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DEATH ERASE MINE/デス イレイズ マイン  作者: 堺 かずき
第2ゲーム
11/15

第11章 西の町

「あの男の子、どこにいるんだろう?」僕は【ウェスト】で見かけた男の子を探し出すため、ケモノ使いのベアストと手分けして歩き回っていた。北校舎の教室を見回ることにした。

 一階には三つの教室があり、一つ目の教室を探し終え、廊下に出ると、足元から物音がした。下を見てみると、小さな黒っぽいものが廊下の端を走っていった。

「もしかしてベアストのケモノ……?」僕はそう呟いた。ケージに入っていたケモノが逃げ出したのかもしれないと思い、黒い影を追う。

 黒いものは二つ目の教室を通り過ぎ、三つ目の教室で急カーブして引き戸に体当たりした。そのとき、黒いものはベアストが飼っていたイノシシ型のケモノだと確信した。

「なんだろう?この教室に何かあるのか?」ベアストのケモノは僕に構うことなく、ひたすらに教室の引き戸に体当たりを続けている。その教室は「理科室」と書かれていた。

 僕は小さいケモノを抱きかかえ、理科室の引き戸に手をかけた。すると突然、勝手に引き戸が開いた。

「どうした?扉なら開いてるぞ」教室の中から男の声が響いて、教室の中が露わになった。

 教室には七人が丸椅子に座って、虚ろな目で僕を見ている。特に教室の内側から扉を開けた男は、怪訝そうに僕を睨んでいる。

「誰だお前さんは?ケモノ使いか?悪いがここにはたいそうなものは無いぞ。とっととどっかに行きやがれ」扉を開けた男は睨んでいた目を伏せ、吐き捨てるように言った。

「すみません。ただ僕たちは【ウェスト】に人がいないかどうか確認しに……」僕はそう言いながら教室を見回すと、教室の真ん中のテーブルの陰に謎の物体があることに気が付いた。その物体は布団に被さっているようだった。その物体を確認するために僕は教室に入っていった。

「おい!何するんだ!勝手に入るな!」入口にいた男は僕に大声を浴びせたが、僕は夢中になって謎の物体に近付く。そしてテーブルに隠れていた物体の全体が見えた。いや見てしまった。

「人が……倒れてる!」二本の足が布団から出ていて、胴体に布団が被せられている。

「触るな!」男は僕に警告したが、僕の手が布団に伸びていて動きを止めず、布団の中身が露わになった。そこにはうつ伏せで、見るに堪えない一本の大きい傷が背中に抉られていた。傷の周りは黒ずんでおり、その風貌から年配の男性だと思われる。ただまだ年配の男性は息があった。

「どうして……!」僕は教室の中にいる人たちに質問する。

「見なかったことにしてくれ。このことは誰にも言うな。そしてこの町から出ていってくれ!」男は僕に大声を上げ続ける。

「この人を見捨てろっていうのか?」僕は男に訊いた。

「ああ。そうすれば俺たちの命が救われるんだ!」男は大声で言っているが、内容が意味不明だった。なぜ倒れている人のことを黙っていれば、この教室にいる七人の命が助かるのか、考えても分からなかった。

「とにかく俺たちに関わらないでくれ。この町にも近寄らないでくれ。そうしないとお前も命を失くすぞ」男は冷静さを取り戻したのか声を抑えたが、僕を追い出そうと口調は強かった。

「分かりました。僕たちはここから出ていきます。ただその人を見殺しにしたくない。だから……」僕は男に言った。

「『だから』とはなんだ!何度も言ってるじゃないか!この町から出ていってくれ!……」

「もういいじゃないあなた。人が倒れているのに『出ていってくれ』ってこの子に酷いし、『見なかったことにしてくれ』ってやましいことを私達が隠してるみたいじゃない」丸椅子に座っていた女は立ち上がりながら、怒っている男をなだめる。

「ごめんなさいね私の主人が怒鳴っちゃって。この人を見殺しにしたくないのはあなたも主人もここにいるみんなも思っているわ」女は僕に近付きながら頭を軽く下げた。

「あなたの名前は何て言うの?」

「伊乃陽向人です。陽向人って呼んでください」僕は女の質問に答えた。

「ヒムトさんって言うのね。さっき『僕たち』って言ってたけど、ここには誰かと来たのかしら?」女は僕に訊いた。

「もう二人、ウェストに来ています」僕は女の質問に答えた。

「あらそう。ならここに連れてきてもらっていいかしら?いいわよねあなた」女は男の方へ振り向いた。

「……もう好きにしろ」男は教室の時計を見ながら、ぶっきらぼうに言った。

「じゃあ連れてきます」僕はそう言って理科室を出ていった。

ただ理科室にいた七人の住民の中には僕が見つけた男の子の姿は見当たらなかった。


 本館の階段を上がり、一階と二階を繋ぐ踊り場に来ると、二階で杖を持ったセニオルとケモノを抱えたベアストがいた。

「ベアスト!セニオルさん!」僕は二人を呼ぶと、二人は僕の方向へと顔を向けた。

「来てください!【ウェスト】の人たちが見つかりました!」僕は肩で息をしながら言った。ベアストの左手には扉が開いたケージがあり、右手には一匹のケモノがいた。どうやらケージが開いて二匹とも逃げ出したらしい。

「本当か!ヒムト!」セニオルは僕に訊いた。

「ただ、大変なんです!」僕は来た道を引き返しながらそう言った。焦りのせいで、背中に大きな傷がある倒れた人がいることを言語化することが出来なかった。

 セニオルとベアストは顔を見合わせて何か察したのか、僕の後を追って走り出した。


「あ!ヒムトくん!そのケモノ見つけてくれたんですね!ありがとうございます!」僕ら三人が北校舎に入った時、ベアストがそう言った。僕はその言葉で今までケモノを左手に抱きかかえていたことに気付いた。

