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DEATH ERASE MINE/デス イレイズ マイン  作者: 堺 かずき
第2ゲーム
12/15

第12章 軍の髄

「ラナはいつからコンティニューブレスを着けてるんだ?」グンさんは私の左手首に巻かれている赤いコンティニューブレスを見やりながら私に訊いた。グンさんと私、そしてカジは銃戟隊本部に行く途中だった。外の空気は冷たくてカジは革の手袋をしていて何度も手のひらを擦って温かさを生み出している。だけどカジの長い脚は包み隠さずに露出度が高くなっている。私はカジよりスタイルが悪いからカジの容姿が羨ましいと思う。

「これですか?」私は左手の赤い機械をグンさんに見せながら話し始める。

「これは万師定がいる会社でヒムトが持ってきてくれて、腕に巻いたら外れなくなっちゃいました」

「それは【メルム】が起きる前のことか?」

「あの、【メルム】って何ですか?」私は聞き覚えが無い単語をグンさんとカジに訊いた。

「ああ。端的に言うと我々の世界と別の世界が反転する現象のことだ」グンさんが説明してくれた。

「たぶん、メルムの後だと思います」私はグンさんの質問に答えた。

「そうか……」グンさんは私の言葉を聞くと、神妙な面立ちで思いにふけっていた。

「隊長が想像していることは多分起きないから安心して」カジがグンさんにそう言った。

「グンさんが想像していること……?」私はふとカジの言葉を口に出した。

「隊長はラナのことを心配していた。そうね。メルムが起きる前、【私たちの世界がゲームだった頃】って言ったら伝わるかな?」

「ゲームだった頃……?」私はハッとした。カジは言葉を続ける。

「ハンター仲間に聞いたんだけど、ニンゲン界でデス・イレイズ・マインとして私たちを操作していたんでしょう?」

「うん……」私はカジの質問に答えた。

「ニンゲンがコンティニューするとき、私たちの手首に巻かれていたコンティニューブレスを通じて私の身体を操作する。たとえ私が睡眠中でもケモノ討伐中でもニンゲンは私の身体をコンティニューできる」カジはそう言った。私はカジの伝えたいことを感じ取った。

「もしかして私がコンティニューしたらカジがどんなことをしていても強制で意識がなくなるってこと……?」

「そうよ」カジは答えた。

「メルムが起きる直前まで、いつコンティニューされるか分からなかった」グンさんは話し始めた。

「コンティニュー終了すると一定時間コンティニューされないことが分かったことで気休めが出来るようになったが、時間が経つにつれてコンティニューされる不安が募る」グンさんは話し終わった。

「コンティニューブレスを着けたラナがコンティニューされてラナじゃなくなってしまうことを隊長は想像していた」カジはグンさんが想像していたものを私に説明してくれた。

「実際、何も知らずにコンティニューブレスを着けてるラナを見たらそう想像すると思う」カジはそう言った。

「ああ。アサヒでラナのコンティニューブレスの件についてアトラスと議論していたのだ」グンさんはそう言った。

「アトラス……?」カジは頭を捻った。

「ふう。アトラスは己の隊員だ。カジに何回も隊員の名前について質問をされてる気がするんだがな」グンさんは言った。

「大人数で群れている小心者の男達の名前なんて一人一人覚えているわけがないじゃない」カジは嫌味っぽく言った。確かにグンさんのことをカジは『グン』と呼んでない気がする。

「いま銃戟隊は何人いる?」カジがグンさんに訊ねた。

「一時期は二百人ほどいたと思うが、【メルム】が起こってからケモノの討伐での死亡や謎の消滅で一気に五十人が居なくなり、約百五十人に減ってしまった」

「それは気の毒ね」

「なぜ謎の消滅が起こるのか原因を突き止めようと隊員と話し合ったが、消滅した隊員は普段と変わらず行動していたのにもかかわらず予兆もなく消えてしまった。共通点も見つからず、何も考えに至らなかった」グンさんはそう話しながら思いにふけっていた。

「このまま私たち全員が消滅するなんてことは無いでしょうね」カジがふと呟いた。

「そんな馬鹿な。ありえるはずがない」グンさんは首を横に振った。

「例え話よ。でも原因が分からないなら私たちは絶対消滅しないという保証は無い。いつか私たちも消滅するかもしれないってことよ」

「かといって今すぐ消滅が決まったわけじゃない。ならば行動あるのみだ」

「じゃああの封筒は何?」カジはグンさんに訊いた。

「隊員に渡した封筒はレボルやリフレへの手紙でしょ?しかも【己の身に災いがあった時、己の家族にこの封筒を渡してほしい】って言ってたじゃない。とても【行動あるのみだ】とか自信満々なことを言う人の行動じゃないと思うけど」

「万が一のことが起こったときのためだ。死に行くために来ているわけじゃない」

「あっそう。ならいい」カジはグンさんに半ば諦めた感じで呟いた。

「ちょっと二人とも……」二人の言い合いで私の心はちょっと痛んだ。


 *


 セニオル、そしてバオサとジオサ、子どもたちの耳に陽向人とベアストが走っていく足音が入ってきた。

「ジオサ、二人に【包帯を巻いた少女】を探しにいくのを強く止めなくても良かったのかい?」

「ああ。俺が命令したわけじゃない。二人が自分の意志で探しに行ったんだ。あんたら三人がウェストに来なくても俺たちは【包帯を巻いた少女】を探しに行かなかった。このまま死んだほうがよっぽど良かった」

「そうじゃったか。でもそれは本望じゃないじゃろ?」セニオルは眼差しをジオサに向けた。

「生き続けるより死ぬ方が簡単じゃ。しかし簡単に死のうとは誰しも思わん。それは死ぬことが生きてきた時間を台無しにする行為と同じだからじゃ。必死にケモノから逃げるのも死なないためじゃ。お前さんは言葉にはしないが、生きたい願いがひしひしと伝わってくる」

「俺が、生きたい……?」ジオサはセニオルの言葉が不思議に思った。

「そうじゃ。お前さんの口では死んでもいいと言うが、生きたいと思う人をわしは何人も見てきた。本当に死にたいと思うなら、誰のことも心配に思わず速く自決する」セニオルは窓の外を見た。

「わしが目覚めぬままのジオヒを診てここに戻ってきた時、お前さんは少し明るい表情になったじゃろ?そのうえ、さっきヒムトとベアストが【包帯を巻いた少女】を探しに行くと言ったじゃろ。そのときお前さんは本当に探しに行くのか?と聞いた。それは二人に死んでほしくないと思ったんじゃろう?」セニオルは言葉を続けた。

