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1.プロローグ

「私がライナス様に媚薬を盛った犯人、ですか」


 王太子殿下の執務室でほのぼのお茶を飲みながら思いがけない話をされて、思わず間の抜けた調子で聞き返してしまった。


「そう、昨日の王女のお茶会で僕の側近ライナスに媚薬を盛ったのは、王女の専属侍女であるフローラ君ってことになったから」

「ことになった……ですか」

「揉み消したかったけど、ミリアーナのやつ自分の取り巻きじゃなく、王宮の不良貴族どもから入手したみたいなんだ。入手ルートを調査させるのに犯人不在じゃちょっとやりにくいからさ」

「ちょっと、やりにくい……」

「まあ幸いライナスもライナスの貞操も無事だったから、君は依願退職ってことで!」

「はぁ……」


 王宮勤め十年目、次々と入れ替わるミリアーナ殿下の侍女の中すっかり古参となっていた。実家から逃げるための宮仕えではあったが、それなりに矜持もあった。

 それなのに、だ。

 昨日、ミリアーナ殿下のご希望により月に一度催されているライナス様とのお茶会で給仕を担当した。媚薬を盛れるのは、ミリアーナ殿下か私だけ。


 まさに呆然自失の体となっていたら、ぱんっと王太子殿下が手を叩いた。


「えーと……大丈夫?もちろん今回の件は他言無用だけど、君の祖父アルゼィラン伯爵には書状を認めたし、慰謝料は退職金と合わせてばっちり支払うし、君ももう二十四歳だし、ミリアーナも今年中に隣国へ嫁ぐわけだし、そんなに悪い話じゃないかな~なんて、思ったりしていたんだけど……」


 悪い話、ではないのだろう。王太子殿下は為政者として主知的である一方、王宮の下々まで気に掛けてくださる方だ。ミリアーナ殿下をお世話する中でも幾度となく王太子殿下に助けて頂いた。

 それに、父の後妻と折り合いが悪い私を引き取ると言って、最後まで王宮勤めに反対し、誰よりも愛情を注いで下さったお祖父様だ。殿下からの書状でこの件の真相もご存知なら、それを踏まえて私の適切な身の振り方を考えて下さるかもしれない。

 

──王太子殿下がそう仰るのだから、きっとそれが一番なのだろう。


 端から拒否などできない話だ。秋には隣国モルスラードの第二王子殿下に嫁ぐ予定の王女殿下が王太子殿下の側近に媚薬を盛って、夜中に寝台に潜り込もうとした──公になれば他国を巻き込んでの大騒動である。万一婚姻が取り止めになどなっては──脳がミリアーナ殿下の婚姻に際して結ばれた友好条約第一項から再生しようとしてハッとする。

 今はそんなことより確かめなければならないことがあるじゃないか。


「あの……ライナスさまのご容態は?」

「ライナスは今朝にはもう回復していたよ」

「──それは、良かったです」


 心底ほっとして紅茶を飲み干すと、王太子殿下は手ずから紅茶を注いでくださった。


「君も当事者になってしまうから、昨日お茶会が終わってから何があったのか詳しく話しておこう」


◇ ◇ ◇


 ライナス様は王太子殿下の側近の中でもとりわけ目をひく偉丈夫だ。長身で逞しく、珍かな漆黒の短髪は美しく優しげな面立ちに精悍さを加えている。


 幼少の頃に剣術指南を殿下とご一緒したのが切っ掛けで王太子アルフレッド殿下の側近となり、殿下が鍛練を止めてしまわれた今でも続けているという。近衛騎士にも引けを取らない腕前だそうだ。


 要するに、ミリアーナ殿下が媚薬を盛ってしまってもおかしくない──いや、好きな人によし、媚薬を盛ろう!ってなるのがそもそもおかしいのだが──と思う。それくらい、ライナス様は魅力的なのだ。かく言う私も王宮で彼の姿を見つけると目で追ってしまう数多いる令嬢のひとりだ。


「ミリアーナがライナスに思いを寄せていることは知っていたけど、嫁ぐ前にせめて一度だけ抱いて欲しい!なんて馬鹿げた考えでいるとは僕も思わなくてね。まぁ、ミリアーナが王女宮を抜け出た時点で知らせが来たから、ライナスの部屋に入ろうとしたところで取っ捕まえて連れ戻させた。それで、扉の外からライナスに声を掛けたら──」


「──掛けたら?」


「ものすごい勢いで素振りしてた。眠れないから一汗かこうとしていたらしい。ちょっと拍子抜けだったよ。でもそのあと体調が悪化してね、医官に見せたら媚薬の症状……最近他国から入ってきて、王宮への持ち込みが禁止されたばかりの媚薬。興奮作用が強くて高齢者には心の臓をぴたりと止める立派な毒薬だからね。保管されているお茶会の茶器を調べたら、その媚薬が検出された。昨日のお茶会で媚薬を盛る機会があったのは君か、王女だけ。……まさか!王女が臣下に媚薬を盛った!?そんなわけで、公には事件そのものが秘匿されているけど、調査班にはフローラが犯人、という前提で調べを進めさせています」


「わかりやすい解説、どうもありがとうございます」

 

 王太子殿下の芝居口調にちょっとだけいらっとした。身代わりなんて嫌ですと断ってしまおうか。


「あ、いつもの調子が戻ってきた?他の根性弱々令嬢なら泣いて嫌がると思ったけど、やっぱり君はひと味違うね!」


「こんなことなら他の令嬢と同じ味が良いです」


「まぁ、そう言わないで。ミリアーナは嫁ぐまで王女宮で謹慎。頼りの君は自分のせいで退職して、お別れの挨拶もできない。あいつも流石にこの展開は予想していなかったんだろ。ミリアーナからのお詫びの品もアルゼィラン伯爵の所にたんまり届くから!」


「ミリアーナ殿下が無事嫁がれるのであれば、とりあえず良かったです。最後にライナス様にはご挨拶できるのでしょうか?」


 王太子殿下が気まずそうな顔をして、綺羅綺羅しい顔の頬を掻く。


「いや~それが、ライナスは自ら志願して調査班に加わっていて」


 ゾクッと背中が粟立って紅茶を溢しそうになる。



「まさか……」




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