「あ、はい。どうぞ」僕はベアストにイノシシのケモノを手渡した。ベアストは手に持っていたケージを開き、イノシシのケモノを丁重に入れた。

「どこに住民がいるんじゃ?」セニオルが僕に訊いた。

「この廊下の奥にある理科室です。住民の人が一緒に来た人を連れてきてって言っていました」僕は二人に言った。

「そうなんじゃな」セニオルはそう言った。

 ウェストの住民がいる理科室の前に着いた。

「ここにウェストの住民がいます。ただ……」僕は次の言葉を言い出せずにいた。

「ただ、なんじゃ?」セニオルは質問した。僕はこの理科室の中に重傷を負った年配の男性がいることにまだ衝撃を受けていて、その事実を二人に言い出せなかった。

「じゃあここを開けるぞ」セニオルは理科室の扉を開けた。理科室の中にはさっきと変わらない光景があった。

「あら、あなたたちがここに来た人たちなのね」さっきの女の人が二人に向かって話しかけた。

「おう。お前さんはケモノ使いか。腕の紋章とケモノの入れモンで分かった」さっき僕を大声で追い返そうとしていた男がベアストに話しかけた。

「そ、そうです。私はケモノ使いのベアストといいます」

「わしはセニオルじゃ。そちらさんはウェストの住民じゃな?」セニオルが質問した。

「はいそうです。私はバオサ。そして私の主人がジオサ、そして私たちの子どもたちよ」バオサは自分と主人、子どもたちを僕たちに紹介した。

「そしてこの人がジオヒ。私の義理のお父さん」バオサが理科室の中央に手で指し示した。

「うわっ……」「こりゃ……」セニオルとベアストは男性の残酷な姿を見ると声を上げた。

「ジオヒがどうしてこのような傷を?」セニオルがバオサに質問した。

「実は、ケモノに襲われたときに引っ掻かれた傷だ」ジオサがバオサの代わりに説明した。

「じゃあウェストの外はジオヒが襲ったケモノが荒らしたってことですか?」僕がジオサとバオサに質問した。

「あ、ああ。そうだ。この町に一匹のケモノが迷い込んで荒らしていった」ジオサはそう説明したが、どこか動揺しているように見えた。

「え、ええ。そうです。その時に私のお義父さんはケモノに引っ掻かれたんです」バオサはジオサの言葉に肯定した。周りにいるバオサの子どもたちも頷いていた。ただ僕には何か隠しているように見える。

「そうですか……それは大変でしたね。どうか意識が戻って欲しいですね」ベアストはウェストの住民が動揺していることに疑いもせず、感情移入した。

 さっきのジオサの発言を思い出す。本当にケモノがジオヒを襲ったのならば「この町から出ていってくれ」や「そうすれば俺たちの命が救われるんだ!」などの言葉は出てこないはずだ。ならばなぜジオサの口から出たのだろうか。ますます疑問に残る。

「ああ。どうか生きていて欲しい」ジオサはそう言いながら黒板の上に掛けられている円形のアナログ時計を見た。アナログ時計は午前十時半を回ろうとしていた。

 その時、なぜか違和感を抱いた。何が違和感だったのだろうか分からなかったが、確実に違和感を覚えた。何がおかしいのか、何が見慣れなかったのか分からない。

「すまんがジオヒの状態をわしに診させてくれぬじゃろうか?」セニオルがジオヒの黒い傷を見て言った。

「まさか、あんたは医者か?」ジオサがセニオルに訊いた。

「残念じゃが医者ではない。病気の治療は出来ないが、ある程度の怪我の手当てならば素人ながら人並みにできるぞ」

「そうか。なら手当てしてくれ。頼む」ジオサが膝をついて頭を下げる。

「いいじゃろう。じゃあジオサとヒムトはジオヒを保健室まで連れて行ってくれんか?」セニオルはアサヒで手足が長いケモノが襲ってきた後、僕と一緒に多くの怪我人を保健室で対処した。セニオルはウェストでも保健室でジオヒを対処できると考えたのだろう。

「わかりました」僕はセニオルのお願いに答えた。

「ほ、ホケンシツ?ホケンシツってなんだ?」ジオサは首を傾げながらセニオルと僕に質問した。

「保健室とはケガの手当てができる道具がある部屋じゃ。ウェストにも保健室はあるじゃろう?」セニオルはジオサに訊いたが、ジオサはさらに首を傾げるだけだった。僕は黒板の前に行き、チョークを手に取り黒板の上部に白い文字で「保健室」と書いた。

「こういう文字をウェストのどこかで見かけませんでした?」僕はジオサだけでなく理科室にいるウェストの住民全員に訊いてみた。

「あー……どっかで見たことあるわね……ねえみんな?」バオサは黒板の文字を見ながら子どもたちにも話しかける。

「それ、向こうのとこで見た!」一人の子どもが本館に指差して言った。

「あ!そうだ!一階にその文字を見た!」ジオサがそう言った。

「ジオサは保健室へ案内してくれるかのう?」セニオルはジオサに向けて言った。

「ああ。わかった」ジオサは返事した。

「ヒムト行くぞい」セニオルは保健室へと向けて理科室を後にした。

 僕はジオヒの容態を悪化させないようにゆっくりと背負いながら持ち上げた。

「あれ……なんだか軽い」僕はふとそう思いながら理科室の外へと運び出した。


「ここだ。入ってくれ」ジオサが保健室の扉を開きながら僕とセニオルは先に入った。

「そこのベッドに運んどいてくれ」セニオルは薄暗い保健室の窓にかかっている緑っぽいカーテンを開きながらそう言って、僕は一つしかないベッドの上にジオヒの身体を置いた。保健室は保健室の先生が仕事をするデスクと赤茶色のソファと白いシーツがかかったベッドが一つずつ置かれている。

「じゃあ俺は戻るぞ」ジオサはそう言って保健室に入らないまま理科室へと戻っていった。

「ヒムトもあの教室に戻るかのう?」セニオルはベッドに横たわるジオヒの状態を見ながら僕に問いかけた。

「そうですね……」僕はそう言いながら、ウェストに来た時からの行動を思い返していた。ウェストの入口でベアストと会い、グラウンドで何か男の子が走っていくところを見て、男の子の行方を捜すために教室を見回っていたときに、ベアストのケモノが……。

「あっ……!」僕は突然閃き、思わず声を上げてしまった。

「どうかしたんじゃ?」セニオルは僕の声に反応して、声を掛けてくれた。

「あの教室に入るとき、ベアストのケモノが扉を体当たりしたんですけど、中からジオサが「どうした?扉なら開いてるぞ」って開けてくれたんです」僕はそう言った。

「それがどうしたんじゃ?」セニオルは僕に質問した。

「もしかしてウェストの住民はあの教室にいる人以外にもいるんじゃないかって思うんです。もしウェストの住民の全員があの教室にいるのなら、すんなりと扉を開けないと思います」僕はセニオルに伝え、ふと窓の外を見やった。

すると誰かが走っていくのが見えた。

「あの男の子だ……!」僕はウェストで初めて出会った男の子がウェストの外に走っていく姿を見て、僕は咄嗟に保健室を飛び出した。


「ねえ!」僕は男の子を追って走っていた。男の子に手が届きそうになり肩を掴んで男の子の動きを止めた。

「君ってここに住んでるの⁉」僕は問いかけるが、男の子は僕の手を振り払おうとする。

「離して!はやく【お姉ちゃん】を探さないといけないの!」男の子はそう言って僕の腕を振り払ってウェストの出入り口へと走り出してしまった。

「ちょっと待って!ケモノがまだ近くに……!」僕の声は男の子の耳に届かず、小さくなっていく男の子の背中を見届けるだけだった。男の子はウェストの外へ行ってしまった。

「【お姉ちゃん】って……?」僕は男の子が放った言葉を呟きながら、頭のデータベースで検索をかけるが、ジオサの言動やウェスト全体にある違和感が【お姉ちゃん】というワードに繋ぐことはできなかった。


