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13.友を思えばsideアルフレッド


 幼少の頃の僕は、将来国を背負って立つには些か繊細すぎる子どもだったと思う。王子として大切にはされていたし、王と王妃は親としての愛情を注いでくれていた。王宮という権力の中枢に暮らす割に、穏やかな生活だったと思う。


 けれど僕はいつも傷付いていた。教育係や廷臣達は王たるに相応しく育つよう心血を注ぎ、両親はそんな僕の成長具合を定期的に確認する。正しく、計画通りに育っているか。


 そこに僕の個人や個性は存在しない。


 そんなの、ある程度継ぐべき物がある家に産まれれば皆そうだ、と今なら思える。しかし、僕が自身の生まれた環境を理解し、約束された孤独に戸惑ったのは五歳の時だった。

 それは同時に皆が()()()()()()()()()に気付いた時だった。父王には年の離れた弟がいた。享楽的で猟奇的。王家や貴族社会を引っ掻き回し、彼の為に命を落としたものも少なくない。「王弟殿下のようにはなりますまい」口を揃えて廷臣達が言った。

 僕は僕だ。叔父上のようになんてならない。だからそんな、見張るような目で見ないでくれ。


 ──誰も僕を見ていない。



「私に似ず、息子は運動神経が良いのです」


 あるとき宰相のひとり、オーノック侯爵がそう言った。いくつかの教育は高位貴族の同年代の子弟達と一緒に施される。それは彼らの教育の為でもあるだろう。殆どの令息はひどく緊張するか、妙なライバル心を抱いているかで正直関わるのは面倒だった。


 ──確かに良く動けるやつだったな……。


 ライナス・オーノックという人間の第一印象はそれだった。穏やかそうな顔に地味な黒髪。無駄口も無駄な動きも無いような少年だった。そして確実に僕より剣術のセンスがあった。自分よりひとつ年上。初めて同年代の誰かより劣っていると実感する。不思議な気持ちだった。


 ──ライナス・オーノックはしばしば僕を見つめている。


 別に気色悪い視線とか憎しみの眼差しという事じゃない。ただ、こちらに目を向けているのだ。


 すごく不思議な気分だった。

 身の回りの世話をする侍女達は僕のことを見ているようで、見ていない。周囲にも同時に気を張り、淡々と決められた仕事をこなす。護衛達も僕を見ていない。周囲を警戒しなければいけないから当然だ。

 もちろんそれが彼らの仕事だから不満は言えない。

 だが、両親すら僕を見ていなかった。注意深く、僕の将来の姿を警戒しながら見ている。「アルフレッドは王弟殿下に似ているから、仕方がないでしょう」息子に対して厳しすぎる態度を諌めた廷臣の誰かにそう言った母の声が頭から離れない。


 そんな子どもらしくないセンチメンタルに浸っている時期に、ライナスと過ごすようになった。


「殿下、何か憂慮なさっていることがおありですか?」


 思い起こせば子どものあいつの方が堅苦しい口調だった。だがその声色には一切の含みがない。


「……実はね」


 なぜ話してみる気になったか。周囲の人間が確認の意味で言う「お申し付けはございませんか?」のような定型文として聞いているのではないとわかったからだ。

 ライナスは僕が鍛練中、ずっと気も漫ろだったことに気付いて尋ねているのだろう。


 結局その日は初めての外交行事で挨拶のスピーチをするのに不安があると話したら「僕も外国語は苦手です」と、別にライナスに話したから何か解決したわけでは無い。けれど、講師に今一度確認したい、といつもなら周囲にイレギュラーな予定を組ませることを嫌って伝えなかった一言が言えたのだ。


 ライナスは良く僕を見ていて、屈託なくどうしたと聞いてきて、まぁあいつが直接役に立ったり立たなかったりしながらも、僕の心はライナスに出会うまでよりずっと楽になっていた。


「なんでそんなに困ったことはないか気にしてくるんだ?」

 気になって聞いたことがあった。


「母と祖母が破天荒な人たちなのです。毎日我が家では何かしら事件が起きますが、みんな振り回されて……最後は誰かしらが特大の皺寄せに合います。私自身ひとりで割りを食うのは嫌なので、誰かが割りを食っているときは声を掛けます。困ってないか?と」

「……はは!僕って割りを食っているように見える?」

「……物分かりの良い子どもが割りを食うのはどの家庭でも同じです」


 実直なのに、妙に飄々としたところのある奴だ。いつしかライナスは親友になっていた。


 ──ライナス、もし僕が王宮中から寄った皺に埋もれそうになったら、いつもの淡々とした調子で「お困りですか?」って聞いてくれ。


◇ ◇ ◇


 そんなライナスの目線の先にひとりの侍女が居ることに気付いたのは、十四歳で王太子の執務室を本格的に使用するようになった頃だった。

 フローラ・カールソン子爵令嬢。歴史あるアルゼィラン伯爵家の令嬢を母に持ちながら、継母に虐げられて逃げるように王宮に入った──社交界で話題の、時の人だった。あのアルゼィラン伯爵がそんな状況を許すのかと疑問だったが、確かにやけに細いし不健康そうで表情も……自分と同い年とは思えないほど大人びている。


