第82話 出迎え
二人の家を後にして、転移魔法で海岸まで戻ってきた。真白の顔色は普段と変わらないくらい回復しているが、治療の後に抱き寄せてからずっと甘えっぱなしなので、やはりおんぶして帰ろう。
「家まで俺が運ぶから、背中に掴まってくれ」
「いいの? お兄ちゃん」
「今日は頑張ってくれたし疲れただろ? 遠慮しなくてもいいぞ」
「わーい、ありがとうお兄ちゃん」
後ろから首に抱きついてきた真白の膝裏に腕を入れて持ち上げる。こうして妹をおんぶしたのなんて、小学校以来じゃないだろうか。その頃には感じなかった、二つのまろやかなものが背中に押し付けられるが、意識の外に追いやった。
「あなたたち二人は、パーティーメンバーの中では、一番仲良しよね」
「私とお兄ちゃんには十六年くらいの歴史があるからね、その点ではライムちゃんにだって負けないよ」
「他のメンバーも全員が知り合ってそんなに月日は経っていないのに、とても仲良しなのは不思議だわ」
「ヴィオレさんもお兄ちゃんとはすごく仲がいいよね」
「この場所にいると、なんだか安心できるのよ」
「それはきっとお兄ちゃんの頭の上だからだよ」
「その根拠は理解不能だけど、訳もなく納得できちゃうわ」
「理屈じゃ測れないものを、お兄ちゃんは持ってるからね!」
「自信満々に俺に変な能力を追加するのはやめてくれ」
頭の上にいるヴィオレと、俺の顔に頬ずりしている真白は楽しそうに話をしているが、人のことを特異点みたいに言うのは止めて欲しい。確かに聖域では邪気の影響を軽く出来る妙な特性があったが、それが流れ人の持つものだとすれば真白にだって何かあるはずだ。
「こうしておんぶされるのは久しぶりだけど、凄く落ち着いて安心できるのは確かだよ」
「それは日本にいた頃と同じ感じなのか?」
「転んで怪我をしてこうしてもらった時も、疲れて眠っちゃった時も、今と同じ気持ちだったなぁ……」
「その頃の二人も見てみたいわね」
「元の世界に帰れたら写真はいっぱいあるんだけど、こっちに持ってこれないのが残念だよ」
「今と同じように仲が良かったのよね?」
「私の写真には、必ずお兄ちゃんが写っているくらい仲良しだよ」
「さっきからマシロちゃんが言ってる“しゃしん”って何のことなの?」
「写真はね、その瞬間の光景をずっと保存しておくことが出来るの――」
ヴィオレに説明をしている真白の声を耳元で聞きながら思い出してみたが、確かに小さい頃の写真は必ず二人で写っていたな。それに真白はいつも俺の手を握っていたり、抱きついているものばかりだ。普通は仲の良かった兄妹でも、思春期になればお互いの距離をとったりするのかもしれないが、真白は高校生になっても腕を組んで歩いたり、抱きついてきたりしていた。
人付き合いの苦手だった俺は、自分たち以外の兄妹のことは殆んど気にしていなかったが、冷静になって考えてみれば、世間から大きくずれていたのかもしれない。
「お兄ちゃん、他の人はどうとか、常識や世間に囚われすぎてたらダメだよ」
顔を見なくても考えがわかるのか、この世界に来てどんどん察しが良くなってないか?
確かにもう真白との付き合い方が変わる気はしないし、変えるつもりもない。俺のことになると少し暴走気味になるのが玉に瑕だが、可愛くて料理上手で大切な存在であることは間違いない。他のメンバーにも言われたが、俺は難しく考えすぎるのがダメなんだろう。
この手のことは考えたら負けだ、もっと素直に生きるようにしてみよう。
―――――・―――――・―――――
昨日は真白をおんぶしたまま家に戻ったので、ライムや他のメンバーに心配されたが、当の本人はいつも以上に元気な様子で、肌もツヤツヤになっていた。お兄ちゃん成分と言っていたが、一体何を吸収したんだ。
朝ごはんを食べた後に岬の頂上へ向けて全員で歩いているが、この勾配が辛そうなソラは俺が抱っこしている。こうして歩いていると、この世界に来てから筋力や体力が上がったのを実感できる。昨日は妹を背負って家まで帰っているが、水泳で鍛えていた時とは違う力を確かに感じた。
「リュウセイ、平気?」
「普通に街を歩いてるのとあまり変わらないくらいだから、全く問題ないぞ」
「お兄ちゃんって日本にいた頃より体力ついたよね」
「歩いたり走ったりする時間が大幅に増えたし、こうして誰かを抱っこすることも多くなったからな」
「私もマシロちゃんがやってもらってた運び方して欲しいよー」
「ご主人さまに優しく背負われながら海岸を散歩する、これは最高の時間を過ごせそうな予感がします」
「とーさんのおんぶで寝るのも気持ちいいよ」
「私も抱っこの次はおんぶに挑戦してみるべきなんでしょうか……」
コールも真白に負けず劣らずまろやかだから、俺の理性が試されることになりそうだ。しかし難しいことを考えるのはやめると昨日誓ったばかりだ、抱っこでもおんぶでもやってやろうじゃないか。
「お兄ちゃん、その意気だよ!」
やはりこの世界に来てエスパーになってしまったのか? 俺の妹は……
「同じ道でも、みんなで歩いてるとずいぶん違って見えるわね」
「ピピッ!」
「みんな、そろそろ頂上につくぞ」
昨日も最初はヴィオレと話しながら、次は真白も加わってこの道を歩いたが、人数が増えるごとに登るまでの時間を短く感じるようになる。
