第91話 王都見学と冒険者ギルド
ブックマークや評価ありがとうございます。
この話も最後で視点が変わります。
翌日、ソラを片手で抱っこしてコールと手を繋ぎ、ライムを抱っこした真白がその隣を歩く。クリムとアズルはラチエットさんと手を繋いで、俺たちの前を先導してくれている。
王都のなかでも主要な通りは、車道がトーリやチェトレ並みの幅を誇り、歩道は自分たちが知っている街の中でも一番広い。
「建物も道も全ての規模が大きいな」
「迷路みたいになってる所もあるね」
「人の数が多すぎて、手を握ってもらってないと怖いです」
ラチエットさんたちが住んでいる家は、富裕層の多い場所なので人通りも少なかったが、中央に近づくに従って歩行者や馬車も増えてくる。道端に街の案内板があったので見ているが、区画の整理された場所とそうでない部分が、きっちり分かれているのは面白い。
「王都は大まかに区画が分かれてるのだけど、目印になるのは王城と二つの塔ね」
「ここからだと良く見えますねー」
「王城も塔もすごく高くて怖そうです」
船に乗った時にあまり甲板の端に近づかないアズルだったが、やはり高い場所が苦手ということだった。クリムは大丈夫だが、アズルは仔猫の時の経験がトラウマになってしまっているらしい。
「王城の周りは全て国の施設や学校で、大きな公園もあるのよ」
「地図のここ開けてる、森林公園って書いてる」
「お花もたくさん咲いてそうだし、今度行ってみましょう」
王城が山と海に囲まれた北東方向にあり、北に位置する行政区には国の施設とその周りを取り囲む貴族街がある。王都には東西方向に川が流れているので、そこで一度分断されて住宅区があるみたいだ。
住宅区を通る大通りや貴族街に近い場所ほど富裕層が多く、俺たちが購入した家などはかなり城壁に近い端っこの位置になる。その分、周りも静かで家どうし密集していない所が利点だ。
東側の港に近い場所は倉庫街になり、中央広場周辺と南門にかけての商業区に商店が集中、冒険者ギルドも中央大通りを南門へ抜ける途中に建っている。商業区の周辺も小さな家や集合住宅があり、この辺りはちょっと迷路っぽくなっていた。
高い塔は四角いものが中央広場に、丸い形のものは港のそばに立っており、年に何度か登れる日があるみたいだ。アズルが身震いしていたので、参加するのはやめておこう。
「通りのあちこちに中央広場への矢印が書いてあるから、迷ったらそれを頼りにすればたどり着けるわよ」
「まよったら、そこに集まろうね」
「待ち合わせ場所も決まったし、まずは今日の目的地だね」
「まずは中央広場を目指して、そこから冒険者ギルドへ向かうんだったな」
「中央広場は屋台があったり、大道芸をやってる人もいるから、少し見学してから冒険者ギルドに行きましょうか」
再び全員で歩き始めたが、確かに道に矢印の書いてある場所がいくつもあり、中央広場への道は非常にわかりやすくなっている。遠方だと時々建物の影になってしまう四角の塔が、常に視界に収まるようになり、人の往来もどんどん増えてきた。コールが手をキュッと握りしめてきたので、軽く握り返しておく。
「あるじさまー、いい匂いがしてきたよー」
「これはお肉の焼ける匂いです、ご主人さま」
「ソースが焦げた香ばしい匂いもするね、どんな調味料を使ってるのかな」
中央広場は八角形の大きな空間になっていて、各方面から伸びる道が全て交差している。全体に横断歩道代わりになっている濃い色の石が敷き詰められているので、目的の通りへ渡りやすくなっていた。
「あっちで音楽演奏してる、ちょっと見たい」
「屋台もいっぱいあるね、かーさん」
「王都の屋台も制覇して、新しい味付けができるように、お母さん頑張るからね!」
「マシロちゃんの料理は、どんどん磨きがかかっていくわね」
「露店もあるけど、食べたことのないハチミツは売ってるかしら」
「私、小物とか見てみたいです」
自分たちの家ができたんだし、好きな物や欲しい物を買って色々増やしていくのは、大いにアリだ。みんな私物は自分の服くらいしか無いので、買い物の機会はどんどん増やしていこう。
それぞれ気になる露店や屋台を覗き、音楽演奏や大道芸を見学してから、冒険者ギルドを目指して中央大通りを南下した。
◇◆◇
街の中を辻馬車が運行されているだけあって、王都はとにかく広いので移動も一苦労だ。行きは道を覚えるためと、見学も兼ねていたので徒歩だったが、帰りは辻馬車で帰ることにしている。
周りと比べて特に大きな建物が見えてきたが、目印になる看板もよく見えるように掲げてあり、冒険者ギルドというのがひと目でわかる。内部には受付窓口が多数あり、素材買取カウンターは複数設置されている、飲食スペースの規模もかなりのものだ。
「すごく広いね、お兄ちゃん」
「王都の近くには大きなダンジョンが二つと、小さなダンジョンが一つあるからだな」
「いらいを貼ってるところも、すごく大きいね」
