転換点
初心者なりに頑張って書いてみました〜。
楽しんで頂けると幸いです。
<警告。本日、第4環α区内にてVECによる大規模なテロ活動が行なわれています。現在国内軍による掃討作戦が施行されています。>
学校帰りの電車のホームにあるホログラム掲示板にそんな事が書かれているのを横目で見る。
破けて中身が見えかけている鞄を背負い、身体中に打撲のあざを作っている僕を周りの人はジロジロと眺めてくる。
いくら慣れたとはいえ鬱陶しいことに変わりはない。意識を別なところに向けないと。
ふと、今度のテスト範囲でVECが出るのを思い出し、少しVECについて脳内で整理してみる。
VEC。人類の存続が絶望的となったときに宇宙への脱出を支持していた過激派の一部が集まり結成。組織として成立したのは2056年。政府が地球再開発を提案したのをきっかけに徐々に国内でテロ活動が行われるようになった。確か彼らの主張は「地球は既に滅んでいる。人類に残された道は宇宙開発しかない」だったかな。
当時、コンパクトシティ化が進み都市機能が特定の地域に集約した日本では、そのテロ行為が大きな打撃を与えることになった。
政府は彼らに対応するため、国内制圧用の軍隊。国内軍を2064に結成。だが、日本の法律により行動がかなり制限されていてあまり役に立っていない。
⋯⋯こんな感じかな。
<まもなく、24番線に電車が到着します。真空路線内との気圧調整が終わるまでは危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください。>
よくよく考えたら、この真空管超電磁推進車っていうのも危ないよな。
電車の線路を真空の管にして、車両を磁力で空中に浮かべて加速する。つまり宇宙空間と同じように物体が運動できるんだもんな。真空管が壊れたら大爆発を起こすし、車両も事故ったらただじゃ済まない。
政府の言い分としては管の素材である超硬化型次世代式樹脂は絶対に壊れないという。ただ、ネット上の有識者によると、その樹脂は徐々に圧力を加えられることには強いが、瞬間的、集中的な衝撃には弱いらしい。強力な弾丸などが当たれば壊れてしまう。まあ、最新鋭の世界に2台しかないレールガンをオーバーライドしてやっとのことらしいが。
電車が止まり、扉が開く。入って奥側の扉の前に立つ。
車内にいた人は僕を見るなり目を剥き、体を観察するかのように眺めてくる。
耳につけている端末の電源を入れ、ホログラムスクリーンを出しツミッターを開く。
トレンドを見てみると、どうやら先程起こったテロについての話題が盛んらしい。軽く指でスクロールしてみると、政府に対する批判が大きいようだ。
そりゃそうだ。実質VECの活動範囲は年々広がっている。だが、政府はこれ以上なんの対策もしないのだ。国民の批判が高まっても致し方ない。
「ん?なんだこれ」
思わず声に出てしまった。元からあった周りの視線がさらに増えたのを感じる。
スクロールしていくと、
「でも、どうせ今回も国内軍は見ているだけでリボルデンとか言うのがVECを追い払うのだろうな」
こんなツミートがあったのだが直ぐに消えてしまった。そのあとも似たようなツミートが数回出てきたがそのいずれもが消えてしまう。最初は投稿者が削除したのかと思ったが、その消えたツミートにはリボルデンという言葉が共通して書かれていた。きっと何か関係があるに違いない。
<まもなく第4環βブロックに到着します。お出口は左側です>
僕は一駅分しか学校と家が離れていないのでもうついてしまった。少し、消えるツミートに興味があったのだけれど。
電車から降りて改札口を出る。駅の階段を下り連絡通路に差し掛かった時だ。
空気を裂くような飛来音がすると同時に連絡通路が真っ二つに破れる。金属が悲鳴を上げ、耳を焼く。飛び散る火花の隙間からは崩れ落ちる連絡通路に1人の老人が残されているのを見た。ここは5階。こんなところから落ちたら。
⋯⋯危ない。
気付いたら僕は走っていた。老人を駅構内に力強く引く。老人は強く体を床に打ちつけたが、崩落に巻き込まれなくて良さそうだ。良かった。
僕は通路の残骸とともに地面に落下していった。飛び散ったガラス片が日光を分解し七色に光り輝く。綺麗だ。
最後に、僕に向かって飛んでくる人影が見えたが、頭を鉄柱に強打して意識が途切れた。
暗い。何も見えない。
ここはどこ?
