7・強面姫将官と波乱の舞踏会
「ない?」
私は思わず呆然とする。
王都へやって来て直ぐの事。
私は王都の屋敷に仕立て屋さんを呼んでいた。
舞踏会に着ていくドレスを仕立ててもらう為だ。
贔屓にしている仕立て屋さんは気立ての良い女性が店主をやっており、以前はグローライト伯爵領に住んでいたことから昔からお世話になっているので、私を見ても驚いたり委縮したりせずに対応してくれる。
急な呼び出しにも笑顔で応じてくれた店主のアンさんは、いくつか用意していたドレスを持参して来てくれたのだが、その時、衝撃の事実が発覚した。
父が用意してくれていたというお金が綺麗に全て無くなっていたのだ。
これは決して盗まれた訳ではない。
「申し訳ありません、お嬢様……!」
目の前で執事のリカルドが頭を床に擦り付けている。
そんなリカルドの頭にドスッとメアリが足を置いた。って、え? メ、メアリ? お、女の子がそんな…は、はしたないわよ?
「本当ですわね。まさか、お嬢様のドレス費用を全部武器につぎ込むなど、何を考えていたのですか?」
リカルドは頭を上げない。いや、今はメアリの足のせいで物理的に無理なのだけれど。
私は深々と溜息を吐いた。
予め私が『舞踏会の準備』をお願いしたら、何故か『武闘会の準備』だと思い込んでしまったリカルド。
彼は私の為に必死でありとあらゆる古今東西の『武器』を集めて待っていた。
全く見当違いだし、武器とかいらないし、お金は必要だから無駄遣いされては困る。
けれど、悪気はないし、何よりも私の為にやってくれた事だから怒りにくい。
「リカルド……」
「全く、リカルドの旦那も全部使っちまうことはないでしょうよ。頭の服の分くらいは残しておかないと!」
「ザムザ……」
え、今、ザムザが普通の事を言った?
驚いて振り返れば、ザムザは鼻息を荒く言い放った。
「その場その場に相応しい服装ってもんがあるんすよ?」
「ザムザ……」
どうしよう、ザムザがまともな事を言っている!
思わず目頭が熱くなった私は、次のセリフに出かけた涙が一瞬で引っ込む。
「ちゃんとした服装じゃねぇと、頭が王宮に潜り込めないじゃないっすか!」
「はい!?」
私、不法侵入しないよ!? ちゃんと招待状あるんですけど!?
オロオロしていれば、メアリが鼻を鳴らした。
「なければ作ればいいんですよ。売りましょう」
あ、そうか。いらない武器を売ればいいんだ! 流石、メアリ!
「リカルドを」
「メアリ!?」
リカルド売っちゃダメ、絶対!
「後、ザムザも売りましょう。そうしましょう。そうすればお嬢様のお付きは私だけ…フフフ、私だけのお嬢様に……!」
「姐さん、冗談きついっすよ! オレ達、同じ頭に忠誠を誓う仲間じゃないっすか!」
「私とお前が同じ? ハンッ!」
「え、今、鼻で笑われた?」
「お嬢様、申し訳ありませんでした! このリカルド、転売先でもお嬢様への忠誠を胸に精一杯お勤めを果たしてまいります……!」
「え、あ、え!?」
何で私の使用人たちはいつもこうなの? メアリ、リカルドとザムザを売らないで! ザムザ、メアリと喧嘩しちゃ駄目! リカルド、諦めて売られないで! 誰か私の話を聞いて!!
涙目でオロオロとしていると、パンパンと手を叩く音がした。
「はいはいはい! お三方とも落ち着いて。ご安心ください、アレクサンドラお嬢様。大丈夫ですよ。今回お持ちしたのはお嬢様専用ドレスの試作品ですが、これは昨年、試作を作るという名目で予めお代を頂いていたものです。後は調整だけですので、お代は頂きませんよ。他にも欲しいアクセサリーなどがあれば、用意させて頂きます。そちらのお代は後で結構です」
「アン……」
「お嬢様はお得意様ですし、私が王都に店を出す時、グローライト伯爵には大変お世話になりましたからね。これくらいお安い御用です」
アン、何て良い人なの!
