第6話 初めての食事
お昼更新の二話目です。
夜にもう二話投稿して、本日の更新は終わる予定です。
ライムと手を繋ぎながら一階に降りると、宿屋の女性が椅子を運びながら食堂の方に移動していた。
「あっ、お客さん、もうすぐ食事ができますから、すぐ持ってきますね」
「俺もライムもお腹が空いてたから助かるよ。
……ところでそれは?」
「食堂に置いてある椅子だと、そちらのお子さんには低すぎるので、ちょっと高さのあるやつを持ってきたんですよ」
ファミレスに小さな子供が来た時に出してくれる椅子と同じ感じだろうか、こういった仕事をしているからだろう、細かい所まで気を配ってもらっている。俺は必要性に全く気がついていなかったので、やはりまだまだ子供がいるという状況に対応できていないと痛感した。
「ありがとうございます」
「色々気を使ってもらってすまない」
「いえいえ、いいんですよー
すぐ食事を持ってきますから、椅子に座って待っててくださいね」
ライムを抱き上げて椅子に座らせてみたが、確かにこの食堂に置いてある椅子だと、食事が食べづらかっただろう。
「なにが出てくるのか楽しみだね」
「俺も初めてだから楽しみだよ」
「ライムはこんな場所は初めてだと思うけど大丈夫か?」
「うん、とーさんがいるから平気」
「わからない事があったら何でも聞いてくれ」
「わかった、そうするね」
周りをキョロキョロ見渡しながら楽しそうにしているが、生まれたばかりのライムはこうして食事を摂るのも初めてのはずだ。真白との年齢は二歳しか違わなかったが、両親が忙しい人だったこともあり、子供ながら妙な義務感を持って、妹の世話ができるように一生懸命頑張っていた記憶がある。そのせいで兄にベッタリな性格になってしまったのは余談だが、その時の経験が活かせるといいだが……
「おまたせしましたー
こちらが“肉と野菜の白煮込み”で、こちらが当店自慢の“緑と赤の肉野菜炒め”です」
女性がライムの前に、肉と野菜を小さく切って煮込んだシチューのような皿と、俺の前にはキャベツとパプリカのような野菜と肉を炒めた皿を置いてくれる。他にもライムにはパン一個とジュースのような飲み物、俺にはパン二個と水を出してくれた。
「すまないけど、少しだけ水を使わせてもらってもいいか?」
「はい、こっちの大きな容器に入ってるのを使ってくれていいですよ」
テーブルの上に置かれたピッチャーを少しだけ傾けて、雑貨屋で買った手ぬぐいを濡らす。
「ライム、手を出してくれるか」
「なにするの?」
「食べる前に、これで手をきれいにしよう」
「ぬれた布でふくと、汚れが落ちるんだったね!」
「そうだ、よく覚えてたな」
ライムの頭を撫でながら、差し出された手をきれいに拭いていき、自分も同じように手ぬぐいで清めていく。そんな俺たちを、宿屋の女性はニコニコしながらじっと見つめていた。
「それから、食べる前には“いただきます”と言おうか」
「それ、なにかの呪文?」
「これは食べ物や、作ってくれた人にお礼を伝える言葉だ」
「“いただきます”だね」
「食べ終わったら“ごちそうさま”だ」
「そっちも同じ呪文?」
「こっちは、料理が美味しかったです、ありがとうございましたって言葉だな」
「わかった、食べる前に“いただきます”で、食べた後に“ごちそうさま”だね、ライムちゃんと覚えたよ」
「ライムは物覚えがいいから偉いな。
それじゃあ食べようか……いただきます」
「いただきます」
そうしてこの世界に来て初めての食事を開始したが、ライムは目の前の食器と俺の方を何度か見ていて、食べ始める気配がない。
「どうした、何かわからない事があるか?」
「とーさんの持ってるのと、こっちにあるのは形がちがうから、どう使ったらいいか教えて」
俺の肉野菜炒めにはフォークが付いていて、ライムの白煮込みスープにはスプーンが付いている。ギルドでお茶を飲んだ時のように、こちらの使い方を見て真似しようと思ってたが、形が違うのでどうすれば良いのかわからなかったのか。
「これはこんな風に持って使うんだけど、持ちにくかったら上からこうして握るか、下から握って持ち上げても大丈夫だから、ライムのやりやすい持ち方を試してみたらいい」
「やってみるね」
ライムはまず鉛筆持ちに挑戦していたみたいだが、やはり慣れていないのでスプーンが安定せず、試行錯誤を繰り返した結果、上から握る持ち方で食べ始めた。慎重にスープと中の具を乗せて、ゆっくりと口元へと持っていく姿を見ていると、無性に応援したくなってしまう。
無事目の前にまで持ち上がったスプーンに、小さな口を開けてパクリとかぶりついた瞬間、ライムの動きが止まってしまった。あまりの美味しさに感動してるのかと思ったが、そのままプルプルと震えだしてこちらを涙目で見上げてくる。
「もしかして熱かったのか?」
「(コクコクコク)」
「この水をゆっくり飲むんだ」
必死で首を縦に振るライムに、自分の料理と一緒に出てきた水の入ったコップを渡すと、それをゆっくりと口に含んでいる。
「大丈夫? やけどしてない?」
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけ」
「冷まして食べる方法とか教えてなかったな」
