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2・恋する強面姫将官

 私の名前はアレクサンドラ・グローライト。

 オルヴィア王国、グローライト伯爵家の長女だ。

 父譲りの赤髪と母譲りの琥珀色の目をしている平凡な伯爵令嬢―――それが私。

 少しだけ人と違うところは、母が私の出産時に亡くなり、父に育てられたことだろう。

 父であるグローライト伯爵はオルヴィア王国辺境軍の大将職についている。

 その父に連れられ、幼い頃から戦場で過ごした私。兵士たちに可愛がられ、気が付けば剣を握っていた。戦場はいつだって何が起こるか分からない。父は私を守るため、私を厳しく鍛え、私自身も生き残るために努力し続けてきた。

 そう、私は十七年間、ずっと努力し続けてきたのだ。


「本当にお嬢様はお美しいですわ」


 専属の侍女であるメアリがウットリと呟く。



「本当に美しい――――この大胸筋! まさに芸術ですわ! はぁはぁ!」

「………」



 誤解しないで欲しいけれど、彼女は本当に心から私を褒めている。

 私は鏡を見た。

 そこには、縦にも横にも成長しすぎた巨人ならぬ『巨女』が映っている。


 生まれてから十七年間、私は何の疑問も持たずに父に鍛えられ、戦場を駆け抜けてきた。

 そして、十五になった時、敵の総大将を討ち取った私は、特例で国王陛下から直々に勲章と将官職(父はその上の地位になった)を賜る事になり、生まれて初めて王都へ向かい、そこで驚愕の事実を知る事になる。



 一般的な貴族の令嬢は、剣も握らないし、戦場も駆け抜けないのだという事を!



 私はずっと自分は一般的な貴族令嬢だと信じていた。

 大好きな恋愛小説と私の現状はまるで違うけれど、それは創作と現実だからなのだと思っていたのだ。

 貴族の令嬢は仕留めた獣を捌かないし、真っ裸の男達の横を平然と横切ったりしないし、大事な所がモロ出しの男たちも平然と挨拶してこない。

 私は焦った。

 通りで婚約者になる筈だった令息が初めて私の顔を見た瞬間、婚約を白紙に戻したいと言ってきた筈だ。

 女性は色白が好まれる事は知っていたので、戦場で日焼けしているのがダメだったのかと思っていた。問題はそこではなかった。同じ年だった婚約者候補を見下ろした時点で駄目だったのだ。

