第14章 白の虎
僕は眠りから覚め、目を開けた。なんか着ている服が違う。
「陽向人……?」僕の隣で声が聞こえた僕は声がした方向に視線を向けた。僕の手には温もりがあった。
「羅奈……?」
「陽向人!!良かった!」羅奈は椅子に座っていて、僕の手をさらに握って、涙を流した。ここは病院で、病室のベッドで寝てたみたいだ。
「ど、どうしたの?」僕は羅奈の大袈裟な表情と行動に困惑した。
「どうしたの?じゃないよ……!だって三日間もずっと眠ってたから!」
「三日……⁉」僕は羅奈の言葉に驚いた。
「もうこのままずっと目が覚めなくて死んじゃったらどうしようって思ってたんだから!」羅奈はそう言った。
「死んじゃったらってそんなに心配しなくても……」
「心配になるよ!ウェストで血だらけで倒れてたから!」羅奈は目を真っ赤にしながら僕の身体にかかっている布団に顔をうずめながら喋った。
「そっか……ウェストで……あっ!」僕は羅奈の言葉を反芻した時、僕はハッとして大声を出した。驚いた表情を見せた。
「どうしたの……?」羅奈は僕に聞いた。
「うん。ウェストで……」僕は羅奈にウェストで起こった出来事を話し始めた。
*
ミユが校舎の外に出るように指示したため、僕たちは頭の後ろで手を組みながらウェストのグラウンドの中央で膝をついて待機していた。散乱されたテントはまだ片づけられていない。
「外に出て何をするつもりだ?」僕はアスカに聞いた。
「気持ちの問題よ。建物の中だと窮屈じゃない?」アスカはそう答えた。
すると、建物から肩にジオヒを担いだカイと頭の後ろで手を組むセニオルが現れた。
「あそこに行け」カイは僕らが集まっているグラウンドの中央へとセニオルに誘導した。
「あら、早かったじゃん」ミユはカイに話しかけた。
「抵抗すると思ったが、物分かりが良い」カイはそう言った。
セニオルが僕らのとこへ来て、ウェストにいる人はグラウンド中央に集められた。ウェストの外にはフィル君とベアストが【包帯を巻いた少女】を探している。
カイは担いだジオヒを僕らの近くへと無造作に置いた。
「父さんを雑に扱うな」ジオサはカイの行動に腹を立てた。
「なんだ?」カイはジオサを見下ろした。
「あ!面白いオジサンじゃん!」ミユはジオサの顔を見て言った。
「どうするカイ?これ使う?」ミユは服のポケットから何かを取り出した。
「いやまだだ。使う相手を見極めよう」カイはそう言った。
「それは……!」ミユが手に持っているものを僕は発見し、思わず叫んだ。
「その注射器!」僕は体育館で見つけた謎の注射器をズボンのポケットから取り出した。ミユは僕の手にある注射器を見た。同じサイズで形も一緒だ。
「もう、どおりで注射器が一本無くなってると思ったら、ここに落としてたんだ。いけないいけない」ミユは恥ずかしながらぺろっと舌を出した。
「この注射器は何だ?」僕はミユとカイ、二人に対して質問した。
「この注射器はね、どんな病気でも治せちゃうすっごい薬が入っているのよ」ミユは片目を瞑ってウインクした。
「これが、どんな病気でも……?」僕は手にしている注射器を見つめる。
「……ははっ!」突然、ミユは耳につんざくような声で高笑いをした。
「嘘よジョーダンジョーダン!馬鹿正直に信じないでよ!」ミユは僕の行動を笑った。
「そんな万能な薬なんてあるわけないじゃない!万能な薬があったら医者なんて要らないのよ!」ミユはそう言って笑い涙を流す。
「じゃあこれは何だ?」
「その注射器は……生物をケモノにする魔法の薬よ……!」ミユは大声で叫んだ。
「そんな嘘だろ……⁉」僕は目を見開いた。
「この注射器には生物をケモノに変える薬が入っている」カイが話を続ける。
「その薬が体内に入ると、生物の脳細胞を破壊する。やがて生物の自我を破壊されると、黒のケモノへと変化する。ケモノへと化した身体は生命が尽きるまで破壊の限りを尽くす」僕は驚きのあまり、言葉が出なかった。
「もちろん、ヒトもケモノに変化できるよ!」アスカは言葉の内容に関係なく明るく話す。
「嘘だろ!それを打ち込んだ父さんは……」ジオサは叫んだ。
ミユとカイ、そしてケモノがウェストに襲ってきて、ミユは身体が脆くなったジオヒにケモノにする薬を打ち込んだ……?
「そうだよ!ずっと寝てるのはきっとこのお薬のおかげ!まだ信じられないなら、試しに打ってみる?」ミユはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「おい、使う相手を見極めようと言っただろう」カイはミユに言った。
今、ジオヒがまだ意識を取り戻せないのは、ケモノになってしまうから……?