 *


「銃戟隊グン隊長引率小隊、総勢二十二名、生存十五名、死亡三名、消滅四名、以上」

大量のヤマアラシのケモノやイノシシのケモノによって、銃戟隊の大半の隊員が重軽傷、そして死者を出してしまった。また銃戟隊の隊長、グンさんの子どもであるリフレ君が私のあとに付いてきたこともあって、私とカジ、銃戟隊の皆さん、そしてリフレ君は【アサヒ】に行くことにした。

アトラスさん、そして三人の隊員は無事みたいだったけど、グンさんは元からの病気を悪化してしまっている。

アトラスさんとカジは意識が戻らない隊員さんを、一人の隊員さんは足を怪我した隊員さんを背負い、二人の隊員さんは持てるだけの武器を運んでいた。私も銃戟隊の武器を出来るだけ持とうとしたけど、グンさんが「ラナはその赤いバッグを持っていればいい」大事なものが入っているんだろう?」と言ってくれて、その言葉に甘えた。その代わり銃戟隊の地図担当であるアトラスさんが隊員さんを背負っていて地図を見れないため、【アサヒ】までの道案内として銃戟隊の先頭に立って歩いて行った。嬉しいことに【アサヒ】までケモノに遭遇することは無かった。もしケモノに遭遇していれば今度こそ銃戟隊が全滅してカジや私の命も助からなかったと思う。

ただ【アサヒ】までの道のりでは銃戟隊の中で重苦しい空気を感じた。今までいた銃戟隊の仲間が一気にいなくなってしまった悲哀やケモノの大群を自分だけの力で討伐できなかった無力感、応援の笛で仲間の銃戟隊が来なかった疑問やこの先少ない隊員の数でどうやってケモノを倒せばいいかという不安でいっぱいだったと私は思った。グンさんと手を握って歩いていたリフレ君はその雰囲気を感じてずっと黙ったままだった。

あと五分で【アサヒ】に到着するところで、重苦しい空気は変わった。

「リフレ!リフレー!どこに行っちゃったのー!いたら返事をしてー!」

突然、女の人の声がした。するとすぐさまグンさんと手を繋いでいたリフレ君が声の元へと走っていった。私は女の人の正体にピンと思いついた。

「もしかしてレボルさん……?レボルさーーん!」私はそう言いながら、レボルさんの姿を探しに走り出していた。銃戟隊の皆さんにまとわりついていたどんよりとした雰囲気が洗い流されたような気がした。

「あらリフレ!どこに行っちゃってたの!心配したんだから……」レボルさんは走ってくるリフレ君を受け止めて思いっきり抱きしめる。レボルさんは安心して涙を流してる。

「だいじょうぶ?怪我しなかった?ケモノに会わなかった?」レボルさんはリフレ君がこのままいなくなってしまうことを考えながら、思い描いた最悪のことを頭に思いながらリフレ君を探していたのだと思う。私はレボルさんに声を掛ける。

「大丈夫でしたよ。リフレ君は怪我もしていません」レボルさんは私の方へ見やるとリフレ君を包んでいた腕を解いて、立ち上がった。

「あ、ラナさん!どうしてここに……」レボルさんはそう言いながら私の後ろに目を向けると銃戟隊の皆さんがやってきた。

「あら、皆さん……」レボルさんは大半の人数の身体がボロボロになっていることに気付き、一瞬悲しそうな顔をして、深く頭を下げた。

「皆さん、うちのリフレがご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございませんでした」レボルさんは深々と謝罪した。

「頭を上げてくれ。レボルは悪くない」そう言いながら奥からグンさんが出てきた。

「貴方……」レボルさんは背が高いグンさんの顔を見上げる。

「怪我人や意識がない隊員がいる。応急処置はできる限りしたがまだ完全とは言い切れない。そいつらの手当てがしたい」グンさんはレボルさんに言った。

「分かったわ。案内する」レボルさんはリフレ君の手をつなぎながらアサヒの方向へと歩いていく。私たちもレボルさんの後についていった。


「さあ、ここから入って」レボルさんはアサヒの入口へと手を指しながら言った。そこは市場となっている小学校のグラウンドの入口ではなく、人の出入りが少ない幼稚園の入口だった。たしかに幼稚園と小学校は一つの道で繋がっていてアサヒに入ることは出来るけど、なんでグラウンドの入口から入らないのか私は不思議に思った。

 レボルさんとリフレ君、そして銃戟隊の皆さんが幼稚園の入口へと入っていった。

「ねえラナ」カジは私に呼びかけた。

「なにカジ?」私は振り返り、カジの顔を見る。

「いや、なんでもない」カジはそう言いながら私の横を通り過ぎて幼稚園へと入っていく。私も幼稚園へと入っていった。

「レボル!リフレ君が見つかったのね!」レボルさんが幼稚園の建物の前を過ぎようとしたとき、建物の中から女の人の声がした。

「やっと見つけられました。預かってもらってすみません」レボルさんがそう言うと幼稚園の建物の中にいた人から何かを受け取った。たぶん赤ちゃんなのかなと思った。

「いえいえ!そりゃ子どもがいなくなったらビックリしちゃうわよ!困った時はお互い様よ!」女の人はそう言いながらレボルさんの横にいるリフレ君を見る。リフレ君の顔は涙の跡が残っていた。

「リフレ君もきっと寂しかったのね……」女の人は建物の外へとリフレ君に近付き、目線の高さを合わせるようにしゃがむ。

 すると女の人はレボルさんの後ろに銃戟隊の皆さん、私、カジがいることに気が付いた。

「あら、銃戟隊……」女の人は立ち上がって銃戟隊の皆さんを見る。

「じゃ、じゃあここら辺で……ありがとうございました」レボルさんは女の人に軽く頭を下げながら、居心地が悪そうにアサヒへとつながる道へと歩いていく。

 私は謎の違和感に胸がむかむかしてきた。さっきカジが私になにか話そうとしていたのはレボルさんや銃戟隊の話なのかなと思った。

「ねえカジ。さっき何を話そうとしてたの?もしかして銃戟隊とかレボルさんの話?」私が聞くと、カジは腕を組んで溜息を吐いた。

「私が話すよりレボルに訊いた方がいい。レボルは銃戟隊の気持ちもあの女の人の気持ちも、両方分かっている数少ない人だから。まあ今は銃戟隊の怪我を処置しないといけないけど」カジはアサヒへとつながる道へと進んでいった。私もカジの後についていった。

「心外だけど、私は銃戟隊と同じ存在なのかも」カジはひっそりと独り言を呟いた。


 *


「ヨロズ十師斜(とししゃ)引率グループ、総勢二十三名、生存十五名、消滅三名、死亡四名、またグループの組織員である佐藤一師が見つかっておりません。以上」ヨロズの社長室で、グループのリーダーである十師が師定に報告した。