ノッカーで来訪を告げるとドアが開き、そこにはカスターネさんとラチエットさんが待っていた。昨日はずっとベッドに座った状態で話していたが、もう立って歩けるまで回復したみたいだ。
「本日はこのような場所までお越しいただき、誠にありがとうございます、冒険者の皆様」
「可愛い女の子ばかりのパーティーなのね、私はラチエットというの宜しくお願いしますね」
「もう立って歩いても平気なんですか?」
「マシロさんに治療してもらったおかげで、呪いにかかる前より元気になった気がするのよ」
「ラチエットおばちゃん、カスターネおばーちゃん、はじめまして。リュウセイとーさんと、マシロかーさんの娘で、ライムといいます」
「あなたが竜人族のライムちゃんね、はじめまして。リュウセイさんとマシロさんに聞いていたけど、本当に可愛らしいわ、頭を撫でてもいいかしら」
「うん、いいよ」
頭を撫でられたライムは嬉しそうな顔をして、ラチエットさんの腰にしがみついて甘えている。何となくこうなると思っていたが、やはりライムもひと目見て気に入ってしまったみたいだ。
カスターネさんが全員のことを“お嬢様”と呼びはじめたり一悶着あったが、自己紹介も終りライムはちゃん付け、他はさん付けで納得してもらった。
◇◆◇
必要な荷物をすべて収納にしまい、海岸へ移動する転移門を開く。事前に説明はしていたが、さすがに転移魔法は驚かれてしまった。
「あの坂は登るのも下るのも大変でしたから、こうして移動できるのは有り難い限りでございます」
「カスターネには苦労をかけてしまったわね」
「奥様が元気になってくださったので、全て報われた気持ちです」
「少し歩かないとダメですが大丈夫ですか?」
「ゆっくりなら問題ないわよ」
「体調が悪くなったら俺が背負っていくから、遠慮なく言って欲しい」
「ラチエットさん、手を繋いでいいー?」
「あの、私も繋いで構わないでしょうか?」
「構わないわよ、クリムさん、アズルさん」
反射神経の良い二人は、まだ病み上がりのラチエットさんが転ばないように、近くで見てくれるんだろう。割と脳天気なイメージのあるクリムだが、細かいところもよく気がつくし、かなり気遣いのできる子だ。それはアズルも同様で、やはり双子なんだというのが良くわかる。
「私はカスターネさんと手を繋ぎたいですけど、構いませんか?」
「もちろんようございますよ、マシロさん」
うちの祖父母は四人とも早く亡くなっていて、俺たちには孫として可愛がられた記憶がない。マリンさんとも良くそうしていたみたいだが、カスターネさんと手を繋いで嬉しそうにしている真白は、もしかすると祖母の姿を重ねているのかもしれない。
「ライムはとーさんの肩車がいい」
「よし、肩車で帰るか」
「わ~い、かたぐるま、かたぐるま♪」
「私、リュウセイのとなり歩く」
「私もリュウセイさんの隣にします」
「私とヴェルデちゃんは頭の上ね」
「ピッ!」
行きはソラに抱っこを譲ったライムと、少し人見知りのあるコールとソラは俺の隣だ。一緒にご飯を食べたりしていたら、すぐ打ち解けられるだろう。
ヴェルデとヴィオレは平常運転だな。
それぞれ手を繋いだり近くに寄り添ったりしながら、岬を迂回する道を歩いていく。こうして仲良くしている姿を見ると、自分の直感を信じてよかったと思う。
「あなた達は赤日の港を利用しているそうだけど、どなたかのご実家が商会をやってらっしゃるの?」
「トーリの街に行く途中で知り合った人に、黄雷の里で泊まれるようにしていただいて、そこを出る時に紹介状を書いてもらったんです」
「まぁ! それは凄いわね。よほど信用されていないと、紹介状なんて書いてもらえないのよ。カスターネのおかげで本当にいい人たちに出会えたわ」
「妖精様がこうして寄り添っていらっしゃる方に、邪な考えを持つ者はおりませんから」
「妖精の私を含めて種族の壁を作らずに、仲良くワイワイやってるのが似合う子たちだから、その点は大丈夫よ」
半分以上ライムと真白のおかげの気もするが、紹介状はあっさり書いてもらえた。と言うか、向こうから提案してくれたことだ。そうじゃなかったら、紹介状なんて仕組みは知らなかった。
「なんだか子供や孫が一度に出来てしまったみたいね、カスターネもそう思うでしょ?」
「はい、奥様。わたくしも、こうやって子供たちに囲まれる日が来るとは、夢にも思いませんでした」
「みんながいっしょだと楽しいね、とーさん」
「家族が増える、嬉しい」
「料理の時間が楽しみです」
「ラチエットさんとカスターネさんに来てもらえて、本当によかったよ」
しばらく一緒に暮らしてもらえる事になって、これからの生活が楽しみだ。呪いの後遺症が出ることもなく、日常生活を問題なく送れることがわかったら別れなければならないが、次の目的地が王都なので全員で相談してどうするか決めよう。
お兄ちゃん先生は考えるのをやめた……
◇◆◇
次話でこの章が終了になります。
資料集の方も更新して、ラチエットとカスターネや宿泊施設の追加、それに設定の齟齬が発生したので26話同様にマラクス(ベル)の項目を「王家に代々仕える一族」→「王家に長く仕える一族」と変更しています。
その他新たに発現した魔法も、それぞれのキャラに記載しています。
(コールの照明や並列化と、クリム&アズルの飛翔系と魔法障壁)




