第80話 岬にある家
チェトレの暮らしにもだいぶ慣れてきて、今日はこの街でも何か依頼を受けてみようと、何グループかに分けてバラバラに行動している。真白は飲食店の手伝いに、ソラは商業組合で書類の整理、コールとクリムとアズルは、ライムと一緒に森へ薬草採集に行った。流石にヴェルデも今日はコールに付いていったので、俺は収納に依頼の荷物を入れ、ヴィオレと一緒に目的地へ移動中だ。
「リュウセイ君と二人きりなのは初めてね」
「大体みんな一緒にいるし、いつもはヴェルデも頭の上にいることが多いから、言われてみればそうだな」
「ライムちゃんは一緒に来ると思ってたけど、森へ行ってしまったのは意外だったわ」
「竜魔法で一心同体になれるようになって、簡単には解けない結びつきが出来たから、常に近くに居なくても平気になってきたんじゃないかと思ってるよ」
「もしかして、ちょっと寂しかったるする?」
「今まで、こうした依頼の時はずっと一緒だったから、実は少しな」
「うふふ、そんなリュウセイ君には、お姉さんが思う存分甘えさせてあげるわよ」
「さすがにヴィオレの大きさだと、抱きしめてもらったりは出来ないけど、その気持は嬉しいよ、ありがとう」
頭の上で大きく動く気配があるが、どうやら抱きついて撫でてくれているようだ。最近は水着姿も毎日見ているので、意識すればちゃんとまろやかな感触もわかる。そんな彼女が全身を使ってやってくれたなでなでは、とても温かかった。
「そういえば、妖精に兄弟や姉妹っていないのか?」
「妖精はいつの間にかその存在として生まれてくるから、同じ時期に同じ場所で偶然一緒になった子たちが、それっぽい振る舞いをしているくらいかしら」
「ヴィオレにはそんな存在はいなかったんだな」
「私が自分の意識を得た時は、お花畑の中に一人だけだったのよ」
「種族は違うが今は俺たちがいるし、ヴィオレが家族のように感じてくれていたら、とても嬉しい」
「あなた達と出会うまで、こういう繋がりって良くわからなかったのだけど、最近はすごく大切に思えてきたわ」
「ちなみにヴィオレ的に、俺は年下の弟になるのか?」
「う~ん、そうねぇ……まだ、私よりずっと年下の男の子って感じかしら」
「まだって事はこの先評価も変わりそうだし、ヴィオレに頼られる男を目指して頑張るよ」
「期待してるわよ、リュウセイ君」
人とは全く違う存在とはいえ、見た目は小さくて華奢な女性だからな。何かあった時は、体を張って守れるような男になろう。
「……本当に不思議な人だわ」
「ん? なにか言ったか?」
「なにも言ってないわよ、それよりもうじき上り坂だから気をつけてね」
「頑張って頂上を目指さないとな」
今日は変わった場所にあって道が険しいので、担い手のいなかった日用品や食料の運搬を請け負ってきた。ライムの魔法を確かめる時に、岬を迂回して裏側に行ったが、その頂上に小さな家があるらしい。そこが定期的に荷物を運ぶ依頼を出していたが、以前担当していた人が道から転がり落ちて怪我をしたそうだ。
「ちゃんと整備されてない道ね」
「こんな不便な場所にわざわざ住まなくてもいいと思うが、一体どんな理由があるんだろうな」
「誰かに見られると困ることでもしているのかしら」
「俺たちの世界にある物語でも、人目につかない場所で怪しい実験をしている話とかあるよ」
「危なくなったらすぐ逃げるのよ」
「今まで定期的に荷物を運んでいた人もいるんだし、大丈夫だと思うぞ」
日本でも日用雑貨や食料品を通販やネットスーパーに頼っていた人もいたし、この世界に同じような事例があってもおかしくはない。それにいざとなれば転移魔法で、海岸まで一気に降りることができる。
この街で一番印象に残った場所だったのか、岬の裏側にある小さな湾が転送先として登録された。少し遠回りになるが、帰る時は一気に下りられるので、平地の移動だけで済むのはありがたい。
「あの家がそうみたいね」
「こんな場所にあるから、小屋みたいな質素な作りかと思ったが、普通の家だな」
日本だと灯台があるような場所に、結構しっかりした作りの家が建っている。こうして定期依頼も出せるくらいだから、裕福な人の別荘かもしれない。敬語が全くダメな自分の喋り方に若干の不安を抱えながら、シンプルなリングで出来たドアノッカーで訪問を告げた。
『どちら様ですか?』
「ギルドの依頼で荷物を運んできた、龍青という冒険者だ」
家の中から伺うような声が聞こえてきたので荷物を運んできたことを告げると、カギの外れる音がしてゆっくりとドアが開く。家の中から使用人ぽい服を着た六十代くらいに見える女性が現れ、俺の姿をじっと見つめてくる。
「いつも荷物を運んで下さる方とは違うようですが」
「その人が怪我をして来られなくなったから、代わりに運ばせてもらったんだ」
「荷物を確認いたしますので、そちらにお置き下さい」
「リュウセイ君、少し気になることがあるから、家の中に入れるようにお願いしてもらいないかしら」
隠れるように俺の頭の後ろに移動していたヴィオレが、小声でそっと告げてきた。俺には普通の家に仕える使用人にしか見えないが、妖精の感覚でなにか捉えたんだろうか。
「収納魔法で運んできているから、良ければ整理しやすい場所で出したいと思ってるんだが、どうだろう?」
「収納魔法持ちの方がこのような場所まで、ありがたいことです。では、厨房のテーブルに出していただいても宜しいでしょうか」
「わかった、お邪魔させてもらう」