「佐藤一師は一番初めにゲーム界から帰ってきたぞ。今はどこかに行っている」師定は一師の行方を十師に知らせた。師定は言葉を続ける。

「よくぞここまで生き残った。だが他のグループはすでに仕事にとりかかっている。後れを取らないように迅速に任務をこなすよう励んでくれ。以上」

「はっ!」十師グループは返事をしながら、十師を先頭に社長室から出ていき、目的地へと向かった。

 師定は机の上で温まっているカップラーメンのフタをはがしモニターの映像を見る。

「邪魔するぞー社長さんよ」開いていた扉から一師が入ってきた。

「おい一師、十師グループがやっとゲーム界から帰ってきたんだぞ。あと『グループの組織員である佐藤一師が見つかっておりません』ってリーダーが報告してきたから、もう帰ってきているって言っておいたぞ」

「こりゃ失敬。ちょっと野暮用でそこらへんフラっと散歩してきたんだ」

「野暮用で散歩してくるやつがいるか」師定は一師に文句を言う。

「ついさっき階段で十師グループとすれ違ったんじゃないのか。十師グループと合流しなくていいのか」

「ああ。それより食いモン食いながらモニターを見るのは社長さん悪趣味だな」一師は師定が見ている映像の内容を知っているかのように言った。師定はその言葉を無視した。

「プログラム・セキュリティ担当はまだ帰ってきていないのか」一師は言葉を続けた。

「まだ帰ってきていない。所在が分かっていないのはその一人だけだ」

「そうか。それなら【集会】はまだ開かないのか?」

「いや、集会は今日か明日執り行う」師定は固い意志で一師に告げた。

「集会で今後のヨロズの行動を発表するんだろう?でもプログラム・セキュリティ担当がいなけりゃ……」

「集会を執り行うと言ったはずだ。プログラム・セキュリティ担当が帰還しなくてもやる」

 一師は首を傾げながらも渋々理解した。

「それじゃあな社長さんよ。もう一度言うがプログラム・セキュリティ担当がオレでもいいんだぜ」一師はそう言いながら社長室を去った。


 *


 僕はウェストで最初に会った男の子から【お姉ちゃん】というワードを聞き、再度ウェストに何か痕跡が無いか探し回った。ウェストにケモノが襲われたのではないかという疑念を抱きながら捜索していたときとは違い、ジオヒが悲惨な傷を負ったことやジオサが僕に対しての叫びなど、ある程度の手がかりを持ちながらの捜索だったが目新しい発見は無かった。僕は保健室へと向かった。

「おうヒムトか。あの男の子から話は聞けたかのう?」僕が保健室に入ると、セニオルはベッドからジオヒの身体を起こし、包帯を巻きながら僕に質問してきた。

「すこししか話せなかったんですが、『はやく【お姉ちゃん】を探さないといけない』って言いながらウェストの外へ行ってしまいました」僕はそう言いながらソファに座って手を組んだ。

「そうかい……。お姉ちゃんを探すねえ……」セニオルは僕の言葉を反芻した。

「それはそうと、ヒムトこっちに来てくれんか?ちょっとジオヒの身体でおかしいところがあるんじゃ」セニオルはそう言いながら包帯を巻き終え、ジオヒをベッドに横たわらせた。

「どれですか?」僕はジオヒが寝ているベッドに近付くと、セニオルがジオヒの首元を指差していた。そこには変な形の一つの班点があった。

「この跡ですか……」

「そうじゃ。傷にしては自然にできるような跡じゃない。意図的につけられたと思うんじゃが……」セニオルは首を傾げる。

「なにか思いついたか?」セニオルは僕に質問した。

「いえ、今は何も……」僕は首を振った。

「そうか。まあまだジオヒの身体をすべて見終わったわけではないから他にもおかしいところがあるかもしれん。またおかしいところがあれば呼ぶ」セニオルはそう言いながらジオヒの腕をゆっくりと回し、触診する。

「あっわかりました。じゃあ理科室に戻っておきます」僕はそう言って保健室を後にした。


 理科室の扉に手をかけたとき、中から子どもたちの楽しそうな声が聞こえてきた。

扉を開けると黒板に色んな絵が描かれていた。花や人の顔、ベアストのイノシシだと思われるものや何を描いているか分からない芸術的な絵が埋め尽くしていた。その絵同士の間に不等号のような文字があった。僕の推測によると絵しりとりと思った。ベアストも絵しりとりに参加していて全員の口角が上がっていた。一人を除いて。

絵しりとりが描かれた黒板の中に僕が書いた「保健室」という文字が無機質のように感じた。

「あらヒムトさんおかえりなさい」丸椅子に座っていたバオサが僕に言ってくれた。バオサの横にはジオサが居る。子どもたちのほかにベアストも黒板に夢中で絵を描いていて、僕に気付かなかった。

「本当にあなた方が来てくださって助かったわ。ケモノに襲われてから子どもたちの暗い表情しか見れなかったの」バオサは黒板にお絵描きする子どもたちを見ながら呟いている。

「本来私や主人が子供のためにも不安になっちゃいけないけど、お義父さんの体調とか、けが……」バオサは何かを言いかけたが、口を噤んだ。

「どうかしましたか……?」僕は問いかけたが、バオサは目を瞑り、涙をこぼした。

「ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃって……」

「お母さんどうしたの?」お絵描きしていた一人の女の子がバオサの泣いている姿に気付き、寄り添った。

「大丈夫よ」バオサはそう言った。

「お母さんもう無理することないんだよ」女の子は言ったが、バオサは考え込んだ。

 すると女の子は僕の方に身体を向けて口を開いた。

「あなたが誰か分からないけど、もうそろそろウェストから出ていってほしいです」女の子は僕に対して静かな攻撃をした。

「こら。なんてこと言うの」

「お母さんは甘いわ。お父さんの言う通りだと思う」

「でも……」

「知らない人たちの気持ち一つで私の生き死にを決められたくないの」

「それは……」

「だっておかしいでしょ。私たちよりこの人の方が大事だって言うの?」

「やめなさい……」

「何も知らないくせに無責任にウェストに居座って何が楽しいの」

「やめろ!」

 女の子の発言をジオサが止めた。

「『僕たちはここから出ていきます。ただその人を見殺しにしたくない』ってヒムトが言ってただろう。父さんが無事だってことが分かったらここを出て行ってもらう。そうだろう?」ジオサがそう言いながら僕の方へと見た。

 確かに僕はジオサが言った通りのことを言った。だけど僕の心のどこかに何かがつっかえている感触がある。

 ガラガラ

「ジオヒの怪我の様子を見た」僕がジオサの質問に戸惑っていた中、タイミングよくセニオルは杖を突きながら理科室に入ってきた。

「それは本当か!」ジオサは視線を僕からセニオルに移しながら言った。

「それでお義父さんの容態はどうでしたか?」バオサは丁寧にセニオルに訊いた。

「それが……背中の傷は大したことじゃなかった。見るに堪えない傷じゃが見た目だけで案外浅くて死んでしまうような急所の傷じゃない……」セニオルはそう言いながらジオサとバオサの顔色を窺う。一瞬、僕とベアストは傷が致命傷ではないことにホッと息をついた。

