第96話 聖域化
不活状態の霊魔玉を活性化するためには、長い時間とタイミング合わせが必要だ。しかし、今回は大陸最高峰の力が集結して、一気に進めることになった。
『では、そろそろ始めるかの』
そう言ったフィドが地面の上で羽を広げ地脈に干渉する、それを見た白蛇が霊魔玉をパクリと飲み込んだ。
「歴史的瞬間、目の前で起ころうとしてる、目が離せない」
「とーさん、白いへびさん大丈夫?」
「父さんの持っていた霊魔玉は、力を強引に押さえつけているような状態で、少し刺激を加えるだけで開放できると言っていたし、みんなが協力してくれているから絶対に大丈夫だ」
「そうじゃなかったら、フィドさんもお父さんの持ってた玉には気づかなかったんだって」
「ソラさんの感知魔法にも反応しない力って不思議ですね」
「妖精の私にもわからなかったから、竜族って本当に凄いわ」
「あっ、白蛇ちゃんが玉を吐き出したよー」
「バニラさんの咥えていた枝を、それに突き刺すようにしています」
白蛇が口に含んでいた霊魔玉を地面にそっと置き、バニラが咥えていた霊木の枝を表面に突き立てる。すると枝が光だし、まるで根が生えるように数本の細い突起を伸ばし、霊魔玉を包み込んだ。それを確認したフィドが、大きく羽を動かすと、霊魔玉が脈打つように鈍く光を明滅させる。
『妾もこのような場面に遭遇できるとは思わなんだが、成功のようだな』
「これでバニラちゃんが王都のお家に住めるようになるの?」
「キュキューッ!」
「やったー、バニラちゃん!!」
胸に飛び込んできたバニラを抱きしめたライムは大喜びだ、この姿を見られただけでも嬉しい。フィドや白蛇、そして霊木には感謝しないといけないな。
「ところで、バニラちゃんが王都の家に来たら、この聖域は誰が管理するんですか?」
真白の言葉を聞いた白蛇が、心配するなと言いたげに近寄ってきて尻尾を光らせると、そこが小さな白蛇に変化する。その小さな白蛇はお辞儀をするように頭を上下に動かした後、地面を這って霊木の中へと消えていった。
「ちっちゃな白蛇ちゃんも可愛かったねー」
「あの子がこれから、ここを守ってくれるんですね」
「色々協力してくれてありがとう、娘の笑顔が見られてとても嬉しいよ」
近くに来ていた白蛇の頭を撫でると、その赤い瞳を閉じて胸元に顔を擦り寄せてきた。元の世界でこのサイズの蛇を見ると怖いと思うが、こうして甘えるような態度をしてくれると凄く可愛い。
『六百年ほど生きてきたが、まっこと愉快な体験ができた、感謝するぞお主たち』
上機嫌のフィドが俺たちの話を聞きたいと言うので、お弁当を食べる時に敷いていた大きな布を取り出し、そこに座って雑談を始めた。
◇◆◇
霊木はある程度の大きさになるまで建物の中で育てたほうが良いらしく、花づくりのためにコールが購入していた大きな鉢に入れておくことに決まった。土は普通のもので良いみたいだから、裏庭から採取しよう。
あぐらをかいた足の上に白蛇が頭を乗せ、ずっとなでなでを受け続けている。どうやら気に入られてしまったみたいだ。
ソラは俺の背中にもたれかかって寝始めたらしく、真白がブランケットを掛けていた。クリムとアズルはライムやバニラを誘って、鬼ごっこのような遊びをしている。丘の上に向かって全力疾走をしているのに、なかなか体力がある。
コールと真白は俺の隣でのんびりくつろぎながら、フィドと話をしたり白蛇の頭を撫でたりしていた。
『しかし、こやつまでこうなってしまうとは、流れ人というのは面白い存在よの』
「妖精の私もここにいると落ち着くのよ」
『しかも、お主たちしか持っておらん力というのは、興味が尽きぬ』
「他の流れ人が同じように特別な力を持っていたとか、わからないんだよな?」
