第84話 乗船
新章の開始です。
数話の移動編を挟んで、いよいよ王都での生活が始まります。
ラチエットさんが旅客船の手配を頼んでくれた結果、六日後の便に予約キャンセルが見つかった。この街の貴族が使用人を連れて王都に行く予定だったが突如延期になり、八人で使える部屋に空きができたらしい。貴族本人が使う予定だった二人部屋は既に別の借り手が付いていたが、ラチエットさんもカスターネさんも雑魚寝で構わないと言ってくれたので、八人部屋を十人で使えるように手配してもらった。
使用人が使う予定だった部屋なので設備は最低限とのことだが、元々固まって寝るメンバーばかりだし、妖精や子供もいるから広さとしては十分だ。
出発までは食材の買いだめや作りおきで、カスターネさんの持つ技術やレシピを次々披露してもらい、真白が大喜びだった。出来たものをどんどん収納してくれるヴィオレも大活躍だ。
ラチエットさんの魔法は緑の風属性で生産の技能補助があり、裁縫が得意ということを教えてもらった。これにはソラが大喜びで、服の直し方や作り方を熱心に習い、ヴィオレの水着もさらに洗練された新しいものが完成している。
そして、いよいよ出発当日の朝になった。
―――――・―――――・―――――
港に到着すると、長いマストが立った船が何艘も係留されていた。一番大きな船でも、地球にあるような豪華客船と比べれば小さいが、整然と並んでいる姿はとても絵になる。
自分達が利用するのは荷物と人を同時に運ぶ、貨客船と呼ばれる中型の船だ。ラチエットさんが色々教えてくれたが、人と車やトラックを同時に乗せられる、フェリーみたいな船のようだ。
「おっきくてカッコいいね!」
「この大きさいい、形も美しい、一種の芸術」
「帆を張った姿もきれいだろうな」
船旅の経験があるラチエットさんやカスターネさんを除き、他のみんなは船の大きさや形に興味津々で、岸壁を移動しながら船首から船尾まで眺めたりした。俺や真白もここまで大きな船はテレビでしか見たことがなく、やはりその迫力に圧倒される。
乗船すると広い廊下に案内板が貼り付けてあり、それにはグレード別にわけられた区画や、スイートルームみたいな船室も記載されていた。共同で使える厨房もあり、水も豊富に用意されている。
八人部屋には窓がないが、これは仕方がないだろう。
「雑魚寝っていうから、もっと質素な部屋を想像してたんだけど、家具も一通り揃ってるし十分快適だよね」
「寝る場所も結構柔らかいよー」
「寝具はあちらの箱の中にしまわれているみたいです」
一段高くなった場所が就寝スペースになっていて、布団は押し入れっぽい収納から取り出して使うようだ。この辺りは少し日本的で、俺と真白にとっては馴染み深い。
ここは一番ランクの低い部屋らしいが、十分すぎる品質のソファーやローテーブルも置いてあり、やはりそれなりの収入がないと船旅は難しいんだというのがわかる。手配から支払いまで全て負担してくれたラチエットさんには、感謝しないといけない。
「こんな豪華な旅をさせていただいてもいいんでしょうか」
「気にしなくていいわよ、コールちゃん。私もカスターネも皆さんと一緒にいると楽しいし、安心できるもの」
「こうして皆様と王都まで行くことが出来て、わたくしも嬉しゅうございます」
「ここには妖精もいるみたいたし、安全に旅ができそうよ」
「ヴィオレおねーちゃん、その妖精さんに会える?」
「みんなに会ってくれるかはわからないけど、私は一度挨拶をしておくわね」
船に宿る妖精がいるというのは以前聞かせてもらったが、ここにもいるのなら一度会ってみたいな。王都まで順調に航海できれば五日でつくらしいので、その間に挨拶できる機会が訪れることを祈ろう。
◇◆◇
沖に出るまでは帆を張ったり角度を調整したり、船員が甲板を忙しく動き回っているそうなので、邪魔にならないように船室で過ごし、しばらくしてから全員で外に出てみた。
「風が気持ちいね、お兄ちゃん」
「とーさんといっしょに走った時みたいに速いよ」
「陸の景色がどんどん流れていくな」
チェトレと王都は陸が大きく湾曲した形になっているので、そこを一直線に最短距離で進む船が重宝される。どんどん沖に向かって進むことになるから、そのうち陸地も遠くなっていくだろう。
「あるじさまー、あっちに白い鳥が見えるよー」
「クリムちゃん、あまり身を乗り出すと危ないですよ」
「ピピーッ」
「あまり遠くに行かないでね、ヴェルデ」
「ピッ!」
手すりから身を乗り出して船の近くを飛んでいる鳥を指差すクリムを、アズルが心配そうに見ている。あまり端に近寄ろうとしないのは、もしかすると高い場所が怖いのかもしれない。仔猫の頃に川に落ちかけた経験もあるし、苦手意識を持っていても仕方ないだろう。
「ヴェルデちゃんは飛ぶのが速いわね」
「妖精どれくらい飛べる?」
「速く飛べる子もいるみたいだけど、花の妖精はみんなのんびりしてるわ」
船と並走する鳥に触発されたのかヴェルデも飛び出していったが、うまく風を捉えているみたいで滑空するように飛行している。一気に上昇してみたり空中で旋回したり、とても楽しそうだ。
「こうして王都に戻れる日が来るなんて、感無量だわ」
