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第85話 時化

 この船に乗っている子供がライムとモニカだけだったこともあり、二人はすっかり仲良しになった。手をつないで甲板を走っている姿は、他の乗客や船員にも好意的に受け取ってもらっているようで、船という閉鎖された空間の癒しになっていた。


 船はかなり沖の方に来ていて陸地は見えなくなったが、見渡す限りすべて海というのはとても気持ちがいい。窓のない部屋なので、頻繁に甲板まで行って過ごしている。


 三日目の昼間もみんなでのんびり風に当たりながら過ごしていたが、夕方から風が強くなり海が荒れだした。船員によると、春の初めはこうして荒れることがあるらしく、危ないので乗客は船室に戻るよう指示があった。



◇◆◇



「リュウセイやみんなと出会えた、短いけど幸せな人生送れた、それも終わる悔いは無い」


「しっかりするんだソラ、そんな弱気なことでどうする」



 寝台に横になっているソラの顔色は悪く、弱々しく差し出された手を握りしめながら声をかける。



「自分の体、自分が一番知ってる、もう長くない」


「明日の朝にはきっと回復する、それを信じて諦めるな」


「でも、この揺れ、耐えられな……うっ」


「もう喋るんじゃない、静かに横になってるんだ」


「船酔いは浄化魔法でも治せないから、そのまま安静にしててね」



 波に翻弄されて揺れる船の環境に耐えられず、ソラが船酔いでダウンしてしまった。他のみんなは大丈夫そうだが、立っているとバランスを崩しそうになるので、全員が床に固定されたソファーや寝台に座っている。



「みんなただいま、力を使う許可をもらってきたわ」


「すまないヴィオレ、ソラがもうダメっぽいからよろしく頼む」


「少し強めに使うから、気持ちの悪さもすぐ消えて眠くなってくるはずよ」



 妖精の使う魔法は、その場所や植物の力を借りて行使する。つまりこの船の中で大きな魔法を使うには、ここにいる妖精に許可をもらう必要があるらしい。


 ソラの上に移動したヴィオレの羽から優しい燐光が降り注ぐと、すぐに苦しそうだった顔が穏やかに変わっていった。


 ヴィオレの持つ花魔法は興奮や心の乱れを抑え、眠気を誘発する効果も持たせられるようなので、今回はそれを強めに使ってもらうことにした。



「楽になってきた、ヴィオレ救世主、ありがとう」


「明日の朝までには波も収まると言っていたし、今日はもう眠ってしまうといいわ」


「うん、そうする、お休みみんな」


「お休み、ソラ」



 目を閉じたソラの頭をゆっくり撫でていると、穏やかな寝息が聞こえてきたのでもう問題ないだろう。他の乗客たちは大丈夫だろうか、そんな事を考えているとドアからノックの音が聞こえた。


 扉を開けると、揃いの服がトレードマークの若い船員が立っていて、部屋を回りながら乗客の安否確認をしているということだった。その男性も揺れた拍子にどこかにぶつけたのか、頬に切り傷がある。



「怪我をしてるみたいだが大丈夫か?」


「これくらい平気っすから、気にしないで下さい。オイラは他の部屋も回らないといけないっすから、このへんで失礼します」


「あっ、ちょっとだけ待って下さい、すぐ治療しますから」


「えっ!? 白の魔法使えるんっすか」


「少し動かないでくださいね」



 真白に触られた若い船員は恥ずかしそうに頬を染めていたが、呪文を唱えると傷がすぐ治り、部屋の鏡で確認しながら驚いていた。



「オイラ治癒魔法を使ってもらったのは初めてっすが、凄いっすね」


「他にも怪我をした人はいませんか?」


「他にも何人か怪我をした船員と乗客の方がいるっす」


「船の揺れで気分が悪くなった人もいるかしら?」


「……だっ、誰っすか、この小さな人は」


「私は花の妖精よ、体調の悪くなった人がいるなら、少しだけ楽にしてあげることが出来るわ」


「よっ、妖精なんて初めて見たっす、ホントに実在するんっすね……」



 この船にも妖精がいるみたいだが、誰も見たことがないんだろうか。若い船員は驚いた顔で、左右に移動しながらヴィオレをまじまじと見ていた。



「魔法を何度も使って大丈夫なのか?」


「あの子にも中の人のことをお願いされたから、大丈夫よ」



 物や動植物にしか関心がないと言っていたが、自分が宿っている船にいる人たちは、妖精にとっても大切な存在なんだろうな。


 驚いたり感心したりする船員に連れられ、この船の船長に協力をお願いしに移動を開始した。メンバーは俺と真白とヴィオレに加え、生活魔法で明かりを出してくれるコールも参加する。揺れのせいで火を使う明かりが制限されており、船内がいつもより暗いので照明魔法はとても助かる。



◇◆◇



 船長に事情を説明すると快諾してもらえ、一緒に船内を見て回ることになった。まずは大きな部屋を利用している人たちの様子を見るために廊下を歩くが、時々大きく揺れるのでバランスを保つのが大変だ。



「おっと……大丈夫か、二人とも」


「うん、ありがとうお兄ちゃん」


「ありがとうございます、リュウセイさん」



 バランスを崩した二人に手を伸ばし、壁を背にして抱きかかえながら支える。とにかく不規則な揺れ方をするので、慣れているはずの船長も壁に手をついて体を支えている。



「ここまで揺れることって結構あるのか?」


「これほど酷い時化(しけ)は、滅多にありませんね」


「ちょっと運が悪かったね」


「お客様にもご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「自然現象だから仕方ないし、気にしないで欲しい」