「二人は【包帯を巻いた少女】の本当の正体がまだ分かっておらんのにお前さんたちが殺されないために探しに行った。深い憎悪がない限り誰も死んでほしくないはずじゃ。お前さんもそうじゃろ?」ジオサはセニオルの言葉を静かに聞き入る。

「裏を返せば誰も生きていて欲しいんじゃ。死んでしまえば何もできない。二人はそう考えて飛び出していったんじゃ」

「それにお前さんに叱っておくことがある。お前さんたちは家族一緒に殺されようと思っていた。お前さんの言っている通り生きておく理由が無かったとしても、お前さんの子どもたちは死ぬにはまだ広い世界を見渡せていない。親には子どもの未来を見守る義務はあるが、未来を決める権利はない」

「わしは二人を追いかける。お前さんは家族たちを見守っていてくれ。決して死のうとするんじゃない」セニオルはジオサに言い残しながら理科室を後にした。


 *


「さあワクワクするなあ」モニターが映している防犯カメラの映像を俺は首を鳴らしながら見入る。薄い暗闇のなかに大量の人が綺麗に列をなし、胸を張り、手を真っ直ぐ下に伸ばす直立不動の姿勢で高台の上にいる裏切り者をまじまじと見ている。大量の人はざっと百三十、四十ぐらいいる。

「今から【集会】を執り行う」裏切り者が話し始めた。大量の俺も裏切り者の話を聞こうと口元に目を凝らす。

「メルムが起こって二か月、大量のマイン、ニンゲンが死亡・消滅している。しかしこれは悲劇の始まりではない。素晴らしき創生の序章に過ぎない」

 列をなしている人の手首にはコンティニューブレスが、口元にはガスマスクが装着されている。しかし端の一列を除いて。

「お前らは新たなる世界の創生に携わる一員となるのだ。後にも先にも存在しえない栄えある唯一無二の人物となる」

 辺りはオレンジ色のランタンのようなものが散らかっている。また黒や紫の装飾物が中央の広場に垂れ下がっている。俺には理解出来ないモンがニンゲンの住んでいた世界にはたくさんあるんだな。

「これから神聖なる儀式をはじめる。創生に携わる一員としてここに立っている者、希望を胸に抱きながら命を落とした同志、志を持った全ての名を読み上げる」

「げっ!全員の名前呼ぶのかよ!長ったらしいなあ!」俺は思わず声に出した。

一ノ瀬(いちのせ)(こう)!」

「ハッ!」呼ばれた人物は深い一礼をしながら声を上げる。そして直立の形に戻った。

丸井翔之介(まるい しょうのすけ)!」

「ハッ!」次は一ノ瀬鴻と呼ばれた奴の後ろの人が深い一礼をした。

「ガチでやんのかよ!だりぃ。あと何人の名前呼ぶと思ってんだよ!ざっと百人以上はいるぞ!」俺はモニターの画面から目を離した。やっぱり儀式とか礼儀とかつまらねぇのにやる意味わからねえ。

 俺は他のモニターの画面を見た。そこにはニンゲン界に取り残されたニンゲンが映っていた。

「包帯を巻いた少女もフィルくんもいない……」ニンゲンは周りをキョロキョロ見回しながら呟いた。モニター画面の右から杖を突く老人が近づいてきて、背中を曲げた老人はニンゲンに呼びかけた。

「ヒムト!ここにおったんか」ニンゲンは老人の声が聞こえたのか後ろへと振り向いた。

「セニオルさん!探すのに手伝いに来てくれたんですね?」

「いや、そうではない。ベアストはどこにいる?」

「ベアストとは、ウェストの出入り口からの坂道で別れました。どうかしたんですか?」

「ヒムトとベアストに忠告しに来たんじゃ」

「……忠告?」

「ああ。くれぐれも【包帯を巻いた少女】に注意するんじゃぞ」

「【包帯を巻いた少女】に……注意?」ニンゲンは老人の言葉を復唱した。

「どうして……怪我をしている女の子に注意をしなくちゃいけないんですか?」

「それがのう……」老人は話しながらニンゲンに近寄り立ち止まるが、ちょうど老人が電信柱に隠れてしまい、老人の口が見れなくなっちまった。これじゃあ口の動きから喋っている内容を読み取る読唇術が使えない。

「くそっ!何を話してる……?」急に隠されたものはどんなにしょうもないものでも知りたくなっちまう。俺は他のモニターに目を移し、老人の口が映っている画面が無いか探した。

「あった!」俺はニンゲンが映っているモニターを見つけた。さっきの画面とは距離が遠くなってしまったが、これで老人の口が見える。しかし老人の口はカメラの近くに生えているであろう木の枝で隠されていた。

「ったく何のための監視カメラだ!」俺は叫んだ。この間にもニンゲンと老人の会話は続いている。俺はどうしようもない気持ちのまま、元のモニター画面に目をやった。

老人の口が見えずともニンゲンの表情から最大限に読み取れる情報を推測しようと注視する。さらには老人からの情報についてニンゲンは質問する可能性がある。ニンゲンの質問から内容のジャンルをあらかた予想し、老人の言葉を俺なりに埋め合わせる。

「えっ……?」ニンゲンは驚きの表情を浮かべた。

「さあ何を質問する?」人は驚いた後に質問をしたくなる。俺はさらにニンゲンの口に注視する。しかしニンゲンは押し黙って質問する姿勢が見えなかった。

 その後、ニンゲンは少し考え込む表情を浮かべ、口を開く。

「いや、僕は【包帯を巻いた少女】を探し続けます。ウェストの人たちを見殺しにしたくない。まだ【包帯を巻いた少女】に会ってないしどういう人なのか分からないから会って決めます」ニンゲンはそう言った後、五秒間の静止がありつつ、老人と別れてしまった。

「なんだったんだよ!」俺はニンゲンと老人の会話の内容がわからないもどかしさから壁を殴った。

俺はニンゲンと老人のモニターから創生の一員を呼んでいる画面へ視線を移した。

酒井直哉(さかいなおや)!」

「ハッ!」

「本当にこのまま続けるのかよ……」俺は呆れて目を瞑り、もう寝ることにした。


 *


「あそこが銃戟隊本部だ」グンさんは遠くに見える建物を指差しながら私に教えてくれた。建物は私がよく休日に行っていた思い入れのあるショッピングモール。濃いピンクの看板が掲げられている。

「建物が破壊されてないからケモノが銃戟隊の本部を襲ったわけじゃないみたい」カジは腰に手を当てて看板を眺めながら言う。ショッピングモールは海辺の近くに建てられていて休みの日はショッピングモールの裏に釣りをしている人が数人いた。

