第90話 お風呂効果
部屋に戻ると、次は真白とコールとソラがお風呂場へと向かっていった。二人を引っ張るように部屋を出ていく姿は、俺と同じように楽しみにしていたのがわかる。
トラペトさんの姿が見えないが、少し用事があって退室しているらしく、また話をしに戻ってくるみたいだ。今日は一日付き合ってもらったので、仕事を溜めてしまったのかもしれない。
「一番に入らせてもらってありがとう、気持ちよかったよ」
「とーさんと洗いっこしてきた」
「堪能してくれたみたいで何よりだわ」
「ライムちゃんとあるじさまから、すごくいい匂いがするー」
「これは石鹸の香りなんですか?」
「頭の上もいい香りがしてるわ」
「すごくいい石鹸だったから、うちにも同じものを買おうと思ってるよ」
「ぜんしんが泡だらけになったんだよ、すごく楽しかった」
「雑貨屋でも売っているものだから、明日案内してあげるわね」
明日はラチエットさんの案内で、王都をあちこち回ることにしている。その足でギルドに行って拠点の登録や、お金の引き出しをやってしまう予定だ。
家を購入して拠点を登録すると、ギルドカードの表面にその情報が記載され、街へ入場する時のフリーパスになる。もちろんそれは街に税金を支払っているからで、一時的な活動の場になる本拠と、二ヶ所の通行税が免除されるという、ちょっとしたメリットも有る。
「石鹸で洗うのはとても楽しそうね、私も楽しみだわ」
「ライムちゃんの髪もツヤツヤしてるし、私も石鹸で洗うの楽しみになってきたー」
「しっぽもきれいにして、ご主人さまにいっぱいブラッシングしてもらいます」
「いつも以上にサラサラの手触りになると思うぞ」
「ライムもブラッシングしてあげるね」
「私は膝枕をしてあげようかしら」
こうして話をしていると、クリムとアズルもそわそわしだしたので、かなりお風呂に興味が出てきたんだろう。お風呂上がりでしっとりしたしっぽを乾かしながらブラッシングすると、ボリューム感も増しそうな気がして楽しみだ。
◇◆◇
真白たち三人が部屋に戻ってきて、入れ替わりにラチエットさんとクリムとアズルが、ヴィオレと一緒にお風呂へと向かっていった。お風呂上がりの三人は頬が上気しているので、十分温まってきたのがわかる。
「幸せな時間を過ごせたよー」
「お風呂は凄いです、リュウセイさんとマシロさんが拘っていた意味がわかりました」
「マシロとコールずるい、萎めばいいのに」
ソラのテンションが下がっていて、少し哀愁が漂っている。その原因は想像がつくが、真白はこの世界の人族だと上位ランカーだし、コールは身長のせいで数値以上に迫力が増すから仕方ないと思う。
手招きをするとトテトテとベッドに近づいてきて、そのまま胸に飛び込んできた。なでなでに合わせてスリスリ顔を擦り付けて甘えてくる仕草はいつも通りなので、別に怒っていたり落ち込んでいる訳ではなく、拗ねた風な態度で遊んでいる感じだ。
「お風呂は気持ちよかったか?」
「マシロとコール体あらってくれて、気持ち良くていっぱい甘えた」
「こんどはライムもかーさんとコールおねーちゃんと入ってみる」
「二人に挟まれてわかった、あれは人をダメにする凶器」
よっぽど気持ちよかったみたいだが、一体何をやっていたんだろう。興味はあるが、知ると戻れなくなりそうなので、追求するのはやめておこう。
「ソラちゃんの肌って、すっごくきめ細やかで綺麗なんだよ」
「すべすべでツルツルで、思わず抱きしめてしまいました」
「昔は肌カサカサしてた、マシロのご飯のおかげ」
「ライムも肌はすべすべだな」
「とーさんにおふろの中でも、いっぱい抱っこしてもらったよ」
「ライム羨ましい、少しわけて」
ソラがライムに抱きついて、ベッドに押し倒しながらもつれ合っているが、この二人は本当に仲が良くて可愛い。そんな時にドアがノックされて、返事をするとトラペトさんだった。
「……えっと、お取り込み中だったかな?」
「じゃれ合っているだけだから、気にしないでくれ」
そっとドアから覗いたトラペトさんの視線は、ベッドの上で睦み合うライムとソラに注がれている。肌の感触を確かめているソラの手がくすぐったいらしく、ライムが身をよじりながら笑い声を上げているので、危ないシーンにでも映ったのだろうか。
「ベッドを並べて広く使いたいと聞いていたから、どんな風に過ごしているのかと思ったけど、なるほど良くわかったよ」
「このパーティー、全員仲良し、家族と同じ」
「ライムのとーさんと、かーさんと、おねーちゃんたちだからね」
「素敵な夫と、可愛い娘と、仲良し姉妹だね」
「少し前まで他人だった私たちが、一緒のお風呂に入ったり一つのベッドで過ごしてるなんて、とても不思議な感じがします」
「俺も娘ができたり、こうして大勢に囲まれて暮らすなんて想像もしてなかったから、コールと同じ気持ちだ」
みんなの許可をもらって入ってきたトラペトさんもお風呂上がりで、屋敷に二つある小さな方の浴室で入浴を済ませてきたらしい。ラチエットさんと話がしたくてここに来てくれたが、まだ入浴中なので部屋で待ってもらうことにした。