自然と注射器を持つ手に力が入る。
「さあ。頼んでた【包帯を巻いた少女】はどこにいる?」ミユが注射器を持ちながら僕たちの方を見回す。
「そんな無茶苦茶な……!」バオサはミユに怒りをぶつける。
「あらら、オバサンはそんなにケモノになりたかったんだ?早く言ってよ」ミユはバオサに言った。
「ねえカイ、今これ使ってもいい?」ミユは聞いた。
「勝手にしてくれ」カイは言った。
「やった!分かった!」カイは喜びながら注射器を刺そうと、注射器を持った腕を大きく揚げた。
「待って!」
突然女の子の声がした。僕は声の方へ見やる。
そこには右の二の腕に包帯を巻いた少女がいた。少女は過呼吸になりながら、二の腕を反対の手で押さえて立っている。横にベアストとフィル君がいる。
「ケンカしないで!ヒムトたちにも手出さないで!」少女はミユとカイに訴えた。
僕は少女の名前を知っている。僕は少女の名前を、腹の底から声を振り絞って叫んだ。
「アスカ……⁉」
「なーんだ。いるじゃない」ミユはアスカの姿を確認しながらポケットに注射器をしまう。
「貴女が【包帯を巻いた少女】ね……いや、ここのウェストで呼ばれてたのは【穢れた少女】だったっけ?」ミユが【穢れた少女】という言葉を言ってジオサやバオサの顔が引きつっていた。
「小さい女の子なのに町中みーんな子どもも大人も寄ってたかって酷い悪口と惨い仕打ちをされたらそりゃ逃げたくなるよね!」ミユはアスカに話しているが、ウェストの住民であるジオサやバオサに向けて攻撃しているように聞こえた。
「ただ私たちは悪口を言いに来たわけじゃない。お話をしよ!きっと私たちにとっても、貴女にとっても良い話だと思うわ」
「私はあなた達の話なんか聞くつもりもない!」アスカは僕たちの前に立ち、ミユとカイの二人と対峙する。
「あれ?私たちは貴女を迎え入れようとしてるのよ?まさか罵ってウェストから貴女を追い出した悪者を守ろうとしてるんじゃないの?」
「ウェストの人達が私を差別しても、あなたがウェストの人達を傷つける理由にならない」アスカは鋭い眼差しでミユとカイを睨んだ。ミユとカイは静かにアスカを捉える。
「ヒムトとかセニオルさん、ウェストの人たちを巻き込みたくないから、どうしてもって言うなら私とあなた達、三人だけで話を聞く」
「……しょうがない。我々の目的は包帯を巻いた少女であるアスカだ。もうウェストの住民に用はない。
「ヒムト、この人たちと一緒にウェストから逃げて」アスカは二人の方へ目を向けたまま僕に話しかけた。
「えっ……でもアスカは」
「でも二人の目的がアスカじゃ……」僕は言葉を続けようとしたが、アスカがミユとカイにバレないように背中で隠しながら僕に【あるもの】を見せてきた。
「大丈夫。もし何かがあった時に一人でなんとかできるもん」アスカはそう言った。
僕はアスカが見せた【あるもの】を見て、ミユとカイを見た。アスカ一人でいけるかもしれないと思った。
「わかった。じゃあ皆さん、ここから近い町【アサヒ】に行きましょう」僕がそう言うと、ベアストとウェストの人たちは頷いた。
僕とセニオル、そしてベアストとウェストの人たちはミユとカイ、そしてウェストの出口を確認する。
「よし、父さん行くぞ」バオサはジオヒを背負い、逃げ出す準備をした。
「おい待て。ここから逃げてもいいが、その老人はここに置いていけ」カイはジオサが背負っているジオヒを指差し、指摘する。
予想外の出来事が起き、僕は混乱する。
「なんで父さんを置いていかなきゃいけないんだ?」ジオサは目を丸くしながら僕が疑問に抱いていることをカイに訊いた。
「ウェストにいれば父さん含めて俺達全員、見逃してやるって言ったから、お前らの言う通りずっといたじゃないか」ジオサは抗議した。
「あれ?そんなこと言ったっけ?」ミユはとぼけた顔で言う。
「まあそこに倒れてるおじいちゃんは人じゃなくなるし、三人で話を進めよっか」
「話と違うじゃないか!」ジオサはさらに激高した。
「僕が残ってもいいか?」僕はアスカに聞いた。
「なに?」アスカは疑問を持った。
「ジオヒさんをここから逃がす代わりに僕が残ること。それが出来るのかって聞いてるんだ」僕は言った。
「ヒムトくん、そんなこと言ったって……」バオサは気にかけてくれた。
「ねえ、ニンゲンくんがこう言ってるんだけどどう?」ミユがカイに聞く。
「ああ。その老人はウェストの住民を三日間ここに留まらせる最低限のことに利用させてもらった。いいぞ」
「だってよニンゲンくん。アスカちゃんと仲良いみたいだし」ミユはそう言った。
「分かった。皆さん逃げてください」僕はセニオルやベアストさんに目線をやり、アイコンタクトをとる。
「ちょっと待て。父さんに打ち込んだ薬はどうなるんだ」ジオサがカイに聞く。
「愚問だな。ケモノが人間に戻ることがあったか?」カイがそう言った途端、ジオサはさらに大声を上げた。
「何のために父さんが犠牲になったんだよ!なんで父さんなんだよ!」
「ジオサ!とにかくここから出よう!ジオヒのことはその次だ!」セニオルがジオサをなだめる。
「あなた!セニオルさんの言う通りです。子どもたちのことも考えてください!」バオサは言った。子どもたちの多くは泣き声を上げず、静かに涙を流している。
「……申し訳なかった。行こう」ジオサは落ち着きを取り戻した。
「セニオルさん」
「なんじゃヒムト」
「もし日が暮れても僕がアサヒに来なかったら、ケモノを討伐できる人を連れてきて欲しいです」
「それは……」セニオルは陽向人の要望の意図を考えた。
セニオルやウェストの住民たちが離れ、ウェストにはミユとカイ、ヒムトとアスカが残る。四人でこの先、何が起こるのか分からない。アスカがケモノになって見境なく残りの三人を殺すかもしれない。だからケモノになったアスカを討伐するために【ケモノを討伐できる人】と言ったのだろう。
