3・お色気王子の初恋
私とアレクサンドラ嬢が出会ったのはとある夜会でのことだ。
その時、私は変態に絡まれていた。
勿論、好きで絡まれていた訳ではないが、エロいエロいと囁き続けられるのが鬱陶しくて、人の目を避ける様に物陰で避難したら、そこに待ち構えていたのだ。
残念ながら、これは割と頻繁にある。ぶっちゃけ、全ての物陰にそれぞれ待ち構えているので回避しようがないのだ。
私は護身術というレベルではなく鍛えている。幼い頃から連日のように攫われ掛ければ、否応なしにやるしかない。そこらの騎士でも倒せる自信はある。
流石に何かして来ようとしたら斬ろうといつも思っているのだが、不思議な事に何かされる事はない。
何がしたいのかまるで理解できないが、彼らは私に何かしようとはせず、ひたすらよく分からないアピールを繰り返すのだ。
その時の変態男は私が来た瞬間、どうやったのか一瞬で全裸へと変わった。
特技と言ってもいい早脱ぎだ。誰にも自慢できないが。
そして、ズンドコズンドコ踊り出した。時には腰を振りながら己のあれそれを私にアピールしてくる。
少し物陰に移動したらこの地獄である。私の人生に平穏という存在は中々やって来てくれない。泣ける。
この手の変態はある程度アピールすると、凄く得意げなドヤ顔で満足して帰っていくので、基本的には終わるまで視線を逸らしてスルーする事にしている。
迂闊に声を上げたり掛けたりすると、余計なトラブルが倍増することは既に経験済みだ。
早く終わらないかなぁと、明日の朝ご飯の事を考えながら待っていると、そこへ声が掛かり、変態は一瞬で窓から外へと放り出された。
「大丈夫ですか?」
驚く私の前にそう言って跪いたのは一人の女性。
体格もよく、身長も私よりも高いが、声色や骨格で女性だと分かる。なんせ、何故か女装してやってくるアホが多いので、私は男女を見抜く術を心得ていた。全然自慢にならない。
きっと、この女性も私を見たら態度が変わるのだろうと思いながら視線を向ければ、案の定、その女性は驚いたように僅かに目を見開いた。
――――ほら、やっぱり。いつもこうなんだ。
分かっていても落胆してしまう私は、次の瞬間、とても驚かされた。
「ご無事で何よりです」
僅かに口元を緩めた女性の目には、労わりと優しさ以外の何も映っていなかったのだから。
★ ★ ★ ★ ★
「そんな……っ! 急に婚約を解消したいだなんて……!」
「ごめんなさい! でも、こうするしかないの……!」
目の前で男女が言い争いをしている。
男の方は私の護衛騎士の一人であり、女性の方も知っている顔だ。どこで見たんだったか。
二人は婚約関係を結んでいたらしいが、突然、執務室で仕事をしていた私の前に現れた女性は、護衛騎士に婚約の解消を願い出たのだ。
………いやいやいや。何故、私の執務室でやるんだ。仕事中だし、休み時間に他の場所でやってくれよ。私は一応、この国の第一王子な筈なんだが。
ウンザリしながら聞き流して仕事を進めていると、女性がとんでもない事を言い始めた。
「何故、突然……理由は何なんだ? オレが何かしたのか?」
「理由は…………これよ」
女性がお腹を擦り、護衛騎士がハッとする。
「ま、まさか……!」
「ええ、そのまさかよ」
女性は儚げに微笑んだ。
「私のお腹には、殿下のお子が宿っているわ」
「な……っ!」
「………………はい?」
思わず、声を出してしまう。
何これ。何で私、急に巻き込まれたの? 全く覚えはありませんが?
「そんな、一体いつの間に……」
「実は……この前の夜会で、私、殿下と視線が合ったの。三秒も!」
「さ、三秒も……!? それじゃ、確実にお子が宿っているじゃないか! 何て事だ……!」
…………いやいやいや。
見ただけで子供は出来ないから。
何で、そんな当たり前のことが通じないの? 私にそんな能力ないからね?
呆れたようにジト目を向けていると、護衛騎士が膝をついた。
「そんな……そんな、オレなんて今まで殿下と一度も目が合った事なんてないのに……!」
いや、どこにショック受けてるんだ、お前は。
ぶっちゃけ私が視線を向けると、誰一人例外なく直立不動でぶっ倒れるから、わざと見ないようにしてるんだけど。護衛が役に立たなくなるから、私、とても努力しているんだけども。
因みに、夜会で目が合ったで思い出した。
どこかで見た事があると思ったら、夜会でアレクサンドラ嬢を見つめていた時、彼女との直線上に立って絶妙に視界を遮って来た令嬢だ。凄い邪魔だった。
避けると同じように移動してくるからイライラして、つい睨んだら顔を真っ赤にして気絶したんだ。他に接点は一切ない。
どうしよう、この二人が婚約解消したら私のせいになるの? 何で? 私、何もしてないよね?