「そう言っていただけると幸いです」



 映画で見るような転覆しそうなほど船が傾いて、波が甲板まで上がってくるほど荒れているわけではないが、木造の船なので少し不安もある。


 三人で支え合うようにしながら歩いていくと大きな扉があり、船長がノックをして部屋の中に入れてもらう。そこには中年の男性とベッドに横になっている女性がいて、近くにいる使用人らしき人が心配そうに見守っていた。



「お加減はいかがでしょうか?」


「一体この揺れはいつになったら収まるんだ?」


「一時的な天候の悪化ですので、明日の朝までには波も穏やかになると思います」


「船長に文句を言っても揺れが収まるわけではないが、妻があの状態なのはワシも辛い」


「その件でこちらの方々が、船酔いの軽減と怪我の治療をしてくださると、協力を申し出て下さいました」


「こんな若い連中にそんなことが出来るのか? 信用できるんだろうな」


「彼らは特別依頼の達成者でございます、それに妖精をお連れになっておりますので、信頼に足る人物と(わたくし)が保証いたします」



 俺と真白が模様の入ったギルドカードを差し出し、ヴィオレが頭から離れて空中に浮かんで微笑むと、それを見た中年男性の顔が驚きに変わる。



「こっ、これは失礼なことを言った、非礼を許して欲しい。使用人の一人も怪我をしているから、診てもらっても構わないかね」


「はい、怪我をしたかたは私が治療しますね」


「私は寝ている女の人を診てくるわね」



 妖精魔法で顔色の悪かった女性は静かに眠り始め、治癒魔法で使用人の女性も擦り傷がきれいに治療された。何度もお礼を言われながら部屋を後にし、別の場所へと向かう。



「やはりお二人の持つ特別依頼達成のギルドカードと、ヴィオレさんの存在というのは凄いですね」


(あきな)いを営む者にとって、妖精というのは敬うべき存在です。それに、この船にも妖精がいらっしゃいますので、こうしてその存在を拝見することが出来て、大変感動しております」


「あら、あなたはこの船に宿っている妖精に気づいていたの?」


「私はお姿を見たことはないのですが、先代の船長よりお供えを欠かさぬよう、厳命されております」


「あの子は茶色の焼き菓子が好きみたいだから、大切にしてあげてね」



 とてもいい話を聞けたと、船長の顔が嬉しそうにほころんだ。そうやって大切にしてあげれば、妖精ともいい関係を築くことができ、航海の安全にもつながるだろう。



◇◆◇



 何室も部屋を回り、次に訪れた場所にはモニカとその両親がいた。ベッドに横たわっているモニカの症状はかなり重いようで、何度か嘔吐もしてしまったらしい。



「……マシロおねえちゃん…コールおねえちゃん……リュウセイおにいちゃん、それにようせいさんも」


「すぐ楽になるから、もう少しだけ我慢してね」


「からだがへんなの……たすけて」


「今から私の魔法をかけるから、そのままじっとしててちょうだい」



 ヴィオレの羽から優しい光が降り注ぐと、苦しそうだった表情が穏やかになってくる。今日は何度も目にしているが、その光景はとても神秘的で映画や絵本のワンシーンに見える。



「どう? 楽になってきた?」


「うん、へんなかんじがきえてきた、ありがとうおねーちゃん、ようせいさん」


「眠たくなってきたら、そのまま寝てしまうのがいいわよ」


「さっきまでねむたくならなかったけど、らくになったらねむく……な………」



 モニカのまぶたがスーッと閉じていき、やがて静かな寝息が聞こえてきた。小さな子が苦しんでいる姿は見ている方が辛いが、これでもう大丈夫だろう。



「モニカちゃん汗をかいてますから、着替えさせたほうがいいですね」


「私が清浄魔法をかけますから、着替えを用意してもらっても構わないですか?」


「はっ、はい、すぐ用意します」



 こちらをボーッと見ていたトニックさんとクロマさんが、慌てて荷物を取り出して着替えを用意してくれる。その間に真白とコールが服を脱がせると、清浄魔法をかけて用意してくれた服に着替えさせ、ベッドにそっと横たえる。



「私たちより手際が良くて、しっかりしているわ……」


「僕の家にいた世話係の使用人がこんな感じだったよ」



 短期間とはいえマリンさんの手ほどきを受けてるから、子供の世話に関しては王宮仕込みと言っても過言でないかもしれない。二人からこんな感想が出てくるということは、それだけ多くのことを学ばせてもらった成果だな。



「少し体が冷えてるので、今夜は暖かくして眠らせてあげて下さい。明日の朝までには波も収まるらしいので、このまま寝ていれば大丈夫だと思います」


「また何か起きたら、深夜でも構わないから俺たちの泊まっている部屋まで来てほしい」


「本当にありがとう、君たちがいてくれて助かったよ」


「私たちは見守ることしか出来なかったから、すごく辛かったの」



 二人と少しだけ話をして、次の部屋に向かって移動する。そんな調子で全ての部屋を回っていき、最後は怪我をした船員の手当のために、乗務員たちのいる区画へと向かった。


子供が自分の症状を具体的に伝えられるようになるのは、小学生くらいからと言われています。

資料集は87話と同時に更新しますが、モニカの年齢設定は3歳です。

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後日談もよろしくお願いします!

色彩魔法あふたー
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