ヒムト自身がケモノから攻撃を受け、怪我を負ったときに救護されようとは微塵も思っていない。死ぬ覚悟でウェストに残るのだろう。
「分かった。それじゃあアスカは頼むぞ」セニオルは陽向人の覚悟を察し、ウェストを後にする決心をした。
「ベアスト、ウェストからアサヒに逃げるぞ」
「分かりました」
「急いで!」「急げ!」「急いでください!」セニオル、ベアストはウェストの人たちに呼びかけ、グラウンドから居なくなった。
「アスカ、もう一度俺から話をしよう」カイがアスカに話しかける。
「いいや、私はあなた達……」
「アスカの今の答えはノーだ。それは分かっている。しかし俺たちは一から誘いの言葉をしていない。礼儀として話をさせてくれ」カイは言った。
「ミユとカイ、一体何が目的なんだ」僕は二人に話しかける。カイは言葉を続ける。
「お前は何も聞くな。老人の代わりにここにいるのだろう」
「何が目的なんだ?ミユとカイ、アスカ以外にもう一人いる意味は何だ?」僕は問いかける。
「少なくともお前は人質としての機能がある。俺が言えるのはここまでだ」カイはそう答えた。
「ねえアスカちゃん、軽蔑されることもない私たちの【楽園】に来ない?」ミユはそう言いながらアスカに近付く。
「嫌だ。私はここにいる」アスカはミユの言葉に耳を傾けない。
「【楽園】?アスカを楽園に連れて行こうって言うのか」僕は不思議な言葉をアスカに浴びせるミユに疑問を投げた。
「はあ。やっぱりニンゲンくんが聞いてると気が散っちゃう。お薬を打ったおじいちゃんのほうが良かったんじゃない」ミユはカイに同意を求める。
「そうだな。他人に聞かれちゃまずいことをやすやすとニンゲンの耳に入れるわけにはいかない」カイはそう言った。
「よし。それじゃあカイ。ニンゲンくんを黙らせて」ミユはそう言いながらアスカの不意を突こうとアスカの腹部を目がけて蹴りを入れる。
しかしアスカはその攻撃を受けることは無かった。
アスカはミユの蹴りを察知したのか避けるために三歩、後退した。
「なにするの?」アスカはミユに聞いた。
「冗談じゃん!ちょっかいだよちょっかい!」
「ねえアスカちゃん、ちょっとこっち来てくれる?」ミユは校舎の入口へと歩き、アスカを誘っている。
「やだ。なんで私がそんなこ……」
「ニンゲンくんがどうなってもいいの?」ミユはアスカの言葉を遮り、脅しの言葉を紡いだ。
アスカはミユの言葉に従うほかなく、校舎の入口へと足を運んだ。
「さあ、俺たちをお前ひとりで止められるのか?」カイは僕に向けて喋った。
「お前たちが何をしようとしているか分かんないけど、それがアスカを悲しませるようなら僕は止めなくちゃいけない」
「なら止めてみろ。出来るのならば」カイは言い終わった瞬間、体中から殺意を漲らせ僕に目がけて走ってきた。
「速い……!」もうカイの身体は目の前に来ている。僕の腹部にカイの拳が飛んでくる。
「避けきれない!」僕の身体は後方に吹き飛び、地面に伏した。
「おい、俺を失望させるな。止めるために一人でウェストに残ったのだろう?」カイは次の攻撃へと移る。僕は立ち上がろうとした。
「遅い……!」立ち上がる前にカイの攻撃が来る。
「ぐはっっ」僕の身体が悲鳴を上げる。
圧倒的に格上。カイに対して思った。
スピード、パワー、テクニック。全てにおいて僕より遥か上のレベルに位置している。
だけど、カイを攻略しないとミユを止められない。
「ぐふっ」
なにか弱点があれば。
カイの猛攻を受けながら、瞳孔を働かせる。
「うっ……」僕はカイに一撃も与えられず、戦いに敗れた。もう立ち上がる体力がない。朦朧としながら赤い液体を地面に広がらせ、這いつくばる。
「こっち来て」ミユの声がした。目をやるとミユとアスカが手を繋いで、こちらへと歩いている。
「ニンゲンくんはまだ生きてる。アスカちゃんはいい子だからわかるよね?」ミユは僕を人質にしてアスカに脅しを入れる。アスカは黙って首を縦に振る。
「アスカにとってここよりずっといい場所で暮らせるから安心してよ!」ミユは明るい声で言うが、言葉に裏があるように聞こえた。
「さあ、行こ?」ミユとアスカはどこかへと行った。僕は二人の行き先を見た。
「あれは、虹色の穴……?」壁に今すぐにでも吸い込まれそうな穴がある。まさかミユやカイはアスカを虹色の穴の向こうへ連れていくのが目的だった……?
「助けなきゃ……」僕の声にならない声はミユとアスカに届かず、自分の思考回路の中で葛藤と焦りが循環している。
カイとの戦いで僕の身体はボロボロだ。身体を動かすことが精一杯だった。
「さあ、ここを通るんだ」突然、虹色の穴の先から声が聞こえた。穴を見ると姿は見えず、手だけが出ていた。その手はアスカを招き入れるような動きをしていた。
「アスカ……」僕は呼びかけるが、言葉は声にならず息をするのがやっとだった。
アスカは虹色の穴に入り、ミユはアスカの後ろ姿を見送る。やがて穴から出てきた不気味な手が引っ込み、虹色の穴が消えた。
「さあてヨロズに戻ろっと」ミユは裸足でスキップをしながらウェストを出ていった。
「くそ。何もできなかった……」自分の不甲斐なさを感じながら意識をシャットダウンさせた。
*
「え、アスカちゃんがどこかにさらわれた?」僕の話を聞いた羅奈はそう言った。
「うん、アスカは他の人と違って特別だってミユとカイが言ってたんだ。僕が弱いせいで誘拐されたんだと思う」僕は思ったことを羅奈に言った。
「そんなことないよ。私が陽向人だったら同じことしてたし同じこと思ってるよ。私だってカジが居ないとケモノを倒せないし……」羅奈は慰めようと僕に言葉をかけた。
