第7話 一日の終り
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本日三回目の更新の一話目になります。
もう一話連投しますので、よろしくお願いします。
新しいスプーンをもらって食事を再開した後、二人共食べ終わってごちそうさまの挨拶をする。食器を下げてくれたシロフが戻ってきて、再びテーブルの対面に座ってくれた。
「すまないけど、洗濯ってどうすればいいんだろう」
「そうですね、このまま置いておくと染みになっちゃいますね」
「洗剤とか洗う道具は買ってこなかったんだ」
「この宿では洗濯の請け負いもやってるんですよ」
「そうなのか?」
「追加でお金はもらってるんですけど、私は洗濯の補助魔法持ちなんです!」
“ババーン”という効果音が出そうな感じに、シロフは両手を腰に当ててドヤ顔を決めた。確か緑が補助系の魔法だったはずだが、その色を持っているということか。
「この世界の魔法だと確か緑色だったな」
「そうなんです、うちの家族は全員に緑の魔法が発現していて、お父さんは料理の補助魔法が、お母さんは掃除の補助魔法が使えるんですよ」
「ここの緑の疾風って名前も、その辺りから来てるのか」
「料理もおいしかったし、ベッドもフカフカで、お部屋もすごくきれいだった!」
「そうなんだよライムちゃん、うちの家族はすごく宿屋に向いてるの」
「それだったら、これから洗濯もお願いしたいんだけど、構わないか?」
「ならライムちゃんはすぐ着替えさせてください、このまま放って置くと汚れが落ちにくくなりますから」
そう言われて一度部屋に戻ると、スープがかかってしまったかもしれない肌着やパンツも含め、全て着替えることにする。同じ黄色のワンピースだが、色が淡くてスカート丈の長いものに着替え、洗濯物を持って一階に降りていく。
「汁物がかかってるから、とりあえず全部着替えてきたけど、よろしく頼む」
「はい、そっちの方が確実なので良い判断です、まずは水につけておきますね」
「おねがいします、シロフおねーちゃん」
ライムにお姉ちゃんと言われたシロフは、満面の笑みを浮かべながら玄関フロアの奥にある扉から外に出ていった。恐らく井戸があるという裏庭に通じているんだろう。しかし洗濯のことはすっかり頭から抜け落ちていて、雑貨屋でも必要な道具を買ってこなかったので助かった。元の世界でも妹がやってくれていて、俺は干したり取り込んだりするのを担当していただけだから考えが及ばなかったが、さっき自分で言ったように失敗しながらでも色々経験して、出来ることを増やしていこう。
「すごく面倒見が良くていい人だな」
「ライム、とーさんの次に、シロフおねーちゃんが好き」
「ライムに好きって言ってもらったら、喜んでくれると思うぞ」
こうやってライムに自分のことが一番と言われるのは、やはり嬉しい。どこに行ってもライムは出会った人たちに好印象を与えているが、かく言う俺もすっかり虜になってるのかもしれない。見た目は小さな存在だが、多くの人を惹き付ける魅力を持ってるのは確かだろう。
◇◆◇
シロフが戻ってきてから、再びこの世界の生活様式を教えてもらったり、元の世界のことを話していたが、お腹が一杯になったからか、ライムが頭を揺らしながらウトウトしだした。
「眠いのか?」
「……うん」
「なら俺の膝の上に来るか?」
「……そうするー」
ライムを持ち上げて膝の上に乗せて、落ちないように腕で支えてやると、そのままもたれかかるように寝てしまった。
「リュウセイさんも疲れているのに、話に付き合わせちゃってごめんなさい」
「いや、こっちとしては色々聞かせてもらって、すごく助かってる。それに俺のほうが年下なのに、こんな話し方ですまない」
「リュウセイさんはお客様なんですし、たった二歳しか違わないんですから、名前も呼び捨てで構わないですよ」
「それなら俺のことも呼び捨てで構わない」
「さすがにお客様を呼び捨てにする訳にはいかないですから……リュウセイ君でどうでしょう」
「それで頼む」
「この世界では十五歳になると大人の仲間入りができるんだけど、やっぱり十八歳位にならないと落ち着きが出てこないものなの。でもリュウセイ君って十七歳なのに、すごく落ち着いて見えるね」
君付けで呼ぶことにしたせいか、口調も砕けたものに変化している。それにシロフの方が会話をリードしてくれるので、初対面なのにとても話がしやすい。