「そうだな。しかし油断はできない。気を緩めるのは隊員の安否が確認できてからだ」

「さすが隊長みたいなこと言うね」

「隊長だからな」グンさんは片目に銃戟隊本部を捉えながらカジの言葉に真顔で返答する。

「そうだった」カジも真顔で受け流した。


 銃戟隊本部になってるショッピングモールの入口まで来た。ショッピングモールの入口は「ハッピーハロウィン!」って書かれているアーチや白いお化けとかかぼちゃのランタンとかが飾ってあった。

「今って十月ぐらいかな……?」私はふと呟いた。でも今の寒さ的には十月じゃない気がする。十月にしてはもっと寒いと思った。

「ん?」グンさんは建物の上を見ながらなにか不思議に思ったのか声を出した。

「グンさんどうしたんですか?」私はグンさんの視線を追って上を見上げたが、何も不思議に思わず、グンさんに質問した。

「外に見張りがいない。ケモノの襲撃に備えて配置しておくように言ってあるのだが……」

「たまたま交代の時間じゃ?」カジが言った。

「いや、常時三人から四人が屋上、一人から二人が正面入口に位置している。交代は一人ずつ入れ替わるようになっている。正面入口ならまだしも屋上に誰一人もいないなんて有り得ないはずだが」グンさんは包帯を巻いた腕を組んで考える。

 このショッピングモールは一階から三階までお店があり、四階と五階、屋上は立体駐車場になっていてと地下一階も駐車場がある。二階の一部分も駐車場であるが屋根は無い。

「直接上に行けば分かるはず。寒いから早く入るよ」カジがそう言いながらショッピングモールの入口へと進む。自動ドアのガラスが割られていて、一人分ぐらいが入れる空間が開けられている。中は電気が付いていなくて薄暗くなっている。メルムが起きる前と起きた後で印象が変わっているような気がした。

「銃戟隊隊長一名、ただいま本部に帰還した。誰かいるか?」グンさんはショッピングモ―ルの奥に声を掛けるが、何も返答がなかった。

「変だな。応答がない」

 ジリリリリリリリリン。ジリリリリリリリリン。

 突然、火災報知器の警報音が鳴り響く。

「侵入者発見!一階正面玄関で侵入者発見!直ちに一階正面玄関に急行せよ!繰り返す!直ちに一階正面玄関に急行せよ!」男の人の声が放送で流れる。

「ねえ隊長!一体何が起きてるの⁉」カジがグンさんに質問する。

「己も理解できない!誰か現状を報告しろ!」グンさんは中にいるであろう銃戟隊の隊員に呼びかけるが、放送と警報音でかき消される。

 するとすぐさま、口元にガスマスクをした十数人の人がライフル銃を持ちながら私たちの前に現れた。先頭の人はガスマスクを首から下げている。

「侵入者確認!銃口を向けろ!」先頭にいる人が後ろにいる人に命令し、ライフル銃の銃口を私たちに向けた。

「良かった。お前たち無事だったのか」グンさんは呟いた。

「あいつらが銃戟隊の隊員たち?」カジが質問した。

「ああそうだ」グンさんはそう言いながら私たちより前に立ち、向かってくる人達と向かい合う。

「おい!リパブ!現状はどうなっている!」

「黙れ!」リパブと呼ばれた男の人はグンさんに大声を上げた。

「一体何があった⁉リバブじゃ無くてもいい!誰か現状を報告しろ!」グンさんは銃口を向けられながらも必死に訴えかける。

「知るか!我々の命令に歯向かうのならば、射殺する!」リパブと呼ばれた男や隊員はグンさんや私、カジを取り囲んで銃口で狙い続ける。カジは腰のホルダーに手をかけ、いつでも拳銃を抜けるように構えている。

「なぜ……」グンさんは急に口を噤んだ。ガスマスクをした人たちの左手首に赤いコンティニューブレスが装着されている。

「画面が光ってるだと……!」グンさんは気づいた。

「その人たちは銃戟隊じゃない!誰かが中に入ってる!」私はグンさんに叫んだ。

「そうか……こいつらは乗っ取られているんだな?」グンさんは現状を理解した。

 コンティニューブレスを持った誰かが銃戟隊の身体を使ってる。しかも十何人も……!

「カジ!くれぐれも己たちの隊員の身体に向かって発砲するなよ!」グンさんがカジに話しかける。

「分かってる!」カジは腰のホルダーから手を放す。反撃しようとしても身体はグンさんの銃戟隊の仲間たちだから攻撃しちゃいけない。

「発砲用意!」リパブの身体を使っている人が叫んだ。

「逃げるぞ!」グンさんが言い放ち、私たちはその場でしゃがむ。

「発砲!」ライフル銃の銃声が鳴った。

私たちは隊員の足元へ飛び込んで隊員の輪からバラバラに離れる。幸いにも誰一人も銃撃を喰らうことは無かった。私たちが発砲しないことを良いことに向こうは私たちに構わず発砲する。

「追跡開始!」後ろからコンティニューブレスを着けた銃戟隊が追ってくる。

 私は二階に続く動かないエスカレーターを登る。後ろを見ると到着してきた十五人の銃戟隊が追いかけてきていた。グンさんとカジの姿はもう見えなくなっていた。ここのショッピングモールは一階から三階まで中央の広場で吹き抜けになっている。

 動かなくなったエスカレーターを駆け上がり、二階へと続く。

エスカレーターの真ん中までやってきた時、二階から銃戟隊が五人ほどやってきた。

「やばい!」私は咄嗟に横のエスカレーターに乗り移る。登り用と下り用のエスカレーターがちょうど交差している地点で乗り移りが楽だった。いつまで逃げればいいんだろう。


 *


 パ――ン

乗っ取られた銃戟隊から逃げ続けて三分が経った頃、突然、一階のほうから銃声が鳴り響いた。

「うわああ……!」三階にいた私の耳に一階の中央からグンさんの声が届いてきた。

「追跡終了!繰り返す!追跡終了!」放送が鳴り響く。私の後ろを追ってきた銃戟隊はその場で立ち尽くしていた。

私は棒立ちのままの銃戟隊を不思議に思いながら三階からしゃがんでガラス越しに一階を見下ろす。

「きゃっ……!」私は思わず声を出した。そこには足を抑えながら蹲っているグンさんがいた。ふくらはぎから血が流れている。どうやら足に銃弾が当たってしまったみたい。グンさんの近くに背中にあったライフル銃が無造作に置かれていた。