「緑や紫、掲示板が広い、普通の依頼いっぱいある」
「お店もたくさんあるし、港もあるから仕事が多いんだねー」
「大きな街ってやっぱり凄いです」
「ドーヴァのギルドも大きかったですが、さすがに王都は圧倒されてしまいます」
「他の妖精もたくさん居そうだし、ちょっと楽しみだわ」
「みんな、手続きをしてしまいましょうか」
まずは拠点の登録をしないといけないが、この街で土地と家を購入したという証明証は、ラチエットさんが持ってくれている。王都に本拠を移す必要はないから、手続きとお金の引き出しをやってしまおう。
「王都ノリーの冒険者ギルドへようこそ、本日のご用件は何でしょうか」
「王都に拠点を作ったから、登録をお願いしたい」
「これが証明書よ、確認してくださる?」
「はい、お預かりします。
まだお若いのに皆さん凄いですね……って、特別依頼達成者が三人もいるのですか」
「ライムのおともだちのおかーさんを、とーさんとかーさんが助けてくれたの」
「こんなに可愛らしいお子さんまで、特別依頼の達成者なんて凄いです」
「私のギルドカードはこれだからお願いするわね」
ヴィオレがカウンターの上に降り立ち、自分の時空収納からカードを取り出して、みんなの物と並べて置いたが、それを見た受付嬢は固まってしまった。まぁ、突然そんなことを言われても、この反応しか出来ないよな。
これからこのギルドは一番お世話になるから、まずは認知して慣れてもらうしか無いだろう。
「……はい、承りました。手続きを開始いたしますので、少々お待ち下さい」
さすが国内最大のギルドで受付業務をこなすプロだ、一瞬で再起動して何事もなかったように手続きを開始した。しかし、何となく目の焦点が定まっていない気がする……
◇◆◇
淡々と仕事をする受付嬢の様子はやはりおかしかったので、ヴィオレに頭の上まで戻ってもらった後、真白に応対をお願いした。
「……はっ!? 私は今まで一体なにを……
失礼しました、拠点の登録でしたね」
「それはもう完了していますので」
「あれ? そうでしたっけ……
それにしても、白銀商会から土地と建物を購入されるなんて、さすがは特別依頼達成された方です」
「そんなに凄いことなんですか?」
「とても誠実な取り引きをされる商会で、事前審査がすごく厳しいことで有名でなんです」
「そうだったんですか、知りませんでした」
「支払い能力のこともあるけど、後ろ暗い目的で家や土地を買われたり、評判の良くない人と取引するのは嫌でしょ?」
悪魔の呪いを解いたり、それが縁で一緒に生活を始めたから信用してもらえたが、ラチエットさんの答えは最もなことだ。その辺りの審査を厳格にやっているというのは、扱う物件にも自信があるという事だろうから、家を購入した者としても安心できる。
「売った家で犯罪行為が行われていたり、ならず者のたまり場になったりするのは困りますね」
「私の夫やお義父さまが、貴族の方との取り引きを拒んだことがあるから、それが少し大げさに伝わっているのね」
「えっと、もしかしてそちらの女性は、白銀商会の経営者様ですか?」
「商会は息子に継いでもらったけれど、少しだけ経営に関わっているわ」
「確かご病気で静養中だとお聞きしたんですが……」
「それはこのパーティーの人たちのおかげで完治したから、今ではここに徒歩で来られるくらい回復したのよ」
「そうだったんですか、難しい病気だと聞いていたので治って良かったです! そんな病気の治療法を見つけられるような優秀なかたに、定住していただけるのは嬉しいです」
やはり有名な商会の関係者だけあって、どうしても噂になってしまうんだな。家族の反対を押し切ってでも、離れた場所に隠れなければいけなかった理由を改めて実感した。
「それとお願いがあるんですが、竜人族に関する情報があったら教えて欲しいです」
「竜人族……ですか?」
「はい、目撃情報や生活様式とか、どんな小さなことでも構いませんので」
「みんなライムの仲間を探してくれてるんだよ」
「見なことのないツノの形をしていますけど、この可愛い子が竜人族なんですか?」
「うん、そうだよ!」
それを聞いて、真白の膝の上に座ったライムの頭を撫でていた受付嬢の手が止まる。視線を他の受付カウンターに座っている同僚に向けているが、全員が首を縦に振る姿を見て、少し引きつった顔から表情が抜けていった。
◇◆◇
ロボットのような対応になった受付嬢に情報収集をお願いして、パーティー口座から家の購入資金を引き出してからギルドを後にする。
辻馬車を乗り継ぎながら中央広場の近くで買物をしたり、おすすめのお店でお昼を食べたり、王城や自然公園にも行ってみた。そうして王都見学を一日楽しみ、家へ戻って明日に備える。
いよいよ自分たちの家へ引っ越しだ。
―――――*―――――*―――――
龍青たちが帰ってしばらく経った頃、担当していた受付嬢の表情がいつもの様子に切り替わった。
「……はっ!?
