第93話 新居で過ごす最初の夜
(2020/06/17)
この世界の呼び方に準拠させて、誕生日に関する記述を修正しました。
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つまり俺と真白はこの世界風に言うと、十八年前と十六年前の寒い頃に生まれた、となる訳だ。
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そしてこの世界では“誕生季”という名前で呼ばれる。つまり俺と真白の誕生季は、十八年前と十六年前の寒い頃となる訳だ。
拠点ができたお祝いで盛大にパーティーをしたいところだが、自分たちの家ができるというのは初めてのことだし、まだ街にも慣れていないので保留にしておこうと話し合った。まぁ、パーティーをしなくても毎日おいしい食事が食べられるし、まずは生活に必要なものを揃えていって、落ち着いてきてからでも良いだろうと、乾杯だけでお祝いしている。
晩ごはんも終わり、お楽しみのお風呂タイムが始まった。しっぽのブラッシングがある二人から入り、髪の短い俺は最後に入っている。
「広いお風呂はどうだ? ヴェルデ」
「ピピピーピピッ!」
「一人で入るには広すぎるから、ヴェルデが付き合ってくれて嬉しいよ」
「ピッ!」
ヴェルデは水鳥ではないので浮かないはずだが、羽を広げて器用にお湯の上を漂っている。そのままスイスイ移動しているのは、犬掻きと同じ泳法だろうか?
……いや、これは鳥掻きと言うべきだな。
「水の上からでも飛び立てるのか?」
「ピピッ!」
水面から上手に飛び立ったヴェルデは、少し上空に上がるとそのまま一気に下降して、水中に少しのあいだ潜ってから、またお湯の上を漂いだした。魚を捕るために上空から飛び込む鳥がいたが、今のヴェルデはまさにそんな感じだ。
「潜水までできるなんて、凄いじゃないか」
「ピーピピ」
「夏は一緒に泳ごうな」
「ピピーッ!!」
今までは水深の浅い桶だったから、こうして自由に泳いだり出来なかったが、これからは思う存分お湯浴びを楽しめるだろう。
お風呂を心ゆくまで堪能しているヴェルデと一緒に十分温まり、みんなの待つ寝室へ移動した。
◇◆◇
寝室に戻るとみんなベッドの上で話に花を咲かせていて、俺に気づいたヴィオレが飛んできて肩の上に降り立つ。
「お風呂上がりは、みんないい匂いがしていいわ」
「お風呂で使ってる石鹸って、花の香りっぽいよね」
「そうなのよ、ここにいるとお花畑みたいで嬉しいわ」
ラチエットさんに連れて行ってもらった雑貨屋には、色々な種類の石鹸が置いてあり、オススメをいくつか購入したのだが、ヴィオレが気に入っていた香りのものを開封してみた。元の世界でも香りの強い石鹸はあったが、合成されたような匂いで正直キツイものも多かった。
しかし、この世界の石鹸はとても自然な香りで、包み込まれるような優しさがある。しかも、トリートメント効果まであるようで、髪の毛もパサパサになったりしない素晴らしいものだ。
「ヴェルデもお風呂楽しめた?」
「ピピーピピー」
「水面に浮かんだり、お湯に潜ったり楽しそうだったぞ」
「そんなこと出来るんですか?」
「ピッ!」
「ヴェルデちゃんは、とーさんみたいに泳ぐのがとくいなんだね」
「守護獣の意外な生態、明らかになった、これは大発見」
「石鹸で洗うと喜んでいたし、普通の動物以上にお風呂好きだな」
「確かにヴェルデちゃんからも、いい匂いがするわね」
「リュウセイさんたちと一緒になってから、私の知らないヴェルデの姿が、次々と明らかになっていきます……」
「ピー!」
守護獣は食事に必要もないし汚れたりしないから、本来ならお風呂は必要ないので、こんな事をするのはヴェルデだけかもしれない。
「野営に使う小屋につけてもらった調理器具もそうだけど、魔道具って凄いね」
「場所も結構取るし、生活魔法と違って飲用には向かないみたいだが、簡単にお湯が溜められるのは凄いと思うよ」
「なんで飲めないのー?」
「確か魔道具で作ったものは、普通の水とちょっと違うんですよね」
「魔道具で作る水、マナを変質させる錬金術の一種」
「少し口にするくらいは問題ないが、魔道具で作った水だけ飲んでいると、お腹を壊したりするみたいだ」
「変質しきれなかったマナ含まれてる、それがお腹に良くない」
「そう考えると、私の持ってる生活魔法って、ちゃんと意味があるんですね」
「生活魔法の水、自然のもの使うから大丈夫。でも料理の味変わる、それ知らなかった、マシロ凄い」
「この世界の料理にしっかりした味付けのものが多いのは、多分水のせいだと思うよ。コールさんの出してくれる水は、あっさりした味付けの料理が作りやすいから、すごく助かってるんだ」
「かーさんの作る、うす味りょうり大すき」
この世界の野菜は旨味が多く、蒸してから塩だけで食べても美味しい。コールの作ってくれる軟水を利用した、素材の旨味を十分引き出す真白の調理法は、ここにいる全員に好評だ。
「しっぽも十分乾いただろうから、そろそろブラッシングを始めようか」
「お風呂を上がってよく拭いてきたから、もうバッチリだよー」
「自分たちの家で初めてのブラッシング、今夜は特に気持ちよくなれそうです」
「今日は家族しかいない、思う存分よがって平気」
周りに気兼ねしないで良い状況はソラもかなり嬉しいみたいだが、ギリギリを攻めすぎてる気もするぞ。何がとは言わないが。
「ライムはひざ枕するー」
「私とコールさんは、足腰立たなくなった二人の膝枕だね」
「無抵抗のクリムさんとアズルさんを、思う存分モフります」
「私たちは仲の良いみんなを、いつもどうり愛でましょうか」
「ピピッ!」
今日の布陣が決まった所で、いよいよ始めよう。
スーパーブラッシングタイムの開幕だ!