「発砲中止!」突然、男の人の声がした。私はその人の方向へ視線を移す。

「万師定……!」私は名前を呼んだ。

「奇遇じゃねえか。まさか行方を暗ましていた隊長が直々に来てくれるとは思わなかった」万師定は足に銃弾を受けて倒れているグンさんにおもむろに近づく。

「ラナ!」横からカジの声がしてきた。カジは私の横にしゃがんでガラス越しにグンさんと万師定を見下ろす。

「お前がヨロズの社長か……!」グンさんは見上げながら言った。

「そうだよ!どうだ?お前が集めた隊員が全員お前の命を狩ろうと躍起になった光景は?」万師定はグンさんの傍に来て顔を見下ろす。

「こいつらは少なくとも銃戟隊ではない。お前の目的は何だ!」グンは叫ぶ。

「目的?ただ俺が選んだヨロズの社員が【コンティニューボディ】にコンティニューしているだけだ。何かおかしいか?」万師定はグンさんに挑発するような口調で喋る。

「コンティニューボディ?」グンさんはその言葉に首を傾げる。

「ああそうだ。ニンゲン様がコンティニューするための身体のことだ」万師定はグンさんの片方の目つきが変わったことを気にもせず淡々と言葉を続ける。

「銃戟隊はヨロズのただの道具でしかない!」万師定は銃戟隊の隊長であるグンさんに言い放った。グンさんは万師定へ這いながら師定の足首を掴む。

「ニンゲン様?ただの道具?お前らニンゲンは本当に悪魔だな!」グンさんは片方の目で怒りを露わにした。

「何を言う?銃戟隊にコンティニューしているのはニンゲンの中でも選ばれたヨロズの社員だ。それだけでもありがたく思え」万師定はグンさんの怒りの目とは違い、冷酷な視線を向けている。

「それに、皆を守る【銃戟隊】とかいう隊長がニンゲン様に悪魔だってな。そっくりそのまま言葉を返すぜ!」万師定は足首に掴まれたグンさんの手を蹴り、グンさんの手首を足で踏みつける。

「うわぁぁ……!」グンさんは唸り声をあげる。

 万師定は腕に巻かれた包帯を力強く引っ張り、腕を露わにさせた。

「ははは……!」万師定は高らかに笑いながら叫んだ。

 私とカジは露わになったグンさんの腕を見つめた。

「隊長、やっぱり……!」カジはそう呟いた。

「嘘でしょ……!」私は口を開けて驚くしかなかった。

 そこにはケモノの黒い腕があった。

「ケモノを討伐する銃戟隊の隊長がケモノになる寸前だってな。笑わせる」万師定は言った。

「やめろ……!」グンさんは万師定に睨みつけると、その目が紅く光った。


 *


「この辺りにケモノがまだ潜んでるかもしれないので呼びかけずに静かに探しましょう」

僕はベアストと一緒にウェストに繋がる一本の坂道を戻りながら、二手に分かれて【包帯を巻いた少女】とフィル君を探しに走った。

「包帯を巻いた少女もフィルくんもいない……」僕はウェストの周りで【包帯を巻いた少女】とその少女を一人で探していたフィルを探し歩いていた。そういえば【包帯を巻いた少女】の特徴をジオサやバオサに聞いておけばよかったと後悔している。包帯を巻いているということは身体のどこかを怪我してる。もしも怪我が脚なら動けなくなっているかもしれない。ウェストに出現したケモノに襲われてしまっていることも可能性としてある。体内時計でまだ十分も経っていない。ミユとカイが来るまでまだ時間はある。あと五十分。

「ヒムト!ここにおったんか」後ろからセニオルの声が聞こえ、振り返る。するとセニオルは杖を突きながら僕の方へと歩いてきた。

「セニオルさん!探すのに手伝いに来てくれたんですね?」

「いや、そうではない。ベアストはどこにいる?」

「ベアストとは、ウェストの出入り口からの坂道で別れました。どうかしたんですか?」

「ヒムトとベアストに忠告しに来たんじゃ」

「……忠告?」

「ああ。くれぐれも【包帯を巻いた少女】に注意するんじゃぞ」

「【包帯を巻いた少女】に……注意?」僕はセニオルの言葉を復唱した。

「どうして……怪我をしている女の子に注意をしなくちゃいけないんですか?」

「それがのう……」セニオルは言葉を続ける。

「【包帯を巻いた】の言葉は【近いうちにケモノになる】という意味じゃ」

「えっ……!」陽向人はセニオルの言葉に唖然した。

「わしたちみたいな人でもベアストが連れてるケモノでも暴れ狂う恐ろしいケモノになってしまうのがわしたちの世界じゃ。包帯を巻くのは腕に生えたケモノの黒い毛を隠すためじゃ。だからケモノになる人を【包帯を巻いた】と呼ぶんじゃ」セニオルは僕に説明した。

だからジオサもバオサも【包帯を巻いた少女】を探そうとしなかったんだ……。

「仮に【包帯を巻いた少女】を見つけられたとしてもケモノになって襲われる恐怖からわざと見つけようとせずにウェストに引きこもっていたんじゃ」

 僕は押し黙ってしまった。

「ヒムトはどうする?ウェストに引き返してミユとカイを待つか」僕は

「いや、僕は【包帯を巻いた少女】を探し続けます。ウェストの人たちを見殺しにしたくない。まだ【包帯を巻いた少女】に会ってないしどういう人なのか分からないから会って決めます」

「分かった。しかし時計の針が真上を向いた時には必ず戻るんじゃぞ」

「はい。分かりました」僕がそう言うとセニオルは来た道を引き返していった。


 *


「お前はケモノになる寸前だ。いつ暴れてもおかしくない!」万師定は腰のナイフを引き抜き、刃をグンさんの顔へと目がけた。

「ぐっ……!」グンさんは咄嗟にケモノとなりつつある腕を伸ばしてライフル銃を掴み、万師定のナイフを弾き飛ばす。

「銃戟隊に殺されて死ぬなら本望だが、あいにく誰でも良いから殺してくれなんていうほどの死にたがりで無いからな」グンさんはそう言いながらライフル銃を構え、万師定に銃口を向ける。

「ははは面白い。いま誰に銃口を向けているのか理解していないようだな。即座に百近くの銃口がお前に向けることが出来るというのに……命知らずだな」万師定はグンさんにそう言いながら地面に落ちたナイフを拾い上げ、横たわりながらライフル銃を構えるグンさんと対峙する。

「お前も面白いことを言う。命知らずなんて言える口だと思えないがな」グンさんは返答する。

「ずっと震えているぞ。刃が」グンさんは静かに言い放った。万師定の手元を見るとわずかに手が震えていた。

「怖いのか。命を奪うことが」グンさんのライフル銃は微動だにせず万師定に銃口を向け続ける。

「万師定が、命を奪うことが怖い?」私は呟いた。私がヤマアラシのケモノ討伐のときに感じたことを万師定も思っている?陽向人に対してナイフで襲い掛かったあの万師定が?

