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第86話 英雄と妖精

 さすがに船乗りだけあってこの波で体調を崩す人はいなかったが、船の安全確認や操作を悪天候の中続けているので、少し大きな怪我をしている人もいた。その人たちの治療を続けているうちに、波もだいぶ収まりはじめ、大きく揺れることが少なくなってきた。


 その時、廊下から一人の男性が部屋に飛び込んでくる。



「船長! 緊急事態ですぜ」


「そんなに慌ててどうした、波も収まってきてるのに何がおこったんだ?」


「それが、水樽の留め金が傷んでたようで、外れた勢いで何個か巻き込んで壊れちまいやした」


「なっ、なんだとっ! 被害状況はどうなってる」


「無事なのは空になった水樽ばっかしで、水の入ったのは一個しか残ってねえです、このままだとヤバイですぜ」


「なんてこった……」



 いくら妖精が宿っている船とはいえ、中の設備までは完全には守れないんだろう。自分たちで使う分の水は多めに持ってきているので、それを使ってもらうことにしよう。



「俺の収納魔法で水はある程度運んでるから、それを提供するよ」


「そうしていただけると助かります」


「水を貯蔵している場所に案内してもらっても構わないか?」


「へい! こっちでさぁ」



 案内してもらった場所には、壊れた樽の残骸が散乱していて、床にもまだ少し水が溜まっている。床に固定するように備え付けられていたみたいだが、レールのようになった金属の部分がねじ曲がっているので、連鎖的に他の樽も巻き込んでしまったようだ。


 水樽を満載した荷車を取り出すと、周りから歓声が上がる。ここでは船で提供された水も使っていたので、自分たちで持ってきたものは、ほとんど減っていない。さすがにこの船にいる人全員は賄えないと思うが、ある程度の足しにはなるはずだ。



「あの、足りない分は私の生活魔法で補充しましょうか?」


「さきほど清浄魔法を使われておりましたが、照明魔法もお客様が発動されているのですよね?」


「はい、これも私の魔法ですよ」


「魔法の同時発動といい、三枠お持ちのことといい、もしかすると英雄様なのでしょうか?」


「えっ!? 私はただの冒険者ですけど……」


「「「「「絶対違うだろ」」」」」



 周りから一斉に突っ込まれたコールが怯えてしまったので、抱き寄せて頭を撫でながら落ち着かせる。まぁ、その気持はわかるが、こんな状況でもなかったら、こうして誰かの前で魔法を使うことは無かったしな。



「今は緊急事態なんだから、詮索しないでもらえると助かるよ」


「たしかに仰るとおりです、お客様たちがいらっしゃらなければ、事態は深刻化していたのは間違いないでしょうから」


「とりあえず俺たちの中で製水の使えるやつを集めてこい、嬢ちゃん一人に任せるなんて男がすたる!」


「「「「「へいっ!」」」」」


「俺に何か出来ることはあるか?」


「船が揺れた時に転ばないように支えてもらえると嬉しいです」


「それくらいお安いご用だ、任せてくれ」


「コールさんチャンス(好機)だよ、頑張ってね!」



 俺が他人と仲良くする姿を応援してくれる気持ちはありがたいが、変に意識しするとコールが可哀想なので程々にしてやって欲しい。


 コールの身長だと水の投入口が高すぎるので、別の荷車からライムがお手伝いの時に使う踏み台を用意する。そこに立ったコールを後ろからそっと支えると、顔の位置が同じくらいの高さになるので、いつもと違う感じがして新鮮だ。



「私も近くにいるけど、無理してはダメよ」


「はい、ありがとうございますヴィオレさん」



 まだ船は波の影響を受け続けているものの、突然大きく揺らぐことは無くなってきた。集まってきた船員たちと一緒に、無事な水樽に製水魔法で補充していくが、一人また一人とマナ不足で脱落していく。



