第81話 再生魔法
感想や評価、ブックマークありがとうございます。
各話に感想が書けるようになったのは良い仕様変更ですね。
悪魔の呪いにかかって、皮膚の一部が緑のウロコになってしまうという状態異常に陥った女性の名前は、ラチエットさんという。彼女はこの街の生まれで、王都から観光に来た男性と知り合い、結婚したそうだ。その話をしている時は、とても嬉しそうだった。
夫とはすでに死別していて、息子が引き継いだ家業を手伝っていたが、ある日書斎で見たことのない本を発見した。とりあえず本棚に戻しておくと、いつの間にか消えていたらしい。これは見たことのない花を見つけて、目の前で消えてしまったピアーノたちと同じパターンだ。
それ以来、足や手が緑のウロコに変化していき、それが徐々に広がっていった。王都の高名な治癒師に何人も診てもらったが、悪魔の呪いは誰にも治療することは出来ず、全身が緑の鱗に覆われると命を落とす可能性が高いと言われる。
いずれ死んでしまう身なら、悪い噂を立てて夫の実家が代々続けてきた仕事に迷惑を掛けるわけにはいかない。息子の反対を押し切って、生まれ故郷で誰にも知られないようにひっそり死のう、そう決意してこの街に戻ってきた。
ずっと家に仕えてくれていた使用人のカスターネさんは、そんなラチエットさんを見捨てられずに、最後まで支えようと一緒に来てくれたそうだ。
「この症状はいつ頃から出始めたんだ?」
「本を見つけたのは赤月の中頃で、呪いの症状は十日くらいしてから出始めたわ」
「半年以上も呪いに侵され続けているのか……」
「最初はおかしな肌荒れだと思っていたのですが、それがどんどん広がっていって、使用人たちも怖がるようになってしまったのです。他人に感染したりしないと言い聞かせていたのですが……うっ、ううっ、奥様、おいたわしい」
ラチエットさんが嫁入りしてきてから、ずっと世話を続けていたカスターネさんは、その場で泣き崩れてしまう。
「あなた達にもこんな醜い姿を見せてしまってごめんなさい、気持ち悪いでしょ?」
「いや、そんなことは気にしなくても構わないから、悲しそうな顔をしないで欲しい」
「王都の方が治療法がみつかる可能性が高いし、子供に引き止められたのに、どうして家を出てしまったの?」
「私の家は王都で不動産業を営んでいるの、そこの家族が家の中で呪いを受けたなんて噂が広がると、取り引きに影響が出てしまうからなのよ」
経営者の家族に呪いを受けた人がいるだけで、扱っている土地や建物が全て事故物件みたいに思われるのは納得できないが、イメージが大切な仕事だから気を使わないといけないってことだろう。子供のために自分の身を犠牲にしようとする気持ちは、今の俺には少しだけ理解できる。
「リュウセイ君、何とかなりそう?」
「真白にここに来てもらって、魔法を試してみるよ」
「こんなおばさんのために無理はしなくてもいいのよ、私はもう覚悟できているから」
「奥様、そんな事をおっしゃるのはおやめ下さい」
「カスターネさんの言うとおりだ、まだ希望は捨てないで欲しい」
「でも王都でも治らなかった呪いなのよ?」
「ラチエットさんとは別の呪いなんだが、以前治療に成功したことがあるんだ、今から戻ってもう一人ここに連れてくるから、しばらく待っていて欲しい」
「本当でございますか冒険者様! もし奥様がお元気になられるのでしたら、わたくしの命でも差し上げます」
「特殊な治癒魔法を使うだけだから、そんなことを言うのはやめてもらえるとありがたい」
「聖域やそこにいた霊獣も二人の力で救ってもらったのよ、だからもう少しだけ我慢してちょうだい」
恐らく呪いを解くことは可能だ、そして変質してしまった皮膚も再生魔法で治療できるだろう。かなりの範囲を治療することになるので、相当のマナが必要だと思うが、ライムが成長して量が大幅に増えた今なら、全身治療にも耐えられるはずだ。
何度も何度もお礼を言ってくれたカスターネさんに見送られ、岬の頂上にある家を後にした。
◇◆◇