「違う!いまお前の命を奪う!」万師定はグンさんに向かって走り、持っているナイフを振り下ろそうとした。

「社長!」突然、万師定は誰かに呼びかけられ、振り下ろす腕をグンさんに突き刺さる目前で止めた。

「そいつは私のコンティニューボディです。殺すのは止めてください」万師定を呼び止めた誰かは物陰から出てきて、万師定に近付く。誰かは男の人でグンさんと同じぐらいの身長で少し瘦せている。男の左手首には他の銃戟隊の隊員と同じ赤いコンティニューブレスが付いている。

「今優先すべき事項は銃戟隊隊長の討伐ではなく、ニンゲンの捕獲です。ノートパソコンの所在などを聞き出し、手中に収めることこそヨロズの今後に大いに役立つはずです」男の人は万師定に現状を話す。

「ねえラナ。私たち逃げたほうが良い」カジが私に話しかける。

「うん」私は返事をする。

「ラナは私にコンティニューして逃げて」カジは私にそう言って言葉を続ける。

「どうして?私がコンティニューして逃げるより私とカジ二手に分かれたほうが良いんじゃ……?」私とカジは周りの銃戟隊やヨロズの社員に聞かれないように小声で話し合う。

「いや、さっき隊長が銃戟隊は百五十人ぐらいって言ってた。アサヒに残ってる銃戟隊は十四人でここには百三十人ぐらいいる。二手に分かれても一人当たり六十五人ぐらいから逃げ切らないといけない。万が一逃げ遅れたらヨロズに捕まる。まずはヨロズの社員の視線を遮って錯乱させて隙を作らせる。次に銃戟隊本部から脱出して銃戟隊本部、銃戟隊の小隊がヨロズに乗っ取られたことと隊長が捕まったこと、隊長がケモノになる寸前の状態だってことをアサヒの銃戟隊に伝える!」カジは私がコンティニューした後、やるべきことを話す。

「分かった。他の出入り口がどうなってるか分からないから私たちが入ってきた一階の正面玄関から逃げるようにする」私は一息吐きここから逃げるための心の準備と逃げる道順の思考をする。

「あとどれくらいコンティニューできるの?」カジは私に訊いた。

「あと十二分」私は答えた。

「プレイ時間がゼロになったらヨロズに捕まっていても強制にコンティニューが解除されて私とラナに分かれる。しくじらないようにね」

「うん」私は返事をして、再び一階を見下ろした。


 *


「見つからなかった……もう時間もない」僕は理科室から飛び出していったのに【包帯を巻いた少女】もフィルも何も成果が得られなかった。

 僕は理科室の扉を開く。

「おうヒムト。その様子は見つけられなかったみたいだな」僕が理科室に入るとジオサが声を掛けてくれた。まだ理科室にベアストが戻っていないようだった。

「そうですね。すみません……」

「もういいわよ。フィルが朝になったらここから飛び出して探し回ったのに見つからなかったんだから見つからなくて当たり前よ」バオサは僕に励まそうとしていた。

「もうミユとカイが来る時間だわ。セニオルはお義父さんと一緒にホケンシツに行ってる。そこにお義父さんが寝てるように見せかけたものがあるわ」バオサは理科室の中央に指を指した。僕が初めて理科室に来たときにジオヒにかけられていた布団が膨らんでいた。僕は時計を見ると、もうあと一分ぐらいでミユとカイの二人が来る時間だった。

「ミユとカイに僕がウェストにいることはバレちゃいけな……」僕は咄嗟に理科室の隅に置いてあった掃除のロッカーに隠れた。

「ヒムト?」バオサは不思議に思ったが、考えずに気に留めなかった。

「コンコンコン!失礼しまーす!」突然、理科室の扉が三回叩かれた。すると扉が開かれてミユとカイが理科室の中に入ってきた。タイミングが良いのか悪いのか僕が理科室に戻ってきたタイミングとほぼ同時にミユとカイが三日ぶりに戻ってきた。

「これはこれは皆さんお揃いで!よく逃げないでここにいてくれたわね!まずは感謝するわ!さあかくれんぼの三日間は楽しく過ごせたかしら!」ミユはウェストの住民の暗い雰囲気を皮肉に言いながら明るく振舞った。

「誰も他の町に助けを呼んだりしていたり逃げ出したりしていないでしょうね?」ミユはそう言ってウェストの住民に鎌をかける。ウェストの住民は理科室のロッカーに僕が潜んでいることをミユとカイに悟られないように冷や汗をかいていた。ミユとカイは羅奈とセニオル、そして僕がいるときにヨロズから奪い取ったノートパソコンを鋭い観察眼でその在り処を見破っている。

「誰も助けを呼んでいないわ。ほら誰一人も欠けずにいるでしょう?」バオサが冷静にミユの質問に返答する。

「そうね……」ミユは理科室を見渡し、違和感となるものを感じ取ろうとしていたが、ジオヒのダミーである布団のふくらみを一瞬見ても探るようなことはしなかった。

「じゃあそれで包帯を巻いたしょ……」

「ちょっと待て」

 ミユの言葉をカイの一言で遮った。カイを見てみると腕を組みながら黒板を見ていた。

「あ、まずい……!」僕はそう思った。やらかしてしまった。僕の目のピントは黒板を捉えていた。黒板にはジオヒを手当てするための場所を聞き出すために「保健室」と書かれた白い文字が残っていた。

「これは誰が書いた……?」カイがゆっくりとした声でウェストの住民に話しかける。

 住民の中で静かなどよめきが起こる。沈黙を貫き通しているがミユとカイはその違和感を感じ取る。突然、ミユが動き出す。ミユはふくらんだ布団に近付き剥ぎ取った。

「あら、いない」ミユの明るい振る舞いとは違い、冷ややかな目でダミーを見ている。

「ミユ、保健室に行くぞ」カイは黒板の白い文字に違和感を覚え、それを確かめに行こうとしている。

 保健室にはウェストの部外者であるセニオルがジオヒと一緒にいる。ミユとカイの二人とウェストの住民との約束で誰も助けを呼んでいないが、部外者がウェストにいるということはミユとカイに刺激を与えてしまう場合がある。