微妙に焦っていると、書類を届ける為に出ていた従兄弟が戻って来て、適当に女性と護衛騎士を追い払ってくれた。
下半身緩々の碌でもない男だが、こういう時はちょっとだけ頼もしいな。
「たかが三秒で何言ってるんだか。毎日十秒は視線が合ってるオレの方が寵愛は上だ!」
――――前言撤回。なるべく早く側近を代えて貰おう。切実に。
★ ★ ★ ★ ★
待ちに待っていた舞踏会の日がやって来た。
アレクサンドラ嬢と踊る為に念入りに準備する。
風呂に入って汚れを落とし、新しい礼服を着て、香水を一滴。
アレクサンドラ嬢に臭いとか思われたら軽く死ねるから、慎重に進めなければ。
普通は従者が着替えを手伝ってくれるものだが、私は一人で行う。前はいたが、基本的に呼吸は荒いし、私を見て硬直するしで、全く役に立たないからだ。
準備を終えた時、部屋がノックされた。
「はい」
「お兄様。私です」
「イライザか。入っていいぞ」
声を掛けてきたのは妹のイライザ。私を見ても平然としている数少ない人間の一人だ。
基本的に家族だけは私を見ても動じない。これで家族もならば、私はとっくにこの世を去っていたかもしれない。家族以外とはまともに会話も出来ないからな。
妹は私と同じ色の髪と目を持っていて、一つ一つのパーツも似ていた。
全体的に似ている筈なのに、何故か妹は普通に美人という評価で、私は可笑しな評価を得ている。納得いかない。
「お兄様、今日は気合が入っていますね」
「ああ……アレクサンドラ嬢が来られるからな」
少しだけ頬を染めれば、妹はクスクスと笑う。
「アレク様、素敵ですものね」
「し、知っているのか?」
「勿論。国の英雄を知らない者などおりませんわ」
妹はそう言った後、声を潜めて言った。
「今夜の舞踏会に隣国の王女が来られるというのは聞いていらして?」
「ああ。マリアージュ王女が来られると聞いているが……」
「お気をつけあそばせ。王女はお兄様にご執心と聞いております」
「何?」
妹にそう言われて、顔を顰める。
「何かあれば、それを理由に婚姻を迫られるかもしれません」
正直、又かという気持ちで一杯だ。
私は誰相手であっても婚姻を断り続けているので、こうやって突撃してくる女性もたまにいるのだ。
「後、アレク様の親衛隊にもご注意を。あの方たちは顔より筋肉という特殊嗜好の持ち主たちです。お兄様が本気を出せばわかりませんが、隊長のメアリ嬢はアレク様に心酔しており、下手をすれば……お気をつけあそばせ」
「何をされるんだ、私は!?」
ウンザリしていた気持ちが吹っ飛んだ。
通りでいつもアレクサンドラ嬢に近づけない訳だ。彼女をガードするように囲んでいたのは親衛隊だったのか。
人数の多さもだが、いつも目が血走っているから、怖くて遠巻きにしか見られなかったのだ。
「今回は多分大丈夫だ。前もってアレクサンドラ嬢をダンスに誘っているからな」
「まぁ! 奥手で引っ込み思案でコミュ障でドヘタレのお兄様が!? 凄いですわ!」
「そこまで言わなくても良くないか?」
「顔だけで世の中を渡っていける顔だけは極上のお兄様の初恋、私は応援しておりますわ」
「……かなり含むところはあるが、一応、ありがとうと言っておく」
「――――では、そろそろ参りましょうか」
妹はニッコリと笑った。
性格はちょっと意地悪だが、十分に思いやりに溢れる美しい妹。
「何で、お前に縁談が来ないんだろうな」
「お兄様、ご自分が原因だと理解していて? 国中の男女はお兄様しか見えていなくってよ」
「……スマン」
「早く結婚なさってくださいな。私が行き遅れる前に」
呆れたようにそういう妹はやっぱり優しい。
微妙な顔で私は妹をエスコートしながら、部屋を出た。
「お、王子殿下!? な、何て美しい……!」
「整えられた髪が艶やかすぎる……! 私、もうダメ……!」
「礼服姿で迸る色気が……ああ……っ……!」
「何て馨しい匂いなの……!? き、気絶しそう……だけど、全部吸い込むまで死ねない!」
「歩く姿の麗しさ……ああ、王子殿下…! ああ、ああ……っ」
「何てエロい!」
「とてつもなくエロい!」
「エロスの化身!」
「エロの塊!」
「エロティックダイナマイツ!」
「エロいわ!」
「エロすぎるわぁぁぁ……!!」
「……そろそろ、不敬罪で全員訴えてもいいだろうか?」
「やめて下さい。国から人がいなくなります」
じゃあ、せめて泣いてもいいかな? うん、泣く。