「アスカちゃんが変な事されないといいんだけど、とにかく心配すぎる……」羅奈は仲良くしていたアスカの行方が分からなくなり俯いた。
「その虹色の穴から声とか手とか出てきたって言ってたけど、その人に特徴とか無かった?」
「ああ、えっと……全然覚えてない。男の人ぐらいしか分かんない」
「そっか、ならミユとカイの二人に聞かないとアスカちゃんは探せないか」羅奈はため息をつきながら目を伏した。
「なあ羅奈、実はずっと気になってることがあってさ」僕はふと考えたことがある。
「幼稚園の頃に誘拐されたことある?」僕は幼稚園の帰り道に見た、男が微かに動く麻袋を担いで虹色の穴に入っていった光景を羅奈に聞いた。今回のアスカ誘拐事件と羅奈の行方不明事件に【虹色の穴】という共通点があったからだ。
「え?なに急にー。誘拐されたことないって」羅奈は笑いながら答えを返した。
やっぱり幼稚園生のときと同じ返答だった。子どもの頃の衝撃的な記憶はトラウマになって強烈に覚えているはずだ。逆に刺激が強すぎて記憶として残っているが、脳内に閉じ込めている可能性はまだあるが、羅奈の言葉を信じるしかない。
「そっか……」僕はそう呟きながら病室を見回すと筋肉がとても付いている人が二人とご高齢の方が一人、ベッドで寝ていた。そのご高齢の方をよく見るとジオヒだった。
「ねえ、あの人たちって銃戟隊の人?」僕は筋肉が付いている二人の男を指差して羅奈に聞いた。
「うんそうだよ」羅奈は言った。
「電話で怪我の手当てをウェストで出来るか聞いてきたもんね」僕は当時のことを思い出して言った。
「そうなんだよーねえちょっと聞いて」羅奈はそう言ってアサヒを出てからミユとカイ、万師定と出くわして別れた後、銃戟隊の話やヒトが突然消える現象が起こっていること、銃戟隊のほとんど、銃戟隊隊長のグンまでもがヨロズに乗っ取られたこと、僕たちが通っていた高校に居た佐藤先生がヨロズの社員の中に紛れていたことなど、半日で起きた出来事を話してくれた。
「めっちゃ情報量多いなあ」羅奈の出来事をすべて聞き終わった後、僕は言った。
「でしょ?もう大変だった!」羅奈は喋りまくって少し呼吸が浅くなっていた。
「ヨロズの社員が銃戟隊にコンティニューしていたってことはさ」僕は言葉を続ける。
「ゲーム界からヨロズの社員がやってきたってことでしょ?佐藤先生から今のゲーム界の状況とかゲーム界とニンゲン界を繋ぐ道がどんなものか聞いてみたい」僕は銃戟隊本部での佐藤先生の立ち回りとしてヨロズ側の人間じゃなく僕ら側にいる味方だと思った。
「た、たしかに!そこまで頭回らなかった!」羅奈は目を丸くして言った。
「今でも分からないことが多すぎるからなあ。突然人が消えだすことすら知らなかったし」
「そうだねーデス・イレイズ・マインのときは突然人が消えることは無かったから」羅奈はそう言った。
「ねえねえ、私たちの高校が今どうなってるか知りたくない?」
「た、たしかに!そこまで頭回らなかった!」僕は目を丸くして言った。
「ここの病院って私たちの高校の近くにあるんだよ。お医者さんに許可貰ったら一緒に行こうね!」
「そうだね!ってお医者さん?」羅奈の言葉に疑問を持った。
「ここは『アンバー』って言って、ここにはお医者さんが三人いるの。その一人が陽向人の手術もしたんだよ」羅奈はそう言った。
「手術?僕の身体を?」
「うん。お医者さんはそのままウェストに放置されていたら生きていないかもって。しかもそのお医者さんは凄腕のお医者さんで【白の虎】って呼ばれるくらい凄くて……」羅奈は言葉を続けていたが、僕は思考を巡らしていた。
ここの病院には銃戟隊やジオヒなどゲーム界の人が入院している。ゲーム界の住人ではない僕の身体を治療・手術できたのだろうか?元々ゲーム界とニンゲン界という二つの別の世界であった。身体などの外見的な特徴はほぼ同じだけど、臓器や器官などの構造やメカニズムが一緒とは言い切れない。
「そのお医者さんにお礼がしたいんだけど、どこに居るか知ってる?」僕は医者に色々と話を聞いてみたいと思い、羅奈に医者の居場所を聞いた。
「毎日一回朝にお医者さんが来て回診してくれてるんだけど、今日はもう見てくれたから会えるとしたら明日になるかも」羅奈はそう答えた。
「そっか……明日か」僕はゲーム界の色んなことを聞きたいけど、一日一回の短い時間での回診で聞くには知りたい情報が膨大すぎる。
「実はお医者さんにケモノに変化することとか色々聞きたいことがあって話がしたいんだけど、回診の時に聞くと時間が足らないからお医者さんが時間取れるときにしたいんだ」僕は羅奈に言った。
「そっか。私が聞くよりも陽向人が聞いた方が色んな質問できそうだからね」羅奈はそう言った。
「陽向人、立てる?私がお医者さんのとこに連れていくよ。陽向人が目覚めたら歩き回っていいってお医者さんが言ってたし」羅奈はそう言って、椅子から立ち上がった。
「多分立てる」僕はそう言ってベッドから起き上がった。ウェストでのカイとの対決後と違ってだいぶ身体をすんなりと動けるようになった。
ベッドから降りると、ちょっとふらついて、ベッドの手すりに手を置いた。
「大丈夫?」羅奈が咄嗟に介助しようとして手を伸ばした。
「大丈夫大丈夫。ずっと寝てたからかな」僕はそう言って歩き出し、病室を後にした。
「こっちだよ」羅奈はそう言って僕は後をついていった。
「ここがお医者さんのいる部屋だよ」羅奈は診察室の扉の前で言った。
「それじゃあ私はカジと約束してたことがあるからまたね」羅奈はどこかへと行ってしまった。
僕は診察室の扉を開くと、白衣を着た男が丸椅子に座り、分厚い本を読んでいた。
「新しい患者か?」男はこちらに目もくれず冷たい声で話しかけてきた。