「まずいまずい……!」僕は掃除のロッカーの中で頭の回路がショートしそうになったが、どうしようもないことに焦りを感じた。

「ヒムト!二人は保健室に行った!」ジオサは僕が入っている掃除のロッカーの扉を開けた。

「どうすればいい?」ジオサが僕に聞いてくる。

「僕が保健室に行ったとしても部外者がウェストにいる時点で二人が何をするか分からない」

 かといってジオサやバオサがミユとカイを保健室に行かせないようにする理由がない。

「ここから逃げよう」ジオサが提案した。

「そんなのダメよ。お義父さんを見捨てる気なの?」

「見捨てるだなんて人聞きの悪いことを言うんじゃない。ここに居続ける理由がないだけだ」ジオサはそう言った。確かに理科室に残り続ける意味がない。

「そうですね。とにかくここから出ましょう」僕はバオサやジオサに言い、理科室の扉へと進む。

「……分かったわ。逃げましょう」バオサはいまいち納得がいかないような顔をしているが、渋々僕たちの意見に同意した。

「では行きましょう」僕は理科室にいるみんなが出れる態勢になったのを確認し、扉を開けた。

「はーい。ニンゲンくん。ウェストに来てたのね」

「ミ、ミユ……!」理科室の扉を開けると、そこには保健室に行ったはずのミユがいた。

「たまたまここに来てみたらウェストに入っていく貴方を見てね。保健室には私のカイが行ってるわ。まあ保健室にもおじいちゃんがいるって聞いたけどどうしよっかな?」ミユはこれまでの出来事の一部始終を見ていた。

「まさか、僕がいることを知ってて……」

「ええ。まあニンゲンくんがここに入ってくるところを見てなくても私が『誰も他の町に助けを呼んだりしていたり逃げ出したりしていないでしょうね?』って聞いたら後ろの人たちが動揺した。嘘を吐いているサインが出てたわ」ミユは説明した。

「ここにはいる意味がないものね。とりあえず外に出ようよ?」ミユは僕たちに外に出るように促した。僕たちはミユの言葉に従うしかなかった。


 *


「社長。全隊員に指令をお願いします」男の人は万師定に声を掛ける。

「分かった。ニンゲン捕獲をお前に一任する。仕事の遅れを取り戻せ。これは放送室と繋がっている」万師定はそう言うと、服のポケットからトランシーバーのようなものを取り出し、マイクに小さな声を出し、放送室と連絡している。

「全隊員、ニンゲン捕獲準備開始!」放送が鳴り響く。私たちの近くにいたコンティニューされた銃戟隊が準備に入る。なんでいま私たちを捕まえようとしないのか分かんないけど、気にしないことにした。男の人がグンさんの元へと近寄る。

「おい、ラナやカジを捕まえてどうするつもりなんだ。お前らの目的は何だ!」グンさんは万師定や男の人に大声を出すが、聞く耳を持たなかった。

「俺の名前は十師斜。これよりローグルシステムのコンティニューブレスを用い、コンティニューボディであるグンにコンティニュ―する」十師斜は軍隊の状況報告のように喋りながら、左手首のコンティニューブレスに手をかける。

「まさか……」私は十師斜の行動に目を見開いた。

「起動!」

 十師斜は右手でコンティニューブレスのボタンを押すと、光の塊になってグンさんの身体に吸い込まれていく。その間、握られていたライフル銃は音を立てて落ち、左腕に赤いコンティニューブレスが現れた。

 床に寝そべってライフル銃を構えていたグンさんの身体がゆっくりと起き上がる。

「これがコンティニューブレスの力……まるで夢の中にいるみたいだ」グンさんをコンティニューした十師斜はそう言いながら両手を握ったり開いたりしている。

「さてと」十師斜は床の包帯を持ち上げて乱雑に腕に巻いていく。

「十師!これを装着しろ!」十師斜の後ろのエスカレータから既にコンティニューしているヨロズの社員が何かを投げつけた。十師斜はそれを受け取った。ガスマスクだった。ガスマスクをグンさんの口に当てて、装着させる。

「装着完了……」十師斜は装着して十五秒間経った後、首からガスマスクを下げ、地面に寝そべるライフル銃を両手で構える。

「十師!」万師定はトランシーバーを十師斜に投げる。十師斜はライフル銃を肩からかけ直し、トランシーバーを受け取った。

「一時的にお前にニンゲン捕獲の指揮を執ってくれ。少し気分が悪い」万師定はナイフを腰のホルダーに直す。

「承知しました。放送室と連携を取り、ニンゲンとそのコンティニューボディを捕獲します」十師斜は万師定に敬礼する。身体がオーラのあるグンさんだから少し違和感を覚える。

 十師斜はトランシーバーで何かを言った。

「ねえラナ。何か聞こえない?」カジが私に言った。

「え?」私はカジの言う通り、耳を澄ませる。確かに何か音がする。工場のベルトコンベアが動いているみたいな音がする。

「ニンゲン捕獲開始!現在三階中央!」カジの言う音がわからないまま放送が鳴り響いてしまった。

「カジ、行くよ」私はカジに左腕を向けて、コンティニューブレスのボタンを押し込んだ。

 身体が軽くなり、私の身体が浮いた。そして私の身体が勝手に動く感触がする。コンティニューは三回目だけど感覚がまだ慣れない。カジの身体に入った感覚がして、目を開ける。

「コンティニューしたニンゲン発見!」銃戟隊がこっちに向かってやってくる。ライフル銃の銃口を私に向ける。

 パ――――ン

 銃弾が私の足付近に撃たれ、弾丸が残る。ひとまず銃戟隊から逃げるために走る。

 ヨロズの狙いは私の捕獲。ヨロズの会社から奪ってきたノートパソコンの在り処を知っている私から情報を聞き出すために捕獲する。だから逃げられないようにするために足の負傷を狙って発砲する。頭や胴体を発砲することはあまりないって考えていい。

 銃戟隊は私を目がけてやってくる。いま追ってくるのはグンさんへ発砲する前から私たちを追跡していた。そして一階や二階にいた銃戟隊も私たちに向かって走ってくる。

 吹き抜けの三階中央を回りながら銃戟隊が三階にやってくるのを待つ。残り時間は十分十一秒。

「ニンゲン発見!」前から十七人の銃戟隊がやってきた。後ろには十五人の銃戟隊が追っかけてきていて、挟まれる形になった。

「いま!」私は三階中央の吹き抜けから飛び降り、一気に一階へと降り立った。飛び降りていく最中に腰のホルダーから拳銃を一丁取り出しながら二階の銃戟隊の様子を把握する。二階から三階にあがるエスカレーターに二十人ぐらいの銃戟隊がいた。そして着地点にはグンさんにコンティニューした十師斜がいる。十師斜はトランシーバーで現在の状況を目視で確認しながら相手に伝えている。