「あの子すごいな」

「俺たち全員で樽一個が限界だったのに、もう二樽目だ」

「鬼人族はマナが少ないはずなのに、一体どうなってんだ?」

「ここを照らしてる照明魔法も、あの子が発動してるっすよ」

「魔法も三枠持ってるって話ですぜ」

親分(船長)も英雄様って言ってたしな」


「「「「「それならアリだな!!!!!」」」」」



 マナ切れを起こした船員たちが、樽の残骸を整理しながらコールの話をしているが、英雄ということで勝手に納得してくれたみたいだ。真横に見えるコールの顔は少し恥ずかしそうだが、自分たちの特殊な魔法を説明しないで済むから放っておこう。



「マナの流し過ぎで気分が悪くなったりしてないか?」


「治癒魔法と違って一気に流れるわけではないので、大丈夫ですよ」


「最低限必要な分だけ溜めて、また明日ここに来てもいいから、頑張りすぎないようにな」


「海水をかぶって濡れていた人もいましたし、こんな悪天候で頑張ってくれている船員さんたちにも使ってもらえるように、少し余分に溜めておきます」



 船長がとりあえず乗客の分と言ったことを気にしていたんだろう、そんな優しいコールの頭を撫でると嬉しそうな顔になって、製水魔法に集中し始めた。



「部屋の空気がすごく甘くなった気がするんだが……」

「ちくしょー、俺にもうるおいが欲しいっ」

「海の(おとこ)に女なんて必要ないぜ!」

「あっ、オイラ王都に彼女できたんっすよ」

「何だとてめぇ、抜け駆けしやがって!」

「お前さっき女は要らないって言ってたじゃないか」

「オレ、あんな女房が欲しい」

「控えめで優しくて恥ずかしがりな所が最高だ」


「コールさんは渡しませんよっ! どうしてもって言うなら、お兄ちゃんを倒してからにして下さい」



 こらこら真白、俺をダシにして(あお)るんじゃない。

 ライムがいれば負けないが、俺一人だと鬼人族の男性には絶対かなわない。



◇◆◇



 かなり余分な量の水を溜めたので結構時間がかかってしまい、終わる頃には船の揺れもだいぶ収まってきていた。人族や鬼人族の船員たちに、熱烈なプロポーズを受けて困った真白とコールは、俺に寄り添ったまま離れなくなってしまっている。そんな姿をかなり冷やかされてしまい、最後は船長がキレたことでようやく収拾した。


 そんなにぎやかな場所を後にして部屋に戻ってみると、ラチエットさんとカスターネさんが、まだ起きていて出迎えてくれた。



「遅くなってしまってすまない」


「起きて待っていてくれたんですね」


「あなた達が頑張っているんだから、先に寝ることは出来ないわよ」


「他の皆様もお待ちすると言っておられましたが、先に寝ていただいております」



 寝台の方を見ると手を取り合って眠るクリムとアズル、ソラの横で寝ているライムの姿がある。近づいていってライムの頭を撫でると、無意識に体が動いたのだろう、いつものようにシャツを握りしめて縋り付いてきた。



「いつもリュウセイさんに抱きついて寝てるのは、こんな感じに体が勝手に動いてたんですね」


「リュウセイさんとライムちゃんは、父娘以上の絆が感じられるわね」


「お二人の関係は父娘でもあり、恋人でもあり、親友でもある、わたくしはその様に感じております」



 ライムには俺と一心同体になれるという、かなり特殊な魔法が発現しているし、簡単には()かつことの出来ない繋がりがあるのは確かだろう。


 そんな可愛い娘の頭を撫でながら、今日はもうそのまま寝てしまおうと思った時、ヴィオレが俺の頭からスッと離れていった。向かっているのは部屋の上部にある換気口だが、そこは時々ヴィオレも利用している通路だ。



