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11.二度目のキス


 媚薬を盛った犯人に恋人のように接する理由。

 

 媚薬を盛るような不埒な女だ。そもそも媚薬を盛ったところで見られるのはひとときの夢。私は少し長く夢が見られて、ライナス様も女嫌いが克服できる。身の振り方が決まれば、お役御免、ということだろう。

 ライナス様がそんな人の心を踏みにじるようなことをするだろうかとも思うが、王太子殿下なら『ついでにフローラ君を練習台に女嫌いを克服してこい!』くらい命じそうである。

 台詞が違和感無さすぎである。


 一方、私の心情はというとその後も甘く親しげに接してくるライナス様に『これは女嫌い克服のためなんだ!』と思うことで幸い冷静に対応できている。いろんな意味で早めに気付くことができて良かった。

 

 ──嘘だ。そう思わないとやっていられないくらい心はずたぼろだ。

 軽蔑されたり哀れまれた方がずっと良かったかもしれない。わかっていても、ときめく心を押さえられない。良い夢を見て、目が覚めたとき、それで私はどうなってしまうんだろう。誰かを恨んだりしてしまうだろうか。


 「どうだった?皆、気の良い人ばかりだったはずなんだが……」


 そんなわけで今日も今日とてオーノック侯爵邸の居間にて、久しぶりに早めに王城から戻られたライナス様とお茶の時間である。


「はい。王城でのお茶会で私を覚えて下さっていた方もいらして、思いがけず楽しんでしまいました」

「それは良いことだ。フローラがいるとミリアーナ殿下のお茶会も平和だ、って評判だったからね」

「まぁ!むしろ新人侍女にとってはモーフロイ侯爵夫人のいらっしゃるお茶会は平和だ、と人気でした」

「ということは、これからうちのお茶会や夜会はとびきり平和になるな」


 ライナス様が私の頬に触れる。あのキス以降も距離は近く肌にも触れるけれど、どちらかというと親愛の情を示すような優しい触れ合いだった。


「ジルアスも来ていただろう。母親について回って嫁探し中なんだ」

「そうだったのですね。ライナス様によく似ていらっしゃいました。いつだかお話頂きましたけれど、お二人ともお祖父様似なのですね」


 肩を抱かれながらこつん、と頭をくっつけられている。ものすごく近い。もはやライナス様の女嫌いは克服されているのでは……?

 今の状況から早く解放されたい、という気持ちと、このままでいたい、という気持ちがせめぎ合う。


「……うれしい。私が話したこと覚えてくれていたなんて。フローラはアルゼィラン伯爵夫人似だと言っていたね。確かに夫人もお年を感じないスラッと細身で綺麗な方だね。フローラの凛として上品な感じと似ているなって思ったよ」

「ありがとうございます。母が祖母に似ていたんです」


 お祖母様と一緒に誉められると謙遜もしにくい。ライナス様こそ私の話をよく覚えていらっしゃる。


「そういえば、アルフレッド殿下がお詫びだと言って歌劇のチケットをくれたよ。人気の演目らしい」

「個人的に劇場へ行くのは初めてです。でも、お詫び、ですか?」


 王太子殿下からお詫びを頂く理由はある。身代わりの犯人になったのだから。しかし、当初のお詫びはすでに頂いている。わざわざライナス様を通じて頂戴するのは──もしかして女嫌い克服の練習台にするお詫び……!

 そもそも王太子殿下は私がライナス様に思いを寄せているなんてご存じ無いのだから「ちょっと練習に付き合ってやってくれよ、お詫びはちゃんとするからさ」くらいに言いそうだ。

 台詞に違和感が無さすぎである。


「殿下も色々と思うところがあるのだろう。この話はもうしないつもりだったが……媚薬の、その、件については、フローラはもう気に病まなくて良い。こちらに来てから、随分忙しく働いてくれているようだね。確かに私もこの件の調査で忙しかったから、とても助かっている。でも、罪悪感からならこれ以上頑張らなくていい。フローラが無理をするのが一番つらいよ」


 ふわりとライナス様の香りがしてふわりと、抱き締められた。抱き締める力は優しいのに、心臓をぎゅっと捕まれたようだ。


 被害者であるライナス様に真実を話せない申し訳なさや、自分ばかりが良い思いをしているような王女殿下への罪悪感はあった。でも当然、媚薬の件に関しては自分に咎はあれど罪があるとは思っていない。


 だから、ライナス様の側仕えとしてのお手伝いは、忙しそうなライナス様に純粋に休んで欲しい、力になりたい、そう思って頑張ったのに……それを伝えられないことが何より歯痒い。


「フローラってこんなに泣き虫だったの?」


 ライナス様が私の頬の涙を掬う。その跡を啄むように唇を落とす。


 ──女嫌い克服のためだと思えば冷静でいられる。


 そんなの、自分についた嘘だった。ライナス様がそばにいると、伝った涙の冷たさがすぐにわかるくらい、頬が熱い。


「ライナス様の唇、温かい」


 情けなさに自嘲する。

 こんなに好きで、さよならの後に立ち直れそうにない。


「……っフローラ!」


 感極まった声で私の名を呼んで、今度は唇を啄まれる。優しい口づけに胸がきゅんとして、ライナス様の上着をぎゅっと掴むと、項に手が回って唇の感触が強くなる。


 鼻と口の両方で呼吸をしないと、早鐘を打つ心臓に酸素が回らない気がする。苦しくなって息が乱れると、その吐息ごと食べられてしまう勢いで口付けが深くなる。


 ──女嫌いの克服なんて必要ないみたい。王太子殿下でも、見誤ることがあるのね。



 先日の庭園とは反対に、ライナス様がポケットチーフで私の顔を拭いている。口、じゃなくてほとんど顔中を。


「ごめん、あんまりかわいくて夢中になった」


 そういうライナス様が可愛すぎて固まる。女性に対して態度が冷淡なだけで、もともと顔立ちは優しい方なのだ。そんなライナス様が申し訳なさそうに頬を赤らめる様は、さらに私の胸をときめかせた。


「かわいい、と思って下さってるんですか?」

「思ってるよ!たっ、確かに、フローラは凛とした大人の女性だし、かわいい、って言うのは誉め言葉にならないかもしれないけど、だからこそっ可愛いとき死ぬほど可愛いというか!」


 混乱するキスをされたのは私の方なのにライナス様の方が混乱しているようだ。


──うれしい。可愛い、はきっと嘘じゃない。練習のためでも、可愛いって思ってもらえてるんだ。


「……うれしい」


「フローラそれ以上はやめてくれ、私にはアルゼィラン伯爵の……信頼は……なによりも……」


 混乱した様子のままのライナス様が呟いている。聞き取ろうとするけれど、男の人の小声って聞き取りにくい。


「観劇、楽しみです」

「そうだね。私も殿下の付き添い以外で行くのは初めてだ」

「じゃあはじめて同士ですね」

「……フローラ、もう本当に止めて」


 止めてと言われてドキリとしたけど、抱き寄せられたので拒絶ではないらしい。


 恋心をばさばさと切りつけられているのだから、王太子殿下のお詫び、はありがたく頂くことにしよう。



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