『竜族は人とはあまり関わらぬゆえ、そのような話は聞いたことは無いが……
人族のマシロよ、その共有という力を妾にも使ってみてはくれぬか?』
「一度使うと繋がったままですが、構わないんですか?」
『人族の生きる時間は、妾たちにとって泡沫の夢のようなもの、遊びに付き合うような心持ちでやってもらって構わぬよ』
「でしたら試してみますね」
真白は立ち上がってフィドに近づくと、下ろしてくれた顔の鼻先にそっと口づけをした。
《コネクト》
『これで繋がったのか?』
「はい、ちゃんと繋がりました。でも、さすが竜族ですね、ライムちゃんや私たち全員分を合わせたマナの、二十倍くらいの量がありますよ」
「あの、リュウセイさん」
「どうした? コール」
「最近ライムちゃんのマナも倍くらいに増えてますし、規模が大きくなりすぎて想像ができないんですが……」
「例えば俺たち全員のマナの量が五十だとすれば、フィド一人で千の量を持ってる計算になるからな」
「余計わからなくなってきました」
「俺とライムとフィドだけで単純に考えると、俺は野営で使う小屋を二個入れられるマナがある。成長したライムは俺の二十倍くらいのマナがあるから、小屋は四十個入るな。フィドがライムの二十倍としたら、あの小屋が八百個入る計算だ」
「村ごと持ち運べるじゃないですか」
ここまでマナが増えたら、もう俺たちが持っている量なんて誤差みたいなものだろう。フィドにとっては自分の好奇心を満たす遊びのようなものかもしれないが、何かとんでもない事になってしまったな。
『妾たちは争いをせぬゆえマナを殆ど使わぬ、お主たちの自由に利用して構わぬぞ』
「ライムの竜魔法はマナの消費が激しいから、フィドの分も使わせてもらえると助かるよ」
「私も最近マナの半分くらいを使う治療をしましたし、余裕ができるのは嬉しいです」
「再生魔法は術者の負担も大きいみたいだから、無理だけはするなよ」
「少し疲れても、お兄ちゃんに癒やしてもらうから大丈夫だよ」
「なんだか製水魔法で、街中の水をまかなえる気がしてきました……」
「竜族と繋がってしまうなんて、あなたたち本当に面白すぎるわ」
フィドの機嫌もやたらといいみたいだし、三つの力を合わせて聖域の要を作り出すという、貴重なシーンを見ることが出来た。予定とは違うピクニックになってしまったが、バニラと一緒に生活できるのは楽しみだ。
◇◆◇
鬼ごっこをしていたメンバーも遊び疲れて戻ってきたので、フィドや白蛇に改めてお礼を言い、霊木も全員で撫でて気持ちを伝えた後、転移魔法で王都の家に帰ってきた。
ヴィオレは確かめたいことがあると、戻った途端に外へ飛び出して行った。理由も告げず出ていったが、暗くなるまでには戻ってくると言っていたので、心配は無用だろう。
霊木は大きな鉢に植えて、観葉植物のように玄関ホールに飾っている。バニラがその周りを嬉しそうに走っている姿は可愛い、動画で保存しておきたいくらいだ。
「バニラちゃん、ライムたちのお家どう?」
「キュキューイ!」
「バニラさん、凄く嬉しそうです」
「家が聖域化した、ここは奇跡の生まれた場所」
帰る前に起きてきたソラもすっかり元気を取り戻して、またテンションが上昇中のようだ。
「ちゃんと聖域になってるから、バニラちゃんも元気だねー」
「ヴィオレさんやヴェルデさんみたいに、お風呂は入るんでしょうか」
「お風呂にはいってブラッシングしたら、バニラちゃんもフワフワになれるよ」
「キューーイ」
「ヴェルデは飛べるからいいが、バニラと同居するなら床は土足禁止にしたいな」
「ピピッ」
「厨房は土を固めたような床だし、掃除するだけじゃちょっと無理だよね」
台所以外は木の床なので、綺麗にしてワックスを塗れば何とかなりそうだが、家具の移動も大変だし何日かかるかわからない大仕事になってしまう。