「いえ、三日前から入院している伊乃陽向人です」僕は自己紹介をした。
「誰だ。そんな名前は知らない」男は変わらずに冷たく対応してきた。
「あの、ウェストで倒れていて……」
「ああ。あの時のか。何か用か」
机の上には医学の本やニンゲン界の歴史、機械についての本が積み重なっていた。
「あの、まずは手術をしてくれてありがとうございました。おかげで……」
「そうか。思い出した。君、【マイン】じゃないだろう?手術が大がかりになったことを覚えている」男はそう言いながら栞のようなものを分厚い本に挟みながら閉じ、こちらに目をやった。
「【マイン】って?」僕は男の言った単語に対して疑問を持った。
「【マイン】はニンゲンが俺たちにつけた名前だ。ゲーム界の人のことを指す」男は淡々としゃべる。
「僕はマインではないんですけど……」僕は男の疑問に応えた。
「マインではない君のために様々な本を読み漁りながら手術した」男は積み重なった本を軽く叩きながら話し出した。
「いろいろと君に興味がある。質問してもいいか」僕がこの診察室に来た意図を気にせず、男は言葉を続ける。
「ウェストで何があった?二人組が暴れていたことや患者の爺さんがいたことは人づてに聞いたが」
「実はウェストでミユとカイの二人組は【包帯を巻いた少女】を探していました」僕は【包帯を巻いた】という単語はゲーム界の住民、マインにとってケモノ化してしまう人だという共通の認識があると思い、そう言った。
「そうか。他には?」
「人をケモノに変える薬を持っていました」
「なに?ケモノ化の薬?」
「はい。注射器に入っていて、これが……あっ」僕はズボンのポケットに入れていた注射器を取り出そうとしたが、着替えていてウェストに居た時の服装ではないことに気が付いた。
「これがって手術の際には注射器は持ってなかったが……」
「ウェストで意識が無かったときに注射器を取られたのか……」僕は独り言をつぶやいた。「何でもないです。患者のおじいさんがいたって言ってましたが、ジオヒさんはケモノになる薬を打たれたって……」
「なるほど。あの注射の痕跡はそういうことだったのか」男は独り言を言った。
「その二人組の名前はミユとカイと言ったか。覚えておこう」男は座り直し、腕を組んで一度俯いた。深く考えている様子だった。
「他にケモノ化する薬について言っていなかったか」俯いたまま男は僕に質問した。
「そういえば、『その薬が体内に入ると、生物の脳細胞を破壊する。やがて生物の自我を破壊されると、黒のケモノへと変化する』って言ってました」
「なるほどなるほど。脳細胞に関係があるのか……」また俯いたまま深く考え込んだ。
「少なくとも二人組はケモノになるメカニズムが分かっているのか。もしかしたら実現できるかもしれない……」男はそう呟いた。
「俺はケモノを元通りにさせる薬を作りたくて医者になった。だが、今まで手がかりも何もなかった。解明できた人物がいるなら進歩だ」
「よし、次は君の時間だ。分かる範囲で答えよう」
僕は少し考えてから口を開いた。
*
「来たよ!カジ!」私は陽向人が入院している病院の近くにある小さな公園に来た。
「ラナ!」カジは公園のベンチで腕立て伏せをしている。
「陽向人が目覚めたんだよ!」
「そうなんだ」
「ウェストからここまで運んでくれてありがとう」私はカジにお礼の意味を込めて頭を下げた。
凄惨な姿の陽向人をウェストの保健室で応急措置をして、一旦アサヒに連れて行って、そこで凄腕のお医者さんがいる病院を知ってカジに運んでもらった。その時に重傷の銃戟隊隊員の二人とウェストにいたジオヒさんも一緒に他の銃戟隊の皆さんに運んでもらった。
「いいって。お礼言われるようなことしてないから」
「それじゃあ早速……」
ピーーーーーーー
突然、笛の音がした。
「銃戟隊の笛」カジは笛の方向へと走り出していた。
「よし、行こう」私はカジの背中についていくように笛の元へと行った。笛は私と陽向人が通っている高校の方向で鳴っている。
カジとの約束でアサヒの住民が銃戟隊と距離を置いている理由を話してもらう予定だった。カジは【イカリノヒ】について話すって言っていた。【イカリノヒ】の話はもっと後になると思う。
笛の音に駆け寄ると、私と陽向人が通っている高校の校門の前に二トントラックぐらいのイタチみたいなケモノがゆっくりと四本足で歩いている。高校は片道一車線の道路に面していて、校門には木や金属でできた机と椅子が高く積まれていてバリケードのようになっている。まだ笛を吹いている人がここからだと見えない。
今日の残りプレイ時間は一時間に戻っている。一匹だけのケモノで一時間はかからないと考える。
「ケモノが居る!倒さなくちゃ」私はカジに聞こえるようにそう叫んだ。
「ラナ、任せてもいい?」
「うん。カジ、行くよ」私はコンティニューブレスをカジに向けてボタンを押す。
目の前が真っ暗になり、身体が浮遊するような感覚に襲われる。その感覚は一瞬で消え、足が地面を蹴って走っている感覚になって瞼を開ける。
最後にコンティニューしたのは銃戟隊本部以来だった。陽向人が眠っていた三日間はカジが一人でケモノを討伐していたらしい。
「まずは高校からケモノを離す」タヌキのケモノは私に気付いていない。私は高校から出来るだけ遠い場所にイタチのケモノをおびき出そうとして、どう動くか考えてみる。まずこのケモノは発砲する音に近付いて襲ってくるのか驚いて逃げていくのか。
「とりあえず撃ってみよう」私は腰のホルダーに手をかけて、拳銃を手にかける。
「ハンターさん!来てくれてありがとうございます!」どこかから私に声を掛けてくれた。声の方向を見ると、高校の石垣の上から首から笛を下げている女の子がこちらに手を振りながら話しかけてくれていた。
