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25.あずける背中

 幸運にもギロークのヴィオラがもう一つあったことで、犯人たちが内宮へ薬物を持ち込む為に使用していたヴィオラを証拠として確保することが出来た。

 医薬院の検査でヴィオラに付いた薬物が内宮で出回っているものと一致すれば、たとえ高位貴族でも問答無用で逮捕、となるそうだ。


 王太子殿下、ライナス様と私の三人で共犯者がやって来るのを待つ。特別控室だけあって壁が厚く、息を潜めなければ扉続きの控室の音が聞こえない。すでに緊張感が漂っていた。


「で、ちゃんと思いは伝え合ったの?ん?」


 王太子殿下は緊張感とは無縁の方のようだ。楽しげに、ん?ん?と言いながらライナス様に詰め寄っている。


「後ほど話し合います。少しは反省して下さい殿下」


 殿下から私を隠すようにライナス様が立つ。背中が大きくてときめく。ライナス様を前にすると本当に私はライナス様のことしか考えられなくなる。


「お、何だか余裕が出てきたな。こりゃ良い返事が」


 その瞬間キーっと扉を開ける音がした。三人で顔を見合わせる。控室からは物音一つしないが、しばらくするとまた開閉音がした。


 王太子殿下がそっと扉の隙間から外の様子を伺う。殿下に続いて控室に入ると既に誰もいなかった。ギロークのヴィオラを確認する。ケースを開ければすぐにわかった。


「取り替えられています。でも本当に寸分違わぬ作り……」


 薬物を付けられた方のヴィオラは観察する暇もなかったが、犯人たちが用意したもう一つのギロークのヴィオラを見る。弦の感じや経年の変化でわかるが、検分しなければ気付かない差だ。


「よし、もう一人の犯人を追おう」


 宮中楽団のホールを出て、すぐに共犯者──ギロークのヴィオラを持ったその人──の姿を見つけた。


「ガッティア辺境伯だ……しっぽを出さなかった本丸が自ら運び役か……!」


 生け垣に隠れながら王太子殿下が興奮した様子で言った。ギロークのヴィオラを持つのは先に夜会で遭遇したウィリアム・ガッティア辺境伯。


「殿下、いよいよ証拠が重要ですね。確実に薬物付きのヴィオラを辺境伯が所持している場面で確保したい」

「あぁ、上手く行けば王弟もろとも動きを封じ込める」


 王太子殿下とライナス様が急に緊張感のある声色で話をしている。想像していたよりもずっと大事であるようだ。

 ぐりんっと王太子殿下が私を振り返る。


「そういうわけで、フローラ君、責任重大だ。薬物の照合が終わって、デューターを確保するまでの間、辺境伯を引き止めてくれ」


 王太子殿下は人使いが荒くていらっしゃる。


「殿下、私もこちらに残ります」

「僕一人でどうやってデューターを確保するんだよ」

「しかし……」

「デューターを確保できたらフローラ君のところまでライナスを走らせる」


「……わかりました。やってみます」


 苦悶の表情のライナス様が私に向き直る。


「場所を変えられそうになったら周囲の警備騎士に聞こえるように話すこと。部屋の中には入らないこと。無理そうだったら走って逃げて楽団のホールまで戻るんだ。フローラの安全が優先だからね」


 不安そうな顔でライナス様が私に言い聞かせる。心底心配して下さっているのが伝わってきて嬉しくなる。


「それじゃ駄目なんだけどなぁ。まぁでもいよいよ身の危険を感じたら逃げてね」

「いよいよじゃなくて、少しでも身の危険を感じたら逃げるんだ。わかったね?」

「はい、ライナス様」


 引き止めるだけでそんなに危険なことが起きるだろうか、と思うけれど素直に頷いた。


「頑張ります!」


「無理に頑張らないで」「必死で頑張って!」


 それぞれ違うことを仰るライナス様と殿下に見送られ、ガッティア辺境伯に近付いて行く。これでもミリアーナ殿下の元侍女だ。根性を見せるんだ私──!


◇ ◇ ◇


「いやぁ、こんな所でフローラ嬢にお会いできるとは幸運です」


 ガッティア辺境伯になんと言って声を掛けようか考えあぐねていたら、あっさり向こうから話し掛けられた。


「ガッティア辺境伯、昨日は大変失礼致しました」

「いやいや、構いませんよ」


 構いませんよ、と言った顔が近い。昨日が初対面であったが、馴れ馴れしいな、という距離感に立たれる。

 ミリアーナ殿下が嫁いだ後はどうするのか、だとか今日はどうしてここへ、と尋ねられるが曖昧に答える。


「よろしければ中庭へ参りませんか。水仙が見頃です」

 

 午前中の外宮の中庭は人気がない。しかしこれ以上ここに留置く口実も見つけられず従うことにする。


 ライナス様に言われたとおり、警備の騎士に聞こえるように、中庭へ向かう話をする。きっと、必ず、ライナス様が迎えに来て下さる。


 そうしてしばらく当たり障りのない会話をしながら中庭で水仙を眺めていると、辺境伯は背中に手を添えてきた。


「貴方は私の理想なのです。儚げで、控えめで、それでいて豪奢なドレスもよく似合う」


 添えられた手がライナス様に触れられた時と真逆のぞくぞくとした感覚をもたらす。異性に触れられる事が無いからわからなかったが、こんなにも鳥肌が立つのだと知った。


「時間があるならぜひお茶をしませんか。内宮には私の居室もあるんですが、」

「実は昨日で王女殿下の侍女を辞しまして、内宮には出入りできないのです」

 

 細めた目の奥が笑っていない。私に近付きたいというより、王女殿下の側近に近付きたい理由が何かあるのかもしれない。


「では、サロンはどうかな?」

「……実は約束があって、人を待っているのです」


 手を握られ声が出そうになった。有無を言わせぬ雰囲気が継母を思い出させて汗がどっと出る。


「──もしや、恋人との約束でもあるのかな?」

「あ、いいえ、そういうことで」


「フローラ!」

 

 そう言いかけた所で背後から一瞬で安心する声が聞こえた。涙がにじみそうなのを、目を細めて誤魔化す。


「フローラ、ここにいたのか」

「ライナス様」


 どうして昨日オーノック侯爵家から出ることが出来たんだろう。そう思うくらい、ライナス様が側に居るという安心感は大きかった。ぐっと肩を抱いて辺境伯から引き離してくれる。


「これは辺境伯殿。今日は閣議などはないはずですが」

「あぁ、ライナス殿、今日は私用でして」


 ぴたりと寄り添うライナス様に、抱きつきたいような、背に隠れたいような気持ちになる、


「私の婚約者がお世話になったようですね」

「こんやく……?」

 

 辺境伯がきょとんとしてる。


「用事は済んだよ。行こうかフローラ」

 

 そう言って辺境伯に会釈すると私の肩を抱いて頭にちゅっと口付けた。寄り添ったまま、すたすたと外宮の回廊を歩く。


「無事終わったよ」

 ミリアーナ殿下が無事に医薬院から戻って、デューターの確保も完了したのだろう。


 微笑んでいるライナス様を見上げる。ひどくホッとしていた。このまま離れずに生きていけたら、そう思うくらい私に寄り添って歩くライナス様が頼もしかった。


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