その辺りのことは追々考えるとして、ひとまずリビングで一休みしよう。半日程度とはいえ色々なことが起こりすぎて、ちょっと精神的な疲労が大きい。
「ひとまずリビングに行って、ヴィオレの帰りを待とうか」
「そうだね、甘くて気持ちが安らぐお茶を入れるから、みんなで飲もうよ」
俺の欲しているものを的確に用意してくれるのは流石だ、厨房に入っていく真白の背中に感謝の気持を伝えておく。
◇◆◇
リビングでお茶を楽しんでいると、窓をコンコン叩く音がする。ヴィオレが帰ってきたようなので、開けようと近づいていったが、後ろに二人の妖精が浮かんでいた。
トンボのような細長い一対の羽も持った妖精の一人は、毛先に向かって薄くなるオレンジの髪を、頭の後ろで二つ結びにしている。もう一人は、同じように毛先に向かって薄くなるピンク色の髪をしていて、後頭部で結んだポニーテールだ。
「みんなただいま」
「おかえりヴィオレ、後ろの二人は友達なのか?」
「この二人は王都で見つけた、野良の妖精よ」
野良って犬や猫じゃないんだから……
「私は野良妖精のイコなのです」
「同じく野良妖精のライザですよ」
……なるほど、自称していたのか。
「ふぉぉぉぉぉー、妖精が一度に二人も、水着を作るから全裸で採寸させて!」
「ダメですよソラさん、会ったばかりなのに服を脱がせようとしたら」
「ソラちゃんはすっかり水着づくりにハマっちゃったね」
「ねぇ、二人はなんの妖精さん?」
「二人は家の妖精なんだけど、ちょっと事情があるのよ」
イコとライザの話をヴィオレが補足しながら説明してくれたが、二人は同じ時期に生まれ姉妹のように過ごしていて、一般的な家の妖精とは異なる特徴を持っているらしい。
普通、家の妖精は一軒に一人しか宿れないが、彼女たちは同時に契約ができてしまう。その為どんな大きなお屋敷でも、二人の力を支えられなかった。そこで聖域化したこの家なら大丈夫かもしれないと、ヴィオレが二人を誘ってくれたようだ。
「そんな変わった妖精もいるんだねー」
「お二人は凄く珍しい存在なんですよね?」
「私たち以外には聞いたことは無いのです」
「妖精に姉妹は生まれないのですよ」
「姉妹っぽい振る舞いをする子たちは居るのだけど、こんなに仲が良くて絆の深い妖精に会うのは私も初めてだったのよ」
ヴィオレが一人で出かけた日に、見かけたり存在を感じた妖精のことを色々話してくれたが、その途中で出てきた変わった二人というのが彼女たちなんだろう。チェトレで二人きりの依頼をした時に、妖精のそういった振る舞いを聞かせてもらっていたが、こうして実際に目にする機会が訪れるとは思ってなかった。
「二人はこの家だと宿ることは出来そうか?」
「ここは凄い力を感じる家なのです」
「二人で棲んでも大丈夫だと思うですよ」
「バニラちゃんのいる、聖域だもんね」
「キュイッ!」
「棲ませて欲しいのです」
「精一杯ご奉仕するですよ」
同じ霊木がある王城に行っていないということは、候補はここしか残っていないのだろう。それに、こうして自分たちから宿りたいと言っている妖精を、手放したり追い返したりするなんてことは論外だ。
全員が歓迎の言葉をかけてくれたので、二人を連れて玄関から表に出る。イコとライザは並んで扉の前に浮かび、手をそっと触れると呪文を唱えた。
《《イコとライザの名において、我らの棲み家として契を交わさん》》
マナの総量が爆発的に増えるわ、家が聖域化するわ、妖精を二人も連れてくるわ、やりたい放題です(笑)
主人公は少しお疲れ気味ですが、まだまだこんなものでは終わりませんよ(ゲス顔
資料集の方は次回更新して、姉妹妖精のプロフィールを追加します。