「昔から感情を表に出すのが苦手だったんだ、それに背が高くて顔つきも怖いと言われてたから、いつも不機嫌そうに睨らんでいるとか、思われることが多かったな」
「う~ん、リュウセイ君の顔は怖いって言うより、凛々しいって感じかな。それに鬼人族の男の人はすごく大きいし、顔ももっと怖い感じの人が多いよ」
「鬼人族っていうのは、額からツノの生えた大きな人のことか?」
「そうだよ、男の人は全員背が高いんだけど、女の人は背が低くて可愛い人が多いんだ」
街で何人もすれ違っているが、やはり男女で体格が大きく違う種族のようだ。獣の耳やしっぽが生えた人は獣人族で、他にも小人族やエルフ族がいるらしい。借りた部屋のベッドがとても大きく、大人三人でも寝られそうなサイズだったのは、鬼人族の男性を基準にしているからだそうだ。
「ライムちゃんが竜人族っていうのは驚いたけど、リュウセイ君にべったりだし、すごく可愛らしいよね」
「生まれてから初めて目にしたのが俺だったから、こうして懐いてくれているが、子供を育てたことはないからちゃんと出来るか少し不安なんだ」
ライムの頭をそっと撫でながら、つい本音を漏らしてしまう。頼ってくれる子供の前では、しっかりとした大人でいてやりたいが、年上の女性を目の前にして思わず言葉にしてしまった。
「私にはまだ子供がいないし、二人の事はこの宿に来てからしか知らないけど、すごくいいお父さんしてたから、きっと大丈夫だと思うよ。うちのお母さんは……ちょっと人見知りだから話は無理かもしれないけど、代わりに私が色々聞いておくから、わからない事があったら何でも言ってね」
「ありがとう、ただの宿泊客なのに色々気を使ってもらって嬉しいよ」
「私も話がいっぱい聞けるし、ライムちゃんを見てるとすごく幸せな気持ちになるから、気にしなくてもいいよ」
こう言ってくれてるので、ライムの着る服や生活に必要そうなものを聞いてみたが、今日中にもう一度雑貨屋に行くほうが良さそうだ。さっき出した洗濯物を見てもらった限り、着るものに関しては問題ないようなので、髪の毛を整えるブラシや帽子、それに子供が自分の物を入れるショルダーバッグを買い物リストに加えた。
◇◆◇
部屋に戻りライムをベッドの上に寝かせて、俺も少しだけ仮眠をとる。シロフにこの世界の様々なことを教えてもらい、生活していく上で必要なことを色々と知ることが出来たが、情報量が多すぎて頭がパンクしそうになって、少し疲れてしまった。
起きた後は散歩がてら雑貨屋に行き、買ったショルダーバッグの中にヘアブラシやハンカチを入れたライムは、それをたすき掛けにして、とてもご機嫌に歩いていた。頭には麦わら帽子のような形をしたものをかぶせているが、それもかなり気に入ってくれたみたいだ。これがあればツノも目立たないし、強い日差しの中を歩いても安心だろう。
再び部屋に戻って、履いていた靴を脱いでスリッパのような部屋履きに変えると、一段とリラックスできるような感じがする。こういった細かい所まで現地の人に教えてもらえたのは、とても幸運だった。
お昼が遅かったので夕食は軽めのものを頼み、部屋に運んでもらって食べ終えた後に食器を返しに行き、桶に入ったお湯を二杯購入して部屋に戻ってきた。
「ライム、服と靴を脱いでそこに立ってくれるか?」
「こんどは何をするの?」
「一日の汚れを取るために、今度は体全体をきれいにするんだ」
「その中に入ってる水で洗うんだね」
「この中には温かいお湯が入ってるから、これで全身を拭くと気持ちよくなるぞ」
「ほんと!? とーさん、早くやって!」
最初部屋に入った時にシャワールームかと思った、タイルが貼られて排水口のついた一角にライムを立たせる。三方を壁に囲まれているが、これも鬼人族の男性基準なのか、それなりの広さがあるので一緒に入っても大丈夫だ。ライムは小さいので頭からお湯をかけて、その後に全身を拭いていくことにしよう。
「頭からお湯をかけるから、目をつぶって息を止めてくれ」
「わかった!」
ギュッと目をつぶって口を固く閉じたのを確認して、桶のお湯を少しずつ頭からかけていく。髪の毛全体が十分濡れたのを確認してお湯をかけるのを止め、顔を軽く拭いて声を掛ける。
「もう大丈夫だぞ」
「あったかくて気持ちよかった」
「あとは絞った手ぬぐいて全身を拭いていくからな」
本当はシャンプーや石鹸で綺麗にしてやりたいが、限られたお湯しか使えないこの場所だと無理なのが残念だ。髪の毛を手ぬぐいで挟むように洗っていき、顔や耳の後ろも擦っていくが、きれいなツノは念入りに洗っておく。そして首元も拭いていったが、顎の下に少し硬くなった部分がある。吹き出物かと思ってランプの明かりを近づけてみたが、赤くなったり変色はしていないようだ。