「あと足が骨折してしまっていた。ジオヒの身体や年齢などを見て骨がもろくなっておる可能性があるのじゃ。だから転んで骨折してしまったかもしれん。最近ジオヒが転ぶことはあったかのう?」セニオルは言葉を続けた。事態はまだ落ち着けないことを意味していた。

「えっと、ケモノがウェストに襲ってきた時に逃げようとしてつまづいて……」バオサが答えた。

「ジオヒがケモノに襲われたのはいつじゃ?」

「えっとそれは……」ジオサとバオサは黒板の上の時計を見る。

「かあさんだめ!」突然、一人の子どもが叫んだ。

「別にいいのよ」バオサは子どもに寄り添ってなだめる。ここで僕は違和を感じた。

「ケモノに襲われたのは三日前の夕方前です」バオサはそう言った。

「そうか……三日前なら意識を取り戻してもおかしくないんじゃが……」セニオルは首を傾げた。

「ジオヒは何か病気を持っているかのう?その病気が悪化しているならば、傷が浅くてもそれが原因で目覚めない可能性がある。もし病気を持っていたのなら今すぐにでも医者に診てもらった方がいい」セニオルは言葉を続けた。

「病気じゃない。確実に病気じゃなかった。それなのに……」ジオサが小さい声で呟く。

 僕は口を開いた。

「すみません。ここウェストで何があったんですか?ジオヒさんの黒い傷のこととか外の荒れた景色とかお姉ちゃんを探す男の子とか、僕たちに一体何を隠しているんですか?」

「ねえあなた。もうそろそろセニオルさんやヒムトさんに本当のことを言ったほうがいいんじゃない?少なくとも私はこのままずっと隠し続けるのが苦痛なのよ」バオサはジオサに向かって腹の底から静かな声を出す。

「それもそうだな。あのチビが今どこにいるか気掛かりで、セニオルに父さんの手当てやらベアストに子供たちの面倒を見てもらってるのに本当のことを言わないのは申し訳ないからな」ジオサはバオサの言葉に肯定する。

「隠し続けるってなにを……?」ベアストが首を傾げて質問した。

「実は三日前にケモノがウェストに襲ってきたのは事実なんですが……」バオサが話を続ける。


 *


 陽向人、セニオル、ベアストが来る三日前の昼下がり、アサヒより一回り小さいグラウンドは昼間の活気が落ち着き、ゆっくりと時間が過ぎていった。ウェストはジオサとバオサの家族だけでなく様々な家族が住み着いていた。

「お義父さん、お散歩のお時間ですよ。一緒に行きましょうか」バオサは一階にある理科室の横にある美術室の壁に掛けてあるアナログ時計を見ながら、敷布団の上で寝ているジオヒに声を掛ける。

バオサはジオヒの介護をしながら日々を過ごしており、ジオヒの散歩をいつも太陽が出ている時間で、時計の短い針が右に、長い針が真上を指す時刻にしていた。

「おう。もうそんな時間かい。いつも悪いねえ」ジオヒはおもむろに身体を布団から起こす。ジオヒはウェストの中で一番高齢であり筋力が衰えてしまっていて、バオサはジオヒの行動を見守っている。できるだけジオヒ自身で起きたり立ち上がったりと今ある筋力を維持するために散歩などの運動をしている。

「おっと」ジオヒが床に手を付きながら立ち上がろうとするが、身体がふらついて近くの壁にもたれかかった。

「あっお義父さん大丈夫ですか?」バオサがすぐさまジオヒに駆け寄り肩を持つ。

「あれ?」バオサはふと呟いた。なんだかお義父さんの身体が軽い……と思った。

「だいじょうぶだいじょうぶ」ジオヒは何とか立ち上がろうとする。

「最近立ち上がる時によろけてしまうことが多いんじゃないかしら……?」バオサは問いかける。

「気にすることはないさ。よっと」ジオヒはバオサの介抱もありながら壁を伝ってようやく立ち上がれた。

「ではバオサさん行きましょう」ジオヒは後ろに手を組みながら歩いていった。

「ちょっとお義父さん杖は要らないんですか?」バオサはジオヒ用の杖を持ちながら問いかけた。

「今日はなんだかいい気分なんじゃ」ジオヒは閉まっている被服室の扉の前に立った。

「あっすみません。私が開けます」バオサが引き戸を開けようと扉のくぼみに指をかける。

「いいんじゃ。今日は少しだけ背伸びして私がやってみる。毎回毎回バオサにやってもらうのも申し訳ない」

「いいんですかお義父さん。無理はしないでくださいね」

「若い頃は難なくできておったんじゃ。今もできるはずじゃ」ジオヒがそう言うと、バオサは扉にある手を退けた。

 ジオヒは片手を近くの壁に置いて身体を支え、そしてもう一方の片手の指を扉のくぼみに入れ、少しずつだが扉を開ける。バオサはいつ倒れるか冷や冷やしながら動向を見守る。やがてジオヒの身体が通るような幅が開いてジオヒは美術室を自力で出ることができた。

「行きますかバオサさん」ジオヒは振り返ってまだ美術室にいるバオサに声を掛けた。

「そうですね。行きましょうか」バオサは真横に付きながらジオヒ用の杖を持ちながら歩き出した。

 二人は美術室から廊下を渡っているとバオサの子どもたちが走ってバオサとジオヒの横をすれ違っていった。

「お母さん!お爺ちゃん!ここでみんなと遊んでおくね!」子どもたちが二人に言いながら理科室の扉を開ける。

「ケンカしないようにね!」

「うん分かった!」子どもたちはバオサに返事をすると理科室へと入っていった。

「元気じゃなあ」

「そうですねー」二人はそう言いながら昇降口まで行き、グラウンドでの市場の雑踏が聞こえるようになった。

「おっジオヒ爺さん!今日は杖なしで散歩かい!」昇降口の近くで自分の子どもとキャッチボールをしている男の人に話しかけられた。

「そうなんじゃよ。今日はなんだかいい気分なんじゃ」

「そうかい!じゃあな」男の人はそう言いながら子どもにボールを投げた。

「お義父さん杖を使いたいって思ったらいつでも言ってくださいね」

「わかっておる。いつも世話になってすまんな」ジオヒとバオサはグラウンドの市場を目指してゆっくりと歩いていく。

 

「おうバオサ!」二人はジオサのテントに行った。

「あなた調子はどうかしら?」バオサは店頭に置かれている服を見渡しながらジオサに質問する。

「まあまずまずだな。おっそうだ。ミメがこれ新しく作ってくれたんだ」ジオサはバオサに輪になっている布を渡した。ジオサとバオサの子どもが新しい服を作ったらしい。

「これはな首に巻いてあったかくするやつらしいんだ」ジオサはバオサに説明する。ジオサが渡したものは俗に言うネックウォーマーだった。

「へえおもしろいわね。最近寒くなってきたわね」バオサはそう言うと頭からネックウォーマーを被ってみる。そのときバオサの横にウェストでは見たことがない二人がすれ違った。一人は裸足であった。