 この国では女性は十八で適齢期を迎える。私には後一年しかない。

 非常に焦った私は、昨年、社交シーズンに王都へ連れて行ってくれるように父に頼んだ。

 父は笑顔で了承してくれ、私はホッとする。

 だが、ホッとしたのは間違いだったとすぐに気づいた。

 王都へ行ったら、その時期に催される剣術トーナメントに私に何の承諾もなく申し込みがされていた事が発覚し、私は社交どころではなかったからだ。

 とりあえず、適当に終わらせようと全試合を一撃で終わらせたのは、今思い出しても痛恨のミスだった。

 その後どこへ行っても私はずっと女性に囲まれる事になる。

 何度女だと説明しても、彼女たちは引かない。理想の筋肉、理想のマッチョ、理想の漢だと付きまとってくる。メアリと同じ匂いを感じたが、それは全力でスルーしたい。

 極稀に男性に話しかけられたが、その全てが再試合の申し込みだったのにはもう泣くしかなかった。

 そんなガッカリしていた時の事だ。


 ――――殿下に出逢ったのは。



 始めは女性が絡まれているのだと思った。

 物陰から、男の荒い呼吸が絶えず聞こえるし、脅すような口説き文句が聞こえてきたから。

 何かあってはいけないと、咄嗟に駆けこんだ。決して出歯亀ではない。ちょっとだけ興味はあったけど。

 飛び込んだ先には、想像を絶する変態がいた。

 具体的には両腕を後頭部に当て、大事な所を前方に突き出すように見せびらかしている全裸の男がいたのだ。

 一目で有罪だと確信した私は、容赦なく男を窓の外へと蹴り飛ばした。


「大丈夫ですか?」


 あんな変態を見て、さぞ恐ろしい思いをしただろうと、心配しながら被害者に近づいた私は目を見開く。


「あの……助けてくれてありがとう」


 そう言って微笑んだのは男性。―――それも、今まで見た事もない途方もなく美しい人だった。

 彼が第一王子殿下だったと知ったのは、直ぐ後の事。



 殿下に出逢ってから、私は王都へ行くのが少しだけ楽しみになった。

 殿下はとても優しく、私をきちんと女性として扱って下さる。

 そんな殿下に淡い恋心を抱いたのは無理もない事だろう。勿論、これが私の一方的な想いであり、分不相応の身の程知らずだという自覚はあるが、恋という甘酸っぱい感情を教えて下さったのは殿下だ。この恋が叶わなくとも、私はとても殿下に感謝している。



 今年も王都へ行くために父に許可を取ろうと廊下を歩いていると、前方に私の乳兄弟である男が立っていた。


「あ、かしら! 親分が呼んでますぜ!」


 物心がついた頃には『お嬢』と呼んでいた筈なのに、この男――――ザムザはいつからか私を『頭』と呼ぶようになっている。呼ばれる度に山賊にでもなった気がして嫌だから、心の底から止めて欲しい。彼らのボスになった覚えは微塵もないし、なる気も更々ないのだ。

 父が呼んでいるなら丁度良い。王都行きの話もついでにしよう。

 そう思い、父の元へ行こうとすると、ザムザがついてきた。


「オレはいつでも頭について行きます。この命が尽きるまで。オレの命は頭に捧げてますんで!」


 ……重い。

 正直ついてこないで欲しい。命とかいらないから、勝手に私に預けないで自分で大事に抱えていて欲しい。

 そう思いながらも、父の部屋へと進み、ノックをしてから中へと入る。


「父上」

「ヒッ!」


 いきなり悲鳴を上げられた。

 チラッと視線を向ければ、こちらを見て明らかに怯えている知らない男がいる。誰だろう? 父の知り合いかな? まだ、お茶も出してないようだけど。

 ジッと見ていれば、男は何故かどんどん顔色を悪くしていった。具合でも悪いのかな? 大丈夫なの?


「こ、この程度でオレの口を割らせるつもりかよ…オレを見くびんなよ!」

「何か知らないが、早く降参した方がお前の身の為だぜ。頭は今日も血に飢えていらっしゃるからなぁ」

「な……っ!」


 ザムザの挑発的なセリフに男が絶句する。

 いや、私は一度も血なんかに飢えていた事はないのだけれど。

 そもそもこの人、誰だろう? お客じゃないの? よく見れば、何か縛られてるような……?

 困惑しながら見つめていれば、男は急に苦しげな顔で崩れ落ちた。って、何事!?


「も、もう止めろ……! 頼むからオレの腕を引きちぎって、生き血を啜ろうとするのは止めてくれ……! 足を噛み砕いて出汁を味わおうとしないでくれぇぇぇ…何でも話す! 何でも話すから……!」


 私、一言もそんな事言ってないし、思った事すらないのですが。


「父上」

「ヒギィッ!?」


 この人、何を言っているの? と、父に聞こうとしたら、その前に泡を吹いて倒れた。

 ギョッとする私に、父は大らかに笑う。


「はっはっは! お前に掛かれば、口が堅い凶悪犯もあっという間にこのザマだな! 流石は我が娘よ!」


 凶悪犯!? 父よ、そんな危険な人物がいる所へ気軽に娘を呼ぶなよ!?


「父上……」

「すまんすまん。余りにもコイツが頑なだから、ついな。まぁ、そう怒るな」


 父は腹を抱えて笑う。いつもこうだ。全く仕方のない人。


「父上、そろそろ王都へ向かいます」

「ああ、もうそんな時期か。頑張ってこい。王都の屋敷の管理人に頼んである。金も屋敷も好きに使っていいぞ」


 父はアッサリとそう言って王都へ向かう許可を出す。

 こういう所は良い父親ではあるのだが。

 私は一礼して、廊下へ出た。その足取りはとても軽い。



(――――又、殿下に逢える…!)



 心の中でルンルンとスキップを踏みながら、私は歩き出した。



「はぁはぁ、このメアリもついて行きます、お嬢様! はぁはぁ!」

「頭、どこまでもお供しますぜ!」



 え、貴方たちも一緒に行くの? 不安しかないんだけど。

 



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