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2.初恋の結末

 はじめてライナス様と言葉を交わしたのは、ミリアーナ殿下の隣国への外遊準備をしていた時だった。


「これじゃない!フローラ、そちらの箱も開けてちょうだい!!」


 王族の仕事とはいえ、旅行に行くなら服や鞄を吟味したいのは乙女心というものだろう。いよいよ晩餐という時間まで衣装部屋をひっくり返しても決まらず、急ぎお好みの物を注文しましょう、と女官長が結論を出してお開きとなった。

 流石に四代前の国王陛下の愛用鞄だとか六代前の王妃様がお輿入れの際に穿いていた靴だとか、歴史的価値の高いものをそのままにするわけにもいかず、片付けなくては、という所で声を掛けられた。


「大変でしょう、手伝います」


 心臓が止まるかと思った。いつもどちらかと言えば無表情な憧れの人が、微笑みながら近づいてきたのだ。王宮に上がって二年、ずっと遠目から素敵だな、と眺めていた。でも、声をはっきりと聞いたのはそれが初めてだった。

 なぜこちらに!?と口にしそうになったが、むしろこちらの衣装部屋は王太子殿下の管理だと思い出して止まる。


「ありがとうございます」


 返せたのはそれだけだった。「それは私が」と言って重たい行李鞄を次々棚に仕舞っていく。結局私は布で包み箱にしまう作業をしただけだった。

 

 女嫌いだという噂だけれど、優しげな目元の憧れの人が、実際に優しい人だったことに安堵するような不思議な気持ちだった。時々、目が合いお互い苦笑いを交わす。

 今日も帰るのは食堂が閉まってからと諦めていたのに、予定よりもずっと早く終わった。


「ありがとうございました」


 結局、私がこの日ライナス様に発せた言葉は二つだけで、その後一ヶ月は後悔で悶えた。


「また、何かあったら。今度は是非声を掛けて下さい」


 微笑んでそう言ったライナス様を思い出しては、その後一ヶ月、身悶えた。

 

 どういうわけだかその頃から、王太子殿下も気に掛けて下さって、ありがたいことに食堂の終了時間に間に合わない、なんてことはめっきり無くなったのである。



「もしかして、また困っていますか?」


 優しげな見た目に反して、他者を寄せ付けない雰囲気のライナス様は度々私に声をかけてくれた。一年持てば長い方、というミリアーナ殿下の侍女が珍しく続いているので気にかけてくれるのだろうか。


 ──王太子殿下の指示かもしれない。

 

 そう思い至っても、不思議と悲しくはなかった。虐げられた実家での日々を思えば、王女殿下に仕え、王太子殿下に気にかけて頂いて、憧れの人が手助けしてくれる。


 「また、何かあったら。今度は声をかけてくださいね」


 ミリアーナ殿下が夜会に参加する年頃になって、王太子側近としてではないライナス様の姿も知るようになった。高位貴族で将来有望となれば令嬢たちも放っておかない。

 両親に愛され期待されて、思いきり着飾って夜会へとやって来た令嬢たちは溢れる自信で輝いて、美しかった。

 

 ──あんなに美しい令嬢たちに声を掛けられても無表情なライナス様が、私には声をかけてと微笑んでくださる。


 はじめて言葉を交わしてから七年が経った。

 初恋は私に、誰かを思い慕う感情の素晴らしさも苦しさも教えてくれた。どんなことだって頑張れそうな勇気が湧くこともあったし、自分の心根の醜さに落ち込むこともあった。


 告げることはできなくても、この時間とこの思いを糧にして生きていこう。そう思っていたのだ。


◇ ◇ ◇


「まさか、ライナス様が自ら調査にあたられる、ということは──」


 自分でも驚くほど小さな声しか出なかった。


「すまないフローラ君。あいつの父、宰相閣下が切れ者だからさ。ライナスの隠し事なんて今までだって全部バレてきたんだよ。宰相にバレたら陛下には筒抜けだし。ミリアーナへの処罰もそうだし、高位貴族のボンクラ息子どもが王宮内でしている悪さなんて一気に露呈したら王宮は血の海だよ」

 

 取り繕うようにいつもよりさらに饒舌な殿下が力強く仰った。


 王太子殿下は唯一側妃殿下の姫であるミリアーナ殿下をことさら可愛がって、側妃の子、と貶す高位貴族を真っ先に牽制されていた。私がミリアーナ殿下の王族としての風格に畏敬の念を抱いていることにも気付いて、筆頭の侍女に早くから取り立てて下さったのも王太子殿下だ。

 

「それに陛下にも宰相にも内緒で高位貴族の弱味を握れるチャンスなんてなかなか無いから!即位までに廷臣を掌握しておくのも、ひとつの通過儀礼というかさ、君が協力してくれれば安寧な治世にひとつ駒が進むというかさ……」


「要するに?」


「うん。ライナスはフローラ君に媚薬を盛られたと思っています!」


 やけに元気良く、王太子殿下が言った。昨夜は媚薬騒動で寝不足だったろうに、王太子殿下は体力がおありになるな……


 予想はしていたけれど、私の気分は最悪だ。幸い心がひしゃげる音はまだしていない。実感がないのだ。

 

 ──初恋だった。


 初恋の終わり方が〈相手に媚薬を盛った犯人だと思われている〉なんて、いくら行き遅れ二十四歳の臆病すぎた恋の結末だとしても悲しすぎる。


 ライナス様の、あの日差しに透けると暖かな茶色に淡く光る瞳に、軽蔑の色が浮かんだら──。


 早急に王宮を発たねばならない。ライナス様に鉢合わせしてしまう前に。


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