 最初はライナスのお人好しが発揮されたかと思っていたが、見たこともないくらい暖かな眼差しでフローラ嬢を見つめている。お前が好きな人を眺めるために見晴らしの良い執務室で仕事してるわけじゃないんだけどな、と思いながら、親友の初恋が微笑ましく、うまく行くと良いな、とぼんやり考えていた。


 ぼんやりしていられなくなったのはそのすぐ後だった。数年前から腹違いの末王女ミリアーナがライナスに懸想し「ライナスは私の」と言い出していた。十を過ぎていよいよ女になってきた、ということなのか、茶会などでライナスに嬉々として声を掛ける令嬢達に嫌がらせをし始めたのだ。


 ある時、王家の晩餐会にライナスとの婚約を打診している伯爵家の令嬢が参加していた。招待客には<王女殿下はグレーのドレスを>と通達されていた。皆、女性王族の着用色は避けるのがマナーだ。

 件の令嬢はライナスも出席しているとあって、黒色のドレスを着用してきた。そして、当日ミリアーナが着用したドレスは殆ど黒に近いレースをグレーの生地に重ねたもので、一見すれば同じ黒いドレスだった。

 令嬢は図らずもマナー違反と謗られ、決まってもいない婚約に先走って殿下を不快にさせるなんて、と婚約は愚か数年社交界に出ることもままならなくなった。

 しかしもちろんこれは罠で、令嬢が黒いドレスを新しく作らせていたことをミリアーナは掴んでいた。


「もう子どもじゃない!とか騒いで晩餐会の照明やら窓の明け閉めにやけに口を出すなと思っていたら、グレーのドレスをより黒く見せるための演出だったか……」


 僕は妹ミリアーナの小賢しく直情的なところを好ましく思っていた。側妃子として聞きたくない言葉も聞いてきただろうに、あの子は強く乗り越えてきた。そんな中で培った勇ましさは輝いて見えたし、兄としてあの子を肯定する存在で有りたいと願った。


 しかし、それとこれとは別だ──!


「んで、なんでミリアーナがライナスに懸想して悋気を起こした結果、僕の婚約者候補がゴッソリいなくなるのさ!」

「もともと同世代の貴族令嬢は限られていますので」

「このままこの状況が続けば同じことの繰り返しだろ?ライナス!お前、令嬢方と踊るの禁止!笑うの禁止!喋るの禁止!」

「焼きもちですか?殿下は私のことがお好きですね」

「気持ち悪いこと言うな!ミリアーナの行動は正直、僕でも読めん!だからお前が自衛しろ」

「まぁ、不都合はないですよ。元々殿下の結婚を見届けてから妻帯するつもりでしたから」

「お前も大概、僕が好きだな」

「……あ!どうしましょう。殿下、私お慕いする方がいます」

「あぁ、フローラ・カールソン子爵令嬢」

「!?なんでそれを!」


 そうして、ライナスがミリアーナの目を掻い潜ってフローラ君と逢い引き出来るよう、協力してやる日々が始まった。

 十年も言葉を交わすだけで満足しているライナス、ライナスを目で追っているのに上手く隠しているフローラ君、さすがの僕もやきもきしていた。


 いい加減じれったくてどうしたものかと考えていたら……


 ──ミリアーナはやはり直情的で小賢しくて、何だかんだ平和な王宮生活には最高のスパイスになる。


 十年むっつりのライナスも、思い人から媚薬を盛られたとなったら暴走……もとい、遮二無二頑張るだろう。常に冷静なフローラ君もそんなライナスを拒めないだろう。

 

 ミリアーナも罪を被ったフローラ君への罪悪感は想定以上だ。自分の成婚祝の夜会でふたりの仲睦まじい姿を見て、ライナスからいよいよ嫌悪の視線を向けられたら──お転婆なミリアーナも流石に大人しくなって、隣国で問題を起こしたりしないだろう。──たぶん。


 いや、しかしまさかライナスがきちんと自分の気持ちをフローラ君に伝えていないとは思いもよらなかった。笑いすぎたお詫びに、「思いは言葉にして伝えるんだぞ」って教えてあげよう。

 別に、引っ掻き回してもっと面白くしよう、なんて思ってない、思ってないさ……。 


 ──ライナス、僕はお前にも割りを食って欲しくないと思っているよ。別に、この状況を面白おかしく楽しんでるだけじゃない。

 

 僕はお前を親友だと思っているけど、お前はそうじゃないだろう。僕を疑え。大切なものを守るためには、信じる気持ちと疑う気持ち、両方必要だ。

 これ以上僕の言いなりになんてなるなよ。一生側にいるんだライナス。お前くらい僕の嘘を見抜いてくれるようにならなくちゃ──つまらないだろ。


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