第92話 新居と嬉し泣きと買い物
誤字報告ありがとうございます。
「る」と「ろ」って見分けが付きませんよね!(ROW-GUN
全員で玄関の前に立ち、扉に鍵を差し込むと、鈍い音がしてロックが解除される。
中に入ると玄関ホールがあって、正面には二階に上がる階段、右手には厨房やお風呂に洗濯場などの水回り、それに食堂や倉庫がある。左手にあるのは大きなリビングと多目的ルームだ。
「お兄ちゃんと家庭を持って、こうして一軒家に住むのは、私が一番叶えたかった夢なんだ」
「俺もまさかこの歳で、首都に庭付きの家を持てるなんて思ってなかったよ」
いつも俺とのことは冗談めかして話す真白も、今は感極まったような顔で瞳も潤んでいる。そんな姿を見せられると愛おしさがこみ上げてきて、涙がこぼれ落ちる前にそっと抱きしめながら頭を優しく撫でる。
「かーさん、泣いてるの?」
「心配してくれてありがとう、ライムちゃん。お母さん悲しくて泣いてるんじゃないよ、嬉しすぎて涙が止まらないの」
「父さんと母さんのいた国だと、こんな家は成功した一部のお金持ちしか買えなかったし、一軒家なんて何十年もかけて買うようなものだったからな」
「お兄ちゃんがいてくれて、ライムちゃんが娘になって、みんなと家族になれてすごく幸せ」
「真白が妹で俺も幸せだ、せっかく自分たちの家に来たんだから、みんなでリビングに行こう」
「うん、ごめんねみんな、リビングに行ってお茶を飲もうか」
顔を上げて涙を拭いた真白の手を引きながら、全員でリビングに移動した。
この家を最初に見せてもらって気になっていた、塀のひび割れや門柱の汚れも全て綺麗になっていて、庭も整地され雑草も刈り取られていた。
それは家の中も同様で、床や柱もピカピカに磨き上げられていて、リビングにあったソファーもクリーニングに出したように綺麗になっている。専門の業者に掃除をお願いしてくれたらしいが、その技術は眼を見張るばかりだ。
◇◆◇
リビングでお茶を楽しんだ後に、一階の部屋をすべて確認してみる。どこもしっかり掃除をされていて、食事やお風呂も即座に楽しめるようになっていた。倉庫もかなり広さがあるので、野営で使う小屋や荷車なども全て出しておき、作り付けの棚にも細々としたものを収納していく。
食堂には背の高い椅子が複数置かれ、俺たちの家族構成に合わせたきめ細かい配慮がされていた。
洗濯部屋は勝手口の外に作るストックヤードのような造りで、三方にある大きな窓も全て磨かれ、陽の光を取り込んだ内部が温室のようになっている。窓を開ければ風通しも良くなるので、ここには日本にあるような物干し台を設置したい。
脱衣場から風呂場は土足禁止エリアなので、全員が家の中で使うスリッパを脱いで部屋に入る。湯船の形は日本のお風呂というより海外のバスタブに近いが、大きさも十分あって洗い場には鏡も設置してある。
「今日からヴェルデも一緒にお風呂に入ろうな」
「ピピーッ!」
王都に来てからずっと呼び出していなかったヴェルデが、嬉しそうに鳴き声を上げてくれる。今夜からは狭い桶の中でなくて、四人くらい入れる大きなお風呂で思う存分お湯浴びが出来る。
「トラペトさんの家にあったお風呂より、ちょっと大きいくらいだね」
「トラペトさんが四~六人家族用の家と言っていたし、子供たちと一緒に入ることを想定した広さなんだろうな」
「清浄魔法が活躍できないのは少し残念ですが、お風呂の魅力を前にしたら選択の余地などありません」
「コール、すっかりお風呂の虜」
「今日はクリムおねーちゃんと、アズルおねーちゃんと、いっしょに入る」
「楽しみだねー」
「ライムちゃんの羽もきれいに洗ってあげますね」
「私も羽仲間でライムちゃんと一緒に入ることにするわ」
「ヴィオレおねーちゃんは、ライムがあらってあげるね」
真白とコールとソラがまた一緒に入ることになったが、前回と同じように落ち込んだ風にはならないだろう。俺はライムと入ることもあると思うが、それ以外の日はヴェルデとのんびりお風呂を楽しもう。
◇◆◇
二階の寝室には大きなベッドを一台追加して、連結した状態で並べてくれている。元々家具をあまり置いていない部屋だったので、二台のベッドが並んだ状態でもスペースには十分余裕があり、俺たちの人数に合わせたチェストやクローゼットがトラペトさんからプレゼントされ、部屋の中に設置されていた。
「着替えは全部ここに入れておこうね」
「ライムのカバンは、ここにぶら下げておく」
「私はこの引き出しを使わせてもらいます」
「下の方、確保する」
倉庫で取り出した荷物の中に入っていた自分たちの服を、それぞれ使いやすい場所に収納していき、示し合わせたように全員がベッドに上がってくつろぎ始めた。
「ベッドがフカフカで幸せー」
「こんなに綺麗にしていただいたんですから、お掃除とか頑張らないといけないですね」
「ライムもお手伝いする!」
「掃除道具とか買い揃えないといけないな」
「調理器具とかも買い足したいから、お昼から買い物に行こうか」
「私は空から王都内を散策してみたいから、別行動でも構わないかしら」
「他の妖精いたら、仲良くなって、会ってみたい」
「わかったわソラちゃん、会ってくれそうな子がいたら紹介するわね」
「私は花壇や畑を作る道具を見たいです」
「本、欲しい、少し見てもいい?」
「商業区まで行ったら待ち合わせの時間を決めて、ある程度自由行動にしたほうが良いかもしれないな」