 三階、そして二階の防犯カメラは作動中のランプが点灯していなかった。たぶん放送してる人は十師斜が持っているトランシーバーを通じて現在の状況を放送している。

「目標は一階に飛び降りた」十師斜の連絡が耳に入った。十師斜は私を見てトランシーバーを服のポケットに入れ、肩にかけていたライフル銃を私に構えようとしていた。

 私は手に持った拳銃を十師斜が持つライフル銃に目がけ、一発発砲する。

 発砲した銃弾はライフル銃の銃口の向きを変え、十師斜は狼狽える。

 上手く一階に着地し、一階正面玄関に駆ける。だけどコンティニュー前にカジが言っていた謎の音がさっきより大きく聞こえる。だけど止まってしまったら銃戟隊に捕まる。

 一つ先の曲がり角を右に行けばここを出られる。前に銃戟隊が突然現れるような建物の構造じゃない。もうすぐで出られる。あと八分十二秒。残りプレイ時間を全部使って銃戟隊本部から遠くまで走って銃戟隊を巻く。

 身体を右に曲げ、一階正面玄関を視界にとらえる。

「えっ」まずい。そこに銃戟隊三人が構えていた。そしてカジが言っていた謎の音は玄関のシャッターが閉まっていく音だった。私が一階正面玄関に来たときにシャッターは完全に閉まっていた。すぐに引き返して他の出口から逃げないと。

 すぐに身体を翻して考える。他の三つの一階の出口はシャッターが閉まっているって考えたほうが良いかも。二階に駐車場へつながる出口があるけどシャッターが閉まっているところをメルムが起きる前に見たことがある。そこじゃだめだ。しかも出入り口に銃戟隊が待ち構えていることもある。

 ニンゲン捕獲準備開始って放送があったとき、まさか出入り口に銃戟隊を配置するための時間だった?ならすぐに銃戟隊が私を捕獲しなかったのは出入り口を無くして確実に私を捕獲するため?

 今すぐ銃戟隊がどこに配置されているのか知りたい。どこかに隙はあるはず。

 私はエスカレーターではなくエレベーターの横にある階段の方へと急いだ。

「現在目標は東エレベーター付近の階段へ接近中」放送が鳴り響く。階段に銃戟隊が待ち伏せしていたら終わるけど、階段に配置するには捕獲の確実性が無いって私は考えた。

 三階に出入口は無いから銃戟隊が配置されることは少ない。

待って。四階と五階、そして屋上の立体駐車場には登り用と下り用の車のスロープがあり、そこは壁が無くて外へと逃げられる。そこから飛び降りれば脱出できる。

 階段を三段飛ばしで駆け上がっていく。後ろの銃戟隊は一段飛ばしもせず確実に一段ずつ登っていて距離が広がっている。銃戟隊の先頭にはトランシーバーを持った十師斜がいる。残り六分三十二秒。いま二階に着いて三階へと駆け上がる。四階の駐車場に行き銃戟隊の追尾を振り切ってスロープから飛び降りる。

「現在目標は東エレベーターの階段を上昇中」放送が鳴り響く。

 私はさらに四段飛ばしで駆け上がる。コンティニューするとなんだか身体が軽くなっている気がする。

 四階へと着き、自動ドアが半開きなことに気が付く。ちょうど人一人が入れる幅だった。後ろからやってくる銃戟隊は足止めされると思う。

 自動ドアを抜け、スロープへと急ぐ。

 車が何十台もあり支柱が規則正しくあって視界が遮られる。絶好の逃走経路だなと感じた。

 車を避けながら銃戟隊がいつ襲ってきてもいいように警戒しながら駆ける。

 スロープに着いた。

えっ?

そこには銃戟隊の姿ではない人が三人倒れていて、一人が立っている。

「おはよう」男の人が私に挨拶をした。

体育の佐藤先生がなんでここにいるの?

なんで佐藤先生の手首にコンティニューブレスがあるの?

「時間がない。さっさと逃げろ」佐藤先生が私に呼びかける。

「下に武器を入れるための段ボールが積まれている。そこに飛び降りてくれ」佐藤先生はスロープから下を見ながら私に説明する。

「佐藤先生……?なんで?」私は佐藤先生に話しかける。ここにいるってことは先生としてじゃなくて【ヨロズの社員】として……?

「先生……?へへ。そういえば教師になりたいって小学生のときの将来の夢に書いたこともあったっけな」佐藤先生はそう言って私を見る。

「残りプレイ時間は何分だ。早くしないと捕まるぞ」佐藤先生がそう言って、私はコンティニューブレスの画面を見る。

「あと四分七秒です」私は返事をした。

「分かった。こいつらは俺が首裏に手刀して気絶している。羅奈はオレに手刀して気絶させてくれ。オレが一人だけ意識を失わずに羅奈を逃がすとヨロズから怪しまれる」佐藤先生は私に背中を見せながら言った。

「手刀って……」私は突然のお願いに戸惑っていた。しかし銃戟隊が来る大勢の足音が鳴ってきた。

「はやくしてくれ」佐藤先生は肩越しに言った。

「……分かりました」私は決心して佐藤先生の首裏に手刀することに決めた。

「先生行きます」私はそう言って首裏に手刀した。

「うっ……」佐藤先生は呻きながら倒れて気絶した。

 そして私はスロープから身を乗り出して着地地点に目をやる。そこには空の段ボールが沢山あった。

「よし」私は一息ついて身体を飛び越えさせた。コンティニューしなかったら私は飛び降りていなかった。

 着地すると段ボールがクッションになって安全に飛び降りれて、段ボールは散らばった。

「あとは銃戟隊本部から出来るだけ遠くへ逃げる」私はそう言って銃戟隊本部から逃げる。

 残りプレイ時間は三分九秒。


 *


「目標を見失った」十師斜はトランシーバーを持ちながら放送室にいる九重(ここのえ)に連絡する。四階駐車場にコンティニューできていない社員を配備したせいでニンゲンに弱点を突かれた。コンティニュー社員四人が意識を失って倒れていて地面には銃などの武器を詰め込むはずの段ボールが散らかっていてそこにニンゲンは着地したのだろう。十師斜は焦りを感じていた。

 他の小隊はコンティニューボディを確保している。ニンゲン界に到着したのも十師グループが最後だった。仕事の責任を負ってニンゲン捕獲の指揮権を執ったが、裏目に出てしまった。

「十師」十師は後ろから声が聞こえ、振り返ると万師定がいた。

「何をやってる?ニンゲン界に帰還するのも最後でコンティニューボディを確保するのも出来ていない。さらにはニンゲン捕獲に失敗するとは思わなかったぜ」師定は十師に説教のようなことを話す。

「すみませんでした」十師は謝ることしか出来ない。師定の判断次第では十師の人生を左右する大きな決定権がある。

「しかし俺にもニンゲン捕獲の指揮命令を執らせた責任はある。まあ銃戟隊の長であるグンを捕らえたこともデカく、ニンゲンは銃戟隊隊長と一緒にここへ来た。残りの銃戟隊と繋がっているかもしれない」師定は言葉を続ける。