「全然大丈夫!ここは危ないから逃げてて!」私がそう言うと、女の子は頷いて石垣から見えなくなった。私は再びイタチのケモノを目で捉える。
私は手にかけていた拳銃を引き抜き、銃口をイタチのケモノに向けて発砲する。すると銃弾は足の付け根に着弾し、イタチのケモノは私の放った銃撃音にも一瞬、びっくりするような動作をして、私の存在を捉えた。するとケモノは尖った歯をむき出してこっちに走ってきた。
二回目の銃撃をしようと立ち止まり、引き金に指をかけた。
「あっ……引けない」拳銃の引き金にかかっている私の指は銃撃することを拒むように震えている。高校に居るであろう人々を守るためにイタチのケモノを倒さないといけないって心では思っているはずなのに、私の身体が言うことを聞かない。実際にはカジの身体だけどコンティニューして身体を使わしてもらっている。これは私の問題だ。
「逃げるしかない」目の前からケモノが迫ってくる。このままケモノを撃つために立ち止まって襲われてしまったら意味がない。ある意味ケモノが好戦的でよかった。ある程度の距離を保って逃げていれば私に追っていてくれる。一回目の砲撃で走ってくるケモノの足がたどたどしかった。
私はケモノから逃げるためと高校とケモノの距離を取れるように走り出した。
ここで私が引き金を引かなければずっとこのままケモノを討伐できないような気がする。一瞬だけコンティニューを解除してカジに討伐してもらうことを考えた。いや、考えてしまった。でもそれをしてしまっては本来の問題の解決にはなっていない。
一度、ケモノから隠れて撃てる隙をついてみよう。隠れている隙に私自身で銃の引き金を引いてケモノを討伐する方法を考えてみる。
私は曲がり角にやってきて角を曲がった。後ろのケモノは私を追って角を曲がるはず。一回視界から私が居なくなるとこがいいタイミングだった。すぐに私は立て看板の物陰に潜んでケモノが通り過ぎていくのを見ていた。足を怪我しているので走る速度は少し遅かった。
ドゴーーーーーーン
ケモノが歩く際によろけて建物に当たり、建物が削れてしまった。
再度、手に持っている拳銃を握ってみる。なんだか少し拳銃に対して苦手意識を持っているのかもしれない。
大群のケモノを討伐しようとしていた時、ケモノが行き止まりに行って両側の壁が崩れケモノに倒れていったことがあった。私はケモノに叫んでしまったがあの光景は目を背きたくなるような光景だった。
あっ。思いついた。
私がケモノに銃撃するとき、目を背きながら引き金を打てばいいのではないかと考えた。私の問題は根本的には解決できていないけど、目の前にあるケモノを討伐するという問題は解決できる。ケモノを見ると銃弾の当たり所が良かったのかとても弱っている。もう二発ぐらい放つと討伐できそうだ。やってみるしかない。
私は物陰から飛び出して、銃口をケモノに向ける。そして私の目をケモノから背け、指に力を入れた。
パ―――ン。パーーーーーン。
手元から銃撃の音がして、次にケモノが倒れた音がした。目を開けるとケモノが黒の粒子となって消えていった。
「やった……」私は悩んでいるときにケモノを討伐できたことを少しホッとした。
でも、これがいつまで続くのだろうか。
そう思ったのも束の間。私はコンティニューブレスのボタンを押し、コンティニューを解除した。私の意識がカジから離れていく感覚を感じていつも通りの二人になった。
「ふう。終わったよ」
「終わったか」カジはそう言って寒いのか手を擦り合わせた。
「ねえちょっと寄るとこがあるんだけど付き合ってもらえる?」私は高校の中にいる女の子にケモノを討伐できたことを報告しようと思って高校の校門に向けて歩いていった。
*
「ケモノ化について、ニンゲン界とゲーム界が反転する前から起こってるんですか?」僕が質問すると、男はため息をついた。
「君はゲーム界のことを何も知らないのか。まあいい。俺が知っている限りで君の質問を受け付けよう。さっきの質問の答えだが、イエスだ」
「今の時点でケモノ化する原因って分かってます?」
「あくまで経験則だが、身体が弱っていたり高齢になっていたりするとケモノ化しやすいが、詳しいことは分かっていない」男は答えた。
「ちなみにケモノ化になる前に皮膚が炭のような斑点が出てくるようになったり目が赤く光ったりといった症状が出る。それらをまとめて【黒生病】と呼んでいる」男は言葉を続けた。
「まあ今は患者の治療優先であるから研究はあまり進んでない」
「もう一つ質問がある。お前は何のために動いている?」男は僕の目的を聞く。
「二つの世界を元に戻すためです」
「何のために二つの世界を元に戻す?」男はさらに突き詰めてくる。
「それは……」僕は男の質問に答えられなかった。
ファミレスで会った謎の男から命令され、二つの世界を元に戻すために能力者【エレクト】を探している。僕は受け身になって動いていた。
「なぜニンゲン界とゲーム界、二つの世界は反転したと思う?」
「それは四人の能力者が……」
「間違ってはいないが求めている答えではない。言い方を変えよう。四人の能力者がなぜニンゲン界とゲーム界を反転させたと思う?」男は僕に答えを求める。
ニンゲン界とゲーム界の反転は台風や竜巻などの自然発生なものではなく意図的に、人為的に四人の能力者が起こした現象。
「そうせざるを得ない状況だったから……?」僕は自分の思考の中で考えられる答えを出した。
「まあそうだ。ゲーム界とニンゲン界が反転する現象【メルム】が起きる前、ゲーム界では『ケモノ化する人や動物が異常に増加してしまっていた』んだ」
「えっ?」僕は男の言葉に驚いた。
