4・強面姫将官と周りの人々
辺境にあるグローライト伯爵領を出て、馬で駆けること一週間。
私達は王都へと辿り着いた。
「おおおお、馬で駆けるお嬢様の美しき事、軍神の如く……! メアリは一生お嬢様について行きますぅぅぅぅ!」
「流石は頭だ! 鬼神の如き佇まい、疾風の如き速さ! 流石ですぜ!」
「……」
メアリが爆走させている馬車から黄色い声を上げ、隣に並ぶザムザが尊敬の目を向けてきている。
薄々思っていたけれど、それって伯爵令嬢にかける言葉じゃなくない?
私は釈然としないものを感じながらも、王都の屋敷へと進んだ。
★ ★ ★ ★ ★
「お帰りなさいませ、お嬢様」
王都の屋敷では管理人であるリカルドが恭しく出迎えてくれる。
「遠い所、お疲れ様でした。全て準備は整えてあります。先ずは血飛沫を落とし、ゆっくりとお寛ぎください」
「ありがとう」
礼を言ってから気が付く。今、血飛沫って言わなかった?
土埃はついてるけど、血飛沫なんて付けた覚えなどないんだけど。
「流石、頭だ! いつの間にか殺っていたんですね!」
「血に飢えた獣の様なお嬢様も素敵……!」
私は何もしていないし、血に飢えていた事も生まれてから一度もないんだけど。何で皆、いつも私が血に飢えてると思っているの?
理不尽な気持ちになりつつ、呼吸の荒いメアリに手伝って貰って入浴を済ませた。
メアリは我が家に連なる男爵家の令嬢だが、非常に優秀な侍女で、いつも無駄なくテキパキと私の世話をしてくれるのでとても助かっている。
「はぁはぁ、お、お嬢様の背筋…はぁはぁ」
ちょっとだけ変わっているのが玉に瑕だけれど。
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汚れを落として普段着へと着替えた私は、早速リカルドの案内で準備をしてくれているという部屋へと向かった。
勿論、私が頼んでいたのは社交の準備だ。
人より少し……いえ、かなり体格のいい私はドレスを新調するのも一苦労なのだが、それほど王都へは頻繁に来られないので、予め少し大きめのドレスを用意してもらい調整するという方法を取っている。
「凄く良いものが手に入りましたよ」
ニコニコ笑ってそう言うリカルドに胸が高鳴った。
素敵なアクセサリーかしら? それとも可愛らしいレース飾り?
ワクワクしながら部屋に入ると、ザムザが歓声を上げ、私は絶句した。
「すっげー! これ全部お嬢様の『武器』ですかい!?」
部屋に並べられた、武器、武器、武器。
切れ味の良さそうな長剣から、指先位のナイフ。誰が使うのか分からない強弓に、槍、ロッド、ナックル。一般的なものから暗器まで、ありとあらゆる武器が揃えられていた。
「……リカルド」
「はい、お嬢様!」
リカルドは褒めて欲しそうな誇らしげな顔をしている。悪気は一切ない事は分かった。分かったが、誰が武器を用意しろと言ったのか。
「『舞踏会』の準備を頼んでいた筈だけど」
「はい! 『武闘会』の準備ですよね?」
この時期に貴族の令嬢が来るのは社交の為に決まっているのに何で間違えた?
悪気がない分、質が悪い。
どうすべきかと思っていると、ザムザが完全にしたり顔をして私に近づいてきた。
「――――分かりましたよ、頭のやりたかった事が」
え? 私が本当はドレスを用意してほしかったことに気付いたの? ザムザが気付くなんて珍しい。
「遂に取るんですね? ――――この国のテッペンを」
「取らないよ!?」
いや、あの、本当に何の話!?
「お嬢様、メアリは……メアリは例えどのような茨の道であろうとも、お嬢様について行きます!」
「私もですお嬢様! 不肖、このリカルド! 先鋒を務め、見事に散り花を咲かせましょうぞ!」
いやいや、私は茨の道なんか行かないよ!?
勝手に散る覚悟を決めないで!? 何これ怖い!