転移魔法で一気に海岸まで降り、急いで冒険者ギルドまで戻る。依頼達成の手続きを終わらせて飲食スペースに行くと、そこには真白とソラの姿があった。今日はここに集まって、全員で家に帰る予定だったが、飲食店と商業組合にいった二人は、すでに依頼を終わらせていたみたいだ。
「二人ともお疲れさま」
「リュウセイお疲れさま、私がんばった」
先に気づいたソラが小走りで駆け寄ってくると、腰にしがみついてきた。その小さな体を抱き上げ、真白へと近づいていく、とりあえず治療を急ぎたいので、ここで話をしてしまおう。
「お兄ちゃんお疲れさま、何か話がありそうな顔してるけど、大事なこと?」
「その通りだ、真白にお願いがある」
ソラを抱っこしながら飲食スペースの端に移動し、そこでさっき会った人たちのことを説明した。
「お兄ちゃん、すぐその家に行こう」
「俺もそうしたいから、申し訳ないがソラはここでライムたちが来るのを待って、先に家に帰っていてくれないか?」
「わかった、ちゃんとやる、リュウセイとマシロ、その人助けてあげて」
薬草採集組の四人のことをソラに任せて、俺と真白とヴィオレの三人で岬の頂上へ移動を開始することにした。解呪と治療に成功したら、全員で遊びに行ってもいい。優しそうな二人だったので、きっと歓迎してくれるはずだ。
「まさか、また悪魔の呪いの治療をすることになるなんて、思わなかったよ」
「ヴィオレによると、悪魔の呪いも聖域で見つかった邪魔玉も、同じような性質なんじゃないかということだ」
「呪いの方は、かかった本人だけに影響を与えるみたいなんだけど、聖域で感じた邪気とよく似てるのよ」
「もし大元を消せるなら、こんな事で苦しむ人が無くなりそうだね」
「自然に生み出されるものなのか、誰かが作っているのかわからないが、こんな厄介なものは無くなる方がいいな」
他にも苦しんでいる人がいるなら助けになりたいが、残念ながら今の俺たちにはそれを探す手立てがない。まずは目の前で苦しんでいる人に集中して、その先のことは追々考えよう。
◇◆◇
カスターネさんに案内され寝室に入ると、ラチエットさんはベッドに腰掛けた姿勢で迎えてくれた。ウロコ化した皮膚は固くなっているので、動かす時に引きつるような痛みが走るらしい。わずかに見える足首も緑色の鱗に覆われていて、早くこんな状態から開放してあげたいという気持ちが一層強くなる。
「はじめまして、私の名前は真白といいます。隣りにいる人の妹で治癒魔法が使えます、お兄ちゃんと私の力を使えば呪いの解除ができると思うので、やらせてもらえないでしょうか」
「こんな場所まで足を運んでくれてありがとう、私はどうしていればいいのかしら」
「そのままの姿勢で構いません、お兄ちゃんが強化してくれた魔法で、浄化をかけながら元の体に戻れるように、再生も行いますので」
「ぼ、冒険者様!? 再生には霊薬が必要だったと思うのですが……」
「俺と真白の二人なら、その効果を魔法で再現することが出来るんだ、特別な薬とかは使わないから安心して欲しい」
「私はあなた達を信じると決めたから、どんなことをされても構わないし、たとえ失敗しても恨んだりしないわ。でも、治療をしてくださるマシロさんの負担にならないかしら」
「はい、大丈夫ですよ。必ず良くなりますから任せて下さい」
妖精という存在と一緒にいたからとはいえ、出会ったばかり俺たちを信用してくれたその気持に必ず応えよう。真白と向かい合わせに立ってうなずき合い、俺は呪文を唱えた。
《ダブル・カラー・ブースト》
「問題ないか? 真白」
《ステイタス・オープン》
「うん、大丈夫だよお兄ちゃん。
今から治療を始めますので、手を握らせて下さい」
「こんなゴツゴツした手でごめんなさい」
「すぐ綺麗な元の手に戻りますから、安心して下さい」
ラチエットさんの手を取って、にっこり微笑んだ真白が呪文を唱える。
《リジェネレーション》
その瞬間、着ている服を透過するほどの強い光に、ラチエットさんの体のほとんどの部分が包まれた。呪いの侵食がかなり進んでいて、ギリギリのタイミングだったことが伺える。