アンのお陰で、私はどうにか新品のドレスを着ることが出来た。本当に感謝してもし足りない。
「お嬢様はスタイルがいいので、体のラインを出したドレスがお似合いですね」
「ありがとう、アン」
「いいえ、どういたしまして」
アンはニッコリと笑う。
「はぁはぁ、お嬢様の美しい筋肉が……はぁはぁ」
「頭、すっげーカッコいいっすよ! 完全にテッペン取れたっす!」
「お嬢様、どうかこちらをお持ちください」
「いらない」
リカルドがどさくさに紛れて武器を渡してきたのを断る。
王宮に武器なんか持ち込んだら、謀反を疑われかねないよね。当然持っていきません。
「フッ、お嬢様には拳一つで十分」
「頭、かっけー! 武器は己の肉体のみなんっすね!」
違います。
あれ? 私、舞踏会に行くんだよね? 武闘会じゃないよね??
★ ★ ★ ★ ★
やがてやって来た舞踏会当日。
この日をずっと待っていた。
殿下がここにいらっしゃる。
踊ってくれると言って下さったのは、本当の事かしら?
王宮の広間へと辿り着く。
ミシェルがエスコートしてくれると言っていたけれど、怒らせてしまったからか、ギリギリでタイミングが合わなかったのか、ミシェルは来なかった。
私はエスコートなしで、男爵令嬢でもあるメアリと共に王宮の広間へ入場する。ザムザとリカルドは従者用の控室でお留守番だ。
ザワザワざわめく広間で、私は他の人々と一緒に王族の方々を待っていた。
隣には同じく着飾ったメアリ。
正直、私よりずっと綺麗だ。周りの男性たちもチラチラとメアリを見ている。
頬を染めてウットリとメアリを見ている男性たち。
私が視線を向ければ、真っ青になって直ぐに顔を逸らされた。
同じ令嬢なのに、この差。分かっているけれど、ガッカリしてしまう。
私がいるせいで誰もメアリに寄ってこない事はいい事なのか、悪い事なのか。
「お嬢様、はぁはぁ、お嬢様、はぁはぁ」
……多分、寄ってこない方がいいのかもしれない。
息も荒く、私をガン見してくるメアリのこの言葉も聞こえていないだろうから。
王族の方々が入場された。
威厳のある国王陛下、気品のある王妃様、それから可愛らしいイライザ王女様をエスコートしながら入って来たのは――――レオンハルト王子殿下。
ジッと見つめていると、一瞬目が合った気がした。
それだけでドキドキと心臓が高鳴ってしまう。
(きっと、私の人より高い身長が目についただけだわ)
分かっていても、とても嬉しい。
ドキドキしている内に、国王陛下のお話が終わる。
何て事かしら。私ったら、国王陛下のお話を聞き流してしまうなんて、何て失礼な事を。
後で、メアリに聞いておこうと思いながら拍手をしていた時、腕を引っ張られた。
「――――エスコートできなくて悪かった」
視線を向けると、輝くばかりに美しく着飾ったミシェルが私を見上げている。
何故かメアリを一瞬キッ! と睨んだ後、ミシェルとおずおずと私の手を取った。
「アレクサンドラ」
ミシェルの美しい青い目が私を見ている。
「お詫び、という訳ではないが――――オレと踊らないか?」
はにかんだ目でそういうミシェルに目を瞬かせていると、声が掛かった。
「アレクサンドラ嬢!」
その声に振り返れば、そこには麗しい美しい王子殿下が立っている。
嬉しそうに微笑んでいた顔は、近づくにつれて怪訝なそれに代わった。
「アレクサンドラ嬢、私と…………え?」
王子殿下が立ち止まる。
ミシェルが戸惑うような呻くような声を出した。
「何で殿下が……」
ミシェルは険しい表情を浮かべながらそう呟く。
同時に、ギュッと私の手が強く握られた。