「僕も職業柄、色々な家庭を見てきたけど、君たちのような人には出会ったことがないよ」
「流れ人という存在自体が、竜人族より希少だしな」
「異世界の料理は本当に美味しかった、ありがとうマシロさん」
「皆さんに喜んでいただいて良かったです」
「カスターネが、他の使用人にも調理法を伝えていくと張り切っていてね、あんなに楽しそうな姿を見るのは初めてだよ」
今日の夕食を思い出したのか、トラペトさんの目は遠くを見つめている。そんな話をしながら、俺はライムとソラの髪の毛をブラシで梳かし、真白とコールはお互いの髪を梳かしていく。
◇◆◇
最後にお風呂に入ったラチエットさんたち四人も部屋に戻り、全員でベッドに上がってゆったりした時間を過ごす。トラペトさんだけ少し離れた場所に座っているのは、話をしながらお酒を楽しみたいからだそうだ。
ラチエットさんが俺たちを子供や孫のように扱ってくれるからだろう、トラペトさんも飾らない姿を見せてくれていて、家族同様に迎えてくれた感じがとても嬉しい。
「あるじさまー、お風呂凄かったー」
「楽園はこんな近くにありました」
「石鹸ってとてもいいわね、これからは小さなお風呂の時も使わせて欲しいわ」
「私もクリムちゃんとアズルちゃんに体を洗ってもらえたし、トラペトがまだ小さかった頃を思い出して、懐かしい気持ちになったわ」
「ラチエットさんの肌ってすごく綺麗なんだよー」
「年齢を感じさせない、みずみずしいお肌でした」
「確かに、僕の目にもお母様は若返ったように見えます」
「若返ったは言い過ぎかもしれないけど、あんな状態だった体を一度に治してもらったから、きっとそのおかげね」
あの時はほとんど全身の皮膚を作り変える再生魔法だったから、そんな効果があってもおかしくない。その代わり竜人族の持つマナを半分近く使い切るという、膨大な量が必要だったわけだが。
「明日は私がラチエットさんと一緒にお風呂に入らせてもらおうかな」
「ライムもいっしょに入りたい」
「私もいい?」
「えぇ、マシロちゃんとライムちゃんとソラちゃんの、四人で入りましょうか」
「コールちゃんは私たちと一緒に入ろうねー」
「コールさんの秘密をじっくり観察させてもらいます」
「えっ!? そんなものは無いですよ?」
アズルがコールのまろやかさんをガン見しているが、恥ずかしそうにしているので、やめて差し上げなさい。
こうして、明日の組み合わせが決まっていったが、俺は一人でのんびり入れそうだ。
「私がリュウセイ君と入ってあげるから、安心してね」
肩に座っていたヴィオレがそっと耳打ちしてくれたが、全く安心できないぞ……
◇◆◇
「三人がかりなんてー、反則ですよぉー」
「まだ始まったばかりだから頑張るのよ、アズルちゃん」
「何を頑張ればいいんですかー、ラチエットさぁーん」
「私とリュウセイとライムの力、存分に味わうがいい」
「今までは二人同時が最高記録だったからな」
「アズルおねーちゃんと、クリムおねーちゃんは、しっぽが長いから三人でもブラッシングできるね」
「しっぽ全体とー、なでなでとー、上も下も全部気持ちいですー」
今日はラチエットさんの膝枕でブラッシングを開始したが、初の三人同時に挑戦してみた。結果は予想通りで、開始直後からアズルの液状化が止まらない。
「私ちょっと怖くなってきたんだけどー」
「一人だけ逃げるのはー、許しませんよぉー、クリムちゃぁーん」
「すごく楽しそうにしていますね、お母様」
「こうやって頭や耳を撫でさせてもらうには、とても嬉しいもの」
「ラチエットさんのなでなでー、大好きですー」
「ねぇトラペト、うちにいる獣人族の使用人にも、お風呂上がりにこうしてあげたいわね」
「喜んでもらえるなら、やってみても良いかもしれないですね」
この家は使用人も大切にしているし、家族同然に生活をしてるなら喜ばれると思う。確か犬人族の女性を見かけたが、フサフサのしっぽだったので、ブラッシングのやりがいも大きいだろう。
「いつもよりいい仕上がりになったぞ」
「本当ですかー、ご主人さまぁー」
「すごくフワフワだよ、アズルおねーちゃん」
「光いっぱい反射してる、とてもきれい」
きれいに整えられたしっぽは、いつも以上に光をよく反射して、手触りも更に良くなっている。
「私も触ってみたいけど、いいかな?」
「私もいいでしょうかアズルさん」
「私は抱きしめてみたいわ」
「かまいませんよー、でも優しくお願いしますー」
近くで見ていた三人も、しっぽのさわり心地を確かめて満足そうな顔になっている。ヴィオレは抱きついて全身で堪能できるので、ちょっと羨ましい。
「これは布団代わりにしたいくらいだわ」
「そんなに凄いんだー、ヴィオレちゃん」
「あなたのしっぽもこうなるべきよ、そうすれば私が二倍堪能できるわ」
「何をしたいのか良くわからないけど、覚悟はできたよー」
その日もクリムの間延びした声が部屋に響き渡り、ヴィオレが二つのフサフサしっぽに挟まれて幸せそうな顔になったのだった。
王都初日の夜はこうして更けていった。
裸の突き合い(何で突いたかは謎)




