毒を呑む~森の奥、小鬼の隠れ里にて~
なろうラジオ大賞2応募作第二弾。
さて、『毒』ってなんのことでしょう??
蒼い炎が踊り、薬缶がチンチン湯気を吹く。
よしよし。
白く艶めく陶の器に、ひと匙落とした薬種の粉。濃茶のひと山は、湯に溶けた途端、打って変わって見透かすことを許さぬ不透明を湛えた黒に変わる。
この液体は、飲めばたちどころに身体を冒す。何を混ぜても猛毒である。
しかし。
飲まねば。飲めねば。
この毒を嗜んで一丁前、『大人』と言えるのだから。
ひと口含む。
苦い。酸い。酷く渋い。
やはりこれは毒であるのだ。
それでもコクリと飲み下す。
「無理して飲まずとも……」
白角の爺が呆れ顔を向けてきた。
示すのは森の蜂蜜たっぷり、甘い甘い生姜湯。
何を言う。我はもう『お子ちゃま』ではないのだぞ!
この毒は遥か海の向こう、常夏の国に実る『桜ん坊』が原料だ。
「兄様、兄様。常夏の国にはいつでも入道雲があるのですか? ほら、白くてフワフワの氷菓のような」
弟のアオが問うた。金色の眼はジィッと我の手許――牛の乳を入れた器を見つめている。
さり気なく器を後ろに隠して、我はしかつめらしく講釈を続けた。
充分に天日乾燥させたら、桜ん坊の果肉を捨てる。
「桜ん坊なら甘いのではございませぬか? なぜ捨ててしまうのですか?」
末の妹、アカノが口を挟む。
「子供は黙っておれ」
「甘ぁい桜ん坊、食べたいよぅ」
今は冬。外は一面銀世界。桜ん坊は来年まで採れぬ。
乾燥が終わると脱穀、選別。焦熱地獄の獄卒が亡者を炙る片手間に焙り、刀葉林の女が亡者を手招きしつつ切り刻む。
キュウ、と腹が泣く。
もう中ったか。軟弱な腹よ。
隠していた器の中身を小鍋に移し、火に掛ける。そこに秘蔵の白雪――上白糖を一つ、二つ……七つまみ。
チビたちが身を乗り出し、食い入るように鍋を見つめる。
えー、ゴホン。
砕いた粉を煮立たせエキスを抽出、さらに煮詰めた液を千里の崖から噴きつけ、業火の熱風で瞬間乾燥、粉末の薬種を得る。人の子はこれを『すぷれいどらい』と言うそうな。
ギュギュッ
両腕にくっつく温もり。まだ短い角がツンツン。
四つの瞳は爛々として鍋に釘付け。
聞いちゃあいない。
仕方がないか。
ラストワンの秘薬を黒いサヤごと鍋に入れる。花のような甘い香りが広がった。
いそいそと湯呑みを持ち寄る二人。それぞれ平等に鍋の中身を注いでやる。
「熱いからな」
そう言えば、甘い温牛乳をフウフウする二人。嬉しそうだ。
僅かに残った鍋の中身を、我は飲みかけの毒――ブラックコーヒーに注いだ。バニララテというには少々牛乳が足りない。
《子供の情景》第八曲《炉端にて》より着想を得て
『毒』=コーヒーでした。
美味しいけど、飲むとお腹を下す人けっこういるのでは??
※コーヒー豆は、コーヒーチェリーとも呼ばれています(チェリー=桜ん坊ね)。作中で、コーヒー豆の乾燥とか焙煎とか延々と語っていました。
※バニララテとかに最適なインスタントコーヒーの製法は、スプレードライ。濃縮したコーヒー液を霧状に噴霧したところに熱風を当てて乾燥、粒子が細かく溶けやすくなるのです( ´艸`)