「若旦那様にはお知らせしているのでしょうか?」
「別の船便で手紙を送ってるから、迎えに来てくれるんじゃないかしら」
「きっと心待ちにしてくださっていると思います」
もう二度と戻らない覚悟をしてチェトレまで出てきたラチエットさんの顔は、泣いてしまいそうな笑顔に見える。数日付き合ってみたが、やはり優しくて温かい人で、全員の母親のようになってしまった。そんな人の力になれて、本当に良かったと思う。
◇◆◇
甲板には何人かの人たちが出てきて、海を眺めたり談笑したり思いおもいに船旅を楽しんでいる。みんな身なりの良い人ばかりで、普段と変わらない格好をしている俺たちは少し目立ってしまっていた。
何か言われたりしないのは、みんなと笑顔で話しているラチエットさんと、使用人の格好をして寄り添っているカスターネさんの存在があるからだろう。裕福な家庭の婦人が親戚の子供たちを連れて王都観光、なんて思われたりするんだろうか。
「そういえばみんな、船酔いは大丈夫?」
「かーさん“ふなよい”ってなに?」
「船ってゆらゆら揺れるから、それで気分が悪くなっちゃったりする事があるんだよ」
「ライムは大丈夫」
「俺も平気だな」
船旅は初めてだが、特に調子が悪くなったりはしていない。たしか風に当たるといいとか、遠くを見るのもいいとか言われてた気がする。今のこの状態はまさにそれだな。
「私も平気、気持ち悪くなったら、リュウセイに抱っこしてもらう」
「あっ、それいいねーソラちゃん。私も気分が悪くなったら、あるじさまにお願いするよー」
「その時は私も同じ状態だと思いますから、一緒にお願いします」
「もしかしてクリムとアズルは、体の不調がシンクロするのか?」
「うん、そうだよー」
「昔から体調が悪くなる時は、二人同時でした」
「双子ってそんなことが起こるんですか?」
「他の双子は知らないけと、私とアズルちゃんはそうだったんだー」
「不思議と体調不良は同時に起こっていたんですよ、コールさん」
この話は初めて聞いたな。
まぁ、同時に体調が悪くなったら二人一緒に看病してあげよう。
「お腹が空きすぎると船酔いになりやすいって言われてるし、おやつも色々作ってあるからみんなで食べようね」
「私は街を出る前に買った新しいハチミツをお願いね」
「乾燥させた果物入ったケーキ、あれ好き」
「マシロちゃんの作るお菓子を食べるの楽しみだわ」
「わたくしもマシロさんに新しいお菓子や料理を教えていただきましたので、王都に戻ったら作ってみたいと思います」
「息子が喜んでくれそうね」
王都にいるラチエットさんの息子は新しい物好きで、珍しい料理を作る店があると聞けば、家族や使用人を誘って食べに行ったりしたそうだ。この世界に無いパン粉を使った料理や、ピザトーストをカスターネさんに伝授しているようなので、きっと喜んでくれるだろう。
「おにいちゃんのあたまのうえにのってるひと、だーれ?」
幼い声が聞こえてズボンを引っ張られたので下に視線を向けると、ライムより若干背の小さい少女がこちらの方を見上げていた。ヴィオレのことに気がついてここまで走ってきたんだろう、甲板の向こうから男の人と女の人がこちらに近づいてきている。
「あらあら、可愛い子ね、私は花の妖精のヴィオレというのよ」
「はなのようせい?」
「お花が大好きな妖精なのよ」
「ここ、おはなないよ?」
「お花はないけれど、私はこのお兄ちゃんと仲良しだからここにいるの」
「ようせんさんとなかよしなんて、すごいねおにいちゃん!」
「ヴィオレは大切な仲間で、大事な家族なんだ」
話しかけてきた子供に合わせてしゃがんで話していたが、向こうの方にいる二十代くらいの男女が、ハラハラしながらこちらを見ている。変わった組み合わせの集団だから、話しかけるのを躊躇っているのかもしれない。
「こっちのちいさなこもかぞく?」
「とーさんと、あっちにいるかーさんの子供でライムっていうの、よろしくね」
「わたしのなまえはモニカなの」
「私はライムちゃんの母親で真白っていうの、よろしくねモニカちゃん」
同じようにしゃがんだ真白が自己紹介をして、周りにいたメンバーたちも次々挨拶をしていく。それを見た両親もこちらに近づいてきて、それぞれ挨拶をしてくれた。
トニックさんとクロマさん夫婦は、仕事の都合で王都に引っ越しが決まり、荷物と一緒にこの船で移動しているらしい。一旦仮住まいで生活をし、自分たちの家を探したいと言っていたので、ラチエットさんが色々相談に乗ってくれていた。
「あっちのおんなのこは、だれのこども?」
「私、小人族だから、これでも大人」
「こびとぞく、はじめてみたー、よろしくね」
ソラも相手がまだ小さな子なので気を悪くすることもなく、身長の近い同士で仲良く話をしている。クリムとアズルがしっぽを触らせてあげたり、コールが抱っこしたりして楽しそうだった。もちろん俺も肩車したり、真白も抱っこしてあげた。
モニカはコールと真白の抱っこをすごく気に入ったらしく、母親にその心地よさを一生懸命説明していたが、子供の素直な感想というのは時には残酷だ。必死に気遣うトニックさんの姿を、そっと応援した。
貧乳はステータスだ!希少価値だ!