◇◆◇
クリムとアズルの二人は今夜は一段と融解して、コールと真白になでなでされている。俺の足の上に座っているライムとソラも、ひと仕事終えた後の満足感でとても良い笑顔だ。
「こうされてると、いつもより幸せー
朝、マシロちゃんが泣いちゃった時はびっくりしたけど、幸せすぎて涙が出る気持ちってわかるかもー」
「私も今ー、そんな気持ちですー」
「お兄ちゃんと家庭を持つのは私の一番の夢だったからね、十年以上抱えてきた思いが溢れちゃったよ」
「マシロさんは一体いつから、リュウセイさんと結婚するって決めたんですか?」
「二歳か三歳の頃には両親にそう言ってたよ」
「マシロいま十六歳、十四年の重みある、これだけは敵わない」
真白と俺の誕生日は一日違いだ。この世界に来てからの日数を加算すれば、既に誕生日を通過している。もっとも、真白がこの世界に来たのは俺より四十日ほど後なので、その辺りのズレは発生するだろうが、実はあまり関係なかったりする。
というのも、この世界では誕生日を季節で覚えてしまうからだ。“寒い頃”・“暖かくなってきた頃”・“暑い頃”・“涼しくなってきた頃”と、大雑把に覚えている。
そしてこの世界では“誕生季”という名前で呼ばれる。つまり俺と真白の誕生季は、十八年前と十六年前の寒い頃となる訳だ。
ライムとコールは暑い頃生まれ、クリムとアズルが涼しくなってきた頃生まれ、ソラが暖かくなってきた頃生まれになる。今は緑月なので、ソラはそろそろ十五歳になっているはずだ。
誕生日を祝う習慣もないので誰も何も言わないが、こうして家族で住む場所ができたから、何かやってみても良いかもしれないな。
「私たちその頃って何やってたかなー」
「おじいちゃんの後ろをー、ついて回ってた記憶しかありませんー」
「その頃の記憶は良いものばかりではないので、ちょっと侘びしいです……」
「私もそう、でも今はリュウセイとみんな居る、だから大丈夫」
「コールおねーちゃんも、とーさんに抱っこしてもらうといいよ」
「ライムちゃんは抱っこしてもらったばかりなのに、いいんですか?」
「うん、ライムはクリムおねーちゃんのひざ枕する」
「ライムちゃんの膝枕が二回も堪能できるー」
「ご主人さまとマシロさんの良いところをー、ライムちゃんはしっかり受け継いでいますねー」
コールは髪の色や守護獣のことで色々辛い思いをしてきたから、ちょっと感傷的になってしまっていた。その辺りしっかりケアしようと動いてくれたライムは、本当に優しくていい子だ。
ライムと交代してあぐらをかいた足の上に座ったコールと、反対に座っているソラを軽く抱き寄せ、頭を優しく撫でると力を抜いてもたれかかってくる。
「昔の記憶を置き去りに出来るくらい、この家で楽しい思い出を作っていこうな」
「はい、リュウセイさん……」
「みんなと出会って、楽しい事いっぱい出来た、もっと増やして昔を全部上書きする」
「花の妖精の私には、理解できないかもしれないと思ってたけど、家ができるというのは素敵だわ」
「ピー」
「これからはもっと絆が深まっていけるね」
「私たちもっと強くなれそうだねー、アズルちゃん」
「誰にも負けないくらいー、強くなりましょうねー、クリムちゃん」
主従契約の効果でどこまで上昇するのかわからないが、これは大きな転機になるはずだ。とはいえ、あくまで副次的なものだから、そこだけは間違えないようにしよう。
「私もお兄ちゃんとの絆をもっと深めたいから、あとで抱っこしてね」
「ご近所の挨拶とか色々頑張ってくれてるし、いくらでも抱っこするぞ」
「わかくて仲のいいふうふって、みんなに言われてた」
「ライムも可愛い子供って言われて良かったな」
「ライムちゃんが“大きくなったら、とーさんとけっこんする”って言ったら、みんな応援してくれたしね」
「すっかり忘れていましたがー、ライムちゃんも強敵でしたー」
「その後ろにはマシロちゃんも控えてるし、厳しい戦いだよー」
「二段構えの最終決戦、リュウセイと同化したライム、白く輝く絆のマシロ、全滅の未来しか見えない」
アズルとクリムとソラの中では、一体どんな戦いが繰り広げられているんだろう。三段階に変身したり、倒したと思ったらさらに強くなって復活したり、ちょっと絶望しか無いな。
「あなたたち面白すぎて、いつまで見てても飽きないわ」
「俺はこんな雰囲気が好きだ」
「それは私も同意見ね」
少し変な方向に盛り上がっているが、この家で過ごす最初の夜は、こうして賑やかに和気あいあいと過ぎていった。
資料集の方を更新して、メインキャラクターに誕生季を追記しています。
次から話が大きく動き、この章の最終話まで一気に進みます。