「あの二人知ってるか?」ジオヒはバオサに訊くが、首を横に振った。

「さっき大きな建物に入っていったの見たぞ」ジオサは体育館に二人が入っていくところを見たといった。

「ねえねえここに本当にいるの?」二人組の女が男に訊く。

「何かを感じた。きっとここにいる」

「そうかしら。私は何にも感じなかったけどなあー」女は腕を大きく振って歩く。

「ねえねえ!ここで女の子見かけなかった?」女は急にすれ違った男に大声で話しかけた。

「お、女の子?女の子なら……」話しかけられた男はたじろいで口ごもっている。

「そうそう。【包帯を巻いた少女】を知らない?」女は大きな声で言った。その瞬間その場は緊張感に包まれた。

「ほ、包帯をまいた……」

「あなた、知ってるわね」女はそう言った。

「どこにいるか私に教えてくれない?」

「し、知らない……」

「あっそう」女はそう言うと、突然足を高く蹴り上げ男の頭に横から直撃した。

 ガシャン。男はテントの足に身体を放り投げられた。バオサとジオヒは二人組の動向を見やる。

「何してるんだ!」テントの中で仕事していた男が女に話しかける。

「あら、あなたは【包帯を巻いた少女】と私を会わせてくれるの?」

「そんなの知るか!だいたいお前らは何なんだ?」

「私はミユ。そしてこっちがカイ。これで満足?」女は冷静に言った。

「それで会わせてくれるの?」

「包帯を巻いた少女なんて知らないっつうんだよ!そんなに会いたきゃ自分で探せ」

「また嘘ついてる。まあ今どこに居るか知らないだけで顔は知ってるってとこかしら?」

「……だから何だって言うんだ」

「もういい」ミユは小さい声で呟き、男を背にした。

「誰か【包帯を巻いた少女】に会わせてくれる人―!」ミユは大きく手を上げて周りの人に呼びかけて注目を集める。しかしウェストの住民は誰も手を上げなかった。

「あー。みんな知ってるのに知らないふりをするんだ。じゃあみんなで探しに行こ―!」手を大きく手を挙げたままウェストの出口へと向かおうとしている。

「あんたさん【包帯を巻いた少女】を探しとるんじゃな」

「ちょっとお義父さん」ジオヒがミユに話しかけ、バオサはそれを制止しようとした。

「なあに?一緒に探してくれるの?」

「ここに【包帯を巻いた少女】はおらん。探すのは構わんが、外にはケモノがいるかもしれんから皆を巻き込むのは止めてくれ。危険に晒すわけにはいかない」

「そうね……」ミユは腕を組む。

「貴方が言うことは正しい。でも……」ミユはそう言いながらジオヒのそばまで来た。

 すると突然、ジオヒのこめかみにミユは蹴りを入れた。

「お義父さん!」バオサがジオヒに駆け寄るが、ジオヒの身体は地面に横たわってしまった。

「ただ正しいことをいう人はわたし嫌いなの」ミユはそう言った。

「お前は何がしたいんだ⁉ウェストをめちゃくちゃにして面白いか!」ジオサがミユに激高した。

「お前がしていることはケモノと一緒だ!」ジオサは大声で言い放った。

「ミユ。」一連の流れを見ていたカイがミユに話しかけた。

突然、森の中から大きな音がした。

「おい!ケモノが出たぞ!」ある男が叫んだ。ウェストは山の中にポツンとある場所に位置しており逃げるために一つしかない出入口に一目散に走りだしていった。

「なんだか騒がしいわね。ってどんどん走っていっちゃう」ミユは不機嫌に手をバタバタさせる。

 グオオオオオー

「ケモノが鳴いている」カイは背筋を伸ばしながら堂々と立っている。

「タイミングが悪いじゃーん。ケモノめんどくさーい」

「確かにそうだな。だが今のうちだぞ」

「わかったよー……」二人はそう言いながら、グラウンドの周りを見る。

「こんな時に……」ジオサは倒れたジオヒを背負い、ウェストの出口へと向かっていった。

「決めた。貴方達に手伝ってもらおう」ミユはそう言ってジオサとバオサの動向を見やる。

「子どもたちはどこにいる?」ジオサがバオサに質問する。

「そういえば私子どもたちと廊下ですれ違ったわ……!」バオサは散歩に行く途中で一階の廊下ですれ違い、被覆室の横にある理科室にいることを思い出した。

「そうか…!バオサ、迎えに行こう!場所はどこだ!」ジオサはジオヒを背負いながら建物へと足を向けた。

「いえ私が行くわ!ミユとカイに標的にされたらいけない!あなたはここからお義父さんを連れて逃げて!」バオサはそう言いながら手に持っていたジオヒ用の杖をジオサに渡しながらウェストの出口とは反対に位置する校舎の中へ走っていった。

「父さんウェストから逃げるぞ!」ジオサは背中にいるジオヒに呼びかける。

「ああ足が痛い」ジオヒは微かな声で囁いた。

「ちょっとの辛抱だ。我慢してくれ」ジオサはそう言いながら腰を上げる。

「ぜったい逃がさないよ」ミユはそう言ってジオサの行動を見ながら物陰に隠れる。


 バオサは北校舎の一階へと向かう。ケモノが出たという声はウェストの出入り口から真反対の方向、つまり校舎の方から聞こえてきた。もしかしたらケモノと出くわす可能性があるが、ウェストから出ていく人混みの中に子どもたちがいなかった。まだ校舎の中にいるかもしれない。

 北校舎の昇降口に着いた。バオサは急いで被覆室の横にある理科室の扉を開ける。

 するとバオサの子どもたちが教室の片隅にうずくまっている姿が見えた。

「みんなウェストから逃げるわよ!」バオサは子どもたちに呼びかけるが、一人も顔を上げなかった。

「さっきここからケモノが見えた……」女の子が窓を指差しながら言った。

「ここから……?」バオサは窓に近付いて外の状況を見ると、人型の一匹のケモノが見えた。人より少しだけ大きいケモノで大型じゃなかった。しかし赤い眼を光らせ、口が大きく裂けて牙が見えた。両手に鋭利な爪が付いている。間違いなくケモノだった。

 ケモノにしては小柄であったが異様な姿には大人のバオサであっても鳥肌が立っていた。

「外に行ったらケモノに会っちゃうから、私が見とくから隠れておきなさい」バオサはそう言いながらケモノの動向を見張る。子どもたちは静かに首を縦に頷いた。


 ジオサの周りはまだウェストから逃げる人ごみがまばらながらまとわりついている。ジオサは人の流れに乗って走る。足元に様々なものが散乱していて、躓きながら踏みながらも一歩ずつ出口へと近付いていく。市場のテントが道の壁となって導いていく。