また時間が飛んでしまいました、疲れてるんでしょうか……」
確かこの街に拠点を作ったという、若い冒険者パーティーの対応をしていたはずだが、話の途中でも一度意識を飛ばしてしまった。なんだかこの世ならざるものに遭遇した気がして、どうにも落ち着かない気分だ。夢か現かわからない状態で、小さく可愛くてサラサラのものを撫でていた右手の感触を、なぜかリアルに記憶している。
「あの、先輩……わたし妖精や竜人族に会った気がするんですが、仕事をしながら夢を見ていたんでしょうか」
「居たわよ、あなたの目の前に妖精も竜人族も」
「やだなー、からかわないでくださいよ。仕事中に居眠りをしてしまったのは懲罰ものですが、そんな種族が冒険者ギルドに来るはず無いじゃないですか」
「人族の男性が一人いたけど、その頭の上から妖精が受付台の上に降り立って、何もない所からギルドカードを出していたから、収納魔法が使えるようだったわ」
「そんな詳細に説明して、また私のことをからかってますよね先輩。それなら竜人族は、どんな感じでした?」
「緑のきれいな髪の毛で、あなたは嬉しそうに頭を撫でていたじゃない。ツノに模様があったから、あの子は間違いなく竜人族よ」
まだ経験の少なく若い受付嬢は、隣りにいる仲のいい先輩に軽い調子で話しかけたが、真面目な表情で答えを返す姿を見ても、いまいち信じられなかった。
「だけど先輩も聞いたことありますよね、白銀商会の噂」
「経営者の母親が不治の病にかかって、高名な治癒師でも手に負えないと噂されていたわね」
「どんな薬も効かなくて、もう助かる見込みはないから生まれ故郷に帰ったはずです。そんな人が元気にここに立って私と話をしたなんて、幻以外の何だって言うんですか」
「あなたの手元にある拠点登録の申請書と、不動産購入の証明書を見てご覧なさい」
ギルドの内部資料であるその紙には、パーティーメンバーの名前やランクの詳細、それに種族も書き記されている。そして不動産購入の証明書には、ここには居ないはずのラチエットのサインが入っていた。
「人族が二人と鬼人族が一人、獣人族が二人に小人族が一人、それに竜人族と妖精族って、何なんですかこのパーティーは!?」
「じっと見つめていると、勘違いした冒険者たちに誘われるから仕方がないけど、あなたはもっと自分が担当してる人に注意を向けた方がいいわよ」
「それにラチエットって、噂の人ですよね?」
「私は何度か話をしたことがあるけど、今の経営者の母親で間違いないわ」
若い受付嬢が恐る恐る後ろを見ると、虚偽判定の感知魔法を担当している職員が、現実を受け入れろという風に大きく首を縦に振った。
「うっ……うそぉぉぉーーーっ!?」
大きな叫び声が建物内に響き渡り、ラチエットが不治の病から生還したという話が、王都中に広く流れることとなった。
本人が懸念していた通り、悪魔の呪いで皮膚が醜く変質したという噂は、少なからず業績に影響していた。しかしそれが払拭されたことで、白銀土地建物商会は元の繁栄を取り戻すのだった。




