人。

 フローラとの時間がこれから少しでもあると思えば、前向きになれた。


 フローラに手を引かれながらシルク殿の私室にたどり着いた。


「ライナス様はここでお待ち下さい。いくらライナス様でも、女性の部屋に私が勝手にお入れするわけにはいきませんから」


 ──女性の部屋……?


 あぁ、まただ。

 舞い上がった私はフローラが媚薬など盛るはずがないという事に考え至らなかった。シルク殿のこともそうだ。冷静に考えて、いくら幼馴染でも一人で暮らす男の家に転がり込むなんて、フローラがそんなことするわけないじゃないか……!


 ヴィオラを持って出てきたフローラに、意を決して尋ねる。


「フローラ、その、シルク殿は女性演奏家なのか……?」

「はい。兄弟弟子という言い方が良くなかったですね。同い年ですが、姉弟子にあたります」

「そうか……そうか!」


 胃の痛みがスッキリと収まった。自分の馬鹿さ加減に言葉もないが、あまりの喜びに心が踊る。


 フローラの背中に手を添える。二度と触れることは許されないと思ったけれど、もしかしたら、もしかしたら──!


 楽団のホールに戻る道すがら、改めて決意を固める。玉砕覚悟でも、プロポーズをしよう。


「フローラ、終わったら、どうか私の話を聞いて欲しい」

「はい。わかりました」



◇ ◇ ◇


 無事にヴィオラを入れ替えて、医薬院へ持っていこうとすると、王太子殿下がミリアーナ殿下にと仰った。医薬院は王宮の外れだが、入門までの検査は内宮並みに厳しい。ミリアーナ殿下が行けば早いだろう。 


 アルフレッド殿下がミリアーナ殿下を可愛がっていたのはこういう所だろうな、と思う。あっさり殿下の言葉に納得して医薬院へ駆けて行った。王太子殿下はクスクスと笑っている。


 しばらく静けさが走る中、あえて私の事をからかい出した王太子殿下。フローラの緊張をほぐそうとされているのだろうが、今は迷惑極まりない。──と思っているうちに何者かが、いかにもワケアリという静けさで控室へ入ってきた。おそらく共犯者だろう。


 ヴィオラが交換されたことを確認して犯人を追う。


 共犯者は長年マークしてきたガッティア辺境伯だった。王弟殿下と同年代で、その手足とも唆している張本人ともされている。祖母が王族でアルフレッド殿下のはとこに当たる。

 大柄な見た目の割に武術はさほどで、地方貴族というコンプレックスが強い。自信家に見えて小心者で慎重。女性に対しては尊大なところがある。


 フローラとふたりきりにはさせられないと申し出るが、殿下一人でデューターを確保するのは無理だ。


「場所が動きそうになったら周囲の警備騎士に聞こえるように話すこと。部屋の中には入らないこと。無理そうだったら走って逃げて楽団のホールまで戻るんだ。フローラの安全が優先だからね」

「それじゃ駄目なんだけどなぁ。まぁでもいよいよ身の危険を感じたら逃げてね」


 王太子殿下が余計なことを言う。それでフローラの身に何かあったらどうするつもりだ。


「いよいよじゃなくて、少しでも身の危険を感じたら逃げるんだ。わかったね?」

「はい、ライナス様」


 注意して欲しいことを伝えれば、こくこくと頷くフローラがかわいい。名前を呼んでもらえてそれだけで抱きしめたくなる。


 さっさとデューターを確保してフローラの元に走らなくては──!

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