 ドンガッシャン

 ジオサの目の前から大きな物音がした。

「うわあああ」市場のテントが倒れて目の前を走っていた人が下敷きになってしまった。テントの布の屋根が人に覆い被さって布が波打っている。

「あははははは!」近くから女の笑い声がする。ジオサは笑い声の元へ目をやると、姿は見えないが、ミユが高らかに笑っていた。

「あの女がテントを倒してるのか?」ジオサはそう考えた。しかし武器も何もないため素手でテントを倒していることになる。

「ねえ、早く逃げなきゃ!」ミユがジオサを挑発するように笑っている。

「くそっ!」思考することをやめ、踵を返した。

「あはははは!」ジオサは走りながらもどこか近くで笑っているミユに不気味さを感じた。

 ジオサはテントでできた道を曲がり、出口へと向かう。

 ドンガラッシャン

 再び、ジオサの目の前にテントが倒れていく。ジオサは足を止めた。

 ジオサはミユのことが見えないのだが、ミユは確実にジオサの行動が見えている。

「ねえ早く早く!」ミユはジオサの行き先を邪魔していく。まるでもてあそぶようにテントを倒していく。隠れてはテントを倒し、テントを倒せば笑う。

「逃げて逃げて!」ミユは何回もジオサの目の前のテントを意図的に故意に倒す。

「なんで俺を邪魔するんだ……!」ジオサはジオヒを背負っているため身動きがしづらい。

テントを倒されるたび、ウェストから逃げようとした人を巻き込んでいく。


 ドンガラガッシャン

 テントがほぼ全て倒され、ジオサの視界が開け、ようやくミユの姿が確認できた。いつの間にやらミユの目は赤く染まっていた。

「はあ面白かった!」ミユは大声で叫んだ。倒れるテントに巻き込まれた住民は頭から血を流しながらおぼつかない足取りでウェストから出ていった。ミユはジオサをウェストから出さないようにテントを倒していった。

 ウェストのグラウンドにはミユとジオサ、背負られたジオヒ、そして端で傍観していたカイだけだった。

「もう邪魔できなくなっちゃったなあ……次どうしよっかな」ミユは大きく首を傾げた。

「なあ、何が目的だ……!」ジオサはミユに質問した。

「私を不機嫌にしたせい!あなたを不機嫌にしたらおあいこでしょ?」ミユは素直にジオサの質問に答えた。

「そうだなあ……」ミユはそう言った途端、ジオサに走って急接近した。

 赤い眼が襲ってくる。

 ミユはジオヒを背負ったジオサを蹴り上げた。ジオサは身体がよろけ、ジオヒをテントの布の上に勢いよく落としてしまった。

「父さん!」市場のテントを素手で軒並み倒壊していったミユが倒れたジオヒに向かって歩いていく。ミユの一挙手一投足の行動がジオサにとって恐怖心を植え付けた。

 グオオオオオオオオ

 すると突然、ミユの背後に小さなケモノがうなり声を上げながら走っていく。

 ミユはケモノの唸り声を耳で感じ取ると、ジオヒに向かう速度を上げた。

「やめろ!」ジオサはミユに声を発するが、ミユは走る速度を落とさずにジオヒに目をつけながらポケットに手を突っ込み何かを取り出す。ジオサはミユやケモノが近くにいる恐怖感で立ち竦んでいた。

「やめてくれ!」ジオサは思わず目の前の景色に目を背けた。

 ザクッ

「うわああああ」ジオヒの呻き声がグラウンドの真ん中から響いた。

 一瞬の沈黙が流れる。

 ジオヒの身体がミユによって持ち上げられ、背中にケモノの爪が背中に刺さっている。

 ガタン。ミユの手元にあった謎の物体が地面に落ちた。

「ふっ」グラウンドの端で傍観していたカイが地面に置いてあったテントのパイプを手に取り、ケモノの右腕に一撃を放った。

グオオオオオオオオ

 ケモノはカイの攻撃を受け、人間で言う二の腕の部分を抑えながら森の奥へと逃げていった。

「さあ。これで満足した」ミユはそう言いながらジオサの方へと歩いていく。カイはミユが落とした謎の物体を拾いながらミユの後を着く。

「父さん!」ジオサはジオヒに駆け寄り、肩を揺らすが、意識が無かった。

「どうして父さんを……!」ジオサはミユに質問したが、ミユは聞く耳を持たなかった。

「ねえ。さっきあなたと喋ってた人ってどこに行ったの?」ミユはジオサに訊く。

「どこに行ったのか知らねえ。どうして父さんを?」ジオサは再び同じ質問をした。

「あーもうめんどくさい。本当に女の人がどこに行ったか分かんないっぽい。ねえ私に付いてきて」ミユはウェストの校舎、そして体育館がある方向へと向かった。

 ジオサはミユの言う通りに後を着いていくしかなかった。またジオヒの状態がジオサは気になっていた。

 ミユとバオサはウェストの体育館、本館、北校舎の三つの建物の前に来た。

「バオサって言ってたね。そのバオサがここのどこに居るか一発で当てて見せる」ミユはジオサに説明するように話した。ジオサは黙りミユの動向を見ていた。

「どこにいるかなー」ミユは三つの建物を見比べながらじっと眺める。

「あっいた」ミユはそう言うと北校舎の一階を指差してスキップしながら向かっていった。

「行くよ」ミユはそう言ってジオサを連れた。


 ガラガラガラ

 理科室の扉が開いた。

「あなた?」バオサは理科室の扉を見やると、ミユがいた。

「ほらね」ミユは後ろを見て話しかけた。バオサはミユの後ろを見るとジオサがいた。ジオサは目を丸く見開いていた。とても驚いている表情だった。バオサは何を驚いているのか不思議だった。

「バオサ……!」

「あなた…」

「ねえそんな暇ないと思うんだけど」ミユは二人の会話に水を差した。

「さっきから私お願いしていたでしょ。【包帯を巻いた少女】を探してほしいって」ミユはそう言うと、理科室にカイが入ってきた。カイは重傷を負ったジオヒの身体を担いで無造作に理科室の床へと置いた。

「あの時計の針たちがあと六回、真上を指したとき私達はまたここに戻ってくる。それまでに【包帯を巻いた少女】を私達に会わせて欲しいの。そのかわり、このおじいさんのために医者とか他の町の人に助けを呼んだり、【包帯を巻いた少女】を探さずにここから逃げたりしたときはどこに居たとしてもいずれ必ずあなた達の命を落としに行くわ」ミユはバオサたちにそう言い放ち、理科室を出ていった。