「ちょっと硬くなった部分があるけど、触っても痛くないか?」
「そこ、とーさんに触られるとすごく気持ちいい、もっとやって」
直接触ってみたが、固くなっているというより、少し皮膚が厚くなってるような感じだ。いわゆる足の踵の部分みたいな手触りだが、確かゲームに出てくる竜はこの辺りに逆鱗があったはずだ。普通は触ると怒り出す場所だが、ライムは気持ちいと言ってるので、竜人族は別の意味を持っているのかもしれない。
本当に気持ちいいらしく、続けていると寝てしまいそうになったので、ベッドの上で続きをすると言い聞かせて、全身を拭いていく本来の目的に戻す。そして背中を拭いているとまた違和感がある、八の字型にちょっと盛り上がった部分があり、注意深く見るか触るかしないと気づかないが、ミミズ腫れのようにも思える。
「背中にもちょっと腫れたような部分があるけど大丈夫か?」
「そこは羽がしまってあるの」
「はね?」
「たぶんドラムじーちゃんの背中についてたのと、おんなじ感じかな」
「もしかしてライムも飛べるのか?」
「飛ぶのはむりだと思うけど、出してみる?」
「せっかくだから羽も拭いておこう」
ライムが少し力を入れるような仕草をすると、普通の皮膚と少し違う部分が一箇所に集まり、それが濃い緑色の小さな羽へと変化していく。確かにこの形は、ドラムについていた羽とよく似ている。
「とーさん、どう?」
「緑色で小さくてすごく可愛いな」
「ほんと!?」
嬉しそうな感情に反応したのか、その小さ羽もパタパタ揺れて、それがまた一段と可愛らしい。服を着ている時にこれを出しっぱなしにするのは無理だが、こうして体を拭く時には出してもらうのが良いかもしれない。反対側に手を添えながら羽も丁寧に拭いていくが、これも気持ちいいらしくとても嬉しそうにしていた。
下着姿でライムを洗っていた俺も全部脱いで頭を軽く流し、全身を拭いていく。背中はライムが拭いてくれたが、その一生懸命さが伝わってきて、とても気持ちが良かった。
◇◆◇
ベッドの上に胡座をかいて座り、その上にライムを乗せて今日の出来事を話していく。
「今日は色々なものがいっぱい見られて楽しかった!」
「まさか違う世界に来て、その日のうちにこうして美味しい食事が食べられたり、ベッドの上で眠れるなんて思ってなかったな」
「ご飯すごくおいしかったね」
「夕食につけてくれた果物も甘くて美味しかったよ」
「ライム、あれ大好き!」
「この街にも露店があるみたいだから、美味しそうな果物があったら買ってみようか」
「うんっ!」
日が昇る直前に山の中で目覚め、そばにドラゴンがいたのには驚いたが、それよりもいきなり父親になってしまった方がインパクトも大きかった。今日一日ライムと過ごしてみたが、素直で聞き分けもよく言葉遣いもしっかりしているので、子供を育てたことのない俺でも何とかやっていけた。むしろ言葉遣いに関しては、俺より優れているくらいだ。
この街では流れ人の俺に、みんなが親切にしてくれるのが嬉しい。それに顔を見てもむやみに怖がられないので、初対面の人ともちゃんと話をすることが出来た。元の世界では顔見知り以外に出来なかったことが、この世界では普通にやっていけている。電気や水道のない不便な世界ではあるが、俺にとっては住みやすいと感じたのが、今日一日生活してみた印象だ。
ドラムに聞いた限りでは、流れ人が元の世界に戻る方法はないという事だった。今のところは覚悟を決めて、二人でこの先も生活を続けていけるように、世界のことを学んで仕事も見つけないといけない。明日も冒険者ギルドに行って、その辺りのことや一番興味のある魔法のことも聞いてみよう。
ライムの髪の毛をブラシで整えながら乾かし、顎の下にある硬い部分を撫でたり軽くマッサージしつつ話していたが、全身から力が抜けてうつらうつらしだしたので、そのまま抱きかかえるようにベッドに横になった。俺も少し昼寝をしたにもかかわらず、すぐ夢の中へと旅立っていけた。
ライムのセリフは全体のバランスを見ながら、なるべく均一に漢字を織り交ぜているので、場面によって漢字だったり平仮名だったりします。
(敬語は挨拶やお礼以外はうまく話せません)
人格も実年齢と体格年齢と精神年齢がバラバラなので、かなりファンタジーなキャラ付けになっています(笑)