「能力者や銃戟隊のようなケモノに抗う者がいくら倒してもケモノは発生し続け、ケモノが人を殺め、人がケモノになったあの地獄から変わるために四人の能力者はメルムを起こし、地獄から人々を解放した。幸いメルムが起こるとケモノの異常発生が起こらなくなり、現在に至っている。まあケモノが異常に増加した理由はいまだに分からずにいる」男はメルムが起こる前のゲーム界について説明した。
「ここまで聞いても二つの世界を元に戻そうとしているのか?」男は僕に聞いた。十数秒、二人の間に沈黙が流れたあと、僕の口が開いた。
「僕は、この世界にいる全てのケモノを討伐します」僕が言った途端、男の目つきが変わった。僕は怯まずに言葉を続ける。
「正直、僕はゲーム界のことを全然知りませんでした。もしゲーム界にケモノが居なければメルムが起きることは無かったと思います。だからケモノ化する人を治すことなどでケモノが居ない世界にして、二つの世界を元通りにします」僕が言い終わったとき、男は口を開く。
「そうか。だが一つ忠告しておく」男は丸椅子から立ち上がり、僕に近付いた。
「もしお前が道を誤り、俺の敵になったとき、構わずお前を壊す」男の目からとてつもない殺気を放ちながら僕を捉えている。
「名前は何だったか?」
「伊乃陽向人です。ヒムトって呼ばれています」
「ヒムトか」男は目から殺意を無くし、椅子に座る。
「あの、僕も聞きたいことが……」
「先生!急患です」
「分かった。すぐ行く」男は椅子から立ち上がり、白衣を翻らせて診察室の扉に手をかけた。
「俺の名前はヒカルだ。まだまだヒムトに聞きたいことがある。すぐ戻る」男はそう言って診察室から出ていった。
*
「こんにちわー。ケモノの討伐終わりました!」私はそう言いながら高校の校門に建てられた机や椅子のバリケードの横を通り、高校に入っていった。いつもは佐藤先生が立っていて挨拶しながら入っていくのだが、そこに佐藤先生はいなかった。高校の正門に入ると、道の真ん中に筆で書かれた看板があり、そこには高校の校訓である『質実剛健』と書かれていた。その看板の後ろには縦に一本ずつ、計八本の木が植えられている。葉っぱが生い茂られていて風が吹くと葉が擦れ合って心地よい音が聞こえる。
「あ!討伐していただいてありがとうございました!」グラウンドの方向から声が聞こえてきた。そっちの方向を見ると首から笛を下げたさっきの女の子が駆け寄ってきた。女の子はロングスカートを着ていて清楚っぽい無垢な少女みたいな感じだった。中学生ぐらいの身長で私より二、三歳下ぐらいの印象を受けた。
「いえいえ、さっきのケモノで怪我した人はいますか?」私は辺りを見回して怪我人が座り込んでないか探した。
「いえ。いません」少女は答えた。
「そっか!怪我しなくてよかった!」私はほっとした。
「ちなみにここの町の名前って?」カジが少女に質問した。
「クレーンです」少女は答えた。
私たちが通っていた高校がクレーンって呼ばれているんだ。陽向人に伝えなきゃ。
「あっ」
「ラナ?どうしたの?」
「いや何でもない」思わず声を出してしまった。陽向人と一緒に高校に行ってみようって約束忘れてた。まあいいや。
「おや!ハンターさん。ケモノを討伐してくれたのかい!ありがたいねえ」遠くからおばあさんの声がした。
「あ!おばあちゃん!」そう言って少女はおばあさんの元へ走っていった。
「ツユリ。怪我してないかい?」
「うん!だいじょうぶ!」ツユリちゃんは元気に言った。
「ここら辺に【ケモノの巣】があってケモノが頻繁に来るから銃戟隊に『ケモノが現れたらこの笛を吹いてほしい。駆けつけるから』って言っていたんです」ツユリちゃんは私たちに説明をした。
「ケモノの巣?」
「ケモノがいっぱいいる家みたいなもの」カジが私に説明してくれた。
「今日は銃戟隊じゃないのかい?」
「あ、そうなんですよ。銃戟隊は……」次の言葉を言おうとしたら喉に突っかかった。
現在の銃戟隊がヨロズに囚われていることを話していいのか迷った。
「銃戟隊はもうやってこないよ」カジは私が迷っていたことを二人に話した。
「ねえちょっとカジ」カジの言葉で二人は不安そうな表情を浮かべた。
「銃戟隊がやってこないってどういうことなんだい?」おばあさんはカジに説明を求めた。
「その銃戟隊の笛は遠くまで聞こえてくるから近くのハンターが来てくれるから安心して」
カジは細かい説明をしないままクレーンから立ち去ろうとする。
「ちょっとカジどこ行こうとしてるの?」
「どこってケモノの討伐が終わったらここに用はないでしょ」カジはそう言いながらクレーンから出ようとする。
「ちょっと待ってカジ。今までケモノが出てきたら銃戟隊が討伐してきたのに、銃戟隊が来ないって知ったら不安になるでしょう?」
「説明したからって不安は無くなるの?」
「だからって……」
「銃戟隊じゃなくてもケモノを討伐できればいい。銃戟隊の笛は良く聞こえるから近くのハンターが討伐すればいいって言ったでしょ」
「銃戟隊が居たからツユリちゃん達は安心して暮らしてるんだよ」
「じゃあ私はずっとここに居ろって言うの!」カジの大声で沈黙が生まれた。
「そこまで言ってないけど……」
「よおお姉ちゃんたち。元気があっていいな」
グラウンドの方から数十人の男性がさすまたや鉄パイプ、椅子を持って出てきた。
「お姉ちゃんハンターか」
「そうだけど。何か用?」
「近くにケモノの巣があるだろう?一緒にケモノ達を討伐してほしいんだ!」先頭にいるさすまたを持ったおじさんが話す。
「みんなケモノを討伐したことあるの?」カジは腰に手を当てながら男性たちに質問する。
「いや、誰もしたことない」
「はあ。ならやめときなよ。オジサンたち」
「ど、どうしてハンターが止めるんだよ!銃戟隊がいつまで経ってもケモノの巣を何もしてくれないから、俺たちがケモノの巣に乗り込むことにしたんだ!」