「あらあら、ここまで来てくれたの?」


「……………」


「恥ずかしがらなくても大丈夫よ」


「……………」


「それにあの人の近くってとても居心地がいいから、あなたでも大丈夫だと思うわ」


「……………」



 相手の声は小さすぎて聞き取れないが、間違いなくこの船に宿っている妖精だろう。しばらくその場でやり取りしていたが、話していた相手を連れて下に降りてきてくれた。



「この子はドーラという名前なのよ」


「……はっ、はじめまして」



 少し幼い印象がある船の妖精は、毛先に向かって薄くなる茶色いグラデーションの短い髪で、背中にはセミのような羽が四枚ついていた。ヴィオレの後ろに隠れるようにして、恐る恐るこちらを見ている。



「俺は龍青というんだ、よろしくなドーラ」


「うわー、すっごく可愛いね、私はお兄ちゃんの妹で真白って言うの、よろしくね」


「他の妖精にも出会えるなんて感動です、私はコールといいます、よろしくお願いしますドーラさん」


「……はぅっ!!」



 こちらを向いていたドーラは、後ろにいた真白たちに意識を向けていなかったようで、突然声をかけられたことに驚いて、俺の頭の後ろに隠れてしまった。


 髪の毛を握りしめながらそっと覗いている感じだが、その体からは震えが伝わってくる。かなり勇気を出してここまで来てくれたみたいで、彼女の健気な気持ちがとても嬉しい。



「あらあら、驚いてしまったのね」


「……私、他の種族の人と話さないから、まだちょっと怖い」


「でも、その人は大丈夫でしょ?」


「……思わず隠れちゃったけど、言われてみれば平気、どうしてだろう?」


「お兄ちゃんばっかりずるいなぁー。でも、驚かせちゃってごめんね」


「私も急に声をかけてしまってごめんなさい」


「……ここにいたら怖くないから、もう大丈夫」



 ヴィオレも俺の頭に戻ってきて、いつものように掴まってくると、ドーラも並ぶようにしがみついてきた。そしてそこに、コールに呼び出してもらったヴェルデも降り立ち、一気に頭の上がにぎやかになる。



「……この子って精霊?」


「この子はコールちゃんの守護獣で、ヴェルデちゃんよ」


「ピッ」


「……私はドーラ、よろしくね」


「ピーッ」


「凄いわカスターネ、この人たちといると次々信じられないことが起こるわね」


「はい奥様、二人目の妖精様にお会いできるなんて夢のようです」



 ドーラも守護獣には気後れしないのか、頭の上で仲良く寄り添っているみたいだ。そんな光景を目の前にしたラチエットさんとカスターネさんも、優しく微笑みながら見入っている。



「ドーラはどうして怖い思いをしてまで、ここに来てくれたんだ?」


「……みんなにお礼をしたかったから」


「それをわざわざ伝えに来てくれたなんて、ちょっと感動しちゃうな」


「こうして会いに来てもらえるのは、すごく嬉しいですね」


「ドーラは船を守ってくれていたんだろ、こっちこそ感謝してるよ」


「……私には中にいる人は助けられないから、本当にありがとう」


「かなり力を使わせてもらったけど、ドーラちゃんの方は大丈夫かしら?」


「……ここにいる人は、私や船をすごく大切にしてくれてるから大丈夫」



 船長はお供えを欠かさないと言ってたし、船員たちもこの船のことが好きなんだろう。そういった思いが、妖精の力になってるんだな。




 色々話したいこともあるが、かなり遅い時間になってしまっているので、その日は眠ることにした。ドーラも俺の頭の上を気に入ってしまったらしく、今夜はここに泊まっていくみたいだ。何が原因で妖精や守護獣の過ごしやすい環境になっているかは不明だが、悪いことではないだろうし深く考えるのはやめよう。


 それよりきっと明日の朝、目覚めたソラが興奮したり、ライムが喜んでくれるに違いない。そっちの反応が楽しみだ。


船長の中の人は、大木民夫さんの声で脳内再生されていました。

(あちらは艦長ですが)


妖精の髪の毛は全員がグラデーションになっています。

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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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