「私は屋台や露店をじっくり見てみたいよー」
「私もクリムちゃんと一緒に、お店を見て回ります」
午後の予定も決まり個室も一通り回った後に、俺と真白とライムの三人で外に出かける。真白が手作りクッキーの入ったカバンを手にしているのは、これからご近所へ挨拶へ行くからだ。
全員だと人数が多すぎるので、夫婦と子供ということになっている三人で行動しているが、真白の機嫌がうなぎ登りで、とどまる所を知らない。
「お兄ちゃんっ、私たちの仲の良さをご近所中に轟かせようね!」
「そこまで気合を入れなくても大丈夫じゃないか?」
「そんなことはないよ、第一印象は大切だからね。近所に越してきたのが、円満家庭の仲良し夫婦って思われた方が、絶対にお得だよ」
「確かにそれはよくわかるが、他にも家族はいるんだぞ」
「おねーちゃんたちもみんな仲良しだって、おしえてあげようね」
「全員お兄ちゃんのお嫁さんにしちゃう?」
「落ち着くんだ真白、勝手に夫婦にしたらみんなに怒られるだろ」
「誰も怒らないと思うけどなぁ……」
「ライムも大きくなったら、とーさんとけっこんするからね!」
やっぱり可愛い娘にこうやって言われると嬉しい。真白は小さい頃から“お兄ちゃんと結婚する”だったから、落ち込んでいた父さんの気持ちが良くわかる。そういえば母さんは、やたらと俺たちのことを応援してくれていたな。
「お母さんはライムちゃんのことを全力で応援するからね」
「ありがとう、かーさん」
「やっぱりあの人の子供だな、真白は……」
「何か言った? お兄ちゃん」
「いや、娘に言われて一番嬉しい言葉を聞くことが出来て、ちょっと感動していただけだ」
こんな調子で近所を回っていたものだから、どの家でもとても好意的に迎え入れてくれた。多種族の家族がいることを告げても何も言われなかったし、真白の戦略は大成功といった所だろう。
◇◆◇
午後からはヴィオレが単独で街の散策に行き、残りのメンバーで買い物へと向かった。中央広場までは矢印が書いてあることもあり、容易にたどり着くことが出来る。
「帰り道はお兄ちゃんが頼りだね」
「最短距離で帰ってもいいが、みんなが覚えやすいルートを選んで進むよ」
「リュウセイさんはもう道を覚えてしまったんですか?」
「商業区の周りにある、入り組んだ場所はまだちょっと自信はないが、王都は案内板もあるし目印になる建物が多いから、覚えるのは比較的簡単だな」
「あるじさま凄いねー」
「朝も道案内を断っていましたから、住宅区の辺りは大丈夫なんだろうと思っていましたが、そこまで把握されていたとは驚きです」
「リュウセイなら、配達の依頼できる」
「きのう行ったときも、はってあったね」
「報酬は低かったけど、店や施設を覚えるためにやってみてもいいな」
この街で定住すると決めたから、できるだけ広い範囲を把握しておきたい。それに船で来ているので、街の外の地理もさっぱりわからない。近くにある三つのダンジョンの位置も含めて、みんなで外に出かける日も作ろう。
「私たちも早く道を覚えないと、依頼も受けられませんね」
「中央広場まで行ったらギルドは簡単に行けるし、今日は頑張って帰り道を覚えるよー」
「その道順だけ覚えれば、迷ってもやり直しが出来ますから、私もがんばります」
「迷子になったら、ソラおねーちゃんの魔法でさがしてもらう」
「リュウセイと一緒なら、絶対見つけてあげる」
「さすがソラちゃんだね、愛してるよ」
真白は手を繋ぎながら歩いていたソラを引き寄せ、そのまま抱き上げて頬ずりしている。柔らかくて好きと以前言っていたソラは、抱っこされながら嬉しそうに甘えていた。
そんな二人の姿は通行人の注目を浴びるが、女の子同士がじゃれ合っている姿は絵になるんだろう、立ち止まる人が多くてちょっとした渋滞が発生し、慌ててその場から退散する。
「バラバラの依頼を受けた時は、前みたいにギルドで待ち合わせしてもいいが、仕事場まで行くのが問題になるな」
「薬草採集の依頼も受けたいですから、街の外や森の位置も覚えないといけません」
「街の外は明日にでも行ってみようよ、お兄ちゃん」
「近くに見晴らしのいい丘があると言ってたから、ついでに散策してみるか」
「お弁当を作るから、そこでお昼を食べようね」
「やったー、おべんとう楽しみ」
「材料も買って帰りましょう、マシロさん」
「丘の近くに来たら、誰が一番先に登れるか競争しようねー」
「勝った人にはご主人さまに、あ~んしてもらえる権利を付けませんか?」
「それならライムは、とーさんと同化してはしる!」
「ライム、それ反則」
「ライムちゃんとリュウセイさんが同化したら、私とヴェルデでも勝てません」
「ピー……」
「私とソラちゃんなんて勝負にもならないし、自分の足で丘の上まで登れたら、あ~んしてもらえるでいいんじゃないかな」
「超頑張る、這ってでもたどり着く、いまこそ小人族の底力見せる時」
ソラがやたら気合を入れているが、また俺の意思は関係なく褒賞にされてしまっている。まぁ、楽しくお弁当が食べられるなら、あ~ん位はやることにしよう。
こうして明日の予定も決まり、それぞれの買い物もすませて家に帰ることになった。
野営に使う小屋が大体8畳くらいの大きさなので、荷車込みで収納できる物置部屋がついた家の広さは、推して知るべしといったところです。
異世界人より家に対する思い入れの強い主人公と妹ですが、意外な形でその影響が判明します、お楽しみに。