「そうだそうだ!」後ろの男性たちもさすまたを持ったおじさんの言葉に加勢する。
「ハンターだから止めてるの」
「もうケモノにびくびくする毎日はもう嫌なんだよ!」
「だからって一匹のケモノを討伐したことないのにケモノの巣に行くの?」カジは言葉を続ける。
「死にに行くなら止めないけど」カジははっきり言った。
「なんだと!」
「ならしょうがない。私がテストしてあげる。受ける人は出てきて」
カジは人さし指を何回か曲げ、男性たちを挑発する。
「俺が出てってやるよ」さすまたを持ったおじさんがカジの前に出てきた。
「あそこの机とか椅子が積みあがってるやつをその武器で一気に崩してみて」カジは顎でおじさんが持っているさすまたで指示している。
「な、なに言っとるだあ!そんなこと出来るかあ!」
「カジさん、それはちょっとやめていただきたいです」ツユリちゃんはカジに言った。
「どうして?」
「あれはケモノがこの町に入ってこないようにしているのと、もしケモノが突撃してきた時に大きな音が出て一刻も早く避難できるようにしているんです。なのであれを崩すとここに住んでる全員が出てきて逃げることになるんです」ツユリちゃんは上目遣いでカジに言った。
「そっか、ならケモノの巣に乗り込みたい人は私に付いてくれる?【ケモノの巣】に行く許可を私が出してあげる」カジはおじさんたちに挑発を続ける。
「いや、ケモノがさっき出てきたんだろう?ケモノの仲間がまだいるかもしれない。時間をおいて……」
「舐められたもんだね。ケモノを倒したのは私。もしも出てきた時には私が倒すから。それともケモノが怖いわけ?ケモノの巣に行こうって言うのにそこは腑抜けてるんだ」
「何をー!なら行ってやるわ!」男性たちはカジの挑発に乗ってカジの後を着いていく。
「本当は私が討伐したんだけどな……」私の独り言は誰にも聞かれずに空に流れた。
「ラナも来てー」
「うん分かった!」カジの言う通りに私もついていくことにした。
「よし、みんなここだよ」カジが着いたのはクレーンの近くにあるサッカー場だった。高校から下校するときに小学生のサッカークラブが練習しているのを横目に帰ってた。人工芝のサッカーコートの両端には白いサッカーゴールが立っている。
「何をするって言うんだ」おじさんたちは不機嫌そうな顔でカジに聞く。
「【ケモノごっこ】」カジは言った。
ケモノごっこ?私は聞いたことが無い単語だった。ケモノになりきるのかな?
「ルールはケモノが貴方たちで、逃げる私をタッチできた人はケモノの巣へ討伐してもいい。道具を使って私を捕まえてタッチするとかどんな手を使っても良しとする。逃げる範囲はこの外側の線まで。この線から私が出たとしたら全員ケモノの巣へ行っても良い。ケモノ側は線を越えてもペナルティ無しとする」カジが【ケモノごっこ】の説明をした。サッカーコートの中で【ケモノごっこ】をするみたい。私は何が何だかさっぱりだった。
「質問はある?」カジがおじさんたちに質問を求めた。
「いつまでケモノごっこをやる?」
「貴方たちがギブアップするまでで良いよ。いつまでも付き合ってあげる」カジは言った。
「他には?」カジが質問するとおじさんたちはお互いを見合わせる。
「もうない」
「じゃあ始めるよ。よーいスタート」カジはケモノごっこの開始の合図として手を叩いた。
*
?
「ふう、アスカを向こうに送れたー!」ミユは師定の部屋のソファに寝っ転がりながら声を出した。
「しばらくはやることないからゆっくりしていいよねー」
「クレーンで注射器落としただろう?管理不足だったってことだな」カイが冷ややかな目をミユに向ける。
「だってあの時はしょうがなかったでしょ?」ミユはカイに許してほしそうな目を向けている。
「まだ気は抜くなよ。ニンゲンに虹色の穴がバレてしまったからな」カイは椅子に座りながら言う。
「確かにそうねー。でも別にバレててもニンゲンくんに私たちの目的がバレることは無いでしょう?」ミユはテーブルの上にあるピンク色のカラーボールを手に取り、ソファに仰向けになって空中に投げる。
「もうアスカちゃんはこっちの世界には来ないだろうし、ニンゲンくんがあっちの世界に行って【楽園】を見つけない限りは無理だろうねー」今度は手のひらにボールを乗せて落ちないように転がしている。
「でもなんでよりによってアスカちゃんなんだろうね?指示されたから向こうに送ったけど」ミユは独り言をつぶやく。
「なあミユ。気になったことがある」
「どうしたの?まさかニンゲンくんのこととか?」
「それもあるが、ヨロズの社員のことだ」
ガチャン。
「あら、師定。何か用かしら?」ミユはボール遊びをしながら師定に話しかける。
「ここは俺の部屋だ。用がないと入っちゃいけないのか?」
「たしかにーそれもそうね」ミユはボールを師定へと投げる。すると師定はそれを受け取る。
「師定はこれからどうするの?」ミユは師定に問いかけた。
「本格的に活動を開始する。もう一ノ瀬グループは実行に移してる」
「そのことについて何だが……」カイは立ちあがりながら師定に近付く。
「言おうとしてることは分かる。誰かが裏切るかもしれないってことだろ?」師定はカイに目線をやった。
「そこでミユとカイにヨロズ社員の観察をやって欲しい。もしも裏切り行為が発覚したとき、命を奪う」師定はそう言った。
しかし師定の内心は銃戟隊本部でグンに指摘された一言を思い出していた。
「ずっと震えているぞ。刃が」「怖いのか。命を奪うことが」
このままでいいのか。人の上に立つ自分が命を奪わないなんて。
「ねえ師定。話があるんだけどー」ミユが師定に近付く。
「この注射器、一つ持っといて!もしものときこれがあれば便利だからね」
「分かった」師定はそれを受け取った。