依頼書の控えと納品伝票を手渡し、年配の女性がそれを確認した後に家の中に入れてくれる。玄関ホールから続く廊下の奥に厨房があり、そこのテーブルに運んできた荷物を取り出すと、使用人の女性は何度もお礼を言ってくれた。
誰も手伝いに来ないということは、この家を一人で切り盛りしているのかもしれない。この年齢であの道を移動するのは大変だろうし、定期的に取り寄せをしていたのはそれが理由だろう。
「この家には病気の人がいるわね、それもかなり厄介そうだわ」
「それって不治の病とか伝染病とかなのか?」
「ちゃんと診てみないとわからないけど、聖域を侵していたような邪気と同じ感じがするの」
邪魔玉の出していた不浄の力は、一種の呪いみたいなものらしい。霊木や霊獣を弱らせていた邪気に侵された人が、ここに居るかも知れないってことか。
「何か気になることでもございますか?」
「突然こんな事を言うと不審に思われるかもしれないが、この家に病気で困ってる人がいないだろうか?」
「……なっ、何故そのような事を」
「それは私の方から説明させてもらうわね」
頭の後ろに隠れていたヴィオレが目の前に飛び出すと、俺の言葉に困惑していた女性の顔が驚愕の表情に変わる。
「あっ、あなたは妖精様!?」
「花の妖精のヴィオレというの、よろしくお願いするわね」
「妖精様を再び目にすることが出来るとは、ありがたや、ありがたや……」
「あらあら、拝まれるのはちょっと困ってしまうわね」
「もしかして他の妖精を見たことがあるのか?」
「わたくしが昔お勤めしておりました商家に、妖精様がおられました――」
使用人の女性によると、勤めていた商家には一人の妖精が棲んでいた。その家では甘いものをお供えしてずっと大切にしていたが、代替わりした経営者の判断で古い風習だとやめてしまったらしい。
女性は何度か妖精の姿を見たことがあり、お供えをやめることは反対だったが、まだ下っ端の自分にそんな権限は存在せず、給金ではお菓子も買えなかった。いつしかその妖精の姿は見えなくなり、その商家は凋落してしまったそうだ。
「商売をしている家に棲む妖精は、繁栄の象徴でもあるから仕方ないわね」
「まさか妖精様にお会いできるばかりか、こうしてお話までさせていただけるなんて、神のお導きかもしれません。妖精様、どうか、どうかお願い致します、奥様を助けてくださいませ」
使用人の女性はヴィオレに深々と頭を下げ、何度も助けて欲しいとお願いしてくる。もし邪気が原因の不調なら、真白の浄化が有効かもしれない。こうして出会えたのも何かの縁だし、出来るだけの事はやってみよう。
◇◆◇
二階にある寝室に通されると、ベッドの上に一人の女性が眠っていた。歳は四十代か五十代くらいだろうか、病気の影響でやつれてしまっているものの、若い頃は美人だっただろうとわかる艶やかさがある。
「肌が変質してしまっているのは、病気なのか?」
「う~ん、これは邪気と同質の何かが、この人に取り憑いているんだと思うわ」
「王都の高名な治癒師に診ていただきましたが、これは病ではなく呪いだと告げられております」
「もしかして悪魔の呪いなのか?」
「さすがは妖精をお連れになっている冒険者様、おっしゃる通りです」
俺なんかより遥かに人生経験が豊富な人に、様付けで呼ばれるようになってしまったのは困ってしまうが、こんな所で悪魔の呪いに再び遭遇するとは思っていなかった。シンバの話だと、悪魔の呪いは滅多に発生しないと聞いている。ピアーノの母親を昏睡状態に陥れた、あの忌まわしい出来事が、こうも短期間に発生するというのは、あり得るんだろうか。
「ん……私、また眠ってしまっていたの?」
「奥様、お目覚めになられましたか」
「あなたには苦労をかけてばかりね、遅れていた荷物は届きましたか?」
「はい、こちらの方にお持ちいただきました」
「……えっ?」
ベッド眠っていた女性が俺に気づき、その顔が怯えた表情に変化する。首から顎にかけて緑色のウロコで覆われたような皮膚を隠すため、掛け布団を持ち上げようとするが、その手も同じように変質してしまっていた。
「俺の名前は龍青といって、冒険者をやっている。そんな状態を他人に知られないように、この場所で暮らしていたんだと思う。それを断りなく見てしまって、本当に申し訳ない」
「カスターネ、これは一体どういうこと?」
「勝手なことをしてしまい、申し訳ございません奥様。ですが、こちらの方は妖精をお連れになっていらっしゃる冒険者様なのです。奥様の呪いを解くことは出来ないかと、わたくしが勝手にここにお連れいたしました」
「私は花の妖精のヴィオレというの、今はそこにいるリュウセイ君と一緒に、荷運びの依頼でここに来たのよ」
「……妖精って初めて見たわ、本当に羽が生えていて空を飛ぶのね」
「こちらの妖精様と冒険者様は、奥様が悪魔の呪いにかかっていると一目で見抜かれました、必ずお力になってくれるはずです」
「私の姿を見ても驚かないし、気味悪がったりしないのね」
「悪魔の呪いは、様々な状態異常を起こすと聞いている。俺の知っている人も、眠った状態で何をやっても目覚めない症状が出たんだ」
「あなたに巣食っている邪気は、霊木や霊獣を苦しめて聖域を破壊しようとしたのよ」
「もし私の呪いのことで何か知っているなら、少しだけ話を聞いてもらってもいいかしら」
ベッドで眠っていた女性は、俺たちにこれまでのことを話してくれた――
ちょっと世界がきな臭くなってきた予感(?)