ライムの様子をじっと見ていた宿屋の女性も、一緒になって心配してくれる。そうして、息を吹きかけて冷ます食べ方を教えると、またスプーンで慎重にスープをすくって、今度はふーふー息を吹きかけてから口に入れた。その顔は先程と違い、一気に明るい笑顔へと変わっていく。
「これ、すごくおいしい!」
「そうか、良かったな。
慌てなくていいから、ゆっくり食べるんだぞ」
「とーさんにも一口あげる」
スプーンですくったスープを息で冷まして、こぼれないようにこちらに差し出してくれたので、それを食べてみたが具も肉も柔らかく煮込まれていて、淡白な味付けだがとても美味しかった。
「これ美味しいな、今度は俺もこれを注文してみるよ」
「とーさんの料理はおいしい?」
「こっちも美味しいから、少し食べてみるか?」
小さめの野菜や肉をフォークに乗せてライムの前に差し出すと、それをパクリと口に入れるが、その姿は雛鳥みたいで可愛らしい。
「こっちもおいしいけど、ちょっと苦いね」
「この苦味がいいんだけど、ライムにはまだ早いかもしれないな」
「ライムはこっちの方が好き」
そう言って、またスープをゆっくりと食べ始める。パンをスープに浸す食べ方も教え、俺も自分の料理を食べ始めたが、ずっと気になっていたことがある。
「仕事に戻らなくて大丈夫なのか?」
「もう休憩時間だから大丈夫なんだけど、見てたら食べにくいですか?」
「いや、俺はあまり気にしないが……」
「ライムも平気だよ」
「ほんと!? 良かったわ、それならちょっと待っててくださいね」
カウンターの奥にある部屋に入っていくと、手にコップを持って戻ってきた。それを自分の前に置いてテーブルの対面に座ったが、あの奥は厨房になっていて飲み物を取ってきたみたいだ。
「ライムちゃんって、こんな場所で食事をするのは初めて?」
「えっとね、ライムは生まれたばかりだから、食事をするのが初めてなの」
「えっ!? そうなの?」
「ライムは竜人族なんだが、このくらいまで成長してから生まれてきて、言葉もある程度話せるんだよ」
「ライムちゃんも、そっちの……えっと………」
「俺の名前は龍青というんだ、しばらくお世話になるけどよろしく頼む」
「リュウセイさんですね、私はシロフって言います。
それでライムちゃんもリュウセイさんと一緒のところから来たの?」
「とーさんとは今日であったんだよ」
「俺が山の中で倒れてた時に、見つけてくれたのがライムなんだ」
「ライムの名前も、とーさんがつけてくれたの」
「種族が違うのに、本当の親娘みたいだから二人とも違う世界から来たと思ってたんだけど、今日出会ったばかりなんですか……」
黒竜であるドラムのことはぼかしつつ、出会った経緯やこの街に来てからのことを話していく。シロフは宿屋の仕組みや、この世界の生活様式などを教えてくれた。部屋にもそれらしいものはなかったが、やはりお風呂は一部の家庭や貴族しか持っていないらしい。この宿でも水は裏の井戸で自由に使えるが、お湯を使いたい場合は有料ということだった。
他にも夜に使うランプや油の購入に、食事のメニューなんかも教えてくれた。朝と昼の品数は少ないが、夜はお酒も出るのでおつまみ系のメニューが増えるそうだ。夕食は部屋で食べても構わないそうなので、酔った冒険者に絡まれないように、デリバリーをお願いすることにしよう。
――カラーン
「あっ……」
食事をしながらシロフと話をしていたら、隣から何かが落ちる音が聞こえた。ライムの方を見ると、持っていたスプーンを落としてしまったようで、胸元や足の上にスープがこぼれてしまっている。
「ライム大丈夫か? すぐ拭いてやるから少しじっとしててくれ」
手を拭く時に使った手ぬぐいで、服に飛び散ったスープを落としていくが、ライムは下の方を見つめたまま反応を返してこない。ちゃんとお礼の言える子だが、少し様子がおかしい。
「どうした? やけどしてどこか痛かったりするか?」
「……ううん、ちがうの。
食器を落としちゃってごめんなさい、それに食べ物もこぼしちゃった……」
ライムは悲しそうな顔をして、床に落ちたスプーンを見つめている。
「ライムは生まれて初めてスプーンを使ったんだから、少し失敗するくらい仕方がないんだ。それに、こうやってちゃんと謝ることが出来てるんだから、誰も怒ったりしないよ」
「そうよライムちゃん、初めてでそれだけちゃんとスプーンが使えるのは凄いわよ。新しいのを持ってきてあげるから、少し待っててね」
「とーさん、ライムいっぱいいっぱい練習して、もっとじょうずに使えるようになるね」
「最初は失敗も多いかもしれないが、上手になろうと頑張っていれば絶対に上達するからな」
俺も小学校の頃は水泳が苦手だったが、それがなんか悔しくてプールに通い続けていたら、かなり上達したし体力もついた。今回は失敗してしまった日常の所作に限らず、様々なことを学びはじめた彼女には、全ての事柄に当てはまるだろう。そんな気持ちを込めながらライムに話しかけながら頭を撫でていると、やっと笑顔が戻ってくる。
この子はお礼や謝罪がちゃんと出来て、失敗をバネに前に進んでいこうとする向上心もある。ライムが日本人なら恐らく四歳位の体格だと思うが、それくらいの年齢の子供はもっとわがままだったり落ち着きが無いのが普通じゃないだろうか。人間とは違う種族とはいえ、生まれたばかりのこの子には、もっとのびのびと生きてもらえるように俺も頑張ろう。