ああそうか。死んだのか。でも、不思議と怖くはない。これが運命だったように感じる。
高校に入っても周りと馴染めず、虐められる日々。何が悪かったのかはわからない。
気付いたらそうなっていた。
僕と関わった人が虐めてくるなら僕に原因があったのかもしれない。
でも、最近は全く見たことない人まで加わってきた。
僕自身に価値がないのか。そう思うようになった。
勉強もたいしてできるわけでもない。運動も苦手。おまけに人間関係の構築も下手。
こんな人間に生きてる価値なんてない。
せめて最後に誰かを救えたのならきっと上出来だ
あの、通路の崩壊は僕への救いの手だったのかもしれない。
「そろそろ目覚めそうです。先生」
⋯⋯声が聞こえる。
体に血が流れるのを感じる。
この世に救いなんてなかった。
僕の目が、耳が、鼻が、体の感覚が、僕がまだこの世に囚われていることを伝えてきた。
まだ、僕は苦しむのか。
ゆっくりとまぶたを開けると、白い清潔な天井が目に入ってきた。
首を横に回すと白衣を身につけたスキンヘッドのガタイのいいおじさんが座っていた。
「お、ようやく起きたか。びっくりしたぜ。お前さんみたいなヒョロイのが全身から血を流して運ばれてきた日にゃあよ」
「⋯⋯っ、うぁ、あ」
何か声に出そうとするが、喉が張り付いて言葉にならない。
「ああ無理すんな。お前は三日間も寝込んでたんだ。ゆっくりと体を慣らせばいいさ。とりあえず俺の話を聞いてくれ。これは本当に大事な話だ。お前さんの人生が狂うほどのな」
僕はゆっくりうなずく。
「まずここが何処か。ここはリボルデン第二基地の棟内病院だ。それだけじゃあわからないよな。でもすまない。詳しい場所はまだ言えないんだ」
「でも安心してくれ、俺たちはお前さんに危害を加えるつもりはない。よくわからん違法な人体実験もしてないぞ」
おじさんが口角を上げにやりと笑った。だが、少し神妙な趣になると僕の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「まあいい。単刀直入に言う。お前さんのリボルデンへの入隊が決まった。これは決定事項だ。お前の意思は関係ない」
え、どうゆうことだ。
僕はリボルデンなんて言うよくわかんない組織なんかに入る気などない。
そんなのは認められないはずだ。国の法で決まってるはず。
「そもそもリボルデンとは何か。それをまだ言ってなかったな。テロは急に発生する。国民の避難もままならない。そのため善良な国民に武器を向けることはできない国内軍は国民の避難が完了するまで武力行動ができない。そこで法で雁字搦めの政府直属の国内軍に代わってVECを排除するのが秘匿機関リボルデンだ。リボルデンも一応は国の機関だ。テロを一刻も早く終わらせたいというのは政府側の意向だからな。だが、公に武力行動に移ると色々と問題がある。だから、世間ではリボルデンは存在しないことになっている。SNSの運営会社とも連携して情報操作をしているからな、たまに見つかってしまっても情報はもみ消される」
「つまりだ、お前はもうリボルデンに入るしかないんだ。訴えたところで意味がない。なんせ政府側が決定したことだ」
だからツミートが消えていったのか。
テロが長引けば選挙に影響が出るものな。政治家はすぐにでもテロ行為を制圧したいのだろう。
⋯⋯拒否したところで意味がないのだろう。
どうせあの時に死んだと思ったんだ。
今更人生を悔いたりはしない。
首を縦に振る。
スキンヘッドのおじさんは頰の緊張を緩めると優しく笑った。
「良かった。大抵のやつはここで暴れるからな。お前には麻酔を打たなくて良さそうだ。そうだ、リボルデンの入隊条件をまだ言ってなかったな。それは1度、死んでいることだ。そうでないとその後自由に使えないからな。⋯⋯まあいい。この後レクリエーションがある。そこで話を聞いた方が早い。俺がそこまで連れていってやろう。起きたばかりで悪いが、お偉いさんの決定なんでな」
おじさんは立ち上がると、僕の手を引き起き上がらせ、肩を担いで歩き出した。
「それにしても、お前さんみたいな高房が入隊するなんてなあ。世知辛い世の中だぜ全く。そうだ、俺の名前をまだ言ってなかったな。ダニエルだ。よろしくな」
「ぼ、ぼくは⋯⋯」
「だから喋んなって、次のレクリエーションも聞いてるだけでいいんだ。喉の調子が良くなってからまた話しようぜ」
幾何学模様が刻印された青白く輝く廊下を進みしばらくすると、大きな両開きの金属隔壁が見えた。するとダニエルは僕を肩を離した。