アズルを治療した時に聞いた真白の話だと、再生が終わるとマナが流れる感覚が急に弱くなるらしい。今回はほぼ全身が光っているので、その時よりも長い時間魔法を発動し続けている。かなり集中しているらしく、真白も目をつぶったまま微動だにしない。
「……ふぅ、終りましたよ」
全身の力を抜いて目を開けた真白が終了を告げると、ラチエットさんを包んでいた白い光が徐々に弱まり、そこには顔と同じ色白のきれいな肌が蘇っていた。
「おっ、奥様っ!!」
「これは奇跡ね……奇跡が起こったわ、カスターネ」
「はい、本当にようございました奥様」
ラチエットさんとカスターネさんは、抱き合いながら涙を流している。真白の様子を見たが、かなり大量のマナを流した影響か、少し顔色が悪い。
「真白、俺が支えるからこっちに来てくれ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
「聖域では浄化の力を見せてもらったけど、再生は本当に奇跡だわ」
「マナの方は大丈夫か?」
「さすがに範囲が広かったから、半分近く減ってるね」
「ライムが成長してなかったら、ギリギリ足りなかったかもしれないな」
近くに来た真白を抱きしめて頭を撫でていると、少しだけ顔色も戻ってくる。かなり頑張ってくれたし、帰りはおんぶして運んであげるのが良さそうだ。
「マシロさん、リュウセイさん、ヴィオレさん、このたびは誠にお世話になりました。なんとお礼を申し上げればよいか……このご恩は一生忘れません」
「冒険者様、妖精様、本当に……本当にありがとうございます」
「女性にこんな呪いをかけるなんて許せませんし、きれいに治せてよかったです」
「白くてきれいな肌だから、元に戻ってよかったと思う」
「若い子に綺麗なんて言われると、おばさん照れてしまうわね」
「奥様はまだまだお綺麗ですし、少し若返った気がいたします」
「マシロさんの魔法のおかげかしら」
俺たちの両親もかなり若々しく見えていたが、それより十歳近く年上のラチエットさんも負けてないと思う。
「私の方からみんなに話があるのだけど、構わないかしら」
「どうしたんだ? ヴィオレ」
「この人はかなり長い間、呪いに侵されていたから、少し経過観察したほうがいいと思うの。聖域には霊木があるから大丈夫だけど、ここだとマシロちゃんの近くにいるのがいいわね」
「完全に邪気が消えてないのか?」
「それは大丈夫よ、もうそんな気配がないことは私が保証するわ」
「それについては私も賛成かな、ピアーノちゃんの時も何度か会いに行ってるし、ちゃんと様子は見てあげたい」
「それなら、訪問しにくいこの場所でなく、街に来てもらうか?」
「私たちの家に来てもらってもいいと思うよ」
「これ以上あなた達に迷惑を掛けるわけにはいかないわ」
「わたくしと奥様で宿をとっても構いませんので、どうかお気遣いなさいませんように」
「俺たちのパーティーは全部で八人いるんだが、借りている宿は十人用なんだ、だから二人さえ良ければ来てもらうことに問題はない」
「私たち以外の五人も反対はしないと思いますし、良かったらカスターネさんに料理を教えて欲しいんです」
真白がこの世界で習ったのは、アージンの宿屋で厨房を預かっていた親父さんと、トーリに来る途中で知り合ったマリンさんだ。親父さんから習ったのは食堂や酒場で出される食事が多く、マリンさんからは王宮で出されるようなものを教わったので、家庭料理的なレパートリーが少ないらしい。
その点カスターネさんは、長いあいだ使用人を勤めていて、この家でもずっと料理を作っていたから、習う相手としては最適だろう。
五人でそんな話を続けて、明日の朝にここまで全員で迎えに来て、赤日の港で借りている家まで来てくれることになった。真白は大喜びしているし、俺も会ったばかりなのに、なぜだか二人のことが気になっていて、どうしても放っておけなかった。