「私たちが探しに行かないと、殺される……?」バオサはジオヒの身体を見て、黒板の時計を見ると、時計の針はカチカチと無機質に音を鳴らしながら時間を進めていく。

「まるで建物が透けて見えていたのか…?」ジオサは独り言をつぶやき、バオサは少し気になったが聞かないことにした。

 ガチャン。

 突然、教室の後ろで物音がした。振り返ると金属のロッカーから男の子が出てきた。

「フィル……どうしてここに?」バオサは男の子の名前を呼んだ。

「お姉ちゃんを探さないと、殺されちゃうの?」フィルはそう言うと理科室を出ようとした。

「フィル!探しに行っちゃだめ!」バオサはフィルに呼びかけるが、止まってくれなかった。

 ミユとカイに目をつけられたバオサとジオサ、子どもたちはウェストで時計の針を見ながら残りの時間を過ごしていった。黒い傷を負ったジオヒと一緒に。


 *


「あのミユとカイがここに……?」僕はふと呟いた。

 黒板の上に掛けられているアナログ時計をみんなが見ている。

「針たちがあと六回真上を指したとき、二人がまたここに戻ってくる?」セニオルが首を傾げた。

「もう一回訊くが、それはいつのことだ?」セニオルはバオサとジオサに質問した。

「三日前の昼過ぎに来ました」バオサが答えた。

「ミユとカイがここウェストを襲ってきた時から時計の針は何回真上を指した?」

「五回」ジオサが答えた。

 アナログ時計は短い針が真上に、長い針は数字の十一を指していた。

「あと一時間しかない……」僕はそう言った。

「僕、その【包帯を巻いた少女】を探してきます」僕はそう言いながら理科室を出ていこうとした。

「私も探してきます」ベアストもそう言った。

「ちょっと待ってくれ。本当に言ってるのか?」ジオサが僕たちに訊いてきた。

「もう残された時間はもう少ないの。せめて最期だけは家族だけで居させて」女の子は僕たちに訴えた。

「だから探しに行くんです。ミユとカイの目的は【包帯を巻いた少女】と会うことで皆さんの命を奪うことが目的じゃない。【包帯を巻いた少女】を見つけて会わせてあげれば皆さんは生きれる」

「私もヒムトさんと一緒です。まずはその【包帯を巻いた少女】を探さないといけないような気がします。それにフィル君が一人で探し回っています。大人数ならきっと見つけやすいと思います。セニオルさん、私がいない間ケモノを見てほしいです」

「それじゃ時間も少ししかないので行ってきます」僕とベアストは皆がいる理科室を後にして、【包帯を巻いた少女】を探しに行った。

「ヒムト、ベアスト!」セニオルが後を追って僕達に声を掛けたが、聞こえていないフリをした。

もう時間がない。


 *


「あいつらは何にも分かっておらんのじゃな。バオサ、ジオサ、お前さんたちが探しに行けない、いや、【探しに行かなかった】んじゃろ?」セニオルは二人に対して確認する。

「ああ。だからここで死ぬ覚悟だったんだ。いつかケモノに死ぬと分かっていて生きるよりも決められた日にちに死んだ方が安心する」ジオサはそう呟きながらバオサの顔を見つめた。


 *


 アサヒの校舎の一階の廊下を渡り、保健室の扉を開けた。すると保健室のベッドでは意識が戻っていない二人の隊員が眠っていた。また足を怪我した隊員やお腹に重傷を負った隊員がソファでレボルさんに手当てをされていた。また奥の机の前に丸椅子にグンさんが座っていた。その横にはアトラスさんがいて、手当てする道具が入った箱に余った包帯を戻していた。

「すまないアトラス。包帯を巻きなおすなんて己一人で出来るはずなのに不甲斐ない」

「いえ。隊長の症状が悪化しているとは思わなくて甘えたのは私たちですから」アトラスさんは救急箱を閉めた。

「じゃあ手当てができましたので、子どもたちを見てきます」レボルさんがグンさんに話しかけた。

「ああ」グンさんはそっけなく頷き、レボルさんは保健室を後にした。

「本部に行き、状況を見に行く」グンさんはおもむろに立ち上がり、一丁のライフルを手に取る。

「そんな……!まだ隊長は回復していないんじゃ……」

「本部で何が起こっているか分からない。もしや本部に今回より何倍もの量の針を飛ばすケモノが襲っているかもしれん。そうだったら己一人だけの体調で数多の命を危険に晒すわけにはいかない」

「隊長の症状も危険なんですよ!」

「だからこそだ!銃戟隊隊長でなくても己はいずれ町から出ていく存在だ!」

「そんな弱気な隊長見たくありません!」アトラスさんが大声で放った。

「本部に異変が起きたのは己の責任だ。お前たちはアサヒの周辺を監視していろ」

「そんな……」

「これは命令だ!逆らうならば銃戟隊を脱退してもらう」グンさんの言葉で隊員達は静かになった。

「己を気遣う心は恩に着る。他の隊員が今どうなっているか知りたい感情も解せる。されどお前らの任務は人を心配することじゃない。ケモノの脅威から人々を守り抜くことだ」グンさんは言い放った。

「分かったな」

「はっ!」隊員達は威勢のいい返事をした。

「じゃあ私はついていこうかな」突然、私の隣にいたカジが話し出した。

「どうしてだ。カジ」

「銃戟隊本部に行く途中でケモノが襲ってきた時に満身創痍の隊長じゃ歯が立たないと思うけど?」カジは言葉を続けた。

「そうか。勝手にしろ」グンさんは腕を組んだ。

「じゃあラナ。一緒に行くよ」カジは首を下に曲げて私の顔を見下げる。

「え、え?私⁉」私は思わず声を上げた。

「そうだよ。用心棒として一人や二人欲しいって言ったじゃん」

「だからってなんで私が用心棒に……武器だってろくに扱えないし」

「武器は扱えないけど、そのコンティニューブレスを使って私を扱えるじゃない。もし私が倒れてしまったとき、ラナがコンティニューをすれば戦える。ラナは貴重な存在よ」

 私はカジに間接的に褒められたような気がして、少し照れてしまった。ちょっぴり恥ずかしい。でもすぐに我に返った。

「でも、このキャリーケースどうしよう。キャリーケースを守ってくれる人が……」

「それなら私たちが保護するよ」アトラスさんがキャリーケースを指差しながら話す。

「私たちは隊長が本部から戻ってくるまでここから離れない。その箱が必要になったらアサヒに来ればいい」

「そうですね。銃戟隊の皆さんにキャリーケースを任せることにします」私はキャリーケースをアトラスさんのところへと動かした。

「大事に預かるよ」アトラスさんは私の目を見て、深く頷いた。

「アトラス。これも預かってほしい」グンさんはアトラスさんへと近付き、厚さがない茶色い封筒を渡した。

「己の身に災いがあった時、己の家族にこの封筒を渡してほしい」グンさんは普段より力強い口調で喋る。アトラスさんはグンさんとは裏腹に恐る恐る茶色い封筒を手に取る。

「隊長……これって」

アトラスさんとグンさんは互いに目を合わせながら無言の会話を交わし、グンさんが保健室の外へと出て行ってしまった。

「ラナ。私たちも行くよ」私はカジになすがまま、カジに手を引っ張られて保健室を後にした。

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