勝手に盛り上がる三人を何とか宥めて、自分でドレスの発注を掛ける。
「そろそろシーズンだと思って、いくつかデザインを用意しておりました。明日お持ちしますね」
そう言ってにこやかに対応してくれた仕立て屋さんには頭が上がらない。
最も毎年の事だからかもしれないが。何故、私の周りはこうも血の気が多いのか。悪い人達じゃないが疲れる。
★ ★ ★ ★ ★
一先ず、メアリの手を借りてドレスの採寸を終えた。
また、太ってしまっていたようだ。メアリは筋肉が付いたのだと言っていたが、それなら余計に悲しい。益々殿下から離れて行ってしまうのだから。
ガックリとしながらも、いつも通り朝の鍛錬を行う。
もう習慣づいているので、やらないと気持ち悪いのだ。
父の伝手で騎士団の演習場を使わせて貰っている。
恥ずかしいので早朝の誰もいない時間を見計らってやっているのだが、何故か毎回人が鈴なりに見物していて居た堪れない。早く終わらせよう。
コソコソと鍛錬して、さっさと演習場を出ようとすると、前に人が立ちはだかった。
「よぉ、アレクサンドラ」
「――――ミシェル」
私の前に立ったのは、幼馴染のミシェルだ。
皮肉気な表情をしている、とても綺麗な少年……いや年齢的には私の一つ上なので青年である。
ミシェルの家とは領が隣り合っていて、ミシェルの父と私の父は戦友なので、昔は良く家に遊びに来ていた。
ミシェルはとても大人しい性格で、昔はとても仲が良かったのだけれど、いつからか彼はうちには来なくなり、気が付けばこんな風に私に対して悪ぶって斜に構える様な態度を取るようになったのだ。
きっと、ガサツで無骨になってしまった私が嫌になってしまったのだろう。悲しい事だが、本当の事なので仕方がない。
いつの間にか騎士学校へと入学していた彼はエリートで、今や王都の栄えある騎士である。
そんな彼は、私が王都へ来る度に話しかけに来てくれるのだ。
きっと、王都で浮いている私を気遣ってくれているのだろう。突っかかる様な言い方だが、根は優しいままなのだ。
「お前、今度の舞踏会には出るのか?」
私は無言で頷く。
ミシェルはそうか、と言った後、モゴモゴと口を動かした。歯に何か詰まったのだろうか?
「その、もし良ければ……じゃなくて、仕方がないから! 仕方がないから、エ、エエエ、エスコートしてやってもいいぞ! うん、仕方がないからな! どうせ相手もいないんだろうし! 仕方がないからなっっ!」
仕方がないと四回も言われた。言っている事は間違っていないけれど、ちょっと悲しい。
でも、ありがたい申し入れだ。父も来ていないし、エスコートなしで行こうと思っていたけれど、エスコートして貰えるのなら嬉しい。
私が頷こうとした瞬間、メアリが鼻で笑う。
「ハッ! お嬢様をエスコートなんて図々しい。――――お嬢様より、頭二つ分も小さいくせに」
「な、何だと……っ!?」
ミシェルの顔が真っ赤に染まった。
ミシェルは騎士としては上位に入る強さを誇っている。
けれど、彼はとても小柄だった。そして、それをとても気にしているのだ。
メアリの挑発に眉を吊り上げるのも、正直に言えば可愛らしい。だって、彼は少女めいた童顔で非常に麗しい美少年という風貌なのだから。
でも今は怒っている。やはり男の子に小さいは禁句なのだ。何かフォローをしなければ!
「……その……私は可愛いと思う」
「っ!?」
私がそう言えば、ミシェルは何故か凄くショックを受けた顔をして、そのまま走り去ってしまった。
しまった! 可愛いも禁句だったのだった! つい馬鹿正直に言ってしまった!
私が内心オロオロとしていると、ザムザがしみじみと言う。
「惜しい御仁ですよね。女だったら傾国の美女として女のテッペン取れてたっすよ」
……それ多分、絶対本人に聞かせちゃ駄目な奴だよ。本当に気を付けて?