「十師グループの全てのコンティニューボディを十二日以内に捕獲しろ。もしそれが果たせなかったら……分かるな?」師定はそう言いながら十師の肩に手を置き、銃戟隊本部の建物内へと入っていった。

「あと十二日……」十師は師定から宣言された期日を呟いた。


 *


 

「銃戟隊!」コンティニューを解除してアサヒに辿り着いた私とカジ。カジがアサヒの保健室を開けながら銃戟隊に呼びかけた。保健室には銃戟隊と赤ちゃんを抱いたレボルさん、リフレ君がいた。

「どうした!」アトラスさんが聞いた。

「銃戟隊本部がヨロズに乗っ取られた!そしてグンも捕まった!」カジが銃戟隊本部で起こったことを話した。

「えっ?本部が乗っ取られた?隊長が捕まった?」意識がある銃戟隊はカジの放った言葉に戸惑っていた。

「ヨロズっていうニンゲンの集団が他の銃戟隊にコンティニューした。たぶんだけど、ここにいる銃戟隊のプレイヤーもヨロズにいる。そいつらに会ったら確実に乗っ取られる」

「そんな……!私たち以外に乗っ取られていない銃戟隊は……」

「ここにいる銃戟隊以外全員ニンゲンに乗っ取られた。乗っ取られていない銃戟隊はあなた達しかいない」ミユは言い放った。

「どうすればいいんだ……!」銃戟隊の隊員は頭を抱えたり腕を組んで悩んでいる。

「ヨロズの目的は何だ……」アトラスさんはふと疑問に思ったことを呟いた。

 確かに気になると私は思った。私たちが持ち出したノートパソコンが狙いなら銃戟隊を乗っ取る行動は回りくどい。

 突然、スマホが振動した。

「もしかしてもう一人の陽向人から?」私は考えるのをやめ、スマホを取り出し、画面を見た。すると、メールが届いていた。届主は『佐藤一師』と書かれていた。

「先生……?」なぜか銃戟隊本部にいた佐藤先生から連絡が来た。

「もしも近くに銃戟隊がいるなら伝えてくれ」スマホにはそう書かれていた。内容を見てみると銃戟隊の今の状況が書かれている。

「皆さん!今の銃戟隊について読み上げます!」私がそう言うと銃戟隊の皆さんが聞き耳を立てながら私の方へと目をむいてくれた。

「会社ヨロズの社長である万師定は銃戟隊全員を探している。グン含めコンティニューされた隊員は捕らえられたが安心してくれ。我らが必ず解放する。未だ捕らえられていない銃戟隊はコンティニューブレスを着けた人に注意して逃げてくれ」私が読み上げると皆さんは思いを巡らせていた。

 すると突然、保健室の扉が開いた。

「もうヨロズがここに……?」私はふと呟いた。

「誰だ!」アトラスさんはそう言って臨戦態勢に入った。

しかしそこにはご高齢の方を背負った男の人と杖を突いたセニオルさんがいた。

「セニオルさん!」私は呼んだ。

「ラナ!とりあえずこいつを横にさせておくれ!」セニオルさんは保健室を見渡す。

「じゃあこちらに」銃戟隊のトルツさんは座っていたソファをセニオルさんに譲った。

「ありがとう」セニオルさんはそう言いながらご高齢の方を背負った男の人を誘導する。男の人はご高齢の方を横たわらせた。

「この方たちは?」私はセニオルさんに質問した。

「こいつはウェストにいたジオサ、そしてジオヒだ」ジオヒさんの胴体には包帯が巻かれている。ジオサさんは焦っている様子で汗を流していた。

「まだウェストにいた何人かがここにやってくる。受け入れてくれるか?」セニオルさんはレボルさんへと聞いた。

「ええ。大丈夫だと思いますが……」レボルさんは返答した。

「ウェストで何があったんですか?」私はセニオルさんに訊いた。

「ミユとカイが包帯を巻いた少女を探しに襲ってきた」セニオルさんは答えた。

「え、それって?」私は漠然と疑問に思った。

「銃戟隊も悲惨なことになっているな」セニオルさんはベッドや椅子に座っている怪我をしている銃戟隊の隊員を見て呟いた。

「陽向人はどこに?」私はセニオルさんに訊いた。

「ウェストでミユとカイの二人と戦っている」セニオルさんは杖を突きながらジオヒさんが横たわっているソファに腰を掛けた。

「もし日が暮れてもアサヒに来なかったらケモノを討伐できる人を連れてきて欲しいとヒムトが言っていた。カジと戦える銃戟隊はウェストに行ってくれるか?」セニオルさんはカジと銃戟隊に話しかけた。

「それってウェストにケモノがいるから討伐してくれってこと?」カジはセニオルさんに訊いた。

「それじゃあ今ウェストに行ったほうがいいんじゃ……」

「ウェストに【包帯を巻いた少女】がいた。ミユとカイはケモノにさせる薬を持っていた。ここまで言ったら分かるな?」セニオルさんはそこで言葉が途切れた。

「ケモノになる薬って……」銃戟隊やレボルさんはセニオルさんの言葉に驚いていた。

「ねえカジ、どういうこと?」私はセニオルさんの意図がわからず、カジに聞いた。

「グンみたいにケモノになりかけた少女がいるってこと。今は大丈夫だけどもしミユとカイがケモノになる薬を少女に使ったらケモノになってしまう。私と銃戟隊はケモノを駆除してくれってこと」カジは説明してくれた。

 私はウェストでの状況を整理するために目を瞑って考えてみる。


 いま陽向人はケモノになりかけた女の子を守るためにウェストにいる。ミユとカイが戦っている。

 もしミユとカイに負けてしまったら?

 女の子はケモノになって暴れてしまう。陽向人はケモノに襲われて……。


「私、今からウェストに行ってくる。カジ着いてきて」私はそう言いながら保健室の出口へと歩いていった。

「まだ日が暮れてな……」銃戟隊の隊員さんが言った。

「嫌な予感がする」私はそう言い放った。

「もし女の子がケモノにさせる薬を使わずにケモノになってしまったらとか、ケモノにさせる薬を女の子じゃなくて陽向人に使ったらとかいろいろ考えちゃって嫌になったの」私はそう言った。

「確かにそうだ」アトラスさんが言ってくれた。

「それじゃあカジ行くよ」私はそう言いながら保健室を後にしてウェストへと走った。

 銃戟隊本部から逃げるときに万が一に備えてわざとプレイ時間を一分半残してコンティニューを解除した。セニオルさんからウェストでの話を聞いてプレイ時間を残して良かったと思った。

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