「すまんな。本当は俺は次の患者の対応をしなきゃならねえんだ。こんなとこにいるってバレたらひでえ目に遭う。レクリエーションルームはすぐそこだ。頑張れよな」
右手を白衣のポケットに突っ込み左手で流すように手を振るとダニエルはそそくさと帰っていった。
僕は再び扉を眺める。
扉にはリボルデン第二基地レクリエーションルームとペンキで塗られている。所々塗装が剥げ年季を感じる。
「ふう」
一呼吸入れ扉の前に立つ。
すると自動でドアが左右に開き、部屋から光が漏れてきた。
「そこの新人君。他のみんなはもう席についてるわよ。早く座って頂戴」
そこは、壇上になった座席とステージがある大きな講堂だった。座席からは不安を感じているようなキョロキョロとした目が数十人分見える。講堂内は暗く、足元のみが光で照らされていた。
壇上にいる女性の指示に従い、僕は近くにあった空いている座席に座った。動くときに包帯が擦れて痛い。
「これで全員揃ったわね。それじゃあ。改めまして、リボルデン新人教育部所属の島村です。これからはここ、リボルデンのルールについて話していくので良く聞いててね。皆さんは既にリボルデンに所属することを認めた方々。なので、私はあなた方を隊員として扱うのでそのつもりでお願い」
「ここリボルデンは政府の管轄下にある対テロ組織です。皆さんご存じの国内軍との最大の違いは、社会に認知されてるか否か。リボルデンは法に囚われないために常に社会の影で行動する必要があります。我々は常にインターネット、新聞、ラジオ、テレビ、公共の場での会話までも全てを監視。リボルデンの存在が世間に晒される前に抹消しています。くれぐれも皆さん方からの情報漏洩などはしないように、もし漏洩した場合は然るべき処罰を執行いたしますので気をつけてくださいね」
構内が少しざわつく。ふと、僕はここで左側耳につけていた携帯端末がないことに気づいた。
「はいはい静かに。次に、我々の活動内容について説明します。我々は軍として行動する以前にこの国の一般市民です。日常生活を送る中でテロが発生した場合に近くの隊員が即座に集合し、その場でパーティを組んで対処します。しかし、予めテロが起こりうる場所が判明している場合は事前に召集をかけ、十分に対策を行ったのち対処します」
ポケットの中を探るも、無い。
確か、2042年に施行された法律で、携帯端末は高度な個人情報を有するデバイスのため如何なる場合においても使用者の許諾なく他者が触れることを禁止したはずだ。
あの中には個人を証明するあらゆるものが入っている。むしろ、携帯端末以外での個人証明は禁止されているのだ。ないと困るどころの話では無い。
通路の崩落で落とした可能性もあるが、海で荒波に揉まれ溺れかけたときでさえ外れなかったのだ。
「さて、これからの皆さんについてですが、既に皆さんは戸籍上死亡しています。その方が何かと都合が良いのでね」
え?
構内が先ほどよりも騒ついた。
「そのため新たな戸籍。リボルデンとして活動しやすいように組まれた新たな個人情報を与えます。もちろん名前も変わります。住む場所も、人間関係も。唯一変わらないのは性別ぐらいですかね」
「おい!そんな話聞いてねえぞ!」
どこからか声が聞こえた。
「皆さんお気づきの通り、あなた方の個人情報。つまり携帯端末は全て回収済みです。あなたをあなただと証明する根拠は消えたわけです。それに、ここは政府の管轄下。あなた方には選択権などもともと無いのです。もし抵抗するようであれば拘置場行きになります」
いやらしいほどの笑みを浮かべて女性は言った。
先程叫んでいた男性も黙り込んでいる。
女性が指を鳴らすと小型のドローンが、壇上から飛び出し、僕らのもとへ飛んでくる。
机の上に何かを落とすとそのまま去って行った。
「それがあなた方のデバイスになります。装着方法はご存知ですよね。シートを剥がした後耳にかけるようにつけてください」
「それと、今日はこの第二基地に泊まっていってください。明日は個人の能力を調査した後、配属場所を決定します。いわゆる部隊編成ですね。いくらその場で対応するとは言っても、何かしらのまとまりがあった方が指揮しやすいので」
「それではおつかれさまでした」
すると、足元のライトを含め、構内全ての電灯が消灯する。
しばらくして、今度は逆に天井にあるライトも強い輝きを放ち構内を照らした。
壇上には女性はもういなかった。