23.意図しない合流
「いけ好かないデューターって、シルクに嫌がらせしてくるヴィオラ奏者?」
「うん、そう」
──シルク曰くこうだ。
宮中楽団でシルクを目の敵にしているヴィオラ奏者デューター・コルムラット。この人物のヴィオラの弦に異様に粉が付着していた。
デューターは貴族出身で王都の屋敷から外宮に通っている。今日は宮中楽団の練習ホールでリハーサルがある為そこでヴィオラを確認できるだろう、と。
ミリアーナ殿下が勇んで宮中楽団のホールへ行くと言うので向かうことにした。途中で見つかって誰かミリアーナ殿下を連れ戻してくれないかと願いながら。
「ヴィオラの弦に粉ってどういうことかしら?」
「弦楽器は弓に松脂を塗ります。手入れが悪かったりすると、脂が固まって弦に粉が吹いたようになるんです。デューターのヴィオラは弦も弓もやけに粉っぽくって、プロなのに何やってるんだ?って思ったんです。それも、希少なギロークのヴィオラです」
「コルムラット伯爵家の次男…内宮に出入り出来る身分じゃないわ?どうやっても内宮には持ち込めないわよ」
「だからこそ王太子殿下の捜査に引っ掛からなかったのではないでしょうか。内宮に出入りする高位貴族との共犯かもしれません」
ミリアーナ殿下と嬉々として推理をはじめたシルク。好奇心旺盛なシルクの悪い癖が出たと頭が痛い。殿下の元侍女としてはどうにか宥めてミリアーナ殿下には内宮にお戻り頂きたいのだけれど……。
◇ ◇ ◇
残念ながら私達は見つかることなく外宮の宮中楽団までたどり着いてしまった。朝早すぎたのだろう。
「こっちが控室。今日は歌劇団との合同公演のリハーサルなんだ。その前に簡単な昼食会があるからデューターのヴィオラを確認するならその時だね」
「隠れていられる場所は?」
「こっちが指揮者と主席の特別控室なんだ。王族方やパトロン貴族との懇親会にも使われる」
「こっちよ、私も何度かレッスンでここに──」
そう言って特別控室の扉を開けたミリアーナ殿下は次の瞬間、口を塞がれ捉えられた。咄嗟に身体が動きそうになったところで、口を塞ぐ誰かの顔を見て停止する。
「えーっと……何してるの?こんなところで」
「もごっもごっ」
「脱走したミリアーナを僕のところに連れて来てくれたわけ……じゃないよね?」
特別控室には王太子殿下とライナス様がいらした。
ミリアーナ殿下も私も、それぞれなんとも間抜けな再会を果たしてしまったようだ。
後ろに控えたライナス様がじっとこちらを見ている。まさか昨日の家出から今朝すぐお会いするとは──
「フローラ……」
ボルロからすでに私が侯爵家から出たことを聞いているのだろう。不快そうに眉をひそめられてしまった。不義理な真似をした自覚は十分ある。
「後にしろライナス。とりあえず今は──どうしてここにいるのか、教えてもらおうか?」
シルクがミリアーナ殿下が今朝押し掛けてきたところから、デューターのヴィオラの弦に付いた怪しい粉について説明する。
「シルク君、それでそのヴィオラに付着していたという粉はどんな形状だった?」
「元々脂が混じっているものですからベタベタとしています。粉と言うより砂糖に脂を混ぜたような……」
「実は内宮に持ち込まれた分は入手出来ているんだ。ヴィオラに付着していたのも何らかの薬物で間違いないだろうな」
「やはりモルスラードの仕業ですかお兄様!」
「いやその可能性は低い。──ミリアーナ、お前思い出作りとか言って、本当はモルスラードに嫁ぐのが嫌でライナスに媚薬を盛ったのか」
びっくりしてライナス様を見るけれど驚いた表情はしていない。私が犯人ではないと、事件の真相をお聞きになったのだろうか……?
「ら、ライナスもごめんなさい。あなたにも迷惑掛けたわ」
「そうですね」
ライナス様が氷のような冷たい無表情をミリアーナ殿下に向ける。怒るのも無理はない。ライナス様は完全な被害者なのだから。
「僕らの方はね──」
王太子殿下曰く──城下で国外からの違法薬物を売買している組織とそれに関わる貴族。昨日、その貴族に違法薬物が渡った。内宮で薬物を捌いている高位貴族もそれに合わせて動くのではないか、という。
「その城下で違法薬物をやり取りしている貴族がデューター・コルムラットってことね」
「まさかフローラ君とシルク君がミリアーナに振り回されてデューターを追って、僕らと行き会うとはね」
「フローラ、これ私が聞いていい話?」
シルクが耳元でコソッと尋ねる。
「今更、なんじゃない?」
王太子殿下はパンっと手を打って言う。
「丁度良い!三人にも協力してもらおう。僕らは証拠のヴィオラを確保したい」
とりあえず座るように促される。楽しそうな王太子殿下の表情に嫌な予感がする。
「デューターが控室に戻って来たところで確保しますか?」
「共犯者も確保するには、交換されて内宮に持ち込まれた所を確保したいですね」
物怖じしないシルクは乗り気だ。ライナス様も不快な表情は抑えて、冷静なお仕事モードだ。
「万が一薬物が確認できなかったときに、高位貴族相手だと面倒だな」
「一旦持ち出して医薬院に検査させれば?」
「その間に共犯者がやってきたらどうする」
「もう一つ似たようなヴィオラがあれば……」
「あ、フローラもギロークのヴィオラを持っています」
ポンポンと議論を進めていた三人が一斉に私の方を向く。持っているけれど。
「ヴィオラは同じでもケースが違うでしょ」
どこからか持ってきたお菓子をつまみながらミリアーナ殿下が言った。
「ギロークはこだわりのあまりケースも自分の工房で作ったんです。ヴィオラはわずかに差異があるかもしれませんが、ケースは同じ時期に作られているので一見すべて同じです」
そう、今回重要なのはヴィオラそのものではなく、犯人が取り違えるように、ケースが同じであること。
「寧ろその事を利用するためにギロークのヴィオラで取引を行っているのでは?」
「罰当たりな……。それにおっかなくてギロークのヴィオラなんて気安く触れないしな」
王太子殿下の仰るとおりだ。それに、どんな楽器だって、犯罪の道具に使うなんて許しがたい。
「では、こうしよう。デューターが控室に置いた薬物付きのヴィオラをフローラの物と取り替える。その間に医薬院で検査をする。おそらく控室に共犯者がやってきて、もう一つのヴィオラと取り替えるだろう。検査が終わり次第デューターの元にヴィオラを返して、直接僕がデューターの所有物だと言質を取る。ここで、デューターは確保。次に控室に薬物付きのヴィオラを置いて、共犯者が再び取り替えたところで、現行犯で確保。高位貴族より先にデューターを確保しておかないと言い逃れされる可能性があるから、この流れで行く」
王太子殿下が適当なタイミングで出ていってお縄だ!では駄目なんだろうかと思ってしまう。王太子殿下が私をじっと見ている。考えが見透かされたようだ。
「フローラ君、確かに君には理不尽を強いた。だが王族といえどやたらに権力を振りかざしてはならない。証拠は大事だ」
そうやって少しバツが悪そうに言った。ライナス様が目を細めて王太子殿下を睨んでいる。やはりお二人の間で媚薬事件の真相についてやり取りがあったようだ。
ライナス様とばちりと目が合う。怒っていらっしゃるのかと思ったけれど、表情は悲しそうだ。真相を知って、私に申し訳なく思ってしまっているのだろうか。
ライナス様が私に罪悪感を持つ必要なんて少しもないんだけどな。昨日まで私は沢山の素敵な思い出を貰った。──と思考が落ちていく。気持ちを切り替えようと王太子殿下に疑問点を伝える。
「医薬院の検査はそんなに早く終わるでしょうか?」
「検査自体は一致判定だからすぐだと思うよ」
その会話を皮切りにそれぞれ議論を始める。
「医薬院まではいくつか手続きの必要な出入り口がありますね」
「どうやってデューターから言質を?」
「騎士団はどのタイミングで呼びますか」
「共犯者が気付いて早々に戻ってくるかもしれません」
王太子殿下が立ち上がってニヤリと笑った。
「もちろん、そこで君たちの出番さ!」
──あぁ、朝